donny mccaslin

「FAST FUTURE」(GREENLEAF MUSIC GRE−CD−1041)
DONNY MCCASLIN

 どうしてニューチャプター系のジャズに関心がないかというと、テナーが活躍しないからだ、ということは自分のなかでははっきりしている。私の音楽観は幼稚で、ジャズでなくてもロックでもクラシックでも吹奏楽でもとにかくテナーがかっこよければそれでいいのだ。もちろんJ.D.アレンとかマーカス・ストリックランドとかウェイン・エスコフェリーとかウォルター・スミスVとか……いろいろと最近のテナーも聴いていないことはないのだが、みんな悪くないけど、うぎゃーっ、かっこいい、死ぬーっ、勘弁してくれーっ、というぐらいのとんでもない怪物というか化け物はいない。これまでジャズをけん引してきた、ある意味、ジャズ=テナーという感じだったほどのテナーサックスのカリスマが今いないということなのである。アルトとかトランペットには逸材がてんこもりで、あー、うらやましーよねー、という気持ちにもなるやんけ。そんななかで、このドニー・マカスリンはすばらしいんじゃないですか? 本作はとにかく全編にわたってその才能をアピールしまくりで、どの曲も涎が出るような演奏ばかり。いろいろいうけど、最近のテナーのなかで、ヒップホップ的なリズムのなかで(うえで?)もっとも自由に吹きまくれているのはこのひとではないのか? なんというか、そういうリズムに乗れるバネがある、というか……。ドラムはマーク・ジュリアナで、シンプルな8ビートもかっこいいんだよなー。もちろん滅茶苦茶叩きまくっている曲もすごい。ボーカルもいい感じ。テナーの音の細さは、最初は気になるけど、次第に長所に感じられていく。フラジオから最低音までのコントロールが気持ちよく、各種のスケールやアルペジオを組み合わせ、リズムをずらし、そのうえでイリノイ・ジャケー的なホンクもして、とにかくショウケースのような怪物的ブロウだ。そう、このひとは「ブロウ」していると思う。最近のテナー(と、ひとくくりにして悪いけど)が、どちらかというと、バンドのほかのメンバーに気を使うというか、全員でのサウンドを大事にして、自分はちょろっと吹くと、それに触発されてほかのメンバーがこうやってああやって……みたいなトータルなサウンド作りの即興をするのにくらべて、このひとのは核になるアイデアが明確だし、リズムはすごいし、しかも自分のブロウをちゃんとストレートに聞かせる気があるよ。いやー、すごいよなあ。傑作としか言いようがない。でも、このひともう48歳やで。俺と変われへんやん。すごいと思います。

「RECOMMENDED TOOLS」(GREENLEAF MUSIC 
DONNY MCCASLIN TRIO

 いやー、凄まじいですね。ドニー・マッカスリンのピアノレストリオ。こういうのも演るんだなー。これは超傑作だ。「ファースト・フューチャー」がアホほど強力だったので、まえに買ってあったこれを聴き直したのだが、いやー、ほかの作品に比べて、これだけが突出して「ジャズ」っぽいのである。自分のルーツを見直すようなコンセプトなのかもしれない。ピアノレスということで、マッカスリンのフレージングのアイデアも露骨にわかる。パッと聴くと、音色が軽いし(とくに高音部。慣れるとくせになる)、上から下まで楽に吹いてる感じなので、ピンとこないかもしれないが、ダニー・マッカスリンは超絶技巧のひとで、しかもとんでもないフレーズの使い手である。正直、今のテナー数多いなかで、もっとも変態的なフレーズを駆使しているのではないか。ここまで徹底して、変態なフレーズを、一気呵成に躊躇なく、怒涛のごとく吹きまくれるテクニックのひとはほかに知らない。どういう過程を経たら、こんな風なスタイルになるのだろう。こういう変なフレーズがかっこええんや! と信じて、練習して練習して練習しまくったんやろなあ。もう、大好きですこのひと。もちろん、ブレッカーとかを思わせるような分析とか解釈可能なフレーズも多用しているのだが、やはりスタイリッシュなフレーズの数々に耳がいってしまう。あと、ひとつのリフに執着したり、リフをずらしていったり、リフの組み合わせでリズムのズレを聴かせたりすることも多くて、シンプルさもちゃんとある。しかも、「ファースト・フューチャー」の項でも書いたが、テナーらしいブロウによる感情の爆発もあって、このひとが「上手過ぎる」ことによって看過されるかもしれない「ブロウテナー」的部分もめちゃくちゃかっこいいのである。そう書くと、「ええとこばっかりやん」と思われるかもしれないが……そうなのです、このひとは正直「ええとこばっか」なのである。すっかり惚れてしまいましたのよ。こういう、「自分がちょろっと吹くことで、凄いリズムセクションを刺激して、彼らから凄いプレイを引きだし、全体としての音楽をクリエイトする」……みたいな最近の風潮ではなく、「自分がとにかく吹く」タイプのひとが活躍していることは喜ばしい。ジョナサン・ブレイクのドラムもえげつないぐらい凄まじい。ネットで見ると、ロリンズ、ブレッカー、ジョシュア・レッドマン、ジェイムズ・カーターには及ばないという評価があって、驚いた。いや、フレーズのアイデアの斬新さをちゃんと聴いてよっ。もうめちゃくちゃ傑作なので、みんな聴いて!

