daisuke fuwa

「TWENTY EIGHT」(地底レコード B20F)
FUWA DAISUKE

 めちゃめちゃ好きなアルバムです。私はどういうわけか「渋さ知らず」はあまりピンとこず(ライブで見ていても、ソリストによっては展開が同じで飽きてしまうし、アレンジはユニゾンだし、ソリストが多すぎてほとんどソロが廻らないメンバーもいてあまりにもったいないし、絶対に客席で聴いてるより舞台で演ってるほうが楽しい……という気持ちで見ているからだと思う)、不破さんのアルバムだとこの作品を偏愛している。いろんなメンバーが入れ替わり立ち替わり登場するが、全体として統一感はあるし、まさに不破ワールドになっている。ヤバい感じのボーカル曲(石川啄木の詩に曲をつけたものらしいが、まったくそういうことを感じさせない)も溶け込んでいるし、買った当時は毎日聴いていたし、今でも折に触れてしょっちゅう聴いている。片山広明や石渡明廣らくせ者揃いのメンバーを巧みにブレンドして、骨太で自由な自分の歌として作り上げてしまうのは、渋さ知らずと同じ手法なのかもしれない。とにかく図体のでかすぎる渋さ知らずよりも、こういった小編制のリーダー作ももっとたくさん出してほしいと思います。ドラムが豊住さんなのもポイントなのかなあ……これについてはよくわからない。

「劇音」(地底レコード B30F)
不破大輔

 これも買い漏らしていたアルバムで、前衛演劇とフリージャズというのは昔から非常に相性がよいとされているが、それはほんとにそうですね。かつて風の旅団を観にいったときに、生バンの演奏があまりに私の好みで、フリージャズっぽくて感激したことがある。今でもあのときの衝撃は耳にこびりついているが、火焔が燃えさかるまえでクラリネットをフリーキーにブロウしていたのはもしかしたら大熊亘さんだったのかも、と思ったりしているが演奏は覚えていても顔を覚えていないのでたしかめようがない。以前、本人にきいても、ああ、そうかも、と言ってただけでした。まあそれはいいとして、とにかく最近でも維新派と内橋さんとか、前衛演劇とフリージャズの接点をあげれば枚挙にいとまがないが、本作は不破さんがかかわった劇の伴奏を集めたアルバム。あくまで伴奏なので、音だけをとりあげて聴くというのは反則なのかもしれないが、思っていたより全然違和感がない。たぶん、音だけで完結しているわけではないのだろうが、それをあえてこうしてアルバムにしたわけだから、音だけでも伝わるということなのだろうな、でも、この曲はこんな風な芝居のこんな風な場面についていたのだろうか、などと妄想しながら楽しく聴かせていただいた。

「不破ワークス」(地底レコードB50F、B52F、B53F)
不破大輔
3枚組で、1枚目、2枚目はこれまで地底レコードで出たが、入手困難状態になっているアルバムからのピックアップによるコンピレーション。渋さのアルバムからも3曲入っているが、不破さんのリーダー作「28」から4曲、泉邦宏さんの「サンライズ・イン・マイ・ヘッド」から1曲、佐々木彩子さんの「空」から4曲、南波ともこさんの「おっぱい」(これは持ってなかった)から1曲、フェダインのアルバムから1曲、RAdIOというグループのアルバム(これも持ってない)から1曲……という選曲。「28」とか「サンライズ・イン・ユア・ヘッド」が入手困難というのはかなり驚いたけど、まあしかたない。私の小説なんか、ほとんど入手困難だもんね。作者がどんなに、これは代表作なんです大事な作品なんですなんとかしてくださいといっても出版社はどんどん削除していく。なかったことにしていく。そういう意味では、こうしてコンピレーションでも触れることができるのはいいことだと思う。まさに1枚目と2枚目は不破さんの音楽を俯瞰できる内容で、アンダーグラウンドの臭いとともに、それとは真逆の洗練がびしびしと伝わってくる。こういうものに対して、どういう言葉が適当なのかわからないが、とにかく「かっこいい」と言っておこう。そして、3枚目は「行方知れズ」という小編成グループによるライヴで、佐藤帆、立花秀輝、辰巳光英という3管(辰巳さんのトランペットはどう聴いても入ってないように思うのだが、メンバー表によると参加していることになっているので、どこかにちらっと入っているのだろう)に山口コーイチのピアノ(実際はオルガン)、ドラムは磯部さんという超強力な布陣で、まえからこのグループのライヴに行きたかったのだが、果たせずにいたのが、こうして音源を聴くと、ああ、やっぱり思ってたとおりすごい! としみじみ感動。アルトもテナーもどちらもすばらしすぎる。立花さんも佐藤さんも音もスタイルも私好みすぎる。マジでどんぴしゃりなのだ。そして、メンバーに自由に好き放題やらせているようで、じつはそのすべてをおシャカさまのように掌に載せて遊ばせている不破さんのベースは、まさしくミンガスのようで存在感がすばらしい。入手してからこの3枚目は二日間で5回も聴いてしまった。それほどいいのです。こういうものに対して、どういう言葉が適当なのかわからないが、とにかく「かっこいい」と……あ、これはさっきも書いた言葉だが、そういうしかない「生」のライヴであります。ライヴは生に決まってるだろうって? わかってないなー。

