goku nonaka

「OVER DRIVE」(MANISH RECORDS MR−0591)
のなか悟空&人間国宝

 私もいろんなアルバムにライナーノートを書いているが、このアルバムのライナーはかなり自分でも気に入っている。内容的にもメンバー的にも、人間国宝の最高傑作だと思うよ。曲は全部いいし(スタンダードである「マイ・フェイヴァリット・シングス」とガトーの曲と、映画音楽「シャレード」と近藤のおなじみのオリジナル「マッコイ」だが、なぜかマイナーキーのものばかりで、しかも曲調も似通っている)、演奏も気合い入りまくりだし、こういうバンドがよく陥る「気合いが空回りして、その場では迫力があっても、あとで録音を聴くとすごくダレている」状態にもまったくなっていない。ずっと、いい感じのテンションが持続しており、しかも、それがたびたびボルテージを超えるような昂揚を示す。じつに理想的な演奏展開のものばかり。パーカッションのゲストもよく効いているし、ほんと文句のつけようがない傑作中の傑作なのである。とくにリーダーののなか悟空の激しいプッシュとドラムソロ(とにかく叩きまくっているが、全然大味じゃない)、そして私が日本でも有数のテナーだと思ってる近藤直司(似たようなスタイルのテナーはけっこういるが、実際には彼が頭ひとつ抜けている。とにかくテナーの咆哮の理想形なのである)のふたりは圧倒的なパフォーマンスを聴くだけでも価値絶大である。でもなあ……録音がなあ……それだけがこのアルバムの欠点だが、べつにスウィングジャーナルゴールドディスクにするわけじゃなし、家で聴いて興奮しまくるにはこの録音でも十分ですよ。まあ、この手の音楽のファンは中古屋で見つけたら必ず買っておくべし。にんこく(人間国宝のこと)を聴いたことがないというひとにも、本作はおすすめいたします。

「DULL」(TRANSISTOR RECORD TAX−028)
のなか悟空&人間国宝

CDのレーベル面に「このCDは爆音で聞かないとしらけます」と印刷されている。これは制作者とミュージシャンの一種の照れ隠しなのかもしれないが、たしかにこういう演奏を音をしぼって聴いてもつまらんとは思う。でも、爆音でなくても、そこそこの音量で聴いても十分良さはわかります(そこそこの音量というのがひとによってちがうとは思うけど、ここではドアを閉めて、ヘッドホンでなく、スピーカーで聴いて、家族や近所からぎりぎり苦情がこない程度の音量という意味です)。ニンコクのアルバムはどれも録音がよくないが、これはしかたがないと思う。バランスだのなんだの言うとれるか! というノリなのだろう。だから、楽器同士の音がかぶってマスクしあい、それぞれの楽器の解像度が悪くなり、いきおい、大音量で聴かなくては聞き取れない音が出てくるのだろう(とくにテナーがわりを食っているが、生楽器だからしょーがないよなあ。私は近藤さんのスクリームの大ファンなので、もうちょっとリアルに録音してほしかったけど。とにかく近藤直司ほど、獅子吼とか絶叫とか悲鳴とか金切り声に命をかけているテナーマンは稀であるが、テナーとはもともとそういう楽器なのである。うまいとか下手とかを超越して、近藤は「叫ぶ男」なのである)。でも、いいではないか。とにかくこの熱気、ただごとならぬ、サウナのような熱気、異常なまでの汗の量……そういった現場の雰囲気だけでも感じ取れればいい(その意味では、徹頭徹尾全員が吠えまくる3曲目が白眉か? でも、やっぱり後半そうとうどさくさになるが、それもまたこのバンドらしくてよい。4曲目もいかにもな感じでめっちゃ好きです。近藤のガトー・バリビエリを連想させるダーティートーンとコブシまわし、ここぞというところでのドスのきいたスクリーム……すばらしい! ああ、もうちょっとテナーがまえに出た録音になっていたら天下の大名盤なのになあ……)。そもそもきっちりブースに入って……みたいな録音のしかたができるようなバンドではないし、やる気もなかろう。こうしてそのときどきのニンコクの音が記録されているというだけでも「ええこっちゃ」と思う。きっちりといい音で録音することによって、このバンドの熱気が少しでも削がれるならばそちらのほうが大きな損失だ……そう考えましょうよ皆さん。これを聴いて、ライヴではどんな風に聞こえているのか、想像せよ。想像せよ。想像せよ。

