dizzy gillespie

「TAWN HALL,NEW YORK CITY,JUNE 22,1945」(UPTOWN RECORDS UPCD27.51)
DIZZY GILLESPIE−CHARIE PARKER

 パーカーの海賊版というと、なんぼ歴史的価値があっても、こんなもんをよう金とって売るなあ、と呆れてしまうような音質の悪いものがほとんどで、どこかの誰かが自分のテープレコーダーとしょぼいマイクで私的に録音した、何重にも鉄のドアをしめた向こうからかすかに聞こえてくるようなひどい音源を、ファンはありがたがって聴いていたわけだが、このライブは驚きだ。タウンホールでのガレスピー〜パーカークインテットのコンサートを、誰だかわからぬエンジニアがタウンホールの録音装置を使ってちゃんと録音したもので、誰も存在を知らなかったアセテート盤が近年突然発見されたのである。だから、録音も最高……とはいえないが従来のものに比べると信じがたいぐらい良く、しかも(ここが重要だが)パーカーも最高、そして、ガレスピーはもっと凄く、そして、ドキュメントとしてもすばらしい、という、これまでの「パーカーはマッセイホールが最高っすよ」的な定説が根本からくつがえされるほどの歴史的傑作なのである。正直なところ、パーカーの海賊版ライブもいろいろ聴いてみたが、パーカーひとりのプレイをとりだしてみると、たしかにもっとすごい場面があるものもあるが、音質、共演者の出来、その他を勘案すると、この盤こそ、新たなる「パーカーのライブの最高作」と呼んでいいのではないかと思う。一曲目、MCが「一曲目は『ビーバップ』だが、パーカーがまだ来ていない。でも、ドン・バイアスがいるからだいじょぶ」みたいなことを言って、演奏がはじまる。「ビーバップ」という曲は、ご存じのかたも多いだろうが、超アップテンポで、しかもものすごく難しい、複雑なナンバーであり、もちろんガレスピーはちゃんと吹いているが、ドン・バイアスはまるでついていっていない(ドン・バイアスは、この日、タウンホールに出た別のバンドのメンバーで、急遽代役を頼まれたらしいからしかたないのだが)。テーマ部分は管楽器が遠くてちゃんと聞こえないが、そのあたりはエンジニアが演奏が進むにつれてちゃんと直していくので問題ない。先発ソロはバイアスで、アップテンポをなんとかしのぎました的なソロである。そのつぎのガレスピーは、パーカー不在をなんとか埋めようとして、鮮烈なソロを吹きまくる。そして、そのソロの途中で、パーカーがやってくるのである。わーっ、という客の歓声と拍手でわかる。ガレスピーは、ほっとしたのか、ますますガンガン吹きまくってもりあげ、パーカーにソロを渡す。そして、パーカーはたぶん、何のウォーミングアップもしていない状態でマウピをくわえ、ぶわーっと吹きはじめる。楽器も暖まっていなかっただろうし、リードも濡れていないだろう悪コンディションで、ややつっかえつっかえながらもドン・バイアスとはレベルの違う段階のソロを展開。このあたりのライヴ感、ドキュメンタリー性をこれだけの良い音で満喫できるというだけでこのアルバムはすばらしい。ラストテーマも、ほんと、ラッパのアルトのユニゾンがこんなにかっこいいのか、と嘆息してしまうほど見事にぴったり寄り添って、たぶん一カ所のミストーンもなく、完璧である。そして、二曲目の「チュニジアの夜」では、例のブレイクがどうなるのかどきどきしたが、いやー、凄いです。パーカーのブレイクを聴いた瞬間、完全にパーカーがウォーミングアップがすんだエネルギー満タンの状態にいることがわかる。そして、ガレスピーも気が変になるほど凄い。速さ、フレージング、超高音部でのパッセージ等々とんでもないソロを楽勝で吹きまくっている。あとの曲については言わずもがな。後年、バードの後継者とかビーバップの復興とかいわれた時期のアルト奏者が、そしてラッパ奏者がいかにレベルが低かったかがわかる。やはり、こいつらはワンアンドオンリーなのだ。附記すれば、ドラムもすごくて、ビーバップというのはやっぱり「革命」だったのだなあ、としみじみ感じ入るアルバム。みんな買え! なお、アルバムは連名だし、音楽的にも対等に思えるが、このバンドはガレスピーがリーダーだそうなので、この項目に入れた。

