steve grossman

「BORN AT THE SAME TIME」(OWL 010)
STEVE GROSSMAN

 「ホールド・ザ・ライン」以降のグロスマンにはほとんど関心がないので(ええのはサムデイのライヴぐらいかなあ……)、ネットのあちこちで、「ハードバップを演っているグロスマンが好きです」みたいな文章を見るとまるで理解できない。グロスマンはやっぱりこれでしょう。レコードももちろん持っているのだが、それを買ったのは、忘れもしない、今はなき東通り商店街の「LPコーナー」で、入荷の報を聴いて駆けつけ、レジに持って行くと、店主のおっちゃんが「おお、グロスマン吹きまくり!」と言いながら受け取ったのを思い出す。それまでも、「サム・シェイプス・トゥ・カム」や「ストーン・アライアンス」(一作目のことです)、「コン・アミーゴス」、エルヴィングループでの諸作(とくに「ライトハウス」と「ミスター・サンダー」)、「ワン・ウェイ・トラヴェラー」などを先輩にテープに入れてもらったり、自分で買ったりして聴きまくっていた私ではあったが、このアルバムは衝撃でしたね。完全にバックバンドは置いてきぼりで、ひたすらずーーーーーーーっとグロスマンが吹きまくる。一瞬のためらいもなく、とにかくあのグロスマンフレーズを延々と、アップテンポに乗せてブロウするそのエネルギーというかパワーというか、その破壊力は凄まじいものである。これを聴いたら、ハードバップのグロスマンなんかべつにどうでもいい、という感じ。本人の思いはしらんけど、聴き手としての私は永久にこの時期のグロスマンの突出したフレーズを愛し続けるでしょう。

「HOLD THE LINE」(SOUND DESIGN RECORDS1342−50)
STEVE GROSSMAN QUARTET

 うーん……そやなあ……。個人的には本作が発売されたとき、ちょうど大学生で、うわっ、グロスマン復活や! やった! と単純に大喜びしたわけだが、聴いてみて、うーん……どうもちがうんじゃないかと思った。当時、ジャズライフとかにコピー譜が掲載されたりしたこともあって、それを吹いて勉強させてもらった思い出もあるのだが、どうも「あの」グロスマンがただのハードバッパーになりさがったような感じがして嫌だった。なりさがった、というのはグロスマンにもハードバップにも失礼だが、とにかくそういう印象だったのである。「ボーン・アット・サ・セイム・タイム」「サム・シェイプス・トゥ・カム」やストーン・アライアンス、エルヴィングループなどであれだけえげつないフレーズをひたすら、一瞬のためらいもなく吹きまくっていたグロスマンの姿はここにはないのだ。あれがよかったのだ。あれが好きだったのだ。あれに死ぬほど惚れていたのだ。なのに……。まあ、前兆はあった。「ニュー・ムーン」というアルバムはロリンズ的なフレーズをつむいでいく部分も多く、なんじゃこりゃー、と思ったが、ここまでグロスマンが本気だったとはなあ。このあとに出たアルバム「ウェイ・アウト・イースト」(テープの回転数がちょっと変)をはじめ、たいがいのアルバムをしつこく聴いたが、心にぐっときたのはサムデイのライヴ(あれは最高です)ぐらいのもので、ほかはどれも、うーん……と首をひねってしまう。どれもおそらく、ハードバップアルバムとしてはかなり良質のものばかりなのかもしれないが、なにしろ以前が以前なので、冷静な目(耳?)では見られないのである。というわけで、本作で「おっ!」と感動したのはグロスマンフレーズが噴出する「チュニジア」でしょうか。ほかの曲も、(グロスマンでなかったら)かなりいいと思いますが……。この時期の来日ライヴも見に行ったが、こういうハードバップ的な演奏ばかりでした。

