junji hirose

「SILANGANAN INGAY」(TANGA TANGA R−1001)
JUNJI HIROSE+YOSHIHIDE OTOMO

 そうだそうだ、こういうのがノイズミュージックだと私はずっと思っていた。しかし、これは広いノイズの世界のほんの一部であって、一口にノイズといってもいろいろなパターンがある、というのがそののちわかってきたわけだが、これをはじめて聴いたときはびっくりしたものです。いくらなんでも広瀬淳二はサックス中心なのかと思っていたら、まあほとんど吹いていないですね。B面一曲目の冒頭で、ちらっとギャーーーーッという程度。大友さんもターンテーブル中心で、ちょうどこのころ、ライヴを観たのだ。ターンテーブルでどうやって即興を……と「?」マークを頭にくっつけてライヴハウスに行き、なるほどなあ、と妙に納得したのを覚えている。クリスチャン・マークレーとかも一応聴いていたのだが、それよりもよくわかった。私はDJとかスクラッチとかまったく興味がなかったので(今でもない)、ターンテーブルのこういう即興への応用というのは新鮮でした。でも、まあ、どんな構成、編成であれ、聴いていて心地よいかどうか、刺激的かどうかが大事だ。(当たり前のことだが)不安な感じを煽られたり、嫌〜な感じを刺激されたり、不快感を突きつけられたりするのも含めての快感の一種なのだ。耳をつんざくような爆音も、ガラス板をひっかくような不快音も、表現である。そういうことを、あのころ、このアルバムを聴きながら思ったものだが、あっというまにこういう表現方法は市民権を得た(というか、あのころすでに得ていたのを私が知らないだけだったのかもしらんけど)。その後、いろんなところでいろんなやり方のノイズを浴びて、そうかあ、この作品はけっこう突出した傑作だったのかもなあ、と思ったりした。でも、広瀬さんは日本で一番うまいフリージャズのサックス吹きだと思っているので、サックスソロアルバムやサックス中心のアルバムも聴いてみたい(持っていないのです)。あと、久しぶりに生でも聴きたいなあ。一応、先に名前のでている広瀬淳二の項にいれておく。

「THE ELEMENTS−TENOR SAXOPHONE SOLO」(DOUBT MUSIC DMS−135)
HIROSE JUNJI

 もう、聴くまえから傑作だとわかっていたが、聴いてみたらやはり傑作だった。これは、歴史に残る名盤である。サックスを志しているひと、あるいはプロのサックス奏者も含めて、サックスという楽器を演奏したり、聴くのが好きだったりするひとは全員聴くべき作品だ。広瀬さんは、昔からとにかくめちゃめちゃうまくて、日本人にはめずらしく、情念とか根性とか思想とか、そういったネチネチした部分(も、もちろんあったのだろうが)から切り離したような感じで、技術的な面からフリージャズのサックス奏法をとことん極めているひと、きいう印象があった。それが、手作り楽器によるノイズ演奏な同時にメインの活動として行っていて、なんというぶっとんだひとだ、と常に感心しまくっていた。もしかしたら日本のサックス奏者のなかでいちばんうまいんとちがうの? とすら思った時期もある。フリージャズという世界では「うまい」ということがなぜかあまり誉め言葉にならぬ場合もあるが、やはり「うまい」は「良い」のだという単純な真理がはっきりわかるアルバムなのである。もちろん、「うまい」は「悪い」場合もあるが、広瀬さんの場合はすべての技術が芸術に奉仕している最良の状態である。このスピード感、この発想、この表現力……世界に誇る日本のサックス奏者による世界に誇るアルバム。最近はあのカーブドソプラノを吹いていないようでそれもまたもったいないなあとも思うのだが、本作はテナーにしぼったのもよかったと思う。何遍聴いても楽しいし、かっこいい傑作です。

「SSI−4」(HITORRI HITORRI−997)
JUNJI HIROSE:SELF−MADE SOUND INSTRUMENT,VERSION 4

 広瀬淳二さんには、テナー奏者の顔のほかに、セルフメイドの楽器(?)でのノイズ演奏という顔もあり、サックスプレイと同様長く続けてきておられる。私は、残念ながら、そちらのほうは生で観たことはないのだが、録音されたものは聴いたことがある。今回はそのノイズオンリーのアルバムということで期待したが、わははははは、こういう感じか。めっちゃ好き。鉄工所の裏庭に積み上げられた多種多様の無数の金属を、なにげなく押したり引いたり叩いたりしているうちにそのサウンドにだんだん真剣になってきて、これはいける、みたいな感じで、本格的に弓とかマレットとかピックアップとかを持ち出してきて演奏してるうちにどんどんはまっていき、最終的には全体の構成とかオーケストレイションまで念頭にしてのめりこんでしまいました……みたいな、その場その場での思いつきにあふれた、まず音ありき、の即興の要素が強いように思われる。構造的だが自然発生的でもあり、楽しい。微妙な細部の変化を注意して聴いていると、気が付いたときにはいつのまにか全体が大きく変わっていた……みたいな瞬間がたくさんあって、なんやねんこれはといういかがわしさもあるし、いろいろな想像をかきたてられたりするし、1時間のぜいたくな遊びだと思う。1曲目25分を過ぎたあたりから突然ガラガラガラと曲調が大胆に変化するあたりの迫力も、緻密にそれまでを聞き込んでいてはじめて得られる感動だと思う。ぼんやり聴いていては、なにも心に湧かないだろう。非常にシリアスかつ遊び心をもって聴くことを要求される演奏だ。大げさにいえば、人生の糧です。