「DIZZIE GILLESPIE AT NEWPORT」(VERVE RECORDS MV4021)
DIZZIE GILLESPIE

ガレスピーのビッグバンドものでは一番好きなアルバム。今から考えると、信じられないようなオールスターバンドだが、この当時はみんな若手だったのだ。1曲目は荒っぽいがド迫力のアンサンブルがいかにもバップ、そしてガレスピー的なテーマのブルース。ガレスピーのソロは、まさにビバップの8分音符のラインをていねいに吹きまくるだけでなく、トランペッターとしての昂揚も心得ていて、見事の一言。あふれでるアイデアと歌心、そしてバップ魂に聞き惚れる。ピー・ウィー・ムーアのバリトンソロは、あのブローテナーのピー・ウィー・ムーアだと思って聴くとなかなかおもしろくて、かなりバップ的。つづくアル・グレイのボントロソロは、これはもうベイシー楽団でおなじみのあのアル・グレイですね。2曲目はルイ・ジョーダンの「スクール・デイズ」。これもブルースでガレスピーがボーカルをつとめるが、歌詞はうろ覚えでかなりでたらめ。これまたベイシー楽団である・グレイと同僚のビリー・ミッチェルがホンカー的だが流暢でめちゃめちゃかっこいいソロをする。三曲目はホレス・シルバーの「ドゥードゥリン」でこれもブルース。つまりA面は全部ブルース。ピー・ウィー・ムーアのバリサクに導かれるファンキーなテーマに続き、ガレスピーが最高のトランペットソロを披露。途中でバリトンがテーマを崩し(わざとだろうな、これは)、それにウィントン・ケリーが応えるあたりは絶妙。B面は「マンテカ」ではじまるが、このときのガレスピーバンドの豪華絢爛なメンバーが一丸となって咆哮するテーマは迫力満点。ガレスピーのソロも爆発しているが、つづくベニー・ゴルソンのソロもすばらしい。二曲目はゴルソンの「アイ・リメンバー・クリフォード」だが、リー・モーガンがいるのにソロをとらせず、ガレスピーが大々的にフィーチュアされる。たぶんモーガンはこのときにいつかこの曲、ぜったい吹き込んだる! と思ったんだろうなあ。三曲目はまたまたブルースで、タッド・ダメロンの超アップテンポの「クール・ブリーズ」。アル・グレイが咆哮し(この多種多様なテクニックは凄まじい)、ガレスピーも端正なソロからしだいに高音部での吹きまくりで俄然盛り上げ、最後はビリー・ミッチェルの超かっこいいオーバーブロウなソロで異常なまでにバンドが昂揚する。いつ聴いてもすごいよなあ、このアルバムは。ソロとアンサンブルが調和して攻めに攻めまくる演奏は、まさにモダンジャズビッグバンドのお手本であり、後年のサドメルとかクラーク・ボーランとかも彷彿とさせる。しかも、ガレスピーは単なる音楽性だけで勝負せず、歌い、(たぶん)踊り、しゃべり、バンドメンバーにも歌を強要(?)し、ライオネル・ハンプトンバンドのように観客を楽しませるが、その土台はもうめちゃくちゃ高度な音楽性がしっかりあるわけで、そのあたりが贅沢である。贅沢といえば、アレンジャーも、クインシー・ジョーンズ、アーニー・ウィルキンス、ベニー・ゴルソン、タッド・ダメロン……と一流をそろえているが、メンバーにはほかにメルバ・リストンやジミー・パウエル、アーニー・ヘンリー、そしてリー・モーガンがいるのにソロをとらせない(少なくともこのアルバム上は)、というのも凄いぜいたくな話である。傑作中の傑作と自信をもって推薦します。

「THINGS TO COME」(MUSICRAFT YW−7582−EV)
DIZZIE GILLESPIE

 ディジー・ガレスピーのSP吹き込みを集めたものだと思う。高校生のときに買った。演奏は短いが、エッセンスがギュッと詰まっており、長尺の演奏を聴いたぐらいのパンチがあって、けっこう疲れる。A面全部とB面前半はコンボ編成で、パーカーが参加している曲もあり、さすがにすばらしいが、パーカーのソロは自身のリーダー作よりもきっちりまとめた感じ。逆にガレスピーは奔放で、ガンガン前に出る、凄まじいソロを吹きまくって存在感を示す。パーカーが、スティットやデクスター・ゴードンになっても、さほどクオリティに変わりはなく、やはりガレスピーの凄みばかりが印象に残る。B面後半は、おそらくディジーの最初のビッグバンドによる演奏で、これが凄い。その度迫力はボーゼンとするほど。ものすごいテンションで、メンバー全員がガレスピーがのり移ったようなボルテージのアンサンブル、そしてガレスピーのラッパが、その全員の分を引きうけました的フルテンションのアクロバチックなソロを吹きまくり、嵐のように去る。メンバー的には後年のバンドのほうが豪華だが、そんなこと関係おまへん。ビバップとはこれだ、ビバップのビッグバンドとはこれだ、という見本のような演奏ばかり。音質もいいです。