「CHICHITO」
野中光政・川下直広

 CD番号とかレーベルとか全然わからん。だが、そういう小賢しい(?)情報はこの演奏にふさわしくない。ただ聴くのみ。それでよい。録音状態はそれほどよくないが、これはひとつの記録であり、真剣に耳を傾けているうちに、その「記録」を押し破るようにして「熱」がほとばしりでてくる。テナーとドラムのデュオ。なんのギミックもない。剥きだしのふたりがひたすら汗みずくで闘う。寄り添うとか、合わせるとか、インタープレイとか、そういったいわゆる即興説明用語がもっとも似つかわしくない演奏。でも、じつは大きな意味あいにおいてこの二人は寄り添っており、合わせており、交歓しており、愉しんでいる。全力で疾走してひたすら力まかせに無茶苦茶やってる、という風に思うひともいるかもしれないが、そんなことはありません。とくに川下さんのテナーは、この長尺の即興においてさまざまなアプローチを繰り出しており、悟空さんもそれにいちいち反応している。その逆もある。もちろん、そうでなければ音楽にならない。あたりまえのことだが、この35分一本勝負をちゃんと客に飽きさせることなく聴かせる妙がちゃんとある。それは、演奏中にいちいち考えているわけではなく、ふたりのミュージシャンのこれまでの蓄積によるものだ。しかし、やはりここは、そういうことをわかったうえで、力任せの豪腕だ、一直線に気合いと情熱で吹きまくり、叩きまくってるだけだ、むずかしいことはひとつもありません、みんな頭からっぽにして聴いてくださーい、と(わざと)言ってしまいたくなるような演奏。見せ場、聴かせどころはいーっぱい用意されている。それを、フリージャズとしてのお約束だ、とか、結局予定調和だ、とかいうやつは馬鹿だと思う。そんなことどうでもいいんです。ただし真剣に聴かないと、なーんにも面白いことありませんので注意。ああ、もうちょっとテナーがでかく録音されてればなあ。22分あたりでテナーの無伴奏ソロになるあたりの荒っぽさがじつにいい手触りだ。聴き終えて、ふたりにお疲れ様でしたといいたいが、聴いてる私もお疲れ様なのである。スポーツだけでなく、音楽でも小説でも、そういう心地よい疲れというのはある。

