eiichi hayashi

「THE TRIO」(TAKEYA RECORDS TY8804)
THE TRIO

林栄一の初リーダーアルバムだというが、ほんとかなあ。だとしたら、初リーダー作にして、林栄一は完璧だったということになる。もうなにもつけくわえる必要のない表現だ。86年ピットインでのライヴ。林栄一、国仲勝男、小山彰太という鉄壁の布陣で、じつに骨太で豪快でストイックでシビアな即興が展開される。とくに国仲のベースが圧倒的に凄くて、もう茫然自失。林のサックスもめちゃめちゃすごい。もちろん小山さんのドラムも安定してなおかつ凄いのだ。A面B面それぞれ一曲ずつだが、ほんとうに三人の即興を「どっぷり」という感じで堪能できる。しかし、まったくダレたり、飽きたりする瞬間がないなあ。たいしたもんである。これを世に問うたレーベル主はえらい! あまりにおいしい部分が多すぎて、今日も焼酎を飲みながら、ずーーーっとスピーカーのまえで微動だにせず聴き入ってしまった。このアルバム、CDになっているのかなあ。もしなっていないとしたら、とんでもないことだ。林栄一ファン、国仲勝男ファンは、あらゆる努力を本作を入手して聴かねばなりませんよっ。でも、まえこれだけの内容なのだから、CDにはなっているだろうな……たぶん……。結局、こういうタイプの演奏がいちばん好きなのだ。(良い意味で)ジャズの尾をひきずったようなフリー、つまり「フリージャズ」が。

「音の粒」(OFFNOTE ON−16)
林栄一

こんなアルバムがオフノートから出ているとは知らなかった。めちゃええやん。インプロヴィゼイションの曲がやはりすばらしいが、「ドナ・リー」や「ユー・ドント・ノウ……」といったスタンダードがこれまた聞かせます。アルトオンリーというのもよろしいですなあ。帯に「コニッツの音色とオーネットの感性を併せもち、ドルフィの調性とレイシーの抽象性をパーカーの疾走感で表現できるんだ」とあるが、ほかのことはともかく、「コニッツの音色」というのはちょっと同意しかねる表現だ。でも、全体的に言いたいことはわかる。同じように、林栄一がこのアルバムのソロで言いたいことも、かなりわかるつもりである。しつこく何度も聴いてみたが、毎回、わかるわかる、と心のなかで強く思う。じつは、この「わかるわかる」というのは曲者であって、「わかるわかる。──けどなあ……」という場合も多いのである。このアルバムの場合は、もう、ひしひしと心臓で、「あーっ、そうそう、今、こう吹きたいんだよね。わかるわかる。俺もぜったいそう吹くもん」という心底からの叫びなのである。傑作だと思います。

「セネストパティー」(GAIA RECORDS GAIA−1002)
林栄一 小山彰太

北海道は苫小牧にある「アミダ様」という店でのライヴ音源だが、ドラムとアルトのデュオのみで、二枚組を出すというのは大胆だと思った。途中で飽きるんじゃないの? と思うのは当然だろう。しかし、聴いてみるとそんな考えは、とんでもない先入観だった。今やこの2枚組は、じつはしょっちゅう聴くヘビーローテーションのアルバムになってしまっている。いやいやこれは二枚組大正解ですよ。よくぞ二枚組で出してくれました。メジャーなレーベルだと、編集して1枚に、ということになるのだろうが、マイナーレーベルなればこそこういう思い切ったことができたわけだろうし、それはとてつもなく貴重な成果を生んだ。というか、これは二枚組であるべきだし、そうでなくてはならなかった。1枚目の1曲目はインプロヴィゼイションで、刻々と変化するが一定のビート感のある小山のバウンスするリズムに乗って、林が具体性のあるフレーズをひたすら吹き続けるという、しっかりと大地に足をつけた骨太なデュオ。収録順が実際のライヴの演奏順と同じかどうかはわからないが、この二枚組の門をあけるこの演奏がめちゃめちゃかっこよくて、あとは保証された感じである。二曲目はミンガスの「ベター・ギット〜」だが、こういう「ありもの」の曲をサックス〜ドラムのデュオでやると、スカスカの演奏になるか、ベースやピアノが聞こえてくるような演奏になるかどっちかだと思う。これは後者で、林のサックスのラインがこの曲を絶対的に成り立たせているし、小山のドラムの支えかたも完璧なので、どこかにベースが隠れているような気になる。いや、この曲はもともとデュオのための曲なのだ、べーすなどいらないのだ、という錯覚に陥りそうになる。もちろんスカスカのデュオも大好きですよ私は。ただ、ここでの林のソロは、もうとめどがない、というかとまらないというか、溢れ出る歌心を縦横に発散させたうえで、メロディとハーモニーとアドリブラインをたったひとりで受け持っているという責任を果たしている。もうすばらしいとしか言いようがない。3曲目はアンソニー・ブラクストンの曲で、ちょっと変わってはいるが、きっちりしたテーマのある曲。このテーマ部分がアドリブの部分にどういう影響というか枷をはめているのか、それともなーんにも決まっていないのか、そんなことを考えながら聴いていたが、あまりに見事なふたりのからみあいに、どうでもよくなってくる。途中、林の無伴奏ソロになるが自由奔放でいて、各種の技術を駆使しつつ、しかし、芯をずらさないというか、むちゃくちゃにならない、どこか一本筋が通っているような演奏は感動的。そのあと小山のソロになるが、これもいかにも小山さんらしい繊細かつ大胆なもので、自分がライヴ会場にいるようだ。4曲目は林さんのおなじみの曲で、美しいメロディーを無伴奏で歌いあげるところから徐々に壊れていき(?)、力強い讃歌となる。ここまでいくと、即興だとかコンポジションだとか譜面だとかそういうことは、少なくとも聴いているものにとってはどうでもよくなる。ただただ、いい音楽、いい演奏というだけだ。リズムも音色も含めたサキソホンプレイヤーとしての表現力が最高に発揮されている。5曲目も林さんの曲で、パワーミュージック的なガチンコフリーのためのきっかけリフである。ぐちゃぐちゃなフリースタイルのなかで、ハーモニクスを使ってカリプソみたいな音列を吹いたりしていて、めちゃおもしろい。小山さんのスネアの蟻地獄ソロは、何度聴いてもどこでどんなセッティングで聴いても身体が震えるほどかっこいいが、ここでも存分に聴けます。2枚目に移って、1曲目は、マレットによる低音リズムに乗って、林がハーモニクスを駆使した中東風フレーズを重ねていくという、空気感のすごい演奏。途中から、もうしんぼうたまらん! という感じでどんどん演奏が動きだし、聴いているほうもひたすらのめりこむのみ。もしかすると、モードとかリズムといった、雰囲気のベクトルだけ設定した曲なのかも。19分弱にわたり、さまざまな場面が展開して、聴いていて飽きることはまったくない。ラストで、小山のシンバルワークだけをバックにアラブ風旋律を吹きまくる林の凄まじさよ。そして頂点に向かって高まっていくその急角度のものすごさ。ひぇーっ。だが、ライヴではこれが日常茶飯事なのだからなー。2曲目は井野信義さんの曲。3曲目は小山さんのおなじみの曲で、なんだかあちこちで聴いたような気がする。4ビートに乗ってビバップ的なコード分解を連ねていく。このバップ的な感じというのも林の魅力のひとつだが、もちろんそのままではなく激しい逸脱をくり返し、前衛的な表現をふんだんに取り入れてはいるのだが、基本的にビバップの風が吹き荒れる演奏なのだ。こういう曲では小山さんのソロも、見事なまでに4ビートのジャズ的なかっこよさにあふれたものになる。つづく4曲目の小山さんの曲で、これまた有名な「円周率」である。この曲は武田さんの入った時期の山下トリオのライヴで何度も何度も何度も何度も聴いたので、私の身体にしみこんでいる。曲の成り立ちはギャグ的だが、実際に聴いた印象としては驚くほどビバップ風であり、ソロもまた、コード進行に基づいて進んでいく。非常に端正で、ちゃんとした曲……という感じなのである。しかし、その底辺にはやはり3.14159265358979323846264……というあの円周率が延々と聞こえているわけで、そのあたりの混ざり具合がなんともおかしい。余談だが、一時、円周率は3にしろ、というゆとり教育が行われていたが、そういう教育をうけた世代には、この曲のギャグは理解しにくかろう。5曲目はオーネットの「ロンリー・ウーマン」で、オーネットのオリジナルの方向性・音楽性はそのままに、思い切り拡大し、過激にしたような演奏で、めちゃめちゃかっこいい。これがアンコールとはなあ。収録したくなったのもわかる。そして、ラストは「モナ・リザ」をストレートに歌いあげる。いやはや、たったふたりのミュージシャンによってつくり出された音の大パノラマを堪能したなー。すばらしい。なお、タイトルの「セネストパティー」は一般的には「セネストパチー」とか「セネストパシー」とか表記されることが多い体感幻覚、身体型異常妄想性障害のことで、なんとなく示唆的だ。傑作! なお、対等のデュオだと思うが、便宜上、先に名前の出ている林栄一の項に入れておきます。

