yusef lateef

「EASTERN SOUNDS」(PRESTIGE PRCD−30012−2)
YUSEF LATEEF

 ルディ・ヴァン・ゲルダーのリマスターによる一枚。リアルでど迫力のサウンドは、リマスターのせいなのかどうか、オリジナルを聴いたわけではないのでわからんけど、とにかくかっこいい。選曲や使用楽器がバラエティに飛んでいるので、各曲解説をしよう。一曲め、いきなりわけのわからない楽器を使っている(中国のフルートらしいけど……)。ビール瓶の口を吹いているような、茫洋とした、一種癒し系の音。これがなんともいえない、いい雰囲気を出している。二曲目はオーボエによるブルースで、タイトルも「ブルース・フォー・オリエント」となっているが、実際は中近東風というより、オーボエでちゃんとブルーノートを駆使したブルージーなフレーズを吹きまくっていて感動。このひとのオーボエは、チャルメラ風ではなく、ローランド・カークのマンゼロ的な豪快さがある。つづく三曲めは五拍子のむずかしいノリの曲だが、レックス・ハンフリーズのドラムがよくて(このアルバム全体への貢献大)、ラティーフの豪放なテナーをいっそう引き立てている。四曲めのバラードなど、ちょっと聴くと、ぶっきらぼう(?)なノリがデクスター・ゴードンを思わせるような、まさに正統派の吹きっぷり。五曲めは、このアルバムの白眉ともいうべき、オーボエによる「スパルタカスの愛のテーマ」だが、これがなんともいえず美味しくて、何度でも聞き返したくなるような蟻地獄のような魅力にあふれている。六曲めは、ちょっとモードっぽい曲調で、ユーセフ・ラティーフのテナーもそういった「ちょい新し目」のフレーズをうねるように吹きまくる。七曲めはミステリアスなバラード。この曲が私としては一番、タイトルの「イースタン・サウンズ」を感じました。八曲めはラストはビブラートを目一杯きかせたフルートの曲。吹きっぷりがしみじみかっこいい。ラストもフルートの曲で、これもちょいと中近東風といえば中近東風だが、実際、七十年代にはこの程度の曲はいくらでもあったわけで、とりたてて「イースタン・サウンズ」というほどのこともない。とにかく、ユーセフ・ラティーフの多芸かつ芯の通ったすばらしい演奏がたっぷり味わえるショーケース的な一枚として堪能しました。そう考えると、あの一曲め……あんな変な楽器の演奏を一曲めに持ってくるあたりが、さすがラティーフだよなあ。

「10 YEARS HENCE」(WOUNDED BIRD RECORDS WOU 2100)
YUSEF LATEEF

 ライブだが、一曲目の組曲的なナンバーがまずもって凄い。おそらく普通のジャズクラブでの演奏だとおもうが、ノリはいいが、その実、かなり音楽的にハイレベルなソロが繰り広げられていて、聴いていて思わず居住まいを正さずにはおれない。二曲目はうってかわってベタなブルースで、太い音のテナーが美味しいフレーズを連発していてすばらしい。ラティーフはいろいろな楽器を吹くが、基本であるテナーがこれだけしっかりしているので、ほかになにを吹いてもジャンクに聞こえない。このアルバムでも、シャナイかオーボエかわからないが(たぶんシャナイ)ダブルリードっぽいキーキー音が効果をあげているが、テナーやフルートの圧倒的な存在感があってこそ、そういったノベルティな楽器がいきいきとした意味を持ってくるのだ。ローランド・カークも同じことである。メンバーもすごくよくて、ピアノのケネス・バロンというのはケニー・バロンのことだと思うが(ラティーフの、当時のレギュラーバンドである)、ソロにバッキングにと活躍している。とにかくラティーフの底知れぬ音楽性にぞくっとくる……そんなライヴです。

