albert mangelsdorff

「LANAYA」(ELEPHANT EL2209)
ALBERT MANGELSDORFF PERCUSSION ORCHESTRA

 前衛ジャズトロンボーンの老雄マンゲルスドルフがパーカッション軍団と競演したアルバム……らしいが、ドイツ語ライナーなのでさっぱりわからん。どうやらメンバーはマンゲルスドルフをいれても5人だけみたいなのだが、5人目の人が何の楽器をやっているのか、どこにも書いていない。いつごろの録音なのかもよくわからんが、拍手とかが入っており、どこかのライブなのである。箱のしたのほうに93とか書いてあるから、93年録音かなあ。まあ、いいけど。私は、パーカション軍団のリズムの嵐をバックにして暴れまくるトロンボーン……みたいなものを期待していたが、いい意味で裏切られた。1曲目は、パーカッションがひとりで叩くだけのソロ曲。2曲めも冒頭からずーっとパーカッションがえんえん続くだけなので、おなじようなものかと思っていると、途中からトロンボーンが入ってくる。おおむね超馬鹿テクだがおとなしめのパーカッションたちのグルーヴを味わうためのアルバムで、マンゲルスドルフもそれにあわせている感じだが、5曲目のトロンボーンによる完全無伴奏ソロで、しかもマルチフォニックスを駆使した演奏(フリーではなく、ちゃんとした曲)は圧巻。聴いてて顔が「きっー」となるような興奮の一枚ではないが、全曲非常にハイレベルで、何度聴いても楽しめる好盤。愛聴してます。

「ALBERT MANGELSDOLF AND HIS FRIENDS」(MPS00440 0673752)
ALBERT MANGELSDOLF

 マンゲルスドルフがいろいろな共演者と一曲ずつデュオをした企画もの。じつは今回はじめて聴いた。通して聴いても40分ほどで、70分越えが当たり前のCD時代の感覚としては収録時間が非常に短いわけだが、内容は全曲濃密で、かつ、さらりと聴きやすく、いやー、こんなにいいとは正直思わなかった。どれ一つとして「はずれ」の演奏がない。一曲目のドン・チェリーとのデュオがたぶん私にはいちばん面白いはず……と思っていたらさにあらず。ドン・チェリーとの演奏はさすがにすばらしいが、じつはそれ以外が信じられないぐらいよくてびっくり。二曲目のエルヴィンとの共演も、エルヴィン〜コルトレーンのようなパワーとパワーのぶつかり合いではなく、非常に音楽的で、かつ、エルヴィンのうねるようなドラミングを十分いかした演奏になっており、マンゲルスドルフというおっさんの頭の良さ、柔軟性、そしてそれを表現しきれるだけの演奏能力に脱帽。しかし、本作でいちばん「うわー、これは!」と感心しまくったのは、ギターのアッティラ・ゾラーとのデュオで、これはもうめちゃめちゃ良かった。

「SPONTANEOUS」(ENJA RECORDS ENJA2064)
ALBERT MANGELSDORFF MEETS MASAHIKO SATO

 最初に聴いたときは、仕事をしながら流して聴いたせいか、なーんか録音悪いなあ、このびょんびょんいう音はなに? モジュレーター? 時代やなあ……とあまり良い印象ではなかった。ところが再聴してみて、ものすごーくのめりこんだ。これはいいっすよ! マンゲルスドルフは昔から好きだが、もしかしたらこのアルバムがいちばんいいかもしれない。少なくとも今はそう思っている。それぐらいよかった。もちろんその良さの多くの部分を佐藤允彦のピアノがになっていて、いやはや凄いですね、このアルバムでの佐藤さん。すさまじい集中力で演奏をリードしていく。リズムもテクニックも圧倒的だが、そのすべてが「フリーミュージック」に奉仕していて、爽快だ。唯一ドラムのひとだけが、ガーンと押してこない、というか、どっしりと腰を落ち着けた感じの演奏だが、それもこのセッションにはあっていると思う。一晩中何度も聴き、つぎの日もまたそのつぎの日もきいたが、飽きなかった。マンゲルスドルフすごい! 佐藤允彦すごい!