「森の人」(STUDIO WEE SW206)
林栄一ユニット

このアルバムのシンプルさが、ちょっと信じられない。ピアノレスでギターの入ったカルテットなのだが、7、8人いるのではないかと思えるぐらい音が分厚い。それは、一種のマジックで、アレンジの妙、ギターの八面六臂の活躍、そしてドラムの音数の多さなどがあいまって、この、小オーケストラともまごう、厚い、熱い、暑い音楽をつくりだしているのだが、それにもうひとつ加えるとすればリーダー林のサックスプレイ(と音)が多彩かつ縦横無尽で、10人分ぐらいのソロイストの役割を果たしている、ということ。これも演奏が分厚く聞こえる要因だと思う。4人とも手抜きなく、集中力は凄まじく、しかも手数・音数が多いのだ。だからといって無駄な音を出しているわけではない。全部が全部必要な音なのだ。本作には8曲入っているが、すべて林栄一のオリジナルである。どれもめちゃめちゃ、めっちゃめちゃええ曲ばっか。もうびっくりしますよ。今でもライヴで演奏されている曲もある。ひとつひとつの曲へのこだわりは半端ない。しかも、曲調というかその音楽的な世界観がひとつにとどまらず、何種類もあって、とてもひとりのひとのなかから出てきた曲とは思えない。そんなこと、ミュージシャンならあたりまえなんだよ、というひとがいるかもしれないが、いやー、なかなか……そうではありませんよ。しかも、どれも林栄一マークがついている曲ばかりなのだから、これは理想的だ。めちゃめちゃええ曲を書いて、めちゃめちゃええアレンジをして、めちゃめちゃええソロをする。これを同一人物がやっているわけだから、すごすぎると思うのであります。もっといえば、林栄一の世界はこのアルバムに収められているものにとどまらず、もっと広くてもっと深いのだが、林さんを聴いたことのないひとにこのアルバムを真っ先に聴いてもらうというのはよいかもしれない。大傑作であります。リズムへのこだわりも感じられ、パッと聴いたら変拍子かな?と思わせる曲がけっこうある。たとえば1曲目は3332222のあと33322222となるので全体としては36なのである(たぶん)。7曲目は5拍子系(6+4?)に2種類のサビ(ひねってある)がつくような構成。ソロは5拍子のまま。聴いていて頭がおかしくなるが、それがグルーヴしまくるところが異常にすごいのである。とにかくどの曲もリズムへの激しい偏愛が感じられて、このひとのバンドは並大抵のドラマーではつとまらんやろなあと思う。なお、5曲目はインプロヴィゼイションっぽい。

「MAZURUの夢」(STUDIO WEE SW205)
林栄一

タイトルどおり、90年に録音されたあの「MAZURU」の一年後に、ほぼ同一メンバー(ギターの三好功郎が加わっている)でのライヴ音源が5曲、そしてその9年後の2000年に林栄一が多重録音したひとりサックスアンサンブルが5曲、計10曲という構成。しかも、その両者は前半と後半とかに分けられず、互い違いに収録されている。聴くまえにそのことを知ったらおそらく、えー、9年間のブランクがある音源二種を同時に入れるなんて、そんないいかげんなアルバム、だいじょうぶか? と思うかもしれないが、実際聴いてみると、見事なコンセプトアルバムに仕上がっていて、これはプロデュースの勝利でもあるだろう。それに、一曲目がサックスひとりアンサンブルで、これがリズムセクションがいないことなど微塵も感じさせない、超出来のいいふつーのかっこいい演奏になっており、あとはなんの違和感もなく、アルバム1枚を聴きとおすことができる。選曲的にも「ノース・ウエスト」「サークル」「ナーダム」「スモーキー・ゴッド」「ペンタゴン」そして循環呼吸が凄まじい「シャリヴァリ」……と名曲目白押し。どれも聴いていて血湧き肉踊り、うがああああっと吠えたくなるようなエキサイティングな演奏である。マズルは、2ギター、2ベース、2ドラムにサックスという編成で、オーネットのプライムタイムを思い起こさせるが、音楽自体はまったくちがった表現になっていて、オーネットはこんな風にバンド全体をひっぱるようなブロウはせず、大勢によるカラフルなリズムにひょいとのっかって鼻唄を吹いているような感じだが、林は2ギター、2ベース、2ドラムを引きずり回すような、ベクトルをつねに与え続ける演奏を繰り広げて、信じられないほどのかっこよさである。まあ、共通点としては、カラフルなリズムと、サックス奏者がバンドにインスピレーションを与えている、という点だろうか。ちなみに、ベースのふたり(川端民生、是安則克)はどちらも故人になってしまった。石渡さんのギターが全体に強烈な味付けをしている。10曲中9曲が林の作曲で、唯一ちがう7曲目は石渡さんの曲。ギターが全面的に主導権を握るハードな演奏。サックスは中盤を過ぎたころからしか現れないが、フェイドアウトなので、おそらくそのあともかなり吹き続けていただろうと思われる。なお、9曲目「セプテンバー」は多重録音でもない、サックスひとりの無伴奏ソロ。1曲目と10曲目は同じ曲だが、アレンジがちがっており、どちらも収録したかった気持ちはすごくよくわかる。とにかく全編、楽しい音、凄い音がぎっしり詰め込まれた、一瞬のゆるみもない、文句なしの傑作なので、皆さんぜひ聴いてください。