「THE GENTLE GIANT」(WOUNDED BIRD RECORDS WOU 1602)
YUSEF LATEEF

 このアルバムでラティーフはほとんどサックスを吹かず、基本的にはフルート専門だが、これがめちゃめちゃいいんです。カークにもフルートに徹したアルバムがあるが、そういえばラティーフのフルートはカークに似ている。とにかく本作はグルーヴ、グルーヴまたグルーヴ。ファンキーでかっこよく、メロディックでブルージーで、言うことありません。もちろんラーセンのメタルでぶりぶり吹きまくるテナーもすばらしいが、本作のようにフルートにしぼっても、物足りなさなどまったくない。たいした表現力である。なんというか、フルートのほうがサックスよりフットワークが軽い感じで、自由自在、縦横無尽で聴いていて心躍る。ラティーフは初期のころから近作まで、若いときもジジイになってからも変わらぬ怪物ぶりをしめしているが、このころが一番おいしいかもしれない。買ってからしばらくはエンドレスでずっと聴いていたが、全体のサウンド作りがしっかりしているので何度聴いても飽きないのだ。愛聴盤。

「MEDITATIONS」(ATLANTIC 82093−2)
YUSEF LATEEF

 これはなんなんだ、と問われても答えようがない音楽。ただタイトル通り「メディテイションズ」だとしか言えない。えーと、ジャズではないし、その周辺の音楽でもない(ところどころジャズっぽい箇所もあるけど)。ユゼフ・ラティーフが、ふっと思いついたのか、それともまえまえから考えていたのかわからないが、とにかく「瞑想」しているような音楽。ひとりで多重録音で作ったといっても不思議はないような内容だが、実際は5人の奏者が参加している。ラティーフは各種フルート、サックス(ソプラノのみ)、さまざまな民族楽器、ピアノなどを演奏しているが、他の参加者はクラリネットプレイヤー、ボーカリスト、ギタリスト、ソプラノサックス奏者、ヴァイオリン奏者。しかし、だれがどの部分でなにを演奏しているかを特定する必要はない。そういった音楽ではない。全体が混沌とした状態で聴けるタイプのものだ。いやー、しかし、これがおもしろいんだからしかたないな。でもやはり、ラティーフが主役で、オリエンタルな感じの曲がいちばんおもしろい(たとえば12曲目とか)。なにを考えてこういうものを録音したのか、いったいだれが喜んで聴いたのか、アトランティックもなぜこんなものを作ったのか……疑問はいろいろあるが、とにかく変テコで、深くて、重くて、あざとくて、薄っぺらくて、ところどころ美しくて、ところどころチープで、わけがわからない音楽であります。ジャケットも笑える。盛り上がりとか爆発がないのがいかにも「メディテイション」的なのだが、そういう主旨なので、聴いてるとさすがに飽きてくる。一度に全部聞こうと思わないほうがいいです。「WOODWINDS」(YAL RECORDS YAL005)
YUSEF LATEEF AND RALPH M.JONES V