「SOLO」(MOST PERFECT SOUND EDITION MSP 06025 1779743)
ALBERT MANGELSDORFF

神技なのだ。私は高校生のときになにげなくラジオをエアチェックしていて、オランダのノースシーかなにかのジャズフェスのライヴで、マンゲルスドルフのソロを聴いた(今から考えてもあれはすごい番組で、なにしろデクスター・ゴードン〜グリフィンのバトルチームがでているとおもったら、マンゲルスドルフソロがあり、ブルースシンガーの弾き語りがある、というようなプログラムだったからなあ)。そのときすでにDUGでのライヴのレコードも聴いていたのに、そのソロは茫然自失、というか、耳を疑った。だって、トロンボーンのソロなんですよ。どう聴いてもシンセじゃないですか。それぐらい、変幻自在の音がでていた。演奏が、というより、音が、ですね。それにもう超びっくりして、以来、マンゲルスドルフはすごいすごいと思いつづけ、聴き続けているわけだが、さまざまなセッティングでこのひとは実力を発揮する。デュオでもトリオでもカルテットでも大編成でも、それぞれすごさを感じさせるのだが、あの高校のときの体験から、私は「マンゲはソロ」という盲目的な確信を抱きつづいている。そして、この2枚組ですよ。マンゲルスドルフのソロアルバムを全部網羅しているのだ。単体で持っているものもあれば、持っていないものもある。こうして27曲のソロを聴き続けて、まったく飽きないばかりか、何度も何度も最初から聴き直して、この2枚組をほんとうに骨までしゃぶった。聴いて思うのは、金管によるソロインプロヴィゼイションを行うにあたって重要な要素である「めちゃめちゃたしかな技術」というものが土台にドーンとあり、それに基づいての即興だ、ということだ。ボントロでソロをやるひとの演奏はそれぞれに個性があり、たとえばポール・ラザフォードはもうすこし奔放だし、ジョージ・ルイスはもっと繊細かつねっとりしているとか、いろいろあるが、マンゲルスドルフはクラシック的なテクニックがものすごくあって、それを駆使しつつ、そういう「技術力」を感じさせない。技術がありすぎると、どうしても「小手先」感がでてしまうものだが、そんなものはみじんもなく、もうすたすら「おそれいりました。ご勘弁ください。ありがたやありがたや」の世界である(なんのことかわからん?)。とにかくめちゃめちゃかっこよくて、楽しくて、深くて……トロンボーンでソロを志すひとは、立ち向かうか回避するか、いずれにしてもこのひとのソロを意識せざるをえないのだろうから、いやはやたいへんな山が立ちはだかっていることよ、と同情する。なお、二曲入っている「マーク・シュターリン」とかいうひとのトランペットソロは,どうやらいろいろ調べてみると、マンゲルスドルフがボントロソロを録音して、そのテープスピードを早めたものらしいが、どう聴いてもトランペットのソロにしか聴こえない。まるでジョン・ファディスみたいだ。遊びではあるが、ボントロのスライドの抜き差しとタンギングによるフレージングが、トランペットのバルブによるものに聴こえるのだから、その技術はおそろしいものがある。ソロ、ということに恐れをなすことなく、すべてのトロンボーン吹きに聴いてもらいたい大傑作ということで推薦いたします。