「GATOS MEETING」(STUDIO WEE SW505)
林栄一

 林〜吉田〜岩見〜磯部というピアノレス2管カルテットが次第次第に発展して、ついには4管、1ギター、2ベース、2ドラムスという大所帯になったのだ。これは正直言って、カルテットだったころとは別物だが、林栄一の曲を全員一丸となって怒濤のごとく演奏するという「あの感じ」はいささかも変わっていない。これは、若手を集めたマズルじゃないのか、という意見もあるかもしれないが、サウンドがちがう。マズルはプライムタイムを連想させる、複雑でカラフルな単音のぶつかりあいのスパーク、緊張感、それとふわふわっとしたところ、尖ったところもありまっせ、みたいな印象だが、ガトスミーティングは、カラフルで、ときにはフリーキーだが、中央にどすんと巨木の根っこのようなどっしりしたグルーヴとメロディがあり、コンボとビッグバンドのええとこどりをしたような、自由と安定が同居しているような感じ。自由、といえば、ほんとに自由。ライヴを観ていると、メンバーがなにをやりだそうと許す、という雰囲気(あとで説教されたりするのかもしれないが)が充満しているうえ、リーダーが率先してむちゃくちゃをはじめるので他のメンバーもうかうかしていられないような。しかも、土台がめちゃめちゃ安定しているので、よりヘヴィなパンチを打てる、という気がする。しかも、豪快で全員が滝のような汗を流しているリアルさを感じる。全曲林さんの曲で、もちろん名曲ぞろい。アレンジもすばらしい。まえから思っていたのだが、林さんの曲はビッグバンドに向いている(渋さで取り上げられている曲を聴いていてもそう感じる)。向いている、というか、ビッグバンドアレンジにしたときに、その曲の良さが際だつというか……だから、このバンドはマジで長続きしてほしいのです。まあ、言わずもがなだが、言ってしまうと、メンバーが凄すぎるのだ。フリーな部分も、そうでない部分も、同じようなクールさと熱情をもって、バシーッとこなせてしまうだけの音楽性と技術があるので、どんなに逸脱しようとちゃんと戻ってこれる(戻ってこないほうがおもしろい音楽もあるが、これはそういうタイプの音楽ではないので)。日本のジャズのほんとにおいしい部分が集結しているバンドのひとつだと思う。本作は、さっきも言ったように曲よしアレンジよし、ソロイストそれぞれの見せ場がたくさんあって、しかもリズムは死ぬほどいいし、全体にドラマがあり、かっこよさがあり、そしてじつはユーモアもたっぷりあって……これ以上言うことない音楽ではないか。正直、ライヴのあの熱気と途方もない爆発がCDに入りきれるのか、と聴く前は勝手な危惧を持ったが、心配いらんかった(ほんま無用な心配だよね)。ちゃーんと「あの感じ」(さっきも書いたのと同じ意味)が詰まっている。とはいえ、あのピアノレスカルテットとはちがう音楽になっていることも事実なので、あのカルテットはカルテットでたまにはライヴをしたり、CDをリリースしたりしてほしいとも思います。このバンドとはちがったよりシンプルで、よりハードで、より自由な音楽として。

「BEYOND THE DUAL」
EIICHI HAYASHI/RYOKO ONO

 林栄一と小埜涼子のアルトサックスデュオを聴きに行った会場での物販で入手。前回、このデュオがツアーしたときの音源をCD−Rにした、通販もされていない(はずの)会場物販のみのアルバム。インプロヴィゼイションが5曲と、おなじみの「ナーダム」が入っている。内容は、もう絶品で、どちらかのファンのひとはただちになんらかの手段を使って入手したほうがいい。演奏は、基本的には循環呼吸とハーモニクスを駆使したエヴァン・パーカー、カン・テーファン、ジョン・ブッチャー的なものが中心だが、彼らにはないメカニカルなフレージング、ジャズ的なもの、プログレ的なもの(4曲目とか)も随所にほとばしり出て、まったく個性的な世界を作り上げている。いやー、これだけ相性のいい、バランスのいい、アイデア豊富で自由で闊達で、迫力とユーモアの狂気の感じられるサックスデュオがありますか(反語)。どちらかというと、小埜涼子さんのほうが具体的なアイデアやフレーズをはっきりと打ち出し、ハーモニクスについても、明確な意図をもってその場に提示しているように思われ、林さんのほうは出たとこ勝負の、要するにかなり無茶苦茶で自由な演奏をしているようではあるが、そういう役割分担かと思っていたら足下を救われる。まったく逆になっている場面も多多あり、つまりはフィフティフィフティでその瞬間瞬間に感じた好きなこと、いいと思うことをやっているということだ。それに瞬時に反応し、「ふたりの音楽」に作り上げていく音楽性と技術が伴っているからこそのこのクオリティだが、さっきも書いたけど、これだけ相性がいいデュオ(しかもアルトオンリー)というのは驚愕です。このふたりなら永遠に飽きずに聴いていられる、というのはライヴを観たときもそう思ったことだが、ほんとにすばらしい。ふたりともリズム、ハーモニー、センス、ダイナミクス、音色……どれをとってもマジすごい。2、4、5曲目はインプロヴィゼイションとのことだが、4曲目は小埜さんがずっとベースパターンを吹いて、それに林さんが乗る感じの演奏(後半はそれが逆になる)で、コンポジションと思うがどうか。ふたりの個性の違いも明確で、名演だと思う。3曲目はそれぞれの無伴奏ソロがフィーチュアされる演奏で、ここでも個性の違いがくっきりと浮かび上がるが、どちらも好き。そしてラストは「ナーダム」だが(小埜涼子さんがテーマのメロディをノイジーな音色で朗々と歌い上げていて感動する)、こうなるときちんと正規に発売してほしいと思うのは私だけでしょうか。本作は去年のベストアルバムのひとつだと思う(ほかにはたとえば後藤篤さんのトリオのCD−Rとか)。録音もめちゃくちゃよくて、ふたりの音色のちがいや細かいニュアンスまでリアルに楽しめる。とにかくふたりのどちらかのファンはもちろん、サックスが好きなひと、吹奏楽やジャズ研やクラシックでサックスを吹いてるひとはぜったい聞きのがすことなかれ。傑作。