「巴里渋舞曲 LIVE AT MAISON DE LA CULTURE DU JAPON A PARIS」(CHITEI RECORDS B41/42F)
渋さ知らズ

正真正銘の大傑作だと思う。不破さんが参加しているグループは全部好きだが、じつは渋さ知らズだけはちょっと苦手だった。というのは、昔何度か生で聴いて、あまりにゴージャス過ぎるソロイストの使い方(つまり、すごい大物ソロイストぞろいなのに1、2回しかソロが回ってこない)とか、全部ユニゾンとかリフとソロ廻しだけとか、客よりぜったいミュージシャン側のほうが楽しんでるだろというのがバレてる感じとかが、どうも苦手意識を生んだのだと思う。だいたい私は編成は小さければ小さいほど好きなので、そういったあたりも苦手感があったのかも。だから渋さチビズは大好きだった。しかし、その後、あるライヴをきっかけにコロッと考えが変わった。めちゃめちゃええやん。まず、ソロイストがどうのといった考えでこのグループを聴くのはそもそもまちがっているのだ。むちゃくちゃな大編成というのは、個々のミュージシャンが本当にこのアンサンブルに必要かどうか、よりも、とにかく若い(年齢に関係なく精神的に)パワーを結集する、という意味がある。極端なハナシ、吹かなくても、そこにいるだけで意味がある。才能のある、やる気のある、個性のあるミュージシャンをいっぱいいっぱい集めることで、個々の力がぎゅーっと凝縮したあと、ビッグバンのように爆発してハレーションのような効果を生むのだ。それに、アレンジにしてもなんにしても、最強最上最悪最善最高の状態にあると思う。それにそれに、私が今、日本で好きなミュージシャンのほとんどはここにいる、といっても過言ではないのだ。ドラムが磯部潤であることが大きい。トランペットはなんでもできる、こんなひといないよ的にめちゃめちゃすばらしい辰巳さんと、ラッパのインプロヴァイザーとしてはピカイチの北さん(ソロのCD−Rめちゃよかった)だし、バリサクには至宝吉田隆一がいるし(このツアーには不参加)、ギターは内橋さん、斉藤さん(この録音時には不参加)という天才ふたり、アルトはめっちゃ私好みの立花さん、テナーはほんまに凄い佐藤帆さん……などなどと名前を書きつらねていく作業すら馬鹿馬鹿しいほどグレイトなミュージシャンたちが結集していて、こういうときに「ソロイストにソロが回ってこない」などというのはほんとに馬鹿だなあ、と思いました。どのトラックもすごいが、2曲目のテナーソロとか、もう悶絶するかっこよさ。ある意味理想。これで血湧き肉踊らないやつはニンゲンじゃない。つづくソプラノソロもいいんだよなー。そしてアルトソロは縦横無尽でほんとに自由な感じですばらしい……とこんな感じで詳述していくと原稿用紙100枚ぐらい書かねばならないほど聞きどころが多い。3曲目は5拍子の曲で、ライヴで聴くと、ベースが異様にかっこいい。バリサク(鬼頭さん)とフルート(めっちゃええ)の果てしないデュオもかっこよすぎるやろ! 