「THE MODERN JAZZ SEXTET」(VERVE MV4019)

 だれがリーダーというわけではない、ヴァーヴにありがちなオールスターセッション。水と油の顔合わせでうまくいかずに終わったり、物珍しいだけになったり、一丁上がりの安っぽい演奏になったりする場合も多いわけだが、本作はそんななかで燦然と輝きを放つ永遠の名盤。でも、だれが仕切っていたのかと考えると、やはりガレスピーだろうな。でも、私にとってはスティットを聴くべきアルバムで、アルトのスティットのほんまにええやつというのは少ないが、本作ではスティットはアルト一本でひたすら吹きまくっている。本作におけるスティットのソロはどこを切っても最高で、60年代になると、テナーがどんどん良くなっていく反面、アルトは音程が上ずるようになり、音もややしょぼくなるが、このアルバムのころは、アルトがぶりぶりの音で鳴りまくっていた。もちろん、蛇口を開くと延々とあふれだすバップフレーズの洪水のような、すばらしいフレージングは呆れかえるばかりだが、それにもまして、アーティキュレイションがほんとうに見事で、パーカーとは似て非なるアーティキュレイションなのである。もう、ほれぼれします。ガレスピーも、豪快なようで、隅々まで気配りの行き届いたフレージングがこのころはできており、他の追随を許さぬ高みにいたプレイヤーだった。先日、某飲み屋で、ガレスピーが嫌いだという人物がしゃべっているのを横で聴いていたが、4ビートジャズとブラックミュージックの架け橋となり、リズムの点で多くの壁を打ち破り、軟弱なビート感ではなくアフロアメリカンやアフリカンリズムに共通するベーシックなビートを感じさせ、スウィングするというより激しくグルーヴしキックする彼の演奏は、万人に好かれるものだと思っていただけに意外だった。後年のよれよれの演奏はともかく、初期から中期にかけてのガレスピーは、トランペット嫌いの私が涎を垂らしてしまうような演奏が多いのになあ。ジョン・ルイスはソロにバッキングにと大活躍している。2曲目のアップテンポの曲で、スティットは「オー・プリバーブ」や「ムース・ザ・ムーチェ」のテーマを引用しており、口ではいろいろ言ってるが、やはり影響というのはあるのだ。B1は、ノーマン・グランツらしいバラードメドレーで、最初の「オールド・フォークス」のスティットはもう最高です。岩波洋三のライナーで「生前のパーカーのプレイをほうふつとさせる」とあるが、私は逆に、パーカーをあまり感じない演奏だと思った。ガレスピーの「ハウ・ディープ・イズ・ジ・オーシャン」もすばらしい出来で、これも岩波氏が「バラードを吹いても彼の豪快さは少しも失われていない」と書いているが、私にはとにかく繊細な演奏に聞こえました。B2の「ミーン・トゥ・ミー」は、ガレスピーとスティットが互いにからみあいながら吹くテーマが、もう最高なのです。先発ソロのガレスピーは、タンギングやベンドでひとつひとつの音に心を込めており、それがフレーズ全体をグルーヴさせ、説得力につながっている。もう、言うことなし。スティットのプレイはくつろいだ雰囲気でこれも絶妙だが、何度も名前を出して悪いが岩波氏の「スティットのアルトは三連音符を連発、すっきりしたさわやかなプレイをきかせる」とあるのはさっぱり意味がわからん。なぜなら、スティットは三連音符などまったく吹いてないからで、十六分音符のことなのだろうな。ほんとにいいかげんなことを書くものだ。最後の「ブルース・フォー・バード」は録音前年に亡くなったパーカーに捧げたスローブルース。ガレスピーとスティットが亡きパーカーをしのんで共作したブルースということになっているが、基本的にはテーマはない。ガレスピーのソロは「いつもの陽気さにかわって、もの哀しい気分で演奏している」と書かれているが、スローブルースですからなー(しかも、それほどもの哀しいソロでもなく、明るく派手な印象を受けるが……)。個人的な想像で言うと、一曲スローブルースを録音して、終わってから適当に(もしかしたらノーマン・グランツが)タイトルをつけたのではないかと思うが、どうかな。ジョン・ルイスのバッキングもええ味出してます。とにかく名盤です。当時のバッパーが、素直に存分にソロを吹くだけでこれだけの内容のものができたということであります。ジャケットの墨絵のようなミュージシャンの似顔絵も秀逸。ノー・リーダーだが、便宜上ガレスピーの項に入れておく。