「鶴」(OHRAI RECORDS JMCK−1032)
林栄一バンド

(CDライナーより)
 はじめて小山さんや林さんの生を聴いたのは二十数年まえだが、それ以来、いろんなセッティングで数えきれないほどの「凄いライヴ」を体験させてもらった。その記憶は私の宝物である。このアルバムの試聴盤を聴いてみて、それらの体験に匹敵するほどの凄い演奏が詰まっていたことがものすごくうれしかった。臨場感、という安っぽい言葉を使うのがためらわれるほどのリアルな生々しさ……本当に、このアルバムは露骨に、生の林栄一そのままだ。
 こういう演奏を「燃えあがるような情熱がほとばしる」とか「作曲とアドリブの絶妙なバランス」いった美辞麗句で片づけてしまってはいけない……とは思うが、だからといってどう表現したらいいのかわからない。とにかく何度も聴きかえして思ったのは、たしかに熱い演奏だが、これは周到に準備された「バンド」だということだ。テーマ提示からアンサンブル、インタープレイ、ソロ順の構成などに繊細な注意が払われ、それぞれのミュージシャンがこれまでに研鑽してきた技術を踏まえた、分厚い音楽なのだ。たとえば、三曲目、全員による激しくフリーキーな展開の直後、久保島直樹のピアノがひとりだけ抜け出していく……といったスリリングな展開は、「バンド」の醍醐味そのものである。めちゃかっこいい。
 林栄一と小山彰太はライヴの場でもアルバム上でも、しょっちゅう一緒に演っている。本作品「鶴」も、このふたりをつなぐ線が軸になっているように思う。私見だが、林栄一も小山彰太も、共演者によって演奏が変わる。いい共演者に恵まれたときは圧倒的な凄みを発揮するが、そうでもない相手の場合、実力がフルには発揮できなかったり、気合いが空回りしたりする。「手抜き」でないことは言うまでもない。なかには、共演者が誰だろうが、俺は俺のやりたいことをやりたいようにやるだけだ、という感じで、いつもおんなじことを演ってるひともいるだろうが、彼らはそうではない。もちろん一定のレベルは常に保っているが、それが爆発的高揚感が延々と持続するような法悦郷にいたるかどうかは、その日の相手によりけりだ。これは、共演者と真剣勝負のやりとりをし、その反応を積み重ねて、ライヴの現場で音楽を創りあげていくミュージシャンなら、そのほうが自然だ。誠実さがそうさせるのだ。だから、林栄一は小山彰太を共演者に選び、小山彰太は林栄一を共演者に選ぶことが多いのではないか。ある種のエクスプロージョンを期待してのことだと思うが、このアルバムでも中盤から終盤にかけて何度も大爆発が起こっている。
 このふたりがそろって酒豪だというのは興味深い。というのは、私は林さんの演奏を聴いていると、豪快な酒呑みだった上方落語の巨匠、故・笑福亭松鶴を思いだすからだ(いつもというわけではないが)。このアルバムでは見事にとらえられているが、林栄一のサックスの音は、ときに愛想がないほどぶっきらぼうに聞こえる。しかし、急転して痛々しいほどのきめ細やかさを示すときもある。また、跳躍の激しい、グロテスクなフレーズを吹きまくっていたかと思うと、一転、演歌かとまがうほどの温かみと色気たっぷりの表現をすることもある。こういった豪快さと繊細さが同居したような部分が、松鶴師匠の芸風を連想させるのだ……とここまで書いて、アルバムタイトル「鶴」であることを思いだした。
 二曲目「鶴」がはじまった瞬間、聴き手の手さぐり状態が、「あ、そうか……」と氷解する。五人のメンバーが、溶けあい、響きあい、からみあう。どういう理由でこういうタイトルがついたのかわからないが、この曲を聴いていると、最初、一羽の鶴が「つーーーるーーー」と鳴いている情景が思いうかぶ。そこへ、仲間の鶴がやってきて、しまいには無数の鶴の群れが互いに鳴きあい、交歓しあう、そんな光景が見えたのだ。じつは、トランペットの渡辺隆雄さんが山が好きだということで(渡辺さんの曲である五曲目の「ノース・ナイフ・ブリッジ」は北槍ヶ岳のことだそうだ。このひとのトランペットは、ときに本来強調すべき音ではない音をわざと伸ばして、意味を持たせてしまう。驚きだ)、なぜか「とにかく高いところへ行って聴かねばならぬ」と思いこみ、電車に乗って能勢まで行き、妙見山という山にてくてくのぼりながらこのアルバムを聴いたのだ。寒々とした眼下の光景を遠望しているとき、一声高い鳥の声が聴こえたが、それがヘッドホンからのものなのか、山のどこからか聴こえてきたものなのか、私には判別できなかった。おそらくは、林のアルトと渡辺のトランペットが、まるで兄弟のように音を重ねあっていく、その過程からそういう声が聴こえたのだと思う。

「融通無碍」(OHRAI RECORDS JMCK−1044)
林栄一

(CDライナーより)
 このアルバムは、林栄一、山村誠一、中村岳という三人のミュージシャンの、はじめての邂逅をとらえた作品である。つまりは、芸術作品であり、エンターテインメントであると同時に、一種のドキュメントでもあるのだ。我々リスナーが、どんな演奏になるのかな、とどきどきわくわくしながら聴くのと同様、ミュージシャンもおそらく同じように、どんな演奏になるのかな、と期待と緊張をもってこの場を迎えたはずなのだ。その一部始終がここにある。
 三人は、最低限の打ち合わせだけで本番にのぞんだらしい。「まったくの初顔合わせ」「最低限の打ち合わせ」というのはなんとも蠱惑的な言葉であり、我々リスナーは「即興なら、そういうことってすぐにできるんじゃないの」と思いがちだが、現実には、とくにこういう自由度の高い音楽の場合、うまくいくかどうかの確率は五分五分以下だ。各人によほどの音楽性や演奏技術、経験などが必要なことは言うまでもないが、すぐれた音楽家同士ならうまくいくとは限らない。自分によほど自信があったとしても、「相手」のあることだからである。たがいの「我」が主張しあって譲らず、惨憺たる結果に終わることも珍しくはない。だから、この三人が初対面で、なんの手加減も手心もなく、自分をぶつけあって、こうして最高の音楽ができてしまったというのはじつは奇跡なのだ。そして、ライブハウスではこういう奇跡が毎夜のように起こっているのである。
 音楽の価値に即興か否かは関係ないが、ここで聴かれるような演奏は即興でないとありえない。これを仮にすべて譜面に起こし、後日再演して、まったく聞き分けがつかぬものになったとしても、そこに乗っていた一期一会の思い、このあと共演者がどんな音を出し、自分がそれにどう反応するかがわからない、という緊張感、必然に偶然の要素が加わり、音楽の神の助けを得て、最上のものが形作られたときの喜びと安堵感、逆の場合の焦燥感、不安感、などは再現できない。このアルバムには、単なる「音」だけでなく、そういった三人の人間の感情がぎっしり詰まっている。しかもそれは何度でも再生可能なのだ。
 林栄一はどれだけ激しく熱い演奏をしても、その奥に「静寂」が感じられる。林さんのサックスを聴くといつも、私は松尾芭蕉の句「静かさや岩に染みいる蝉の声」を思う。蝉時雨の喧噪のなかに、芭蕉がふとサイレンスを感じたように、林のサックスも、饒舌なときも寡黙なときもその奥に宇宙の深淵のような深く暗い静寂がある。静かなること林のごとし、ではないか。