一癖も二癖もある怪物たちを上に載せて、ずーっとグルーヴし、切り込み、スウィングさせ、テンションを下げないように盛り上げまくっているリズムセクションはさぞかしたいへんだろうと思う。4曲目はライヴで聴くと、いったい何拍子なのかと必死でかぞえてしまう名曲(じつはシンプル)。5曲目はイントロリフで、2枚目に続く。ブルースではないが、R&B的な曲で、右も左もぶっ飛ばせ! 的な快楽的な曲です。テナーソロかっこええなあ。このひとの演奏はある意味理想……あ、さっきも書いたか。こんな風に吹きたいのです。サインが欲しいです。リーダーアルバムを聴きたいです。ファンです。ミーハーです。と言いたくなるぐらいかっこええのである。2枚目も名演目白押しで、「LION」のラッパふたりに感動し、「ひこうき」に滂沱の涙を流し、「ナーダム」でメロディの持つ力に呆然とし、「本田工務店のテーマ」で思わず立ち上がって拳を突き上げることになる。これは自然とそうなるのです。2枚組全体にわたって、ラッパふたりとギターとキーボードとサックス群と……あれ全部か、とにかく全員が全員、全編活躍していて心地よい。こういうバンドで演奏していると、さぞ演奏するのが楽しいだろうなあ。まあ、いろいろあるだろうけど、とにかく演奏中はぜったい楽しいと思う。2フランクスのいたころのベイシーバンドで、とにかく毎晩、ステージにあがるのが楽しくてしかたなかった、というようなことを(たしか)フランク・フォスターが言ってたような気がするが、そういう気分になるだろうなあ。うらやましいなあ。もうひとつ感じるのは、いろんな意味で「ベタ」だということ。盛り上げかたもあざとく、いわゆる「お決まり」のパターンなのだが、結局、いろいろとひねったり、ひっくりかえしたり、すかしたりするよりも、こういうストレートアヘッド直球勝負がいちばん感動するのだ。なにしろこれだけ大勢の人間が集まって、ひとつのことをやろうとして汗を流し、なにかを叩いたりひっかいたり息を吹き込んだり叫んだり飛んだりはねたりして、客に「これ」を伝えようとしているのだから、ギミックは不要なのだ。そのパワーを客が感じ取らないわけはない。ベタでいいのだ。というか、ベタがいいのだ。これは500万年前から人類が伝統的に守ってきた感動の王道なのだ。そうだ、渋さ知らズは「ベタ」なのだ。我々がずーっとフリージャズを聴きつづけてきて、ここはかっこいいな、と思う部分をすべて、きっちりと押さえているフリージャズ界のきってのベタなグループなのだ。サン・ラもアート・アンサンブルもコレクティーフもICPも生活向上委員会も……ここまでそれを全面に出して、「どやっ!」といったバンドはない。おそらく世界中が、ようやった、ようここまでやりきった、あっぱれあっぱれ、と絶賛しているのではないか。本作はおそらく歴史に残る大傑作なので、今から居酒屋に飲みにいこうかなとか思ってるひとは、缶ビールにして、残りの金でこのアルバムを買ったほうが人生がはるかに豊かになりますよ。