 こんなアルバムが日本盤が出たというだけで当時はすげーっと思ったもんですあります。録音当時73歳だったユーゼフ・ラティーフが、ラルフ・ジョーンズという同じくマルチリード奏者を加えたクインテットで吹き込んだアルバム。自主レーベルで、リッキー・フォードとのやつとか、かなりの枚数がシリーズで出ていたのだ。1曲目はその名も「スピリチュアル」というタイトルだが、ほかの曲も含めて、非常にスピリチュアルな雰囲気の演奏が多い。その1曲目、(たぶん)ラティーフはフルート、ジョーンズはバスクラを吹いているように思う。ゆったりとしたグルーヴのなかで、ふたりがゆるゆると自己表現する、というなんともまったりした演奏で、いつまでも聴いていたいようなノリがある。ラストに「ラブ・シュープリーム」とコルトレーンのパクリ的なヴォイスが聴かれるが、真面目なのかパロディなのか、まったくべつのルートからの思いつきなのかさっぱりわからない。2曲目は、ふたりともシャナイか篳篥のようなダブルリードの民族楽器を吹いているらしい。アフリカっぽいパーカッションがドゥンドゥンと唸り、ピアノが重くコードを弾くなかで、ラティーフのテナーが馬鹿でかい音で演奏されるが、フレーズがまともではなく、断片を少しずつ吐き出しているような不思議なソロである。そこにもうひとりのテナーも加わり、一種のバトルのようになるのだが、フリーキーな凄みとなんのことかわからぬ世界観のもとに演奏が進む。いやほんと「スピリチュアル」としか言いようがないです。すごいなあ。このひとはいつも、天才かアホかわからんなあと思っていたが、きっとそのふたつが同居しているにちがいない。3曲目になると、もはやなにがなんだかわからん。どっちがなにを吹いているのかもわからないのである。なにしろ曲名が「子供のように泣く」だからな。ピーピーとおもちゃの笛を吹いたり、無茶苦茶な手拍子してるやつもいるなあ。バスクラ(っぽい)ソロはラルフ・ジョーンズかなあ。とにかくスピリチュアル過ぎるぐらいスピリチュアルで、ベースソロもなんだか民族楽器のように聞こえるほど。うわー、4曲目もスピリチュアル。ラティーフはフルート。ところどころ、バップの名残りのようなフレーズが聴かれるのも面白い。しかし、73歳にしてこの楽器コントロール。すばらしいですね。この曲がいちばんジャズっぽいかも。5曲目もやっぱりスピリチュアルでした。タブラみたいなパーカッションの繰り返しフレーズに乗ってフルートソロが延々と続くのだが、これもトリルと吹き伸ばし過多でなんのこっちゃよくわからない。ラストの「ブラザー・マン」というミシン屋の営業みたいな名前の曲が一番長くて17分以上ある。テナーが冒頭から飛びだしてくる。モードジャズ的な曲だが、このテナーソロも鼻歌みたいなもので、なーんにも考えずに吹いているような気がするぞ。これは癖になりそうな、病みつき感のあるソロだ。おんなじフレーズをしつこく繰り返したり、フレーズにもならない断片をまき散らしたり、スケールやアルペジオをちょこっと吹いてみたり……ああ、わからん。このひとはわからん。と言いながらはまってしまうのがユセフ・ラティーフのおそろしいところなのである。つづいてラルフ・ジョーンズらしいテナーソロ。これはかなりちゃんとしているが、フリージャズに片脚突っ込んだようなエキサイティングな演奏であった(ラティーフのあとなので、なんか、すごくまともな感じに聞こえる)。かなり長い演奏の最後がパーカッションソロのまま終わっていく、という意表をついた展開なのも、なんだかこのアルバムにふさわしいという気にもなるのであります。