「白神」(OHRAI RECORDS JMCK−1026)
林栄一&小山彰太

 聴いていてふと思ったのは、これは「連歌」ではないか、ということだ。ひとつのテーマがあり、それに基づいて何人かが即興的に語りあっていく。最後に俯瞰すると、壮大な音絵巻になっている。幸運にも我々は、林栄一と小山彰太による「連歌の会」の場にいあわせたのだ。
 ここにあるのは二筋のラインだけだ。凡百のデュオは、ボールペンで書いた、単純な二本線の交錯にすぎないが、このふたりの演奏は、まるでたっぷりと墨をつけた筆で書いた二筋である。ときに交わり、ときに反発し、ときにからみあい、ときに一筋となる。筆で書いた墨の線には、太い部分、細い部分、深く濃い部分、かすれた部分があり、色あいも漆黒から灰色、白まで多彩である。
 長年ジャズを聴いていると、好みの「形態」というのが決まってくる。私でいうと、昔はクインテットとかトリオとかが好きだったのが、いつのころからかデュオがいちばん好きになった。若い頃は大勢でわいわい飲むのが好きだったのが、一対一で差しつ差されつ、じっくり杯をやりとりするほうが好ましくなるようなものだろうか。たがいが胸のうちをさらけ出し、本音を言いあうにはデュオという形式がいちばん適しているように思う。なかでも、サックスとドラムのデュオにもっとも心惹かれる。ベースもピアノもいない。トリオやカルテットとくらべて、ここにあるのは圧倒的な自由。その自由をどう使うかは、ふたりのミュージシャンに任されている。デュオというのはミュージシャンにとって諸刃の剣のようなものだ。つまり、束縛がほとんどない分、そのプレイヤーのいい部分も悪い部分も露骨に出てしまう。人格も品性も、なにもかもさらすことになる。まじめさ、いやらしさ、ユーモア感覚、怒り、なげき……すべてが音にこめられて、演奏の場に放出される。だからこそ、聴いていてデュオほどおもしろいものはない。
 本作には、林栄一と小山彰太という気心の知れたふたりのデュオが四曲、ノーカットでおさめられている。聴いてみると、四曲といっても、長い一曲みたいなものだ。即興曲もオリジナルもモンクナンバーも、どれも自然な流れのなかに溶けこんで、ときどきそれぞれのテーマが浮かんでは消える……といった感じの、ひとつの長い標題音楽のようになっている。それがまた「連歌」を連想させるのだ。
 サックスとドラムのデュオというと、コルトレーン以来の伝統であるし、林栄一も小山彰太もアグレッシヴなプレイで名を馳せたひとなので、本作も、相当過激で激しい演奏が展開しているのではないか、と聴くまえはかなり身構えたのだが、聴いてみて、良い意味で裏切られた。なんという静謐な演奏だろう。CDプレイヤーの再生ボタンを押したとき、最初、そこに「音」はなく、あるのは静寂のみだ。そして、おもむろに最初の一音が発される。多くのミュージシャンが工夫をこらすであろう冒頭部の「つかみ」も、大げさな表現などみじんもなく、「すーっ」と入ってくる。叫んだり、わめいたり、転がったり、といった「声高」な部分はほとんどなく、ジャズも即興も知り尽くしたふたりの成熟したミュージシャンがじっくり時間をかけて交わす会話を、我々は息をのんで見守ることになる。そこには無駄な音は一切なく、選びぬかれ、研ぎ澄まされた音のみが存在を許される。静かではあるが、一音一音に裂帛の気合いがこもっていて、ぴーんと張りつめた高い緊張感がなんとも心地よい。そして、緊張感のなかに心なごむ瞬間もたっぷり用意されているのである。そして、すべてを聴き終えたあとに残るのは、ふたたび静寂のみ。だが、その静寂は最初のものとは異なり、様々なドラマを経た、豊穣な静けさだ。それを味わえるのは、本作を体験した我々だけに許された贅沢なのである。

「NORTH EAST」
GATOS MEETING

 ガトスのCDを買ったらもらえるおまけCD。一曲だけ入っている。すごくいい演奏だが、トランペットソロがやや不調か。ただし、がんばりは伝わってくる。ええ曲やなあ。普通に買うともらえない限定ボーナスなので私は持っていなかったが、なんかのライヴのときにもらったのだ。ありがたやー。

「THE CRUSHED PELLET」(STUDIO WEE SW302/303)
HAYASHI+OTOMO+TOYOZUMI

 とんでもない傑作なのだ! この3人の初共演を、コンポジションの一切ない純粋即興で、しかも2枚組で出す……というのは冒険というか大胆不敵なリリースだと思うが聴いてみてその気持ちがわかった。いやー、どの演奏もすばらしくて、これはもう全部出すしかないと思ったのだろう。録音まえから二枚組の予定だったとしたら、それはそれで大胆だが。とにかく林栄一〜大友良英から豊住芳三郎の3人が、遠慮なく音をぶつけあっている。即興におけるいい場面というか凄い瞬間というのはアルバム一枚に何回かあるものだが、本作ではそういう瞬間の連続なので、ハラハラドキドキの大盛り上がりでもう楽しくってしかたがない。ただ、真剣に聴いていると疲れます。へとへとになる。でも、この3人のミュージシャンの半端ない集中力たるや、めちゃめちゃすごくて、聴いてる俺の疲れなんかどーちゅうことはない、だからがんばって聴こう、などとわけのわからないことを思ったりする。いやー、これは傑作だなあ。あまりに傑作すぎて、どこをどう……という風に書きはじめると、たぶん原稿用紙10枚ぐらいになってしまうので、もういちいち書かないが、エレキギターで千変万化に襲いかかる(ほんとにそういう感じなのだ)大友さんに対して、生楽器で立ち向かう(ほんとにそういう感じなのだ)林さんのエレクトリックと生のノイズが空間を埋め尽くす。フレーズ、ハーモニー、リズムが生まれては壊れ、聴いていると全身をそれらのキラキラする音に包まれて息苦しくなってくる。そこをドラムが走り抜ける。大友さんは〈一部だが)ターンテーブルも使っている。この二枚組は、マジで聴く価値あります。こういうのを聴いていると音楽的にどうのこうのとかどうでもよくなってきて、「いやー、人間というのはすごいものだな。肉体を使って楽器を操って、こんなとんでもないことができるのだからな」と人間賛歌に突然陥ったりしてしまう。正直、林さんにとっても、大友さんにとっても代表作といえるのではないか。3人対等のアルバムだと思うが、便宜上、最初に名前の出ている林さんの項に入れた。

「BEYOND THE DUAL 2」(R−RECORDS RRCD−0007)
EIICHI HAYASHI RYOKO ONO

 例のデュオのアルバム第二弾。第一弾は、ツアー物販用のCD−Rだったが、今回はちゃんとした(?)アルバムで、ライヴのほか、スタジオでの演奏も収録。多重録音で「林栄一がいっぱいいます」と小埜さんが紹介していたとおり、「ナーダム」などはオーケストラのごときアンサンブルになっている。即興のものもコンポジションも、アルトサックスという楽器の究極の状態がここに詰め込まれており、聴き終わったあと「ああ、アルトを満喫した」という気分になることまちがいなし。とにかくアルト、アルト、アルト、アルト、アルト……なのだ。そして、アルトサックスは一本よりも二本でハモッたときは1+1=2ではなく、その天高く届く倍音の美しさは3にも4にも5にも聞こえる。ふたりとも正確な指使いの凄さはもちろんだが、音色やタンギング、アーティキュレイション、ハーモニクス、循環呼吸など、およそ考えられるかぎりのサックスのテクニックを駆使して、「超面白いこと」をやりまくってくれる。あー、快感。あー、極楽。あー、天国。あー、エクスタシー。よく聴くと、ちょこっと左右に振ったりして、小技もきいている。「ナーダム」は、ゴスペルのような、またケチャのような、オペラのような、凄まじい演奏に仕上がっていて泣く。前作のときも思ったのだか、全国の中高の吹奏楽部のサックスパートに強制的に送りつけて聴かせたい。めちゃくちゃいいです。サックスはここまで来てるぜ。それにしても「ナーダム」はいつ聴いても「自分もやってみたい」という気にさせてくれる名曲だなあ。