「SSI−5」(HITORRI HITORRI−993)
広瀬淳二

 広瀬さんがテナーによる即興のほかにずっと長年行っている自作楽器による即興であるが、本作は、小さい音で聴いてると、遠くでバイクが走ってるなあ、とか、プロペラ機が飛んでるなあ、とか、スプレーを噴霧しているなあ、扇風機が回ってるなあ、掃除機をかけてるなあ……というような生活感のあるノイズといえばノイズ、ただの生活音といえば生活音……みたいなものがひたすら継続的に聞こえてくる。ある程度大きな音量で、しかもちゃんと向き合って耳を傾けていると、この「ブーン……」という雑音が音楽として突然目の前に現れる瞬間がある。これはオーケストラなのだ、とすら思う。価値観のちがう異世界で奏でられるオーケストラ。たとえば非常階段のようにわかりやすいノイズミュージックを私は好むが、あれはノイズを音楽のようにも凶器のようにも使ってガンガン攻め立ててくれるので、うるさければうるさいほど快感だし、そのなかに美しい瞬間を見つけるのはそれほどむずかしいことではなく、パッとわかれば、そのあとはすべてがかっこよく見えてくる。しかし、こういう地味なものは、ずっと真剣に聴いていかないとわかりにくい。でも、(本作でもそうだったが)本当に突然という感じでバーンとそのなかに入りこめるときが来る。そうなったらあとは地味が滋味になる(ダジャレ?)。こんな「ふわーっ」とか「ぶーん」とか「びー」とかいう持続音を聴いているだけなのに、いつのまにかかなりの高揚感を体験していることに気づく。これは音楽の魔法なのだ。こういうのを楽しめるということは生活音すべてが音楽として楽しめるということになるな。そういえば、高校生のとき、学校で模擬テストを受けていると、向かい合った校舎のうえから吹奏楽部の基礎練が聞こえてきて、みんなバラバラに吹いてるロングトーンがたまに重なって勝手にハモッたり、不協和音になったりするのが、まるでグローブユニティみたいだなあ、かっこええなあ、と思いながら聴いていたことを思い出す。関係ないけどね。もちろん、本作の演奏はコントロールされたものだが、なんとなく相通じるものを感じたので書いた次第。

「SAXOPHONEDAXOPHONE」(DOUBTMUSIC DMF−160)
HIROSE UCHIHASHI

 めちゃくちゃ好きな内橋さんとめちゃくちゃ好きな広瀬さんのデュオ。これを聴かなきゃ話にならん、と思う反面、すごいふたりを組み合わせたからといって傑作になるとは限らない……という不安も(勝手に)よぎり、聴く前にいろいろ考えたわけだが……。正直、広瀬さんのあの大傑作「ジ・エレメンツ」をリリースしてくれたダウトミュージックだが、あの作品を超えるものが出来るとはおもていなかった。でも……できてしまったのですね。超えるというのは変だな。内容がまるでちがうわけだし。とにかく同等の大傑作ができたことはまちがいない。最初っから最後まで興奮しっぱなし。凄すぎる。こういうデュオって、だいたい同じような展開になりそなもんだが、さすがにこのふたりだとトラックごとにまるでちがったものが飛び出してきて、いやー、すばらしいですね。2015年のベストアルバム(のひとつ)であることは当然として、たぶん永久に聴き続けるであろうオールタイムベスト候補。ジャズってよくわからんのですけどなにか一枚推薦してください、と言われたら、マイルスだのパーカーだのコルトレーンだのよりも本作を挙げたい。これは本気です。あらゆる瞬間のあらゆる音が私好みです。その音色も、吹き方弾き方も、タイミングもからみもなにもかも。あ、あと録音も。とにかく、嫌なことがあったり(いっぱいあるんだよね今)鬱陶しい気持ちのとき、やる気がどうしてもでないとき、これを聴けば、ああ、俺もがんばらねば、なんとかせねば……という気持ちになれる。本作をリリースしてくれたダウトミュージックには感謝しかない。あと、もちろんふたりのグレイトなミュージシャンに感謝。音楽に感謝。その他各方面にいろいろ感謝するしかないと思わせてくれる傑作です。対等のアルバムだが、便宜上、先に名前の出ている広瀬さんの項に入れた。