「渋彩歌謡大全」(TOKUMA JAPAN COMMUNICATIONS TKCA−73836)
渋さ知らズ

 じつは発売当初は聴いておらず、今になって購入。なんでかというと、全編「歌」をフィーチュアしたアルバムなので、たぶんおもろいやろなあとは思ったが、まあ、また今度でええか……と思っていたわけで、なぜ「また今度ええか」と思ったかというと、選曲とそれを歌うボーカリストの人選がじつに「渋さ知らズ」らしいというか、らしすぎるというか、そらまあ、こう来るやろなあという感じに思えたからだが、今回聴いてみて、なんでもっと早く聴かなかったのだ、この馬鹿……という状態に陥った。私の思っていた、ある種の予定調和なイメージを正攻法で突き崩し、それを上回っていくような堂々たる演奏ばかりだった。1曲目のイントロが鳴った時点でもう心が高揚している。泉邦宏のボーカルは技術がどうこういうものではなく、味わい100パーセントの余芸だよね……というひとがいるかもしれないが、よく聴いてみよ。音程正しく、しかも個性豊かで、カラオケで演歌をそこそこうまくうたうおっさんとかが足下にも及ばないしっかりした表現だ。途中の超かっこいいテナーソロはたぶん佐藤帆。2曲目はアレンジの勝利とボーカルの切迫感ある表現、そして集団による迫力があいまった凄まじい「一週間」。トランペットと佐藤のテナー、トロンボーンなどソロが続き、おお、すごいすごいと言いながら聴いていると、よく聞くと歌詞もけっこうえらいことを歌っており、ああ、これぞ渋さの「一週間」ですね。3曲目は渚よう子本人が歌う「恋は夢色」。ダーティーな音色のギターとともにぎゅいんぎゅいん言ってるのはオルガン? 4曲目は「スワロウテイル」のテーマのインストバージョン。トランペットが大きくフィーチュアされている。5曲目は水原弘の「黄昏のビギン」だが、イメージはちあきなおみのそれに近いか。一音一音、ひとことひとことに細心の注意を払って表現していくシルクのようなボーカルの素晴らしさは筆舌に尽くしがたい。おそらく太田惠資のヴァイオリンもいいよねー。6曲目は「タッタカ・タッタカ・タッタカ・タッタカ……」という管楽器のタンギングによるイントロのあと突然そのリズムのままにはじまるYMOの「ライディーン」。ソプラノサックスが終始リードをとっているように聞こえるが、クレジットにないので、これはアルトなのか? とにかくYMOと対極の、人力によるテクノ名曲の再現で、このダサさがたまらんかっこよさなのだ(なんのこっちゃ)。豪快なトランペットソロがフィーチュアされる。7曲目は遠藤ミチロウのボーカルによるどろどろの「夢は夜ひらく」で、4管4リズムと(渋さ知らズにしては)人数が少ない。吉田隆一のフルートもなかなか味わい深いですなー。歌詞は、三上寛バージョン。正直言って、重すぎるぐらい重い歌詞なのであまり聴きたくないのだが(三上寛のアルバムでも飛ばしてしまう時がある)、ときには聴かねばならぬ歌詞でもある。叩きつけるような重いギターや雄叫びのようなトランペットのオブリガードも最高である。ラストのカデンツァでボーカルの音程が変になるのだが、その部分は、音程がおかしくあってほしい、そうでなければならない、というぐらいの説得力のある歌だった。ときどき聴いてコーベを垂れています。8曲目はうってかわって変拍子ユニゾンのイントロから、透き通るようなボーカル、そしてめちゃくちゃかっこいいアレンジ……と心を鷲掴みにされる曲。歌詞がすばらしいが、三角みず紀さんだった。なるほど。見事なギターソロ。そしてラスト近くのたぶん立花秀輝による美しすぎるアルトソロ。ここまでの曲も凄かったが、この8曲目あたりからアルバムの最後に向かって、とんでもない凄すぎる、いわゆる「白眉」的な曲ばかりが並ぶので、聴いているとへとへとになる。9曲目はこれまた水原弘の「黒い花びら」で、アレンジはすごくまともなのに、三上寛が歌うとコールタールに浸かったどろどろの男が絶唱しているかのようなエグいものになって、ほんとにすばらしいにもほどがある。佐藤帆のテナーもいいっすねー。10曲目は立花秀輝主導(?)のフリーなイントロ部分に続いて、ゴージャスなR&Bテイストのリフが重々しく鳴り響き、めちゃくちゃかっこいい曲がはじまる。ガンガン弾くピアノ、佐藤帆のあいかわらず超かっこいいテナーソロ(最高です)……などのあとに最後の最後、一番盛り上がるところで突然、ボーカルが出てきて歌いだすのでびっくりする(歌詞、ついとったんかい! とみんながツッコんだことはまちがいないと思う)。この歌詞もええなあ……と思ってたら、やっぱり三角さんなのだった。11曲目はなんと! 私がミルトン・ナシメントの曲のなかで一番好きな曲のひとつ(好きな曲が多すぎるのです)だ! この選曲に感動しまくっているのは俺だけ? いやいやそんなことはないはずだ。この曲が入ってると知ってたら、出たときにまちかまえて買ったのになあ。いやー、こうして渋さバージョンで聴いてもほんとにええ曲やなあ。ラストはまた渡部真一がボーカルで、これも名曲中の名曲だが、ここでこれが来るか、と思った。しかし、こうしてこのアルバムの最後に置かれてみると、歌詞の意味合いもまた意味合いが変わってくるような気がする。というわけで、いやー、凄いアルバムでした。聞くたびにへろへろになる。やっとレビュー書けて開放されたような気がするほどだ。