「PHOTON」(OFF NOTE ON−30)
林栄一 中尾勘二 関島岳郎

 亡くなった篠田昌巳の曲を、ゆかりのミュージシャンが演奏するという企画。こうして本人の手を離れて、ほかのミュージシャンによって演奏されると篠田さんのコンポーザーとしての才能がものすごくよくわかる。そして、篠田昌巳とはまったくちがったスタイルのアルト奏者である林栄一がフロントをつとめることで曲から新たな魅力が引き出されている。力強い曲ばかりだなあと思った。三曲目の「こぶしの踊り」という曲では林栄一のバリトンサックスも聴ける。この曲は「風の旅団」と劇伴だそうだが、私も観たことあります。すごかったなー。全体に手作り感満載で、楽器の生音が加工されずにそこに剥き出しでボーンと放り出してある感じの生々しさがある。とくにドラムはかなり荒っぽいというか雑、かつシンプルすぎるぐらいシンプルなのだが(それが一種の魅力なのだ)、そういううえで吹きまくる林さんのサックスがまたいい感じなのだから、音楽というのは不思議です。アレンジもシンプルだがじつに効果的で良い。物悲しい雰囲気の曲が多いが、それにこの素朴な演奏がぴったりなのだ。即興のスリルもあるが、どこか力の抜けた、のんしゃらんな演奏が「篠田昌巳集」にふさわしいと思う。三人だけなので、(とくにテーマ部分とかバッキングは)多重録音がほとんどの曲にも行われている。中尾勘二がドラムを叩き、関島岳郎がベースラインを吹き、林栄一がソロをするというのが基本的構成だが、アレンジ上、そこにもう一本の管楽器を付け加えるということになるのだろうな(それが悪いわけではないが、なんとなくライヴ感のあるバンドなので、このままライヴでは再現できないなあと思っただけです)。ラストに、篠田の曲ではないが、篠田が演奏したことのある林栄一の曲ということであの「ナーダム」が収録されています。なお、だれのリーダーアルバムということもないと思うが、便宜上、最初に名前の出ている林栄一の項に入れた。

「BEYOND THE DUAL 3」(R−RECORDS RRCDR−0008)
HAYASHI EIIICHI ONO RYOKO

 前2作でさんざん書いたのでもう繰り返さないが、とにかくアルト2本でこれだけとんでもない音空間というか音絵巻というか音曼荼羅というか音宇宙を作り出してしまうこのふたりには脱帽を通り越してあきれるほかない。この音の奔流に身をゆだねていると幸福の極致になってしまい、口をあんぐりとあけて涎を垂らした状態でぼんやりしたまま1時間を過ごしてしまう。酒でも飲んでたらなおさらで、この世の最高の極楽音楽ではないのか。世界トップレベルのアルト吹きのうちのふたりが出会っているわけだから、聴きながら反応がどうのとかテクニックがどうのとか音質がどうのとか循環呼吸がどうのとかハモリがどうのとか怖ろしい集中力がどうのとかマルチフォニックスがどうのとかフラジオがどうのとかいった小賢しいことは考えるだけ無駄である。ひたすら瞠目しながらすべての音を聞き洩らさぬようにして聞き入るのが正しい聴きかただ。さいわいにしてこのふたりの演奏を生で聴く機会が何度もあったが、正直、生で聴いていると本当にアレヨアレヨアレヨアレヨ……といううちに終わってしまうので、こうやって録音物を何度も何度も再生して聴き込まないと本当にその場でどんな凄いことが行われていたのかは完全に味わえ尽くせているとはいいがたい。そういう意味で、こうしてCD化していただくのはマジありがたいことである。そして、二作目だけはちゃんとプレスされたCDだったが、一枚目と本作はCD−Rであり盤面も真っ白である。しかし、小埜さんの手でちゃんとマスタリングされているので、音もバランスも最高で、ツアーの物販用のCD−Rとあなどるなかれ、内容のすさまじさはとんでもない。このふたりのファンなら、なにをおいても入手して聴かなくてはいけませんよ。傑作! いやー、人間ってすごいことができる生き物なんですね!

「@驢馬駱駝」(FULLDESIGN RECORDS FDR−2023)
林栄一×片山広明×石渡明廣

 タイトルの意味はよくわからんが、即興5本勝負。片山さんが療養から復帰したあとの作品だと思うが、アルト〜テナー〜ギターという編成で、力がほどよく抜けた、というか、それぞれの個性がストレートにわかり、しかもそれが噛み合って、聴けば聴くほどしみじみ面白い内容になった。とくにギター。この面白さはたまらん。好き勝手に荒くれるふたりのサックスをときには引き立て、ときには引っ張り回し、ときにはなだめ、ときにはおだて、ときにはリカバーし、しかも周到に自分も主張する。片山さんにいつもの覇気というか音に張りがないのはしかたがないが、それが決して悪いほうに働いていないし、その分、林さんが暴れまくっているので問題ない。きわめてクオリティの高い、しかもめちゃ面白い即興作品。なんや、片山さん元気ないなあ、などと言わずに何度も聴けば、必ずや滋味あふれるこの演奏の良さが身体に染み込んでくると思います。なお、5曲目はブルース。誰がリーダーでもないとは思うが、便宜上、一番最初に名前の出ている林さんの項に入れておきます。

「回想」(OHRAI RECORDS JMCK−1046)
林栄一

 林栄一とギターの清野拓巳とドラムの清水勇博によるライヴ。じつはそのライヴレコーディングの現場で聴いておりました。林さんと清野さんはともかく、清水さんは普段フリージャズとか即興オンリーとかはやらないひとなので、林さんがどういう演奏をするのかはあまり知らなかったらしく、そういう意味では新鮮な顔合わせ。林さんと清野さんがそれぞれの曲を持ち寄った感じで、清水さんは最初は手探りでふたりについていってる感じ。正直、現場で聴いているときは、ちょっとうまく噛みあってないのでは……と思いながら聴いていてラストの「ロンリー・ウーマン」になってやっと爆発したなあと思っていたのだが、こうしてアルバムとして再度聴いてみると、いやー、めちゃくちゃええやないですか。驚きました。すばらしいです。たしかに手探りなところもあったりするのだが、客まえで演奏しながらさぐりさぐり共通項を探していき、ここだと思ったときにドーンと行く……という感じがドキュメントとして非常に生々しい(3曲目「鶴」冒頭のインプロの部分とかめっちゃ面白いわー)。しかも、林さんはあまりそういうことを意識していないのか、最初からいつものペースで飛ばしていて、びゅんびゅん吹きまくる。名曲「回想」の後テーマで音が裏返ったりしても平気である。そういうところもすごく好き。とにかく何十年も毎日毎日ライヴの場で「斬り合い」を続けてきた猛者の「現場での凄み」を体感できる。5曲目の「ロンリー・ウーマン」は、林さんがライヴ終了後に清野さんに、「ロンリー・ウーマン、途中間違っちゃったよ、ごめんね」と言っていたが、この演奏が一番自由でド迫力で凄まじい演奏だ。残念なのは、全体にドラムが引っ込んでいることで、これがもっと前面に出ていたら、清水勇博の素晴らしいドラムがこの日のライヴに貢献度大だったことがもっとわかるのに……と思った。2曲目の16ビートでギターとデュオになるところなんかかっこよすぎるし、そのあとのドラムソロもええ感じです。終演後、近所のお好み焼き屋での打ち上げにも連れて行ってもらい、終電がなくなって、清水さんに車で送ってもらいまし。すんません。というわけで、たぶん宣伝もディストリビューションもあまりなされていないのではと感じるアルバムだが、とくに林ファンは必聴ですよ。新鮮な顔合わせの、めちゃええ場面満載の一期一会の記録である。

「FAR OUT」(OMAGATOKI OMCZ−1013)
HOPPER’S DUCK

 96年のアルバムなので、もう20年以上まえなのだ。しかし、中身は古びるどころかますます輝いている。川端民生も古澤良治郎も亡くなってしまったが、ここに存在する音楽は明らかに生きている。生きて輝いている。不思議ですね。生きているうちから死んでいる演奏も世の中にはたくさんあるのに。バンド名も洒落ているし、ジャケもかっこいいこのアルバムだが、内容はアルト〜ベース〜ドラムのピアノレストリオのいちばん過激なやつで、林さんのジャケットでの眼差しが象徴するように、全員がひとつの方向を向いて、めちゃくちゃ真剣に取り組んでいる。3人とも若く、川端さんなどこの4年後に亡くなるとはとうてい思えないすばらしい演奏だ。古澤さんのドラムも、ほんとにすばらしい。このふたりが今いないなんて信じられない。林栄一は今も最高の演奏を毎夜行ってくれているので本当に心強く、うれしく、ありがたいが、このトライアングルはもう実現しないのだ。3人ともふところが深いし、引き出しが多いので、曲によってさまざまな展開があるが、そういうなかでもやはりベクトルはすべての曲において同じ方向を向いていると感じる。正直、三人とも自己ベスト級の快演で、1曲1曲が濃いーのなんの。個々の演奏にはふれないが、ピアノレスだし、3人とも好き放題なことをしているし、最初パッと聞いただけでは、どっちかというと「愛想のない」演奏に思えるかもしれない。ハード過ぎてちょっとしんどいなあ、と思うひともいるかもしれない。しかし、何度も繰り返し聴いてください。だんだん頭がほぐれてきて、なんだ、こんな楽しい音楽だったのか、と思うときが来るはず。そのときが「涅槃」なのです。ほぼ全曲をオリジナルでかためた超意欲作でもあるが、ラストの「小さな花」でほっこりできる。傑作! だれのリーダー作ということもないようなので便宜上林栄一の項に入れておきます。

