kaoru abe

「MