gil evans

「PARIS BLUES」(OWL 013 429 2)
GIL EVANS STEVE LACY

 めちゃめちゃよかった。ビッグバンドのリーダー兼アレンジャーとしての手腕は文句のつけようがないギルが、ピアニストとしての凄味を最高に発揮した一枚である。ギルのピアノを聴く機会はめったにないが、本作は、たとえばエリントンにおける「マネー・ジャングル」のような、天才的なビッグバンドリーダーにしてアレンジャーとして名高く、ピアニストであることが忘れられがちなこの寡作な人物が、ピアニストとしても天才であったことを示す。なにかが起きる予兆を匂わせる思わせぶりなイントロや、ソリストから斬新なフレーズを引き出す刺激的なバッキング、一方の天才レイシーに対して一歩も引かず、逆に演奏の行く手を指示し、導いていくその腕は、ああ、こんなすごいピアニストが埋もれていたのか、と思わず嘆息してしまうほど。レイシーも、いつものフリーフォームではなく、テーマとコードとリズムのはっきりしたデュオに挑戦する形になっており、その結果、フリーフォームのものよりもいっそう鮮烈に「自由さ」が浮き彫りになっている。レイシーってこんなにビーバップだったのか、こんなにフレーズのあるひとだったのか、こんなにアーティキュレイションが見事だったのか、といちいち感心することばかり。もちろんかなりえぐい曲もあって、まるごと一枚聴いてもぜんぜん飽きない。サックスマスターであるレイシーのある側面をギルのピアノが引き出した、ともいえるが、逆にギルの一面をレイシーが引き出してもいるわけで、そういう意味でなんとも理想的な「デュオ」である。やられたぜ、これは。名盤です。対等だとは思うが、さきに名前のでているギルの項目に入れた。

「LIVE IN DORTMUND 1976」(JAZZ TRAFFIC 333210)
THE GIL EVANS ORCHESTRA

 ギル・エヴァンス・オーケストラにカークが客演? げーっ、ぜったい聴かねば、と金の時期に必死で工面して買ったアルバムだが、じつは昔から海賊盤などでよく出回っていた音源だそうだ。しかし、内容はめちゃめちゃ良くて、音もこの手のものとしては決して悪くない。メンバーは、ゲストをのぞいて10人だから「パラボラ」ヤ「リトル・ウイング」よりはちょっと多い。ラッパはルー・ソロフとジョン・ファディス、サックスはジョージ・アダムスひとりだけ、ジャニス・ロビンソンのトロンボーン(トム・マローンのかわり?)、ジョン・クラークのホルン、ボブ・ステュアートのチューバというブラス〜リードに対して、ギターはヴァン・マナカスというひと(ギルのほかのアルバムでは聴いたことないなー)、ピート・レヴィンのキーボード、マイク・リッチモンドのベース、そしてスー・エヴァンスのドラム。ソロイストも少ないし、メンバー的にも豪華とはいえないが、その音はゴージャスなソロイストをそろえたアルバムと遜色ない。1曲目はおなじみの「サラブレッド」で、ギター、チューバ、トランペット、テナーサックスが爆発する。2曲目「リズマニング」ではやくもゲストのカーク登場。カークが吹きはじめると、完全にカークの世界になってしまう。ギル・エヴァンスというおそろしく個性のつよいオーケストラを、カーク色に塗り替えてしまうのだが、それはまるで赤潮のように容赦ない勢いで徹底的に塗りつぶしてしまうのだ。3曲目でカークはほぼ無伴奏状態でハーモニカを吹くがこれがすご過ぎてぞっとする。そのあとストリッチ(?)に持ち替えてソロをするが、とにかく冒頭から最後までひたすらカークワールドなのでした。客演というより、リーダーであるカークがギルのオーケストラを従えて演奏している感じの2曲であります。76年の録音だというから、カークは倒れたあとのはずだが、とうていそうは思えない元気さだ。超人としかいいようがない。終わったあと、異常なほどの拍手がくるが、そりゃそうでしょうね、私だったら全裸で踊ってる。カークが入っているのはこの2曲のみで、4曲目はなんとあの「プレイズ・ジミ・ヘンドリクス」にも入っていない「フリーダム」。この曲が本作の白眉といっていい。めちゃめちゃかっこいいですよ! この曲ビッグバンドでやりたいなあ……。(たぶん)ルー・ソロフのラッパソロが炸裂しまくっている。つづくトロンボーンソロはもうちょっとがんばってほしいところだが、そのあとの即興的なアンサンブルで2トランペットがめちゃめちゃ盛り上げてくれる。かっこええなあ。ラストはこれまたおなじみ「プリースティス」。ジョージ・アダムスがあいかわらず、その場で適当に思いついたようなソロを縦横無尽に繰り広げてすばらしい。このひとはこれでいいのだ。というか、これがいいのだ。つづくトロンボーンソロはこれまたもうちょっとがんばってほしいが(いや、がんばってはいるのだが)、これもドキュメントである。そのあとの脳天直撃必至、白熱のトランペットソロ(ジョン・ファディス)がボルテージをぐぐぐぐんとあげてくれる。さーすがー、わかってらっしゃる。ラストはギターソロ。というわけで、楽しい時間はあっというまに過ぎまして、このCD一巻のおわりでございます。