「TRILOGUE−LIVE!」(MPS UCCU−5293)
ALBERT MANGELSDORFF−JACO PASTORIUS−ALPHONSE MOUZON

全曲マンゲルスドルフの作曲で、どう考えてもマンゲルスドルフがリーダーもしくは主体のアルバムなのだが、日本盤のライナーは1から10までひたすらジャコパスのことばかり書いてある。まあ、案の定といえば案の定なのだが、だから日本盤を買うのはいやなのだ。そんなにマンゲルスドルフが嫌いか。嫌いではなく、ジャコパスを売りにしなければならないのだ、という事情はわかるが、こういう書き方だとマンゲルスドルフに失礼だと思わんのかなあ。たとえば、レコード会社に「ジャコパスのことをメインに書いてくださいよ」とか注文をつけられたとしても、そこはうまくマンゲルスドルフをたてるような書き方がぜったいできるはずなのにそうなっていないというのは、書いている本人にも、マンゲルスドルフなんかどうでもええやん、リスナーが求めてるのはジャコパスやで、という気持ちがあるからにちがいないと邪推せざるをえない。……と、まあ、日本語ライナーにはめちゃめちゃ腹が立ったが、内容はさすがにすばらしい。レコードで持っているのだが、CDを買ってしまったのも、百回も二百回も聴きかえしたいからで、マンゲルスドルフの作品のなかでも、それだけの価値があるものだ。そして、ジャコ・パストリアスの作品のなかでもいろいろな意味で最上位に属するものだと思う。たとえば、「ジャコ・パストリアスの肖像」「ワード・オブ・マウス」そしてウェザーの諸作品と同等ぐらいの。私は、ジャコの持つ前衛性、あるいは一時のウェザーの持つ前衛性というのは、けっしてマンゲルスドルフの音楽と相反するものとは思わないので、このアルバムが他流試合だとかいう表現にはすごく抵抗を覚えるし、なるべくしてなったセッションだと思うが、やはり一方では、よくこの顔合わせが実現したなあ、とも思う。ヨアヒム・ベーレントが長文の解説を書いて、このセッションが実現した事情を縷々述べているが、ベーレントはえらい! と思う。このトリオがすごいのは、ベタな言い方だが、たとえばマンゲルスドルフは普通トロンボーンならこのぐらい、と考えられている領域からかなり「出た」演奏ができる技術力、音楽性がある。たとえば(反論承知でざっくり書くと)JJジョンソンは死ぬほどうまいが、あれはトロンボーンならこのぐらい、というベクトルにめちゃくちゃ掘り下げていく形でのうまさなので、ボントロの領域をべつのベクトルに広げてはいない。だが、マンゲルスドルフは通常のトロンボーンの領域にくわえてプラスアルファの領域をかなり持っているひとである。そしてジャコ・パストリアスしかり。彼もベースを、通常考えられている領域にプラスアルファをおもいっきり付け加えたひとである。アル・ムザーンのことはよくわからんが、このふたりを結びつける相性のよさはたしかにあったと思う。パワフルかつ繊細である。これがエルヴィンだったらこういう具合にはいかなかったと思う(マンゲルスドルフはこのアルバムに先立ち、エルヴィンとの共演盤をつくっているが、それはめちゃめちゃ傑作)。つまり、このトリオはトリオなのに、じつは5人分、6人分の音楽性があるわけで、それが異常なほどに「豊穣感」をうむのだろう。ベタでしょうか。でも、さっきベタだって書いたやん。こういう、スカスカで、フットワークがすごく軽くて、「自由自在」かつ「互いに刺激しまくり」のトリオって、本当に何度聴いてもいろんな発見があるし、わくわくする瞬間の連続で楽しすぎる。マンゲスドルフもジャコもこういう音源を残してくれて、感謝してもしきれないぐらいである。