「1984」(IMPULSE MVCJ−19154)
YUSEF LATEEF

 1984年に録音したのかと思ったら1965年なのだ。なんじゃこりゃ。1曲目がそのタイトル曲なのだが、ラティーフの詠唱のようなヴォイスを中心に、4人がフリーな感じの雰囲気を設定する。なにしろアルバムの冒頭という肝心の場面で「なにをやっとるんや?」的な感じになってしまうのはしかたがない。このへんがラティーフの怖ろしいところである。いや、ほんま、曲名といい、内容といい、なんのこっちゃさっぱりわからん。まあ、このひとはこういうことが多いですけど、インパルスやしなあ……。フリージャズというわけでもないのだ。しかも、演奏時間も8分14秒と、収録曲のなかで一番長い。つまり、この1曲目のタイトル曲こそラティーフが本作で一番言いたかったこと……ということになるのだろうが、なにを言いたかったのかは謎です。英文ライナーには12音技法で書かれた曲とか書いてあるが、そんな感じでもない。ピアノ以外にヴィブラホンに音もするのだが、これはラティーフか? 変な笛を吹いているのはもちろんラティーフ。2曲目は、1曲目の続きのような空気感の曲だが、一応モードが設定されていて、オーボエがエキゾチックな旋律を奏で、マイク・ノックのピアノがそれを受ける、という形で進行する。オーボエはほとんどソロはない。ベースとドラムはそのあいだ、かなりフリーに弾き、叩く。短い演奏なので、いったいこれは……と考えているうちに終わってしまう。3曲目は、突然ハードバップ風にテナーがテーマを吹くマイナーブルース。ほんと、ものすごーく普通のジャズが始まるので、そのことにびっくりしてしまう。ラティーフのテナーソロはダルい感じでぐだぐだ言うような個性的なものだが、こういう順番で聴いてくると、なにか意図があるのかなあと思ってしまう。ラティーフがひたすらソロをするだけですぐにテーマに戻る短い演奏。4曲目は、これまたすごく普通の演奏で、とてもいい感じなのだが、なぜかピアノトリオでラティーフは出てこない。不思議だ。5曲目はおなじみの「10人のインディアン」で、これを古いジャズロック風にした曲。旋律を弾くのはピアノで、ラティーフのテナーはずっとこの単純きわまりないコード進行のうえで最初からソロを吹きまくる。それだけの趣向なのだが、シンプルすぎる童謡と複雑なテナーソロをあえて対比させたように聴こえないことはない。ラティーフのソロは、ときにフリーキーにまで突き抜けるが、基本的にはコードチェンジにのっとってむちゃくちゃやってる感じ。ソ間ずーっとシンプルなピアノを弾いているマイク・ノックが怖い。最後はテナーも一緒にテーマを吹いて、ぴたっと終わる。なんやねんこれっ! 6曲目は65年の録音というのがうなずけるような、当時の主流派ジャズ的なモーダルな香りのする曲。ラティーフのソロは荒っぽく力強いが、きちんとやりたいことがわかっているソロで、フリーっぽく吹いたときのロリンズのように自由奔放ですばらしい。こういう「個性の塊」みたいなひとにかかると、どんなときでもどんな曲でも好き勝手にできるんだなあ、と思う。このアルバムでいちばんいいんじゃないでしょうか。ピアノソロもかっこいいっす。7曲目はバラードで、エリントンの曲だそうだが、それをかなり新しい響きが感じられる演奏に仕立ててある。ラティーフはひとりでソロをするが、これもすばらしい。8曲目は、かなり変態的な曲。曲というか、コード進行だけが設定してあるのか? じつは本作中いちばんフリーな感じかもしれない。ラティーフはサブトーン(というかほぼ息の音だけ)を駆使したりしてやりたい放題。最後までリリシズムというかシリアスなバラードの雰囲気はしっかり保たれている。ラストは同名の映画音楽らしい。このアルバムではもっともちゃんとした演奏かもしれない。マイナーのええ感じの曲をフルートがしっかり歌いあげていく。結局、最後まで聴いても、なんのこっちゃわからんなあというもやもやした感じと、いやー、変なもの聴いた、よかったよかったという喜びがないまぜになって浮かんでくる妙なアルバム(ラティーフを聴くとたいがいこんな印象になりますね)。それにしても1984って……。

「ROOTS RUN DEEP」(ROGUE ART ROG−0038)
YUSEF LATEEF

 ユゼフ・ラティーフはある時期からよくわからん変態的なアルバムをいろいろ残しているが、これはその極致ともいえるし、そういったものとは一線を画すものともいえる。つまり、大傑作だと私は断言したい。基本的には、本人のピアノ、テナーサックス、フルートなどの独奏に、本人のポエットリーディング(というべきなのか。とにかく、自分で書いた文章を読み上げている)を乗せたもので、カークの「ナチュラル・ブラック・インベンションズ」を一瞬髣髴とさせるような「ひとり音楽」なのだが、これがもう見事にキマッているのだ。どうキマッているかは、私の文章ではとても書き表せないが、とにかく凄い。これをもって、コルトレーンの「インターステラー・スペース」に匹敵するといえば過言だろうか。とにかくこの変態的大巨匠が晩年にたどりついた境地であることはまちがいない。演奏時間も全部で30分ちょっとしかないので、聴き終ったら自然にもう一度プレイボタンを押すことになる。ラティーフの自伝映画のなかで使われた音源なのだそうだが、癖になる音楽である。こういうことがあるから、ミュージシャンは「長生きも芸のうち」なんだよなー。傑作です。