「渋樹」(地底レコード B70F)
渋さ知らズ

 渋さの新作はクラシックだというのを聞いて、クラシックのことをよく知らん私はかなりびびったが、実際聴いてみると、正直、いつものサウンドだった。いやー、めちゃくちゃかっこええやん。これは素晴らしい。最高。泣ける。クラシックだろうがジャズだろうが演歌だろうが、素材としてそれを渋さ流に料理しているのだから、原曲の知識があろうがなかろうが十分楽しめるし、それでいいのだ! と最初は思ったものの、いやいや、それではこのグループがあえて全曲クラシックを取り上げたという部分を聴き手としてちゃんと受け止めていなことにならないかと思い、考え直した。いわゆる素材の解体と再構築だとしても、そこに「なにか」があるのではないか……みたいなことを思ったのです。というのは、何度か聴いて、「渋さがクラシックに挑戦」とかいうノリとはまるでちがうものを感じたからなのである。
 クラシック曲集とはいえ、6曲中4曲はベルリオーズの「幻想交響曲」だから、じつは「渋さがクラシックをやった」というより「渋さが幻想交響曲をやった」に近い内容だと思う。「幻想交響曲」はちゃんとではないけど聞いたことあるし、うちにCDもあったはずだと探してみると見つかったので、とりあえず聴いてみた。何度か繰り返して聴いて、もう一度このアルバムを聴いてみたが、あれ? こんなんやったっけ……となって、ここで禁断の両者同時聴きを敢行してみた。すると、「幻想交響曲」はどの楽章もマイナー→メジャーという感じなのだが、このアルバムでは全体がマイナーで終始している曲が多く、もしかすると各楽章の主題をそのまま使うのではなく、気に入った部分だけをピックアップして、それをリフみたいに利用しているのかもしれない、と思った。まあ、本気でそのへんを調べるには、このアルバムのリフを譜面にして、「幻想交響曲」の総譜とつきあわせればいいのだろうが、もちろんそんな根性はないから、今ここに書いていることはただの私の想像に過ぎない。ソロイストとそれを煽るリフが一体となってどんどん盛り上がっていき、ついにはメーターをが振りきれて大爆発する、という渋さ知らズの方法論はここでもまったくブレることはないが、このアルバムは個人的にはめちゃくちゃハマってしまい、渋さ知らズの最高傑作では、と口ばしってしまうぐらいに気に入ってヘビーローテーションで聴いております。では、簡単に各曲に触れると、1曲目は「幻想交響曲から夢−情熱」で、冒頭幻想的なピアノではじまったかと思うとボーカルがいきなり「君の影が……」と日本語で歌い出し、ああ、なるほど、「渋彩歌謡大全」のようにかなりストレートに素材を扱う……ということではないのか、という、このアルバムを聴くにあたっての姿勢というか覚悟がこの時点で定まった(そんなおおげさなもんやないですけど)。マイナーな曲調にトロンボーンがはじめしっとりと、次第にゴリゴリと歌い上げ、またボーカルに戻る。このあたりで、どう考えても「幻想交響曲」とはほぼ関係ない感じがわかってくる。演奏する側の気持ちのなかのどこかに「幻想交響曲」があればそれでよし、みたいなことではないか。そのあとギターソロになり、これが泣きのソロ。泣かせる泣かせる全員泣かせる。リフがギターソロを盛り上げまくり、一曲目で早くも「あー、すげーっ、かっこええ!」と叫んでしまうことに。2曲目はサティの「ジムノペディ」だが、あの耳なじんだ曲のテーマだけを取り出して、めちゃ速いテンポの7拍子のリフとして利用しているだけで、正直、どこが「ジムノペディ」やねん! と怒るサティファンも出てくるかもなアレンジで、私は爆笑しました。テーマ後、アルトがびゅーん! と飛び出してきて、朗々とした音色で吹くのだが、テーマリフが入ってきてからはフリーキーに吹きまくる。バックでギターが爆走していて、ここもめちゃくちゃかっこいい。2曲目にしてクライマックスか……と思っていると、ゆったりしたパートのあとマリンバ(?)とバリトンサックスのデュオになり、ここも超かっこいい。いやー、かっこいいとしか言いようがないので、なにか表現を変えたいのだが、かっこいいとしか言えんよなあ。