「ZO−CO−MA」(MPS 06025 1779748)
ATTILA ZOLLER/LEE KONITZ/ALBERT MANGELSDORFF

 マンゲルスドルフの生誕八十年を記念して4つのボックスが出された。1と2は、それぞれ5枚組で、マンゲルスドルフのリーダー作やそれに準ずるものを集めたもの(つまり、全部で10枚のアルバムが収められている)。3は無伴奏ソロ作3枚を2枚に編集したもの。4は、ジャコ・パスとのセッションともう一枚を収録したライヴもの二枚組。しかし、マンゲルスドルフはこの記念すべき4ボックス全14枚が発売されるまえに死去した。私はそれらのなかで、まず3のソロのやつを購入して聴き、あまりのすごさに5メートルほどぶっとんだ。そして、味をしめて、先日、この第一集であるところの5枚の作品を集めたボックスを買ったのである。そして、その一枚目が本作だ。正直、私は自分ではけっこうマンゲルスドルフを聴いてきたと思っていたが、とくに初期のものはほとんど聴いていないということがわかった。たしか「ディグ」のライヴとかジャーマン・オールスターズとかグローブ・ユニティとかそのあたりは聴いていたのだが、それで「十分聴いていた」と思い込んでいたのだなあ。なんという馬鹿だったのか。どう馬鹿だったかはこれから書く。まず本作を聴いての感想。──恐れ入りました。どうしてこのアルバムを聴いたことがなかったのかというと、たぶん、サックスがリー・コニッツだからだろう。高校生のころ、はじめてコニッツを聴いて、なんじゃこのへらへらした音は……と悪い先入観を得て、その後、紆余曲折をへて私の耳も若干成長し、コニッツの凄さがようやくわかるようになってからも、まあ、アルトだし、音色的な感動は得られないわけだし、というわけで、コニッツをあまり積極的に聴くことはなかった。ここ何年かだよなあ、コニッツの変なプロジェクトとか変なアルバムのおもしろさに気づき、どんどん聴くようになったのは。というような経緯があって、本作は今回このボックスではじめて聴いたわけだが、いやー、凄いよなあ。知的、技術的、そして野心的、前衛的、冒険的。すべてがパーフェクトに近い。曲がどれもすばらしいし、マンゲルスドルフとコニッツの2管というのが、ひじょうにうまくいっている。ゴリゴリ系の曲、モーダルな曲、フリーな曲、バップのパロディのような曲……どれもリーダーであるマンゲルスドルフが、はっきりしたアイデアをもって作曲し、こういう風に演奏しよう、という確固たる考えのもとにそれをメンバーに伝え、そして一丸となってそのとおりに表現した……という、とてつもないリーダーシップを感じる。だが、それだけではなく、個々のミュージシャンのすばらしいソロが互いを刺激しあい、リーダーの予想以上であろう演奏を引き出している。何度も聴いたが、そのたびに「あー、これはええわ」とほとほと感心してしまう。この作品のキーワードはおそらく、知的かつ冒険的かつハードドライヴィング……ということであって、それにはコニッツのアルトがぴったりしている。こんなすごい作品を知らずにマンゲルスドルフってええでえ、とひとに言っていた自分が恥ずかしい。アッティラ・ゾラーのギターもすばらしくて、悶絶。リズムはバール・フィリップスとステュ・マーティンという豪腕コンビだが、本作ではリーダーのコンセプトを理解して、どちらかというとおとなしめに、しかし、変態的に迫る。楽しい楽しいアルバム。

「WILD GOOSE」(MPS 06025 1779504)
COLIN WILKIE & SHIRLEY HART/ALBERT MANGELSDORFF/YOKI FREUND

 一曲目を途中まで聴いたときには、な、な、な、な、なんやねんこれは! と叫びそうになった。コリン・ウィルキーとシャーリー・ハートというフォークデュオ(?)がフォークというかなんというかギターをジャカジャカとカッティングして歌う。一瞬、アルバムをまちがえたかなと思ったほどだが、それが延々と続いたあと、突如としてコレクティヴインプロヴィゼイションというか、ぐじゃぐしゃの展開になる。むちゃくちゃか! と思ったが、二曲目以降をきいて、うーんなるほどなあと思った。このフォークデュオはふだんはしっかりした芯のある、メッセージソング的なものを歌っているらしいが、ここではいわゆるトラディショナルを自己流にアレンジしている。そこにマンゲルスドルフ、ヨギ・フロインド、エミール・マンゲルスドルフ、ハインツ・ザウアー、ギュンター・クロンバーグ……といったフリー系の凄腕たちがバックをつとめ、またソロを吹きまくる。いやー、これはハマリました。めちゃめちゃかっこいいし、めちゃめちゃおもろいし、めちゃめちゃ楽しい。六十九年という時点でこのようなアルバムが録音されていたことに驚異を感じる。どのソロも死ぬほどかっこよくて、煮えたぎるような情熱を秘めているが、それはおそらくこのふたりのフォークシンガーの歌詞などに触発されたものにちがいあるまい。英語がわからんからなあ……。一聴、このふたりのリーダー作のようにも聞こえるが、じつはマンゲルスドルフのリーダー作なのである。つまりは、マンゲルスドルフがこのときに「こういうことをやりたい」と考えて、メンバーを集めて、それを実現させたものなのである。いやー、たいしたものである。マンゲルスドルフはえらい。すごい。さすがだ。もうどんどん賞賛しちゃうもんね。このアルバム、麻薬的な魅力があるようで、短期間に六回もきいてしまった。それぐらいツボにはまった。