「SOME SHAPES TO COME」(PM RECORDS SHOUT226)
STEVE GROSSMAN

 1曲目の超アップテンポのリズムがスピーカーから流れてくると心は一気に、このアルバムをはじめて聴いたあのときに逆流する。大学に入って、サックスの先輩から「これを聴け」といわれた何枚かのアルバムのうちの一枚だった。テープに入れてもらったが、欲しくて欲しくてたまらなかった。買えたのは数年後で、カットアウトの輸入盤だった。音質がめちゃくちゃ悪くて、カットアウトのせいかなあと思っていたが、どこで聴いても同じなので、なるほど、PMというのはこういうレーベルかと納得した。フリージャズと同等、いや、それ以上の爆発的な狂乱がモーダルな土台のうえでコルトレーンチェンジを基礎にした変態的なフレージングと悲鳴のようなフラジオによってもたらされる。アルトのような図太い音で絶叫するえげつないソプラノ、そしてヤン・ハマーの気の狂ったようなキーボード……ああ、これを極楽浄土の快感と言わずしてなんと言おう。ストーン・アライアンスにヤン・ハマーを加えただけのメンバーで、音楽性もほとんど変わらんと思うが(ストーン・アライアンスのほうがややラテンっぽいかも)、そのことが当時の彼ら4人がやりたかったことが共通しており、そこへ向けて一丸となって猛進しようという意気込みを感じる。このときグロスマンは若干22歳で、それでこれだけの演奏をしていたというのは驚異としかいいようがない。突出したテクニックと音楽性、ハーモニーセンス、作曲能力、モーダルなフレージングを一瞬のためらいもなくふきまくる暴風のようなその激奏には、若さとか初々しさよりも、ドスのきいた「ふてぶてしさ」を感じて、怖いぐらいだ。あのころの学生サックス吹きはみんなこのアルバムを宝物のようにしていて、日々聴きまくっていたので、今聴いてもまるで懐かしいという気にならん。つーか、最近もよく聴いてるし。こういうのは永遠に聴き続けるべき傑作なのだろうな。CD化されたので、普通はレコードで持っているアルバムは買わない主義なのだが、こればっかりは音質が向上しているかもという可能性を捨てきれず、つい買ってしまったのだ。結果、うん、かなり音はよくなっていると思う。でも、あのもやもやしたエコーも健在なので皆さん安心してください(なにが?)。いやー、しかしCDを買ってから、今日まで一カ月ほどだが、よう聴いたなあ。たぶん20回ぐらい聴いたと思う。ほんと、好きなんです。残念ながら日本盤のライナーを書いているかたは、なんというかすごく冷めていて、このアルバムが我々に対して持つ異常な麻薬性というかバイブル的な意味合いが全然伝わらないように思うので(もちろん、冷静にリスナーに情報を提供することは大事かもしれないが、私がもしグロスマンのこのあたりのアルバムのライナーを依頼されたら喜びと感動とああこの思いを伝えたいという気持ちとで舞い上がってしまって無茶苦茶になるだろうから)、最近あったエピソードを書くと、西宮のジャズ喫茶コーナーポケットの入り口のドアに、長年このアルバムジャケットが飾ってあって、閉店のとき、芳垣さんが「このアルバムをどうしても譲ってほしい」といって持って帰った(テナーの松本さんも狙っていたらしいが、先輩の特権として芳垣さんが勝ったらしい)。芳垣さんに、「持ってないんですか?」ときくと、「あそこのドアにずっとあったやつやから価値があるねん」と言ってはりました。なお、芳垣さんは同じくPMのエルヴィンの「オン・ザ・マウンテン」を死ぬほど愛しているらしいが、CDになって音質が変わってしまってめちゃめちゃ悲しいとも言っていた。まあ、それぐらい、ある世代(私も含めて)にとっては宝物のようなアルバムであり、ここに収められたグロスマンの一吹きから我々は、音楽的なことだけでなく、ある種の思想というかスタンスまでも感じとって影響を受けたのだと思う。そういう意味合いを現在の新しいリスナーにもちゃんと伝えてほしかったです。