「THE BOOK OF GATOS」(GATACA RECORDS GAT001/002)
GATOS MEETING

 もう、たまらんのよね。よくぞ二枚組で出してくださった。最初は、林栄一が若手を集めて作った林4が出発点のこのバンドも、今となってはオールスターバンドであり、豪華なメンバーという感じになってきたが、その発する熱量はますます上がっていて火傷しそうなほどである。まともにテーマ→ソロ回し→テーマといった展開がないのも特徴だ。そして、1枚目の1曲目、おなじみの「ノース・イースト」の演奏があまりによくて、毎日、この1曲目ばかり聴いてしまって先に進まん! この死ぬほどかっこいいテーマのアンサンブルのときのバリサクの動きに注目! そして、そのままバリトンソロに突入するのだが、吉田隆一のソロが「フリーなのにこのバンドのサウンドにこれでもかというぐらいにぴったり」なのだ。自分の立ち位置を心得まくったすばらしい演奏。そのあとに飛び出してくるのが山田丈造のトランペットで、これが吉田とは打って変わったリー・モーガン的な超かっちょいい、イキッたハードバップなもの。しかし、彼がストレートアヘッドにキャンキャン吹いても、石渡のギターやドラムがそれをただのハードバップにしておかない。極上の現代ジャズにしてしまう。そして後藤篤のトロンボーンのハードボイルドさと、それを支える岩見のベースの太くて重いグルーヴ。最高ですね。いくら絶賛しても嘘くさく聞こえるかもしれないが、絶賛します。そして、林栄一のフリーなソロ。いや、もう世界一でしょう、と言いたくなるようなワンアンドオンリーの演奏。そして、ワンアンドオンリーといえばこのひとも、という感じの石渡明廣のソロも、いやー、個性的すぎるし、かっこよすぎる。なにより磯部潤のドラムと岩見継吾のベースが最高すぎて、笑ってしまう。この考えぬかれたアレンジは、ちょっと聴くだけだとわからないかもしれないが、ソロイストによって(というか曲の展開に応じて)全部変わっているわけで、そのあたりも林栄一の凄いところなのだ。ソロイスト全員が「順番にソロをする」のではなく、それぞれべつの場面でソロをする。そしてそれがつながってひとつの大きな流れになり、濃い、大作を聴いた気分になる。最後を飾る磯部のドラムソロもギミックなしの真っ向勝負で心地よい。この20分ほどの演奏のなかに、ガトス・ミーティングの魅力がぎっしり詰まっているのだ(北大のジャズ研のセッションの定番曲にもなっていると聞いた)。だから、聞き終えると2曲目に行くまえについついリピート再生してしまって2曲目に行けないのだが、無理矢理2曲目に進もう。2曲目もおなじみ「睡眠と目覚めの間で」と「イエロー・ジャック」のメドレー。このリズミカルで変態的な曲が、変拍子の異様さを強調されることなく、みごとにスタイリッシュなキラーチューンとしてドカーンと演奏されているのはすごいとしかいいようがない。前半は石渡と林のショウケースで、リズミックなテーマとは対照的にソロはフリーな感じで進行する。これがまあ美味しくて、聴いていて涎が垂れる。ソロといっても一種のコレクティヴ・インプロヴィゼイションなのだが、いやー、みんな心得てますなーとしか言いようがない。かっこいい。アルトの無伴奏ソロもじつはトロンボーンとのデュオなのだ。テーマの変拍子のリフが戻ってきて、ギターソロ。いやー、めちゃくちゃかっこいいです。つぎに登場するプログレ的なぐねぐねしたリフ、そして、その構築美をぶち壊すように出てくる吉田隆一のバリトン。とにかく、「わかってる」としか言いようがない。全員わかっているバンド、それがガトスミーティングなのだ。そんなことはバンドだからあたりまえ? なーにを言う! 3曲目も超人気曲「回想」。アルトの無伴奏ソロから始まるのだが、ここがもう「うひーっ」と言いたくなるほど素晴らしい。そして3分ぐらいしたところで淡々とテーマがはじまる。アンサンブルも淡々としている。それが次第に盛り上がっていき、サビに達したときは凄いエネルギーに膨れ上がっている。この感動のテーマの直後に、バリトンでフリーキーなノイズソロをぶちかませる吉田隆一はえらい! よほど勝算があるのだろうな。そして、ちゃんと「勝つ」のだ。そして、ラテンリズムになり、林栄一の半ばフリー、半ば泣かせのすばらしいソロがはじまる。トランペットとトロンボーン主導のごちゃまぜのソロ(ギターやバリサクも加わっている)には金管を聴く喜びがある。そしてテーマアンサンブルになり、アルトが咆哮する。その後、メジャーに転調してギターの激しいソロ。かっちょええ! ここだけ聴いたらべつの曲だと思うよね。そして、ふたたび唐突にテーマ(つまりマイナー)に戻る。すばらしい。この考えぬかれたアレンジ! 林の「回想」はいろいろなアルバムで聴けるが、ガトスミーティングのためのアレンジは本当にいい。4曲目「夜の波止場」はフリーなイントロではじまり、ベースの物悲しいパターンが繰り返されるまえでアルトがノイジーなソロを吹き続ける。どうなるのだろうと思っていると、テーマのアンサンブルになる。軽く跳ねるようなリズム。そして後藤篤の熱いソロ。このひとはなにをやらせても絶対水準以上の演奏をしてくれるので、楽しみでならない。テーマのアンサンブルがあって、林のアルトが絶叫し、最後はフェードアウト。うわーん、もっと聴きたいよー。
 2枚目はミンガスの「ベター・ゲット・ヒット・イン・ユア・ソウル」。最初はゴスペル的なアンサンブルではじまり、トロンボーンが濁った音でブロウする。あれ? 曲をまちがえたかなと思っていると、バリトンのバンプによってノリノリのパートに突入。おなじみのテーマがはじまる。憎いアレンジです。先発ソロは林栄一のアルトで、熱く燃え上がる。最後はリフになってトランペットに受け継ぐ。リズムパターンが変わり、デキシーランドジャズのブルースみたいな雰囲気にもなる。この、ソロイストが変わると、バッキングも変わるし、リズムパターンも変わる、というのがガトス・ミーティングの素敵なところなのだ。ナイトトレインのリフになって、トロンボーンに受け継ぐ。トロンボーンとギターのふたり同時のソロのようになって、そこにアルトが入り(ひとのソロでもこうやって自由に出入りできるのがこのバンドならではなのだ。そこで新しい化学反応が起こり、なにかが生まれる)、テンポが倍になったりして大迫力の展開が、バリトンソロ(シンプルなリフではじまる)で一旦断ち切られ、全体にクールな感じが戻ってくる。バリトンは自分のリフで自分が興奮し、釣り出されていくような感じの、めちゃくちゃ普通なのにめちゃくちゃ狂気に満ちたソロで最高。そして、ギターソロはシャッフルに。このギターソロのカラフルさは感動。バリトンの低音リフに導かれ、テーマに戻る。2曲目は8ビートっぽい過激なリズムに先導される曲。「OM」というタイトルらしいがライヴでは何度か聴いたと思う。耳に入り込んでくるテーマである。先発はバリトンサックス。凶暴の極みのようなえげつないソロで、サックスから引き出されるノイズここに極まれりというようなフリーキーなものだが、それがバンドサウンドと見事に融合している。これを確信犯という。トロンボーンソロのバックは一転した抑え気味のリズムになるが、そこにいろいろなひとがからんできて、だんだん混沌となっていき、異常に盛り上がり、とんでもないパワーとともにリフに突入する。リフは現れは消え、テーマが出現する。アクセル踏みっぱなしだが、本人たちは危なげなく、笑いながら運転しているのだろう。最後はフェイドアウト。3曲目はこれまたおなじみの「夜と友達」。美しい曲である。山田丈造のトランペットが輝かしく歌い上げる。うらやましいぐらいキラキラしている。ひとりだけをフィーチュア、というのも潔くていい。最後はおなじみ中のおなじみ。私ごときでもこの曲をいろんなライヴで何十回聴いているかわからないのだから、本人はいったい何千回演奏しているのだろう。いや、本人がいない場でも日々演奏され続けている名曲中の名曲だ。その顔つき・身体つきと同じく野太く、豪快だが、同時に繊細極まりない岩見のベースソロで幕を開け、インテンポになってからアルトソロが炸裂、そしてテーマがはじまる。ああ、テーマのアンサンブルを聞いてるだけで満足だ。そしてトロンボーンソロ。ぐっと抑制されたバックとともにシンプルに歌う。ぐいぐい熱量が上がっていき、林栄一とドラムのデュオ(ギターがパーカッシヴな効果音を入れているが)に引き継がれる。ここ、滅茶苦茶かっこいいですから。リフが入り、トランペットソロに。ここは一応、大づかみなリズムはあるのだが、なんとなくフリ―テンポ風。何度も書いているが、こういう具合に、たんにソロのリレーが行われる、ということはなく、ソロイストが変わればバックも変わるのがガトスなのだ。次第にリズムというかビートが現れ、テーマの断片もちりばめられていく。そして吉田隆一によるマグマの噴火というか空から鮫の大群が落ちてきたというかゴジラが銀座をぶち壊したというか、とにかくえげつないフリーキーなソロ。そこに、アルトも参戦し、狂ったようなサックスの共演が、一転してバリサクがヴァンプを吹きだすと、そこは一瞬にしてグルーヴの一本道。こういう豹変がかっこいいんだよねー。それにしても吉田はこのバンドでは徹底してノイジーなソロばかりするなあ。たぶん、他のソロイストとの差別化ということなのだろう。そしてクルーヴしまくりロックしまくる石渡の最高のギターソロ。すばらしい。テーマのあとクールさと熱さが同居しているような磯部のドラムソロになる(このひとのドラムはいつ聴いても最高である)。ラストテーマを聴くのが惜しいような気になる快演である。
 というわけで、とにかくめちゃくちゃいい演奏ばかり詰まった2枚組。前作とちがう点はトランペットの交替で、これはでかい。そして、ガトスミーティングの良さは混合にある。普通のジャズバンドでは、だれかがソロをしているときに同時にソロを吹くということは、そういう決めがある場合か、コレクティヴインプロヴィゼイションでないかぎりあまりないのだが、このバンドでは逆に、だれかがソロをしていてもそこに(変な言い方だが)ちょっかいを出すことが許されている。そして、それによって演奏がさらに盛り上がるのだ。もちろん熟練したプレイヤーにしかできないアクロバットだが、それを前面に押し出しているところが凄いじゃないですか。もう、とにかく驚くほどの傑作なので、ジャズに少しでも関心のあるひとは全員聞いて! いや、ジャズつーか、音楽に少しでも関心のあるひとは、と言い換えたほうがいいな。たぶん、だれが聞いても面白いしかっこいいと思うので。

「THE BOOK OF GATOS」(GATACA RECORDS DISK X)
GATOS MEETING

 上記2枚組の特典アルバム。「BROTHER」という曲1曲(20分を超える)のみ収録されている。これもラストによく演奏される曲でファンクな感じのブルース。ソロ回し的だが、ただのソロ回しになろうはずもないのはガトスミーティングだからして当然。ソロの最初は大きくリズムを取って自由な雰囲気にし、途中から激しいリズムにする、というパターンだが、その仕掛けに対する反応が各人各様で面白い。林のワンホーンのソロが続き、後藤篤にチェンジ。トロンボーンはこういうリズムにもぴったりの楽器だなあ。バリサクがリフでちょっかいを出したりしていて楽しい。トランペットに移ると、アルトやギターが後ろでノイズを出したりしてフリーっぽい雰囲気からノリノリのリズムになるが、トランペットは一貫してハードバップ的一直線のかっこいいソロを貫く。トリルもこのひとがやるとまったくダサくない。そして、バリトン登場。登場というより出現という感じ。上記2枚組ではあまり聴かれなかったジャズ的なソロでスタートするが、途中でアルトのリフが入ると途端フリーキーに針が振りきれる。つづくギターソロはさすが圧巻のカラフルでブルージーでエネルギッシュなもの。ドラムも大暴れしている。そして、全員によるコレクティヴなワンコーラスのあとブレイクしてベースソロ。味わい深いねえ。あのひとがあの顔でヒゲを揺らしながら弾いていると思うとよけい味わい深い。そして、3連系のリズムで全員でワンコーラスやったあと、テーマ。ガトスファンはぜひ入手してください! 盤面の猫の絵もよい(上記2枚組のレビューにジャケットのことを書き洩らしていたが、広げてみると黒猫が表に1匹、裏に6匹計7匹描かれている。この7人組のことであり、もちろん表ジャケにいる大きな猫が林栄一なのだろう)。