「CASTING FOR GRAVITY」(GLEENLEAF MUSIC GRE−1028)
DONNY MCCASLIN

 このアルバムもえぐいなあ。超硬派ジャズで、完璧に私のツボです。聴いてると身も心もとろけそうになる。リズムがどうとかいう分析はもうどうでもよくて、ひたすらこのひとの作り上げるサウンドに身を任せていたい。ドラム(マーク・ジュリアナ)はたしかに本作でも凄いけど、このひとのドラムはマッカスリンと組んだときに一番魅力を発揮するように思うが、それは身びいきすぎるか? まあ、そう言いたくなるほどマッカスリンに惚れ込んでいるのです。とにかく凄まじい演奏ばかり。しかも、キャッチーでかっこいい曲調なので、だれでも聴けるのではないか。このひとのテナーのすばらしさは、何遍も書いたけど、フレーズの作りかたが超独特なところ。頭おかしいんちゃうかと思うような、個性的なフレーズをものすごいスピードで矢継ぎ早に繰り出す。フレーズのオリジナリティが、リズムやハーモニー、ひいては音楽全体の核になっているわけだから、このひとの音楽が超個性的で独特のものになるわけだ。柔らかい音色で、高音から低音まで等しく同じ音が出せるだけでなく、とくに低音で顕著だが、こんな低いところでフレーズを組み立てて吹くなんてふつーはありえねーよ、というような音域で吹いたりする(もちろん高音も)。フラジオといえばマーク・ターナーだが、あのひとは高音部のテクニックはめちゃくちゃすごいけど、マッカスリンのほうが、フラジオ音域でのフレージングも個性的なので魅かれてしまう。いやいや、このひとのフレーズを聴いて「このひと変態よっ!」と叫ばないひとは、いったいどこを聴いてるのかと思う。ちょっと頭おかしいぐらい変なフレーズですよ。同じフレーズの反復やフリーキーなブロウ、ホンク的な単純なブロウ、ハーモニクスなども巧みに織り交ぜて吹きまくる姿はもう圧巻です。こういう言葉は使いたくないが、これこそ「クリエイティヴなソロ」と言えるのではないか。最初は、やわらかい音だなあ、と思っていたものが、どんどん凄く感じられてきて、しまいには「ひーっ」となる。これはエフェクターとかかけてるから今のサックスは音色なんか関係ないよなどと言うひとにはわからんことだと思うが、とにかくマッカスリンの音は凄いって。それに、ええ曲書くよなー。本作でも、どの曲もかっこよすぎて死ぬ。まあ、私にとっては、ゲイリー・トーマスを「セブンス・クォドランド」ではじめて聴いたとき以来の、こういうテナーの衝撃といえるでしょう。もう一度言うが、かーっこいいっすーっ。傑作。