「@井川てしゃまんく音楽祭」(BUMMEY RECORDS 002CD)
のなか悟空&人間国宝

 2016年8月の演奏なので、これが今の人間国宝ということである。ときどきこどもの声が入る。でも気にならない。注記もされているが1曲目の途中11分目ぐらいのベースソロのときノイズが入る。でも気にならない。これまでのCDとレパートリーがほぼ一緒。でも気にならない。しかもマイナー曲ばかり(これはこのバンドの特徴)。でも気にならない。つまり演奏が凄すぎてそういった枝葉末節はまるで気にならないのである。
 1曲目の冒頭、意外にもグッと抑えた感じのドラムソロで幕開け。これまで悟空さんはこういうときは、いきなりぶちうますぜとばかりドカドカドカドカとフルパワーで叩きまくり、見たか! と見得を切るようなイメージがあるが、うーん、悟空さんも枯れた演奏をするようになったか……と一瞬思った。しばらくするとヒゴヒロシさんのエレベがからんできて、ふたりでスペーシーな演奏に。これも抑えた感じ。ふーん、こんな風に続くのか……と思っていると、テナーが「マイ・ファイヴァリット・シングス」のテーマを荒い音で奏ではじめ、ソロに突入すると、一気に阿鼻叫喚、気温上昇、血液沸騰のフリーキー地獄になる。これだこれだ、人間国宝はこうでないと! と叫びながら、スピーカーのまえで拳を振り上げる。じつは何年かまえに京都で悟空〜近藤デュオというのを聞いて、たしかにパワーは衰えていないが、昔はもっと手数が多くて短い小節数に目いっぱい音を詰め込んだ、つまり、パワーやワイルドさの面で語られることが多い悟空さんだが、テクニックもめちゃくちゃあるひとで、それがあのえげつない演奏を支えていたわけで、やはりのなか悟空も歳なのか、いや、まだまだ十分聞きごたえはあるけどね……と思っていたのだが、今回のCDを聞くと、パワーもまだまだあるしテクニックもすごくて、しかもいい具合に味わいがあり、押すところは押して抑えるところは抑えるという演奏になっていて、ものすごくしっくりくる。テナーソロのあとヒゴさんが本領大発揮のソロをして(ここでノイズが入る)、そこから悟空さんのドラムソロになる。2曲目はバリサクで「ロンリー・ウーマン」。たしか、近藤さんが永田利樹、瀬尾高志のツインベースで吹き込んだ「デザイアレス」というLPでもこの曲をやっているはずだが未聴(CDは聴いたがそれには入っていない)。テーマを吹くだけでも十分にかっこいい。ええ音してるよなあ、このひとは。そのバックで叩きまくるドラムはものすごく的確である。3曲目はドラムの激しいソロからはじまり、その音量が小さくなり、ベースが入ってきて、あれ? どうなるの? と思っていたら、テナーが「シャレード」を吹きはじめるといつもの破壊的な音圧に一気に高まる。近藤直司のテナーを聴いていると、サックスは気合いであること、そしてその気合いをコントロールするのが重要だということがわかる。このひとのスクリームは、マジで日本一私のツボに来るのだ。ずーーっとグロウルしているし、ずーーっとスクリームしているが、それがいいんだからしかたがない。ヒゴヒロシさんのファンキー(?)なベースソロ、そして、最初はしずしずと不気味にはじまり、次第に煮えたぎっていき、ついには噴火する。パワーといい、ロールの粒立ちといい、安定感といい、それを崩そうとする破壊力といい、いやー、のなか悟空健在! 凄い! ラストのテナーのフリークトーン! こんなんだれでもやるやん、と思うかもしれないが、いやいや、近藤さんのは一味違うのです。4曲目は近藤直司の名曲「マッコイ」。いつもめちゃくちゃ速いテンポで演奏される。テーマ後はフリーになり、テナーが暴れまくるが、その底にはちゃんとその速いビートが流れている。ええぞ、かっこええぞ、近藤! このひととか広瀬淳二さんとか聴くと、やっぱりラーセンのメタルがいいのかなあ……と思ってひそかに吹いてみたりするのだが、やっぱり吹き負けしてしまうのだ(とくに低音)。こういう音をいっぺん出してみたいもんですよ。そのあとドラムのロングソロになって、ここはもうやりたい放題。そしてテーマ。さわやかすぎるMCのあと、「せーの」の掛け声とともにアンコール曲「ダル」に。これはひたすら全員で暴れる短い演奏。近藤さんはバリサク。いやー、ええもん聴かせてもらいました。1曲目のベースソロのノイズはともかくとして、これまでに出た人間国宝のアルバムのなかではいちばん「音がいい」のではないか。