「YUSEF LATEEF’S FANTASIA FOR FLUTE」(YAL RECORDS YAL342)
YUSEF LATEEF

 ファンタジアではなく「ファンテイジア」と読むのだそうだ。YALはもちろんラティーフの個人レーベルで、変なアルバムばっかり出しており、どれもすばらしいが、本作はフルートに焦点を当てたアルバム。といっても、たとえばフランク・ウエスの「オパス・デ・なんちゃら」みたいなものとはまったくちがっていて、ラティーフの深淵かつわけのわからない瞑想的世界が(あいかわらず)展開していて、もう面白くてしかたがない。キーボード、シンセ、ピアノと打ち込みをグレッグ・スネデカーというひとが担当していて(まえにもこのひとと組んだアルバムがあった)、そこにラティーフの生々しい息遣いのフルート(普通のフルート類だけでなく、竹笛みたいなのも混じってると思う)。トロンボーンや民族楽器的なパーカッションもじつにうまく配合されていて、本当にワンアンドオンリーの独特の世界である。ワールドミュージックというか、民俗音楽っぽい世界観が根底にあるのだが、そこにブルージーなフレーズやジャズっぽいコンポジョンが顔を出したりして、一筋縄ではいかない。聴くたびにどっぷりはまってしまう、沼地のような音楽。トロンボーンのひともラティーフの意向がよくわかっているようで、すごくセンスのいい演奏だし、パーカッションもすばらしい。これは傑作です。

「CLUB DATE」(IMPULSE RECORDS UCCI−9289)
YUSEF LATEEF

「ライヴ・アット・ペップス」というアルバムと同時期に録音された、同じくペップスでのライヴだが、そちらは聴いていない。トランペットがリチャード・ウィリアムスだからレギュラーグループによる演奏だと思われる。リチャード・ウィリアムスはミンガスバンドにもいたひとだが非常に手堅いハードバップ的なプレイだし同じようなフレーズ連発で私としては物足りないのだが、そういう手堅さがこの時期のラティーフバンドには合っているかもしれない(非常に聴きやすく、普通のジャズファンにも十分受け入れられる演奏ばかり)。ピアノは若きマイク・ノックでドラム(めちゃかっこいい)はジェームズ・ブラック。曲も、ああいうラティーフ的な変態的なものではなく、かなりちゃんとしていて(とくに3曲目など。1曲目はオスカー・ペティフォードの曲)アレンジもしっかりしている。ラティーフのテナーも図太い音で鳴り響いており快感だが、ソロは変なところが満載で楽しい(「ホットハウス」をコードに合わないのにまるまる引用したりして、自由だなあこのひとは)。本作の白眉は4曲目のすごく変態的なアレンジの超かっこいい3拍子の曲で、コルトレーンに捧げたものらしいが、テーマも変だし、途中のリチャード・ウィリアムスのソロが彼としては渾身の演奏ではないかと思われるアグレッシヴなものだし、ラティーフのオーボエソロもぶっ飛んでる。黒いユーモア感覚を感じる演奏で、最高である。6曲目のフルートによるコテコテのブルースも、グロウルによるフレーズとクリアなトーンによるフレーズをまるでチェイスのように交互に吹いていくという趣向なのだが、ラティーフが考え考えフレーズを積み上げていくのが実感できてとてもリアルである。全体にジェイムズ・ブラックのすばらしいドラムが光る。ジャケットの絵は、これはオーボエなのか? 裏ジャケットにいたっては気持ち悪い爪の生えた手が描かれているだけでなんのこっちゃわからん。