「TERRA FIRMA」(PM RECORDS PMR−012)
STEVE GROSSMAN

 有名な初リーダー作「サム・シェイプス・トゥ・カム」の2〜3年後の録音になる2作目。メンバーもまったく一緒だし、音楽性も変わらない。おなじみの「カトーナ」で開幕し、ラストの曲までまったく変わらない疾走ぶりを示す。個性というものがジャズミュージシャンにとっては宝なのだと思った一枚。正直、「サム・シェイプス……」よりこっちのほうをよく聴いたかもしれない。それは、学生のころ、本作が取り出しやすい棚に置いてあったから、というだけの理由なのだが、それにしてもよく聴いたよなあ。「カトーナ」のグロスマンのソロあとの曲調の変化とそのあとまた戻るところのかっこよさったらないんです。「イン・イット」の落ち着いたグルーヴとこれまたかっこいいアレンジのあとに暴風のように吹き荒れるテナーのバイオレンスもしびれる。3曲目のテーマは、グロスマンがほかの曲のソロ中にも引用するやつだが、死ぬほどかっこよくないっすか、この演奏。ぎゃーーーーーーーーーっていうだけの部分と、異常なテクニックでメカニカルなフレーズを吹いて吹いて吹き倒すドラムとのデュオ部分など、もう頭がおかしくなるようなテンション。4曲目「エンヤ」は多重録音も用いられていると思うが、硬質なビートに乗ってグロスマンフレーズの典型が聴ける。アレンジもすばらしいです。5曲目は本作では一番長尺(といっても6分49秒)の演奏。この曲のテーマもかっこいい。この曲をブレッカーかサンボーンが吹けば、すごく耳触りのいいフュージョンの曲に聞こえるだろうが、グロスマンが吹くとかくのごとし。グロスマンってほんとに作曲、編曲能力も抜群だし、どうしてあんなハードバップテナーになってしまったのかまったく理解できん。6曲目「リレントレス・レディ」はジーン・パーラの曲でバラード風(?)。ラストの曲もパーラの曲で、グロスマンが吹きまくり吹き倒す。荒い演奏だといってしまえばそれまでだが、この荒さ……テクニックも異常にあるのに、なおかつ荒い(荒々しいというのとはちがう)感じというのは、狙っているんでしょうねー。すごいよなー。全編にわたってヤン・ハマーはあいかわらず変態だし、この猥雑感、剥きだしのロック〜ラテンリズム、複雑なのに雰囲気としてはものすごい直情的な感じがするというのは、いったいなんなんでしょうね。このころの彼らの持つ膨大なエネルギーが、そう感じさせるのだろう。この2作目のほうはライナーが原田和典さんで、さすがに「サム・シェイプス……」のライナーを書いているひとよりは遙かに熱くて共感もできるのだが、ソプラノに関しては私はずっと逆のことを思っていた。この当時のグロスマンのソプラノの圧倒的な音の太さは、ちょっと信じがたいほどであり、この「音の太さ」を得るために、もしかしたら奏法とかもむちゃくちゃなんじゃないかとさえ思ってたほど。それがいちばんよくわかるのは、エルヴィン・ジョーンズの「ミスター・サンダー」(「ミスター・ジョーンズ」じゃないよ)というアルバムで、大木のようなソプラノの音が聞ける(私は持ってません)。でも、たしかにテナーが一番。グロスマンのハードバップしか知らないひとは、本作と「サム・シェイプス……」を毎晩交互に聴いて、ぶっ飛びましょう。