フリーになり、ドラムが暴れて、アルト、バリサク、マリンバ等で混沌とするのだが、まさに興奮の坩堝。そして、リフがゆったりしたテンポで現れ、突如、最初のぶっぱやいテンポになって、そのあといわゆるサティの「ジムノペディ」の感じでそのリフが一度だけ演奏されて終演。3曲目は「幻想交響曲より断頭台への行進」。ここでも、マイナーなリフが速いテンポで奏でられ、原曲のイメージはぶっ壊されている。もともとの主題は途中でメジャーになり、別の展開をずーっとしていくのだが、その部分は全部カットして、マイナーの最初の部分だけをめちゃくちゃ速いテンポにしてある(みたいな感じ)。ぐちゃぐちゃしたカオスに乗っかるようにしてトランペットが疾走する。あるいは原曲にないリフが登場する。もうやりたい放題なのである。トランペットの力強いソロがバックの分厚くもでたらめ感満載の盛り上げをぶち切るように続いたあと、ヴァイオリンの無伴奏ソロになり(このギャップある展開もすばらしい)、パーカッションとのデュオになり、異国情緒あるソロがスピード感のあるパーカッションに乗せて奏でられる。かっこいいーっ! ここがアルバム最大の聞かせどころか……と思っていると、突如、どろりとした重いファンクになり、テナーがぶっとい音でブロウをはじめる。このテナーソロこそが正直いって私にとってはこの作品の白眉でありました。途中から循環呼吸で延々吹きまくるのだが、これは片山さんではなく登さんだろうと思っていたら、やはりそうでした(客席にいたというひとにネットで教えてもらったのです)。いやー、すげーっ。われらが登敬三! このソロはマジすごいっす。血わき肉躍るというか、興奮のあまり鼻血が出そうになるほどの凄まじい絶叫また絶叫。このソロのためだけにこのアルバムを買ってもいいと思います。もとのリフに戻って終了。四曲目は「幻想交響曲よりイデー・フィクス」。イデー・フィクスというのは、ひとつリフというかリックというか短い音列が、各楽章を通して全体に形を変えて現れるというようなものらしい。ライト・モチーフというか、「固定楽想」と訳されることが多い。ここではラテンっぽい明るい雰囲気のなかでトランペットがいきいきとした演奏を繰り広げて、聴いていて胸が熱くなる。そのあとソプラノソロになるが、クレジットを見てもソプラノ吹いてるひとがいないのだった。なかなかていねいなソロで、じわじわ盛り上がっていくすばらしい演奏。五曲目は「幻想交響曲『サバトの夜の宴』より「怒りの日」。たぶん、この曲が「幻想交響曲」のなかでは一番人口に膾炙しているのでは。ハチロクの重いベースラインに乗って、地獄のファンクが展開する。フリーキーなアルトソロが延々続いたあと、しっとりとしたピアノソロになる。それが混沌としていって、ギターが血の涙を流すようなソロをはじめるのだが、このあたりもめちゃくちゃかっこいい。ラストは、クラシックというか「ゴーイン・ホーム」から「ファット・ア・ワンダフル・ワールド」のメドレー。フラジオで泣き叫ぶようなぐちゃぐちゃの吹き方のアルトがリードするアンサンブル(?)がテーマを奏でたあと、たぶん片山さんと思われるテナーソロになる。太い、しっかりした音でゴスペルのように歌い上げる。テナーのひとはみんなこの曲が好きなのだ(偏見?)。またしてもアルトがフリーキーに叫ぶテーマが「さ・よ・な・ら」感を煽り、ああ、コンサートもも終わりかとしみじみするが、そのあとラスト2分ぐらいになって突然、紅白歌合戦の最後のように、「ファット・ア・ワンダフル・ワールド」がはじまり、なんだなんだどうしたんだ……と言ってるうちにアルバム全巻の終わりであります。何回聴いてもめちゃくちゃ楽しい、面白い、充実しまくりの熱血アルバムなので、皆さんぜひ聴いてください! とか書いてるときに「ミュージックマガジン」の不破さんのインタビューを読むと、はっきりと「そもそも僕はクラシックの曲の構造とか理解しようなんてはなから思っていないわけで、鼻歌にできそうな部分だけをいただいて、デフォルメしていった」「渋さがクラシックに挑戦している、みたいに巷で言われてきたけど、挑戦なんかしてない」とはっきり明言しておられました。やっぱりなー。とにかく傑作!