「EXILE AND DISCOVERY」(NAXOS JAZZ 86014−2)
DONNY MCCASLIN

 ドニー・マッカスリンがカルテットでジャズスタンダードを演奏したアルバム。えっ? あの変態フレーズの使い手で、マーク・ジュリアナをドラムにすえて暴れまくっているマッカスリンがスタンダード? もしかしたら、本作はマッカスリンの出発点的な作品で、当時はこんなことしてました……というような黒歴史なのか、と思って聴いてみると、そういうわけではなく、本作が出た時点ですでにマッカスリンは現代的なエレクトリックサウンドを使った演奏をするミュージシャンという位置づけで、そういう彼がジャズスタンダードをやってみると……? 的なアルバムなのだった。しかし、上手いなあ。テクニックもあるし、音もすばらしいが、フレーズがとにかくすごい。最近のアルバムのような変態的な音域で(低音域のみとか超高音域のみとか)変態的なフレーズを吹きまくる……ということこそ控えめで、ときにデクスター・ゴードン的というかスティット的フレーズを吹く場面も多くて、なるほどこういう素養もあるのだなあと感心するが、それだけにとどまらず、結局はオリジナリティのある個性的なフレーズも使用する(1曲目からそれははっきりわかる)。ジャズの文脈のなかなので、それらはとても有効的に響く。知的かつエモーショナル、というマッカスリンの音楽姿勢はいささかも損なわれていないが、そこにある種の抑制が加わり(スタンダード集だけに)、だれもが楽しめ、しかも深い音楽になっている。とにかくフレージングを耳でしっかりと追っていくだけで、本作におけるマッカスリンの主張(?)がちゃんとわかる仕組みになっている。それぐらいフレーズの紡ぎ方にいろいろなものをこめた演奏。いやー、やっぱりこのひと上手過ぎるって。あと、ドラムが4ビートジャズの権化的なビリー・ドラモンドであることも大きいかも(トラディショナルなジャズ感が際立つ)。ピアノもいいですね。それと、本作の特徴として、2曲の「エチュード」が収録されていることが挙げられる。これはピアソラのエチュードの発展のようなものらしく、テナーサックスの無伴奏ソロである。この2曲を聴くだけでも(テナー奏者にとっては)価値があるアルバムだといえるだろう。しかもどの曲も異常にかっこよくて、テナー吹き必聴の作品だよね(バラードの「イスファハン」は泣ける泣ける)。マッカスリンのオリジナル3曲もいい。最近のマッカスリンが好きなひとにももちろんおすすめです。

