gato barbieri

「THE THIRD WORLD」(FLYING DUTCHMAN B19D−47029)
GATO BARBIERI

 全曲かっこいい。でも、全曲、一緒といえば一緒。冒頭からラストまで、どこを切ってもガトーのあの濁った音と、ラテンリズムがあふれだす。昔は、コマーシャルだという評価もあったようだが、今聴いてみると、十分ゴリゴリ吹いてます。片山広明や近藤直司を思わせるような激しいブロウだが、とにかくテクニックがあるし、楽器コントロールが完璧なので聴いていてじつに爽快である。このころのガトーはどれを聴いてもすばらしい。内容はコマーシャルどころか十分フリージャズだし、曲もいいし、何度聴いても聞き惚れる。生で観たときも、まさにこんな感じの演奏だった。メンバーをみると、チャーリー・ヘイデンやビーバー・ハリス、ラズウェル・ラッド……とフリー寄りで、このメンツでここまでポップなアルバムを作ったことにも驚く。ポップといったが、ガトーのポップさは、血が流れるような生々しくざらついたポップさなのである。

「UNDER FIRE」(FLTING DUTCHMAN LAX3051)
GATO BARBIERI

 ガトーというテナー吹きは、コルトレーンの影響から出発し、フリージャズがいちばん盛り上がっている時代に、その寵児として輝かしいデビューを行ったので、その後の作品も、なんやかんやと小理屈がつけられるようである。たとえば「フリージャズを演奏していた彼は突然、自分のなかに流れるアルゼンチンの血に目ざめ、以降はその血に忠実な演奏を行うようになったが、その叫ぶようなフレージングは民族の叫びであり、形態が変わっても彼の演奏はフリーそのものなのである」的な評価である。しかし、まあ正直言って、ガトーというひとは、デヴィッド・サンボーンやサム・テイラー、イリノイ・ジャケー、レッド・プライソック、ブーツ・ランドルフ……といったムード〜R&Bサックスの系譜にいる奏者だと思うよ。初期のころはたしかに民族音楽+モードジャズ的な折衷だったかもしれないが、そのあとはもう娯楽ですよ、娯楽。そんな小理屈をこねまわすような演奏ではない。もっと根本的な、「テナーサックスの高音部での絶叫をいちばんかっこよく響かせることを至上のテーマとしているテナー吹き」である。とにかく四の五のいうことはない。ガトーはかっこいいのである。こういう演奏をするのがテナー吹きすべての夢なのではないか、とさえ思う。ラーセンのメタルによる濁ったファンキーな音色、カラフルで哀愁ただようラテンぽいバッキングに乗せて、メランコリックかつ激しいメロディーをしつこく反復させ、聴衆のハートをつかむ。ときおりフラジオをギャーッとヒットさせれば、「うひゃーっ、かっこいい!」とみんなメロメロになる(少なくとも私はメロメロである)。本作はそういう彼のかっこよすぎる演奏が詰まっている。一度だけライヴに接したが、そのときの印象と寸分かわらない、死ぬほどかっこいい演奏ばかりだ。最初は、テナーの音がエコーがかかりすぎているうえ、ひっこみすぎていて、あー、これがもうちょっと前に出てたらなあ、とそればっかり気になったが、聴いているうちに、まあこれはこういうもんだ、と思うようになった(うちにあるLPの話ですよ。今出ているCDのミックスはどうなってるかしらんけど、できればテナーももっとまえにしてほしいなあ)。これはこの時代のサウンドということだろう。共演者は極上といえば極上、スタジオミュージシャンやフライングダッチマンのハウスバンドを集めたといえばそういう感じ。ベースがスタンリー・クラーク、ピアノがロリー・リストン・スミス、ドラムがロイ・ヘインズとアイアート・モレイラ、ギターがジョン・アーバンクロンビー、パーカッションがムトゥーメ……とちょっと信じられないぐらい豪華だが、ガトーはそんなの関係ねえとばかりに我が道を行く感じで吹きまくり、吹きたおす。バラードのいやらしい吹きかたなんか、もうほとんどサム・テイラー。しびれるーっ。まじめな話をすると、ガトーのようなタイプのテナー吹きとして私が思うのは、たとえばヤン・ガルバレクである。コルトレーン的モードジャズから出発したが、民族音楽的なものへの感心が深く、しかもそのなかで自分の楽器の音色を響かせることに重点をおく。本作でも、ときおり見せるコルトレーンライクなフレーズが逆に「はっ」とするぐらいジャズを感じさせたりする。あと、じつはイーヴォ・ペレルマンにもちょっと似てると思ってるんだよね。イーヴォはこういった「哀愁」の、メロディ重視の演奏はしないが、心根のそこの部分はじつは共通点があるのではないかと思ったりする。