「NEVER LET IT END」(MPS 06025 1706002)
ALBERT MANGELSDORFF QUARTET

もうめちゃめちゃかっこいい。「かっこいーーーー!」と絶叫したくなる。というか、深夜にきいていて、ほんとうに叫んでしまった(絶叫、ではなかったが、小声で)。ハインツ・ザウアーの濁った音色でのテナーソロが出てくる瞬間である。いやー、まいったまいった。これはすごいわ。もう、信じられないぐらい私のハートを直撃してくれたアルバムで、この作品をこれまで聴いたことがなかったとは不覚の至りである。あー、俺はアホやった。これを聴かずして、ヨーロッパフリーはええよ、とか、マンゲはええよ、とか抜かしていたのだから、アホ丸出しではないか。とにかく、まず作曲がいい、アレンジがいい、ソロがいい、リズムがいい。そんなことはあたりまえだと言うかもしれないが、そんなことはないですよ。たとえばアーチー・シェップの作品を一枚、なんでもいいから抜き出して、それらがすべて当てはまるものがどれだけあるか。もちろんシェップにはべつの魅力がたっぷりあるわけだが、フリージャズのアルバムで単純に「曲よし、アレンジよし、ソロよし、リズムよし」と、ごくフツーに言えるというのはなかなかのことだ。そして、70年という時点における彼らのチャレンジ精神というか、「やったるでえ!」的な、異常なまでの気合がひしひしと感じられて、そこにノックアウトされる。特筆すべきは、この時期のマンゲルスドルフの右腕といってもいい存在のハインツ・ザウアーのすばらしすぎるソロで、もうどれもこれも瞠目である。まさに私の好みで、音色もテクニックもフレーズもあわせもったうえで、八方破れに吹きまくってくれるという……うーん、昔からザウアーを聴いてきたつもりだけど、こんなにすごいひとだったっけ? とあらためて感心しまくり。そして、派手で豪快なザウアーのソロに対して、マンゲルスドルフは毎回、知的かつチャレンジングな、アイデア満載、というか、アイデアを試してみました的なすごいソロを繰り広げてくれて満足。このおっさんは、とにかくあまりのテクニシャンで、おそらくJJジョンソンと肩をならべるぐらいすごいのだが、そのテクニックがJJジョンソンのように、バップのフレーズをトロンボーンで完璧に吹ききる……みたいな方面には向いていなくて、「自分の音楽に必要なことをボントロで吹ききる」という方面に特化して、深く深く深化していっている点にぞっとするほどの凄味を感じる。まあ、ぐだぐだ書いたが、一言でいうと「死ぬほどかっこいい」アルバムなので、聴いたことのないひとは、とにかくだまされたと思って一度聴いてください。この作品については、もう夜通し語っていたいほどハマりました。