「PERSPECTIVE」(ATRANTIC SD19230)
STEVE GROSSMAN

 79年というフュージョン全盛期にグロスマンがアトランティックをだまして作ったアルバム……と私は思っているのだが、真実はどうだろうか。とにかく、バリー・フィナーティ、オナージェ・アラン・ガムス、マサブミキクチ、マーク・イーガン、マーカス・ミラー、スティーヴ・ジョーダン、ヴィクター・ルイス、レニー・ホワイトなどなど錚々たるミュージシャンを従えての録音で、いかにかっこいいフュージョンサウンドがあふれるのかと思っていたら、これがめちゃめちゃ硬派なジャズというかグロスマンミュージックなのだから笑うしかない。曲も一曲目はスティーヴィー・ワンダーの曲(ストーン・アライアンスの1枚目で取り上げていた「クリーピン」)などをやっているが、あとは「キング・タット」(すげーっ)や「カトーナ」(すごすぎるっ)といったグロスマンのおなじみの曲やマサブミキクチの曲などを取り上げている。もちろん、録音とかアレンジはなかなか洒落た風を装ってはいるが、隠しようのないグロスマンの個性がそれらをぶち破って放出される。1曲目の、めちゃめちゃかっこいいアレンジのなかを貫くようにして吹きまくるグロスマンに爆笑してしまうひとも多いだろう。口当たりがいいうえ、グロスマンは手抜きなしで徹底的に自分を出しているというお得な内容なので、学生のころはほんとによく聞いた(テナーのひとはみんな聞いてた)。そのあとも、なにしろリズムとかアレンジがかっこいいので、ついつい聞いてしまい、今回聴いてもあんまり久しぶりという感じがしない。どの曲もグロスマンのテナー(とソプラノ)のド迫力のブロウを最大限に引き立たせる作りになっているので、すばらしい。これがたとえばブレッカーとかリーブマンだったら、もっとこのアレンジに溶け込んだ、もっとちゃんとはまるプレイを繰り広げただろうが、グロスマンというひとは不器用なので、そういうわけにはいかない。その結果が、こうしていつまでも聴き続けるにたる傑作として残ったのではないだろうか。本当はCDで欲しいような作品で、もちろんCD化はされているのだろうと思うが私は知りません。このなかに、「サム・シェイプス・トゥ・カム」「テラ・ファーマ」「ストーン・アライアンス」「コン・アミーゴス」「ボーン・アット・ザ・セイム・タイム」……などなどで爆発、暴発、炸裂しまくっているグロスマンの音楽性が、いささかも減じることなく入っている。一種のショウケースであり、入門編としても最適だし、またグロスマンを一通り聞きおえたファンがもう一度戻ってくる毎日の心の癒しとしてもいいのではないかと思う。私は天下の大名盤と思うんですが、世間の評価はどうなのだろうか。テナーにエコーかけすぎって? ほっときなはれ! オナージェの作曲であるA−4でのソプラノプレイが、本作では唯一、かなり耳障りのいいフュージョンっぽく聞こえないこともないが、それでもソプラノソロ自体はやはりグロスマンのフレージングだ。B面に入ると、演奏はよりヘヴィになり、これだけのゴージャスなメンバーをそろえたのに、まるでストーン・アライアンスを聞いているような錯覚に陥ったりして。ひぇーっ、かっきーっ! と叫ぶ瞬間が目白押し。酒飲んで聴くと、より効果倍増(まえから疑問だったけど、「カトーナ」のラストは隠しトラックなのかな?)。それにしても、こんなにすばらしかったグロスマンがあんなハードバップの……ぐちぐちぐち(もう言うな)……ぐちぐちぐちぐちぐち。