「EL PAMPERO」(FLTING DUTCHMAN SR3153)
GATO BARBIERI

フライング・ダッチマン時代のライヴ。スタジオ録音とはうってかわって、非常にアグレッシヴでめちゃめちゃかっこいい。ギャーギャー吠えるのもスタジオにくらべて数倍である。こういったガトーの演奏は、ファラオ・サンダースといっしょやんかと思うひともいるかもしれないが、ファラオはフリークトーンのバラエティが異常なほど多く、叫んでいるかと思ったら悲鳴をあげ、ぶつぶつつぶやき、ゲエゲエとゲロを吐き、犬が吠えたり猿が吠えたり、酔っぱらいがわめいたり、赤ん坊が泣きだしたりするわけだが、ガトーは「ぎゃーっ」という、シンプルかつストレートな叫びだけである。しかし、ファラオのようにのべつまくなし叫んでいるわけではなく、ここぞというもっとも効果的なときに発するのでめちゃめちゃかっこよく聞こえる。とにかくファラオは、「ここまでならかっこいい範囲内」というのをまったく無視して、ひたすら叫び狂い、どんどん自分で自分の作品をぐちゃぐちゃにしていく、つまりは「やりすぎ」の傾向が大だが、ガトーはちゃーんとそのあたりをわきまえている。しかし、共通点が多いのも事実だと思う。本作は、ガトーがライヴという場で少々やりすぎなぐらい咆哮しており、ああ、ガトーも人の子、これぐらい叫びたい日もあるんだなあと感慨深い。フライング・ダッチマンのなかではいちばん好きかも。いつものことだが、ドラムがバーナード・パーディー、ベースがチャック・レイニー、パーカッションとビリンバウがナナ・バスコンセロス、ピアノがロニー・リストン・スミス、コンガがソニー・モーガン……という超豪華なリズムセクション(これもまたフライングダッチマンのハウスバンドといえなくもない)をまったく関係ないよとばかりにガトーはひたすら「俺が一番」とばかりに吹きまくる。ほんと、単純なソロなのだが、プリミティヴな感動が押し寄せる。上岡龍太郎のようなジャケットも好き。

「FENIX」((FLTING DUTCHMAN FD10144)
GATO BARBIERI

これまた傑作。スタジオ録音だがテンションはライヴ録音に匹敵する。とくに2曲目。こんな単純なバック、シンプルな曲調でここまで熱くなれるテナーマンはなかなかいませんぜ。この火山のような熱気はただごとではないのである。ちょっとしたトリルやワンパターンのフレーズにどうしてこんなに没入するんだおまえは!と叱責したくなるほど、ガトーは熱い。暑苦しいぐらいに熱い。こういうかっこよさはもちろん今の時代も多くのテナー奏者のなかには残っているが、「いやもう、わしゃこれしかおまへんで!」的にひたすらこの道を突き進んで、それでことがすんだ、というのはやはりガトーの時代だけだったかもしれない。でも、今の耳で聴いてもめちゃめちゃかっこいいんだからしかたがない。ようするに人間の好みというのはさほど変わるもんではない、ということだ。ガトーのこのかっこよさというのは、たとえばマイケル・ブレッカーやデヴィッド・サンボーン、ウィントン・フェルダーなどのなかにもあるし、サム・テイラーやシル・オースチン、ビッグ・ジェイ・マクニーリーなどのなかにもあるものだ。もっといえば近藤直司などにもある。フリージャズとファンキーミュージック(R&B?)がものすごく相性がいい、ということはガトーがこの時点で証明してみせたことだ。のちにジョージ・アダムスとかデヴィッド・マレイがやったようなことはガトーがすっかり徹底してやりたおしたことなのである。ゴスペルみたいな曲もあり、こういう歌いあげをさせたらガトーの右に出るものはいない。ジャケットもいいし、フライング・ダッチマンのガトーに駄作なし、と断言できるでしょう(たぶん)。