「月蝕の夜」(地底レコード B83F)
蓮根魂

 タイトルといい、バンド名といい、メンバー(和楽器奏者がふたり)といい、格調高い即興と邦楽の融合が聴けるのかと思った。もちろんそういう側面もある。横澤和也というかたは石笛、篠笛、フルートの世界では第一人者であるらしい。大由鬼山というひとも尺八奏者としてはすごいようだ。西田紀子というひとはシエナのメンバーだというからクラシックのフルート奏者としてバリバリなのだろう。そして、西村直樹は言わずト知れた上々颱風のベーシストである。問題は、ドラムがのなか悟空であることで、しかもインプロヴィゼイションの1曲をのぞくと、4曲中3曲が悟空氏の作曲なのだ。しかし、こういうメンバーだから、おそらく悟空さんもいつもの凶悪なドラムを封印して幽玄の世界に溶け込むのか、と思ったわけだが、聞いてみると、事前に勝手に想像していたのとはまるでちがった音楽だった。まず、このなかでは正直いって悟空さんがいちばんおとなしい、というか、ちゃんとフリージャズ的な即興をやっているように思えるぐらい、全員がかなりめちゃくちゃ好き勝手、いや、奔放な演奏をしていて、1曲目の完全即興による曲など、冒頭、いきなり(おそらく)横澤氏によるホーミー的なヴォイスのソロではじまり、全員による間と距離感ばっちりのインプロヴィゼイションが展開するが、ところどころダレ場がある。しかし、こういう演奏でダレることを恐れる必要はまったくなく、逆に全編が美味しい部分ばかりつぎはぎしたような、あるいは破綻を恐れて置きにいったような即興のほうが気持ち悪い。何箇所かすばらしい瞬間があればそれでいいのだ。そして、そういう神がかった瞬間は随所にある。そういう意味でひじょうに真摯で、ていねいな演奏だと思った。そして、凛とした笛の音色とフレーズは、和音階というものの持つ力を再認識させてくれる。ところが、である。2曲目は突然、どこかの音頭か民謡のような、下世話なテーマではじまり、ひたすら「ドンドコ、ドンドコ、ドンドコ、ドンドコ……」という単純なリズムと、「どうしたどうした」とか「やっせいやっせい」といった祭の掛け声っぽい合いの手(?)が炸裂し、笛やフルートも祭りだ祭りだ! という感じの5音階のシンプルきわまりないフレーズを吹き続ける。ドラムソロも和太鼓的な超単純な力技のソロで、なんじゃこりゃ! 幽玄どこいったんじゃ! と叫びそうになるが……これがなかなか燃えるのだ。不思議なもんですなー。しかし、急に下世話になったなあ、と思っていると、3曲目はフリーな感じのドラムソロではじまり、3拍子のモードジャズ風になって、笛がハードなソロを繰り広げる。なかなかのハードボイルドな演奏だ、と思って聴いていると、ブレイクで突然「ゲゲゲの鬼太郎」になってしまうというソフトな演奏であった。それをのなか悟空のフリーなドラムソロがぎゅっと締める。4曲目は大由鬼山さんの曲で、フリーなインプロヴィゼイションではじまり、尺八の朗々とした響きが和音階というより、マカロニウエスタンのような冷徹でかっこいい旋律を吹きはじめる。ニ管のアンサンブルになっていて、和でもあり、フリーもあり、ファンキーでもある。後半ビート感のない即興になるあたりは私の好みでもあります。最後の尺八のカデンツァ的な部分は、吹き方はまさに尺八だが、フレージングは和旋律から離れていてかっこいい。ラストの5曲目は「あと2泊3日」という変なタイトルの悟空さんの曲だが、変拍子のテーマのあと、めちゃくちゃ速い4ビートになる。野蛮ギャルドとか気合い、根性……みたいなことばかり前面に出ている悟空さんの「上手さ」が光る演奏。めちゃくちゃ上手い。しかも、音の小さい、繊細な和楽器に対して、ときには情け容赦なくフルボリュームでぶつけ、ときにはぐっと音を小さくして繊細な表現に寄り添う悟空さんはすばらしい。ただ、ラストが唐突に終わるのはなぜ? サックス的なリード楽器や金管類がない、「笛」系中心のアンサンブルなのでなかなか珍しいと思うが成功している一枚だと思います。しかも、曲がどれもいい。幽玄と下世話のあいだを揺れる異色の作品! だれのリーダー作かわからないので、一番作曲数の多い悟空さんの項に入れた。