「PRIESTESS」(ANTILLES ANCD8717)
GIL EVANS

 泣く子も黙る名盤……だが、よく聴くとすごくいびつで、そこがまたかっこいいのです。メンバーも超豪華で、しかも(サンボーンも含めて)個性のかたまりみたいな人材を揃えまくっている。アルバムタイトルにもなっている1曲目は、この曲の決定的バージョンといってもいいぐらいよく知られた演奏だと思う。ビリー・ハーパーの曲で、本人のコンボでの演奏も名高いわけだが、「プリースティス」といえばみんなこんな風なビッグバンドでのサウンドを思い浮かべるのではないか。それはこのアルバムのせいだと思われる。先発ソロのサンボーンがとにかくこの曲にはまっている。こういうメカニカルかつエモーショナルなブロウがはまるタイプの曲なのである。このサンボーンのソロが演奏の(というかアルバム全体の)雰囲気をドーンと設定してしまい、あとはもうただただ聴くだけ……という感じ。アルバムの1曲目の先発ソロというのがいかに大事かということでありますね。ルー・ソロフのソロもオーバーブロウ寸前までがんばっていて、超かっこいい(「アイ・ラヴ・ユー」の引用、3回あり)。3人目のアーサー・ブライスは一人目のサンボーンと同じアルトなので、わざと味わいを変えたような自由な空気感のソロ。これもよい。昔、ブライスがサンボーンに負けてるとか書いてる評論家がいたが、こういうのは勝ち負けではなく、ソロ順におけるバラエティなのである。バッキングがまったくちがうのを考えればわかる。ただ、このソロがいちばん地味なので、順番がラストなのだからもっと盛り上げてからテーマに行くべきだという意見もあるかもしれないが、だってギル・エヴァンスだもーん。このあたりも味ですよ。どのソロも長尺なので、ダレる危険性があるわけだが、さすがにこの3人は見事にそれを回避している(ダレそうになると、新しいアイデアを投入してがんばる感じ)。ルー・ソロフはなんとなく、リフが入るまえでやめようと思ったけど、リフが入ったから続けようか、みたいな感じがあるなあ。そんな心理的な動きが演奏に反映するのも、ギルのオケならでは。2曲目は、サンボーンをひたすらフィーチュアした3拍子の「ショート・ヴィジット」。サンボーンは似た感じのフレーズを1曲目でもこの曲でもしつこく連発しているが、ええやん、ライヴやねんから。なんかぐだぐだなところもあるが、それもギルだ。3曲目は「ルナ・エクリプス」。思わせぶりなイントロからはじまる、超かっこいいアレンジ。一種のコレクティヴインプロヴィゼイションで、こういう離れ業というか変則技、反則技をビッグバンドでやってしまうあたりがギルだ。いつ聴いてもかっこいいなあ、この曲は。ラストはめちゃめちゃおなじみの「オレンジ色のドレス」でジョージ・アダムスのテナーをフィーチュアした演奏だが、いつもはこの曲は、バリサクを強調したアレンジがかっこいいのに、なぜかこの日はバリサクがいない。ハワード・ジョンソンとボブ・スチュアートとチューバがふたりもいるのになあ。ハワード・ジョンソンはバリサクを持ってきてないようだ。残念。でも、演奏はすばらしいですよ。というわけで、ギル・エヴァンスを聴くには、単にサウンドを聴くだけでなく、いろいろと心理的なやりとりを味わうことができて、そこらへんも面白いのである。