「TROMBONE WORKSHOP」(MPS 06025 177974)
HAMPTON/MANGELSDORFF/PERSSON/WHIGHAM

今回聴いた5枚の、マンゲルスドルフの初期MPS作品のうち、本作がおそらくいちばん、一般のジャズファンには受け入れられるだろう。それぐらい、レベルがめちゃめちゃ高くて、かっこよくて、勉強(?)にもなるというクオリティ最高の作品である。バップ的、あるいはモードジャズ的な曲が並び、それぞれにトロンボーン奏者が圧倒的なソロを繰り広げる。トロンボーンは、こういった「同楽器アンサンブル」にはいちばん向いているようで、昔からトロンボーンサミット的なこの手のアルバムはたくさん作られてきたが、そのなかでもかなり上位に位置する作品ではないかと思う(その多くにかかわっていると思われるスラハン(スライド・ハンプトン)が本作にもかかわっている)。なかにはフリーっぽい曲もあって、なかなか聴き応えがあるし、とくにバラード系の曲の充実ぶりはすばらしいが、なにしろ私はこれをマンゲルスドルフ5枚組のなかで聴いているわけであって、ほかの4作とくらべると、アレンジもすごいし顔ぶれもソロもすごいんだけど、どうしても「企画もの」的な感じはいなめない。ほかの4作のような、メンバー全員が一丸となって、新しいなにかを作っていきましょう……といった覇気というか冒険心というか気概が感じられず(あたりまえか。そういうアルバムではないのだ)、そこがどうしても聴きおとりする。単体で聴くと、たぶん満点評価の作品だと思う。とくに、ボントロ奏者のひとが聴けば、「すげーっ」と賛嘆することと思われる。

「BIRDS OF UNDERGROUND」(MPS 06025 1717594)
ALBERT MANGELSDORFF QUINTET

「ネバー・レット・イット・エンド」の路線を踏襲した作品であり、かつ、マンゲルスドルフの代表作として喧伝されている作品。もう書き飽きたフレーズだが「めちゃめちゃすごい」としか言いようがない。「ネバー……」ではアルトとテナーの持ち替えだったハインツホ・ザウアーをアルトに固定し、テナーとしてゲルト・デュデュクを入れた3管編成だが、もう死ぬほどかっこいい。一曲目の冒頭の「ズダーン!」という衝撃音から展開されるインプロヴィゼイションの嵐にひたすら呆然として聞き入るのみ。このアルバムはテープで持っていたが、今回はじめて「ちゃんと」聴いたような気がする。こんなにすごかったんだったっけ。あきれるぐらいすごかった。何度も何度も聴いたが、それはたった4曲で、収録時間が全部で43分と、今のCDだとその倍ぐらい入っているわけで、ああ、あのころのアルバムは密度が濃いなあ。曲はどれもいい。最近のヴァンダーマークがよくやる、おおげさな伊福部昭的アンサンブルのフリージャズ、みたいなものもやってるし(そもそものルーツはジャズ・コンポーザーズ・オーケストラなどにあるのだろうか?)、しかも、中身も最高なのである。ザウアーのアルトとデュデュクのテナーの共演に心奪われ(あー、こいつら、もう筆舌に尽くしがたいぐらいかっこええ!)、それを仕切るマンゲルスドルフの知的かつ冒険的かつ豪快なソロにしびれまくり、ほんと言うことなしですよ。ヨーロッパ系のモードからフリージャズには、私の友達の添野さんが詳しくて、しかも情熱をもっているが、きっと彼ならこう言うにちがいない。田中さん、いまごろそんなこと言ってるの? と。そうなんです、今頃こんなこと言ってるんです。フリージャズは奥深くて怖い。でも、楽しい。

「FOLK MOND & FLOWER DREAM」(NEKTAR 68.861)
ALBERT MANGELSDORFF QUINTET

 ものすごいタイトルなので、マンゲルスドルフのことだし、もしかするとサイケデリックというかニューミュージック的な「当時の」最先端トンガリ音楽が演奏されているのかとこわごわ期待したが、聴いてみると意外に(?)ちゃんとした内容だった。失望しているのかというとそんなことはまったくなく、ゲルト・デュデュクではなくハインツ・ザウアーを含む当時のレギュラーグループと思われるマンゲルスドルフバンドが一丸となったモーダル〜フリーな力演を聴くことができる。リズムセクションもいいが、やはり個人的にはザウアーってすごいテナーマンだったのだなあといつもながら驚く。ぜったい過小評価だよなあ。アルトも吹けるザウアーだが、ここではテナーとソプラノ。アラン・スキッドモアとかも過小評価すぎると思うが、ザウアーはサイドマンが多いためか(印象で書いてます。ちゃんと調べたわけではない)、いまいち前面に出ることが少ないように思う。しかし、ここで聴かれるとおり、デュデュクとも並ぶ最高のテナー奏者であり、私の好みです。もうひとりのギュンター・クローンバーグというアルト〜バリトン吹きも良くて、強力な3管編成。しかし、この時代のヨーロッパの連中の「上手さ」と上手さ果てにある異常な世界は、ほんととんでもないなあ。いやー、いいものを聴けてうれしい。こういう再発はどんどんしてください。マンゲルスドルフに外れ(今のところ)なしであります。