「BEYOND NOW」(MOTEMA MUSIC AGIP−3583)
DONNY MCCASLIN

 前作「ファースト・フューチャー」がどえらい傑作だったマッキャスリンだが、本作はどうかと思って聴いてみると、なななななんと前作を越える大傑作だった。いや、大傑作というよりも、ジャズ界を震撼させるような歴史的作品と言ってもいいんじゃないんじゃない? と言いたくなるぐらいの驚異的な内容だった。デヴィッド・ボウイとの関連で語られることの多い本作だが、そんなことは関係なかったとしても、「ダニー・マッキャスリンの新作」としてただただすばらしい。2016年を代表する作品であり、現代ジャズのひとつの到達点でもあると思うが、それよりなにより「今のジャズにおけるテナーサックス」のありかたについてここまでぶっちぎりで高みに行ってしまったアルバムは、まー、なかなかないです。ほかのテナー奏者たち、適当に思いつくままあげても、たとえばマーカス・ストリックスランド、ジョン・エリス、JDアレン、マーク・ターナー、カマシ・ワシントン……といったひとたちとくらべてマッキャスリンがなぜ凄いのか、というと、その答はひとつであって、ようするにダニー・マッキャスリンは変態で頭がいかれているのだ。こんなアホなテナー吹きはいない。ほかの連中は皆、ちゃんと吹いてるのに、このひとは明らかにおかしい。そのおかしさを言葉で表現するのはなかなかむずかしいので、ひとに伝わるかどうかわからないけど、要するにに「アホ」なのだ(大阪弁でいう「アホ」は最上級の褒め言葉であるという理解をしてくださいね)。こんなアホな、テナーの吹奏にここまで徹底してひたむきにおのれのスタイルを追求し、掘り下げて個性を爆発させたたテナー奏者はマイケル・ブレッカー以来だろう。マイケル・ブレッカーも、「アホ」なひとだった。具体的に説明しにくいのだが、マッキャスリンのテナースタイルというのは、ベルグラーセンのメタルという、けっこうエッジの立った音がする(はずの)マウスピースを使って、なぜかものすごく柔らかい、サブトーンぎみな音を出す。それも、低音から高音まで同じソノリティである。とくに低音部はラーセンを使っているとは思えない、どろっとした柔らかな音である。この時点でまずおかしいのに、その音で、ものすごくアグレッシヴで手数の多い強烈なリズムをバックにして吹きまくる。吹きまくるといっても音が柔らかいから、リズムとちぐはぐに聞こえるが、聴き込んでいくうちに、激しいドラムやエグいシンセなどのうえで軽々と吹きまくる「柔らかい音」がだんだん凄まじい演奏に聞こえてくるのだ。このギャップがおかしい。そして、このひとのフレージングだが、普通アドリブというのは、上に行ったら下に降りろ、下に降りたら上に行け……というのが鉄則である。ビバップでもモードジャズでもフュージョンでも、耳に心地よいアドリブというのは基本そういう具合にできている。しかし、マッキャスリンはそのいうルールを無視して、高音なら高音域だけで延々とフレーズを組み立て、低音部分ならめちゃくちゃ低い音域だけで吹きまくる。上がったら上がりっぱなし、下がったら下がりっぱなしだったりする。しかも、そこでのフレーズの流暢さは、きっと家でそういうフレーズをかなり練習しているのだ。普通のひとはそんなことはしない。思いついてもやらない。マッキャスリンはそれをやる。このあたりがブレッカーと似ているのだ。変態的かつストイックなのだ。しかも、同じ音だけを延々吹き続けたりといった昔のホンカースタイルみたいなことを現代的なサウンドのなかにぶちこんできたり、いろんな非常識な技を持っている。そして、そのあいだに突然、上に行ったら下に降りる的なジャズっぽいフレージングや、コルトレーンライクなメカニカルなフレーズ、それにビバップ的コード分解のフレーズなども突然現れる。あー、おもろい! あー、おかしい。楽しい。マッキャスリンを聴くのはいつも「こいつなに考えてんねん!」の世界である。しかも、そういった大胆なセンスがこれ以上行くとギャグになる、というギリギリのバランスのところで微妙な綱渡りによって保たれていて、その危うさがまたなんともたまらん美しさ、かっこよさを生み出している。もちろんそういったアドリブへの姿勢は、曲づくり、サウンド作りその他にも同じように現れていて、すべてぶっ飛んだ天才的なアイデアに満ちている。デヴィッド・ボウイとの関係、ヒップホップとの関係(つまりリズムですね)、機知にとんだ曲作り、ハーモニー、グルーヴ……そんな観点からマッキャスリンを語ることは当然あってしかるべきたし、全体のサウンドとソロは不可分だが、まずはこの超変態的アホな天才テナー吹きのめちゃくちゃなソロ……テナー史を変えるほどのものだと私は言いたいぞ……について、アホや! こいつはアホや! と大声で叫ぶべきなのではないか。でないと、マッキャスリンが「普通にかっこいい、すごいテナーマン」と思われてしまうぞ。このひとはほんと、凄いんですよ。私は声を大にして言いたい。みんな、ダニー・マッキャスリンを聴け!と。本作は(本作も?)大傑作です。あ、さっきテナー奏者をずらずら揚げたなかでシャバカを挙げなかったのは、シャバカもかなりおかしいと思っているからなのでありますが、それはまた別の話。