「HUY」(MAGAIBUTSU LIMITED MGIS−01)
HIROSE JUNJI UCHIHASHI KAZUHISA YOSHIDA TATSUYA

 先日ダウトミュージックから超ど級の傑作「SAXOPHONEDAXOPHONE」を出したばかりの広瀬〜内橋だが、そこに吉田達也が加わったトリオによるアルバムが早くもリリースされた。しかし、聴いてみたらすぐにわかるが、このアルバムは「サクソフォンダクソフォン」とはまるで違った内容なのである。かなりポップでロックで、すごくストレートな表現が連発で、これはやはりドラムが吉田達也であることが大きいな、というのはだれでも思うだろう。内橋さんもリフやリズムやベースライン的なものをずっと弾いているので、どの演奏もインプロヴァイズドというより「曲」っぽい。そこにかぶさる広瀬淳二のテナーも、フレーズその他で絡んでいくというのではなく、絶叫、咆哮、スクリーム、悲鳴……といった「音そのもの」で勝負しているようだ。これがもうなんともいえず気持ち良くて良くて良くて。広瀬さんのラーセンの音も昔から大好きだがそれはやはり、ここぞというところでギャオオウ、ギエエエエッと吠える技術をしっかりもっているからだ。即興というのはそんな単純なもんやおまへんで、と言われるかもしれないが、テナーによる即興において、そういう肉体的な高揚というか、シンプルに「サックスが叫ぶのがかっこいい」というのは大きな要素のひとつである。イリノイ・ジャケーしかり、ビッグ・ジェイ・マクニーリーしかり、ファラオ・サンダースしかり、ガトー・バルビエリしかり……。ここでの広瀬さんは存分に叫び狂い縦横無尽に吹きまくっている。フラジオやフリークトーンだけでなく、中音域も朗々と鳴っている。私の大好きなこの3人が集まったアルバム、悪いわけはない。この3人に共通しているのは「超絶技巧」であることで、気合いや思い入れ、情熱だけで即興はできまへん。聞いていて、あまりの凄さにギャーッとこちらが叫びそうになる場面が何カ所もある。もし「SAXOPHONEDAXOPHONE」買っちゃったし、どうせおんなじようなもんだからこれはパスしよう……なんて考えているひとがいたら、ただちにこっちも聴きなさい! と言いたい。どっちのほうがいいのかって? どっちもいいに決まってるでしょう。本作もまた大傑作でありました。ああ……快感……。テナーは叫ぶものなのだ。最後の最後まで興奮のるつぼです。なお、これも対等のアルバムだろうが、便宜上最初に名前の出ている広瀬さんの項に入れた。

「HMT」(DOUBT MUSIC DMF−167)
HMT

 冒頭いきなりどでかい音で3人の渾身のノイズが飛び出してきて、それがひたすら延々と続く。ドラムはもはや「ドンドンドンドン」という音しか聞こえず、ベースは「ブンブンブン」というレーシングカーのエンジンが唸っているようなおとで、サックスはフラジオでずっとピーピーピーピーと軋んだ高音を鳴らしている。いやー、もうめちゃくちゃですわ。この「音楽の暴走」は、やかましくって鬱陶しくってえげつないのだが、同時にたいへんな快感であり、やみつきになる。癒しとかなごみとか純粋即興とか環境音楽とかフォークとかそういったものが全部馬鹿馬鹿しくなるぐらい、途中から、いろいろ聞き分けようという努力を放棄せざるをえなくなり、ただただずーーーーっと、「ぶわぶわぶわぶわぶわぶわぶわぶわぶわ……」といってるだけにしか聞こえなくなる。それでいいのだ。天才バカボンのパパなのだ。3人のスピード感、集中力、テクニック、そして体力に圧倒される。10分ぐらいして、ようやく演奏はべつの展開を見せはじめるが、まあ、基本的にはそんなことは考えずに、ただボーッとこの音の暴力、音の奔流、音の機関銃掃射に浸りきっていればよい。演奏はどんどん勝手に盛り上がっていき、かっこよくなっていき、気が付いたらもうとんでもないたいへんなことになってしまうが、放っておけばよい。1曲のラストなんかあまりにかっこよすぎて昇天しそうになった。2曲目は超ピアニシモではじまり、それを押し通すが、次第に白熱していく。これもまためちゃ面白い。3曲目はドラムのシンプルなビートに載せて広瀬淳二が激烈なブロウを展開。超人的なテクニックも存分に見せつけるすばらしくも圧巻の演奏。なお、1曲目は3人による演奏。2曲目は広瀬淳二と望月芳哲のデュオ、3曲目は広瀬とIRONFIST辰嶋のデュオである。でも、やっぱり1曲目のえげつないインパクトの勝ちか。いやー、ダウトはとんでもないものをたびたび出すなあ。売れるのかなあ。売れたらいいなあ。みなさん、生活にノイズを。大傑作です。ライナーもなにもないのだが、こんな演奏、ライナーなんか読んでもしゃあないわなあ。