hakon kornstad

「SPACE AVAILABLE」(JAZZLAND ACOUSTIC 014 724−2 LC00699)
KORNSTAD TRIO

「ノー・スパゲティ・エディション」やニルセンラヴとのデュオで知られている若手テナー吹きの初(?)リーダーアルバム。「ノー・スパゲティ・エディション」は大編成のバンドなので、こういったピアノレストリオのほうが、実力が露骨にわかる。一曲目からいきなり、「お,めっちゃええやん」と思わせるだけのテナーの音、曲、リズム、アドリブ……。もう、ちょっと聴くだけでわかってしまう。それほどの音である。楽器を完全にコントロールでき、自家薬籠中のものとしていることがわかる。こういう人は、いそうでいないが、日本にも、北欧にも、少しずつそういったテナーマンが出てきている。二曲目のバラードで、サブトーンで吹く低音の鳴り。めっちゃうまい。ソプラノもすごくふける人で、音程といい、鳴らしかたといい申し分がない。スケールを吹ききる力もある。作曲能力もあるし、いきなりこれだけのアルバムを作ってしまうのは、なかなかの実力派である。しかも、うまいだけでなく、すでに個性を発揮しており、バラードで、ハーモニクスとリアルトーンのあいだを行き来するあたりは、楽器の技術と音楽性がみごとに一体化しているので驚いた。そのうえ、ちょっと過激な新主流派風からフリージャズまでの大きな振幅を一吹きであっさり飛び越えるその切り口。いやー、すごいんちゃう? 一曲目の「アーチド・シェイプ」というのは、アーチー・シェップの洒落だろうが、そういう曲を冒頭に持ってくるあたりもなかなか。共演者では、もちろんニルセンラヴのドラムがかっこええけど、ベースのひとは、ちょっと録音が悪いのだろうと思うが、もこもこしている感じ。とにかく、相当の手応えのある作品だと思う。

「THE BAD AND THE BEAUTIFUL」(MOSEROBIE MUSIC PRODUCTION MMP CD048)
HAKON KORNSTAD & HAVARD WIIK

 テナーのハーコン・コーンスタは音色もいいし、アーティキュレイションもいいし、狙っている音も共感できるし、あとは個性がついてくればなあ、という感じで好きな奏者である。ニルセンラヴとのデュオ「スリンガー」は非常によかったし、トリオ作の「スペース・アヴァイラブル」もよかった。というわけで、そんな彼のピアノとのデュオ作、どんな音世界が広がっているのだろうと期待に胸をふくらませて聴いてみたが、残念ながら「うーん……」と首をひねってしまった。選曲はガーシュインのスタンダードからカーラ・ブレイ、アーネット・ピーコック、ロリンズ、キース・ジャレット、モンク、オーネット・コールマン……そして自作と多彩かつ意欲的だし、あとはふたりの気合いと切り口だけなのだが、どうもぴりっとしない。ときには激しいブローがあり、ときにはハーモニクスを駆使した曲あり、で、なかなか見せ場が多いのにどうして……と思っていろいろ考えてみたが、その原因は、どうやらコーンスタの「音」がさらっと流れてしまい、心に残らないことにあるようだ。おかしいなあ、おかしいなあ、といいつつ、何度か聞きかえしているうちに、印象が一転した。なんだかめちゃめちゃいい感じに聞こえる。ぴりっとしない、と思えていた箇所も気にならなくなり、ていねいさ、細やかさが非常にプラスに思えてきた。最近では、あまりアルバムの第一印象が変化することはないので、かなり珍しいことだが、おそらく最初はコーンスタが「スリンガー」や「スペース・アヴァイラブル」などで見せた「線の太さ」がこのピアノとのデュオでも示されると思いこんでいたわけだが、きっと彼は本来、こういう細み、軽みが身上なのだろうな。何度も聞いているうちにそれがわかってきたのだろう。買って損はなかった。よかったよかった。

「DWELL TIME」(JAZZLAND 0602527097107)
HAKON KORNSTAD

 すばらしい。多重録音としか思えない箇所がたくさんあるのだが、これは教会におけるライヴであり、ひとつのパターンが低音で鳴っていて、そこにべつのメロディーを積み重ねていくみたいな部分はライヴエレクトロニクスによるものなのだ(たぶんね)。シーケンサーとかサンプラーとかハーモナイザーとかをよほどうまく使っているのだろう。いやー、どう聴いても多重録音としか思えないのである。しかし、多重録音だから、とか、生でやってるから、とか、そういったことで音楽の価値は減じたりしない。それにしても、一曲目から聴かせてくれますなー。ふつうのフレーズを、全部ハーモニクスを使ったような響かせかたで吹ききっていく、なんて、ほんとすごすぎるよ。しかも、この手のサックスの即興系ソロ演奏は精神的にも肉体的にもかなりのプレッシャーだろうし、テクニックはもちろんのこと、相当の集中力が必要だと思われ、その結果、そういったテンションというか緊張感が演奏からひしひしと伝わってきて、聴いているほうもしんどくなってくる場合が多いのだが(まあ、そのしんどさが好きなんですけどね)、このひとのソロはまーーーーったくしんどくない。それどころか明るいし、楽しい気分になってくる。やってることは、信じられないぐらいすごいことだし、本来はベースやドラムがいるときにやるようなことを単にソロでやってみました的な(ようするに、アドリブソロの練習をひとりでやってるような)演奏(たとえていうならクリフォード・ブラウンの練習風景を録音した私家盤やスティーブ・コールマンのソロなど)ではなくてあくまでインプロヴィゼイションとしてのサックスソロなのに、こんなに輝かしく、こんなに明るい、というのは、このひとが本来持っている気質がそうなんだろうなあ。おりにふれて聞き返したくなるであろう傑作ソロ。チャレンジであり、かつ、美しいというぎりぎりのバランスを保ちながら、ひとまえで演奏する……なかなかできることではありません。過去を振り返ったり、過去の遺産から学び取ったりすることはもちろん大事だが、ジャズがある「形式」のことではなく、演奏に対するある「姿勢」のことだとすれば、チャレンジ精神を失った、安定だけのものはもはやジャズと呼べない。