「SPONTANEOUS」(ENJA RECORDS CDSOL−6552)
ALBERT MANGELSDORFF MEETS MASAHIKO SATO

 マンゲルスドルフと佐藤允彦の共演だが、まさに「共演」であって、マンゲルスドルフのバンドに佐藤允彦がゲストとして参加した……みたいな感じではなく、がっぷり四つである。この時期の佐藤は、モジュラーシンセやノイズマシーンみたいなものをピアノ以外に前面に出していて、その音がかなりうるさい。うるさい、と言うのは悪い意味ではなく、そのノイジーな音が超バカテクで流暢になんでもできるマンゲルスドルフの音楽に、かなりの刺激を与えていて、なにが起こるかわからない緊張感となって、聴いていてもわくわくする。そういう「出たばっかり」のおもちゃ的な楽器を使った演奏って、どんどん古びるか、もしくはノスタルジックに響くようになるものだが、さすがは佐藤允彦で、センスがいいので、今聞いても十分瑞々しい。そして、佐藤がからんでからんでからみたおすと、マンゲルスドルフも真っ向からそれに応え、さっきも書いたが、本当の意味での「マンゲルスドルフ・ミーツ・サトウ」という演奏。それにしても、どんなタイプの演奏をしても、こちらの想像を超えたプレイをする、凄いひとだなあと思います。

「TRIPLICITY」(SKIP RECORDS SKIP9052−2)
ALBERT MANGELSDORFF

 まあ、凄いです。マンゲルスドルフとベースのアリルド・アンデルセン、ドラムのピエール・ファーヴル(と読むのか?)のトリオ。まず連想するのは、あのジャコの入ったトリオだろが、ひとによっては本作を「裏トリローグ」などと言うかもしれない。しかし、いやいや、こっちのほうが表ですよと言いたいぐらい、本作は凄い。たとえば1曲目なんか、テーマ部分はマルチフォニックスと単音を交互に使ってひとりアンサンブルをやっているのだ。躍動的かつ絡みついてくるリズムとともにマンゲルスドルフのトロンボーンは彼らを引っ張り、掻きまわし、溶け込み、疾走し、爆発する。さっき書いたマルチフォニックスをはじめ、トロンボーンのさまざまなハイレベルなテクニックが一曲のうちにたくさん織り込まれており、そのさりげなさにも感動する。とんでもない技術だが、その技術がすべて音楽に奉仕している。そして、イントロから最後の一音まで、隅々にまで気を配り、手を抜かない。あたりまえ? いやいや、そんなことないですよ。トロンボーンという楽器の表現力に圧倒される。吹奏楽でボントロ吹いてるひと全員に聴かせたいです。ハードな曲、シリアスな曲、ユーモラスな曲、完全フリーの曲などいろいろあるが、どれもマンゲルスドルフのしっかりした方向性に基づいており、散漫な印象はゼロ。逆に三人で作り出せる曲や演奏のバラエティに驚くばかり。歌心、シュールさ、超複雑なパッセージなどがスピード感を伴ってつぎつぎ繰り出される。ドラムとのデュオや幻想的なバラード、ファンキーさなど、あらゆるジャズの要素が詰め込まれているといっても大げさではないかも。ベースのアンデルセンがこれまた上手いのだ(上手過ぎるぐらい)。これでライヴだからなあ……。こういう演奏こそが「ジャズ」であり、こういうのを聴くのがジャズの醍醐味なんじゃないの。よくトリオを評するのに「完全な三角形」とか安易にいうけど、楽器の特質や役目が違うのだからそんなものありえない。しかし、マンゲルスドルフのトリオはいつもその「完全な三角形」にチャレンジしているような気がする(アルバムタイトルにその主張がある)。傑作。