「KATONAH」(DIW RECORDS DIW−8010)
STEVE GROSSMAN

 日本制作のアルバムで、グロスマン以外のメンバーは全員日本人。グロスマンの日本ツアーのときに吹き込まれたもの。なにしろ「ホールド・ザ・ライン」以降のアルバムだし、あの「グロスマンVOL.1」「VOL.2」「ラヴ・イズ・ザ・シング」などなどを吹き込んだあとの演奏なので、当時は、聴きながら頭のうえに「?」が点灯しまくった記憶があるが、今こうして聴き直すと、かなりよい。というか、ぶっちゃけた話、私の個人的な好みでは、「ホールド・ザ・ライン」以降に吹き込まれた全作品のなかではいちばん良いと思う(サムデイのライヴは別)。この当時のグロスマンのライヴは出来不出来の差が激しくて、私が見たのはおそらく最不出来のときだったと思うが、まあ、個人的にはそれでも復活を祈っていたわけです(たぶん日本中のグロスマンファンがそう思っていたと思う)。「復活」というのは、あの、かつての輝きに満ちたグロスマンフレーズを吹きまくるようなタイプの演奏をしてもらいたい、という意味であって、スタンダードをハードバップ的にきれいに吹くような演奏はもういらん、という意味でもあった。そして、本作はその祈りがある程度通じている。1曲目はおなじみ「カトーナ」で、テーマの吹き方からしていいかげんで、自作の曲なのにちゃんと吹かず、やる気あるんかなあ、調子悪いんかなあ、と心配させる。ソロに入ってからも最初のうちはなんだかちんたら吹いていて、ああ、もうダメだあっ、と髪をかきむしっていたら、だんだんすごくなってきて、しまいにもめちゃめちゃすごくてかっこよくて、これだこれだこれですがな! と叫んでしまう……というじつにキタナイやり口の演奏だ。しかも、そのあとに出てくる本田竹廣のソロが圧倒的で、グロスマンがかすんでしまうほどのすさまじい演奏で、もうこの1曲で本作は「だいじょーぶ!」と確信できる。2曲目のスタンダード「アフタヌーン・イン・パリス」3曲目の「アイ・ヒア・ラプソディ」も、ああ、いつもきハードバップかあ、と思わせておいて、しかもかなりすごいんだけど、それだけではなく、随所に逸脱してグロスマンワールドに突入して戻ってこない……みたいな展開があり、つまりはグロスマン色に塗りつぶしたような演奏ですばらしい。B面にいって、これもおなじみの自作「トーラス・ピープル」だが、この曲をコード分解的というかビバップ的に演奏する。しかも、相当気合いが入っている。残りの2曲のスタンダード、モンクの「13日の金曜日」、ダメロンのバラード「ソウル・トレーン」もいい。というわけで、本作は全体として、「あの」グロスマンがちゃんと聴けるうえ、かなりテンションも高くて、かっこいいのです。グロスマンの八分音符のノリというのは、ときどき跳ねるノリに聞こえるときがあり、モーダルな感じの演奏だとまるで気にならないのだが、ハードバップ的な歌心をきかせる演奏(つまり近年の演奏)の場合は、なーんか気持ち悪く感じることがあり、本作でもちょっとだけそういう瞬間があるが、これも調子の良し悪しなのだろうか。共演者では本田竹廣のピアノが出色の出来で、双頭バンドといってもいいぐらいの最高のソロとバッキングをしている。あとは音楽とは関係ないことだが、ソロや曲の終わったあとに拍手が入るので、ああ、ライヴかと思っていたら、スタジオ録音なのである。日本語ライナーを読むと、「東京のアバコスタジオで本レコード会社の方々をまじえてアットホームな雰囲気で収録されたものである」とだけ書いてあって、スタジオライヴであるとかそういった説明はまったくない。どういうこっちゃ。それと、帯には「オリジナル曲を中心にグロスマン本来のアグレッシブなアドリブが炸裂する。(中略)カムバック後のベストパフォーマンス」とあるが、ライナー(かなりの長文ですよ。グロスマンの経歴もいろいろ書いてある)を読んでも、グロスマンは一時的に引退しており、いついつこういう風にカムバックした、というような記述はない。なんでや。ついでにいうと、6曲中、オリジナルは2曲だけなので「オリジナル曲を中心に」というのも変だよな。そして、ライナーノートだが、これを書いたひとはリーダーであるグロスマンの経歴で、代表作として「第六感」(サム・シェイプス・トゥ・カム)「パースペクティヴ」「ホールド・ザ・ライン」「スティーブ・グロスマンvol.1 vol.2」とマイルスのフィルモアを挙げているが、マジか? ストーン・アライアンスは? 「ボーン・アット・ザ・セイム・タイム」は? 「テラ・ファーマ」は? 経歴についても、日野の諸作や東風についてもかなりの誌面を費やしているぐらい細かいのに、ストーン・アライアンスのことはどこをみても一言も書いていないのは不思議だ。なーんか、印象だけで書いて申しわけないけど、グロスマンのこと、ほんまに好きなんか? と思ってしまうわけです。