「DECLARATION」(SUNNYSIDE SSC1218)
DONNY MCCASLIN

 いや、もうめちゃくちゃかっこいい。聴き込むほどに新たな発見がある。まだ、マーク・ジュリアナをドラムに迎えるまえ、2009年の作品で、ギターのベン・モンダー、ベースのスコット・コリー、ドラムのアントニオ・サンチェスらとのコラボレーションが続いていた時期であるが、クインテットに5管のアンサンブルがついている点が聴きものである。つまり、いわゆるラージアンサンブルものなのである。マッキャスリンは、もちろんマリア・シュナイダーのビッグバンドで名を挙げたひとだからその影響を受けていることは間違いないだろうが、マッキャスリンが書いた文章によると、ギル・ゴールドスタインにオーケストレイションで世話になったようである。聴いてみると、フリューゲルやホルン、トロンボーン、チューバなどをうまく使って、柔らかい音色のハーモニーをきかせていて、非常にソフトだが刺激的なアレンジになっている。これはダニーのテナーにもいえることで、音色はソフトなのにものすごく刺激的なソロを展開する。でかい、エッジのたった音でごりごり吹くよりもずっと「ブロウ」している気がする(これは最新先のタイトルにもつながるが)。マッキャスリンのソロの特徴はこれまで何度も書いているので繰り返さないが、柔らかい音色でフラジオから最低音までを吹き、低音はこういう風に、とか、高音部は普通こう吹くよね、といった先入観をぶっつぶしたアイデアでフレーズを構築する。露骨に○○スケールを使ってる、とわかるぐらいしつこく同じスケールを繰り返したと思いきや、わけのわからない錐揉みのような目くるめくフレーズを延々ぶちまけたり、ときにはホンカーのようにブロウしたり、ファンキーなフィーリングをぶつけたり……しかもそのすべてがソフトな音色でクールに決められているのだからおそれいる。映像を見ると、本人は汗だくで吹きまくっているようなので、「クール」と言われたら「おい!」ということにもなるだろうが、音だけ聞くと、涼しい顔で完璧にキメられてる感じがする。そこに、オーケストレイションが加わるのだから、もうたまらん。大編成がよくない、という意見も当然あるだろうが(ネットでもいくつか見かけた)、私個人としては、このアンサンブルは大成功しているというしかない。曲の構造も、一筋縄ではいかず、最初のテーマのあとべつのテーマがあり、そのあとにまた……という二重三重のオーケストレイションになっていて、聴き応え十分である。とくに1曲目は充実の大作(?)で、ギターのかわいいイントロからはじまり、ピアノとドラムが入って複雑なパターンを叩きだし、ホルンが朗々とメロディをつむぐと、もう「ひとつの異世界」に連れて行かれてしまう。ダニーの柔らかなテナーがひたすらオリジナリティのかたまりのようなソロを吹きまくり、いつものように「これはだれに似ているのだろうか。いや、だれにも似ていないな」などと考えているうちにどんどん時間が経ってしまう。マイケル・ブレッカー? いや、ダニーはもっとヤバいところに足を置いているような気がする。この短いソロのあいだにどれだけのアイデアとテクニックと音楽性が詰まっているのか……恐ろしい。そのあとなぜかフリーリズムな感じのピアノの無伴奏ソロになる。そして、テーマの変奏が現れてエンディング。2曲目はバラード的なイントロのあと、ラテンリズムになり、変態的でスペーシーなテーマが登場。かっちょええ! ピアノソロのときのベースとドラムとパーカッションかっちょええ! そして盛り上がりまくったところに満を持してテナーが登場。低音から高音まで駆使した短いソロがかっちょええ! 3曲目はゆったりした美しいバラードだが、テナーソロになるとゴリゴリの凄まじい演奏になる。ダニーの音色も存分に味わえる。ちょっとゴスペル的なフィーリングを感じる曲。4曲目は変てこだがジャズっぽいリフ曲。ベースソロが最初にフィーチュアされる。こういう曲だとダニーのフレージング作りの方法がよくわかる。音色、アタック、微妙な音程などちょっとしたニュアンスまでも大事にして、フレーズの隅々にまで気が配られている。短いリフやスケールを積み重ね、組み合わせ、変化させて、しまいには爆発的、圧倒的な表現を作り出す。かっちょええ! アレンジもあまり仕掛けはなく、テーマ→ソロ→テーマという構造。5曲目は「ロック・ミー」というタイトルなのでノリノリのロックンロールかと思いきや、モンクやドルフィー的といってもいいぐらいエグいテーマ。ただし、リズムは8ビートが基調。ダニーも、ごつい感じのブロウを展開する。かっちょええ! ベン・モンダーのこれもエグいギターソロのあと、7つの音で構成された吹き伸ばしのリフがしつこく繰り返され、最後はそれをホルンかなぞってエンディング。変な曲! 6曲目はバラードで、ベン・モンダーはうってかわってシングルトーンでしみじみしたソロ。そして、マッキャスリンが柔らかい音色で引き継ぐ。7曲目もかなり変な曲でドルフィーっぽい。こういう曲のときはなぜかシンプルなジャズアレンジになる。ピアノソロからドラムソロになり、テナーソロになる。最後の10曲目は「レイト・ナイト・ゴスペル」という曲で、ゴスペルという言葉から受ける印象とはちょっとちがうけど真摯でスピリチュアルなものを感じる曲想で、最後はものすごく盛り上がる。ライヴでやったらえらいことになるだろう。しかし、マッキャスリンってマウスピースはラーセンの105の1Mでどうしてこんな音が出せるのか……不思議としかいいようがない。傑作! としか言いようがありません。