「元祖人間兇器」(ARAKAWAZOUEN RECORDS KWSM−A−005)
元祖人間兇器

 のなか悟空率いるトリオ。元祖でない人間兇器もあって、そちらは大編成。しかも本作のライナーにおいても「兇器」と「凶器」が混在していて、どちらが正式なネーミングかわからない。しかーし! そんなことはどうでもいいのだ。悟空さんといえば、人間国宝での川下直広、近藤直司とのコラボレーションが印象的なので、テナートリオと反射的に思ってしまうが、本作での(アルトの)立花秀輝との演奏はすばらしいの一言。立花さんは、AASや不破ワークスなどなどの演奏で超有名なアルト奏者だが、おそらく世界一変態的なボキャブラリーが多彩なひとで、本作でもその本領が存分に発揮されている。しかも、(板橋文夫や小山彰太らとスタンダードを演奏したあの傑作でもわかるように)バップ的なラインや哀愁のメロといったストレートなソロを吹いても凄いんだらかねー。(あとでも触れるが)一曲目のドラムソロの途中からの、ひたすらマルチフォニックスというか雑音というか絶叫というか、そういうノイズを吹き続けるあたりの大馬鹿さは、伏して教えを乞うしかない。そしてベースの一之瀬大悟というひと。すごいすごい、と最近噂には聴いていたがやっと聴けた。いやー、それにしても頭がおかしいとしか思えないアルバムである。タイトルが「元祖人間兇器」というのからして狂ってるが、曲名が「狂気フライングニー」「侠気バックドロップ」「凶器パワーボム」というのだから狂ってるし、ライナーの方には「人間兇器」ではなく「人間凶器」と二箇所も表記してあるのも狂ってるし(そんなことはどっちでもいいのだ! という宣言だろう)、悟空さんの書いたライナーノートの立花さんについての文章はほとんどなにも言っていないに等しくてこれまた狂ってる。では、肝心の演奏はどうかというともちろん狂ってる。一曲目は「お手柔らかに!」という言葉からはじまる、まーったくお手柔らかではない演奏。テナーのように図太い低音からはじまる立花のソロはサックスから出るおよそ考えられるかぎりの変な音を集めた、というようなオルタネイティヴな奏法のオンパレードで、もうめちゃくちゃかっこいい。暴れるドラムとベースのまえで低音部だけで哀愁のメロディーを吹く場面も、普通ならアルトの高音部で吹くべきだと思われるのにあえて低音にこだわっているのだろう。軋み、唸り、歪むドスのきいたアルコベースのスピード感もすばらしい。14分過ぎぐらいからはじまるドラムの激烈なソロはのなか悟空というドラマーの「現在」を表している。上手いのだ。めちゃくちゃ上手いのだが、それを上手いと感じさせないぐらいのパワーがある。日々の精進の賜物としか言いようがない。そして、そこにかぶるベースと「ぴぎゃーっ」とひたすら言い続けるアルトの絶叫は至福! とくにアルトについては、どうかしてしまったんじゃないか、と心配になるぐらいの狂乱のブロウだ。そして、アルトがふつうに高音部に転じてからはよりいっそうトリオの過激度が増していき、ベースのなんだかよくわからないバキバキいうえげつないソロから、また新たな展開になる。アルトが変態的なちゅばちゅばいう音を出し、ベースが(たぶん)弦をスティックで叩き、狂ったヴォイスが飛び交い、戦場のようになる。フリージャズ的になっていくドラムとベースに比して、アルトは「まるでアルトを吹いたことがないひとがアルトを吹いている」かのような、でたらめにしか聞こえないようなフレーズ(?)を延々吹きまくり、ここも壮絶である。ドラムがブラッシュに持ち替え、アルトが切々と、朗々と美しいメロディを奏で上げ、ベースも野太いアルコの音でそれに応じる。え? さっきのめちゃくちゃな演奏はなんだったのだ……と言いたくなるような展開だが、これが次第に壊れていくのである。ドラムソロのときに「いえいえいえいえいえ……」とか歌い続けているのはだれだ(たぶんあのひと)。そして、突然、爆弾が爆発したかのような三人による演奏になり、アルトが見事にストレートアヘッドなブロウをして、あれよあれよという間にびしっと終わる。いやー、すごいすごい。全員お疲れさまな一曲48分の怒涛の音楽ジェットコースター。そして、2曲目。へなへな……としたアルトとブラッシュ、そしてアルコベースではじまるが、隙間の多い即興が、ときに隙間が詰まったり、ビート感が出たり、またフリーになったり……を繰り返しながら進行していき、とても楽しい。7分ぐらいのあたりからインテンポになり、サックスはまたしてもわけのわからない音を楽しげに吹き続ける。ドラムが地面を這いずるような迫力のある演奏をはじめ、キーキーいうアルトに対して切れ目なくじわじわと襲いかかっていく。そして、ベースのピチカートでの「しゃべっている」みたいなソロになり、トリオでのええ感じのフリージャズになる。このあたりの、聴き手の想像力を刺激するような胸熱の展開を聞くといつも、「あー、これは俺の好きな音楽だ」と思うのである。いきなりクライマックスに達するような演奏もよいが、こうしてじりじりと燃え上がっていく炎がついに巨大な火の塊になるような演奏もこういう音楽の醍醐味であります。ラストに向かうところの悟空さんの狂乱のドラムは必聴! この曲が24分。そしてラストの3曲目は1分16秒の超短い演奏。これで締めくくり。いやー、すごいですね。これだけのパワーがあったら、音楽で世の中を変える、とかいうのもあながち妄想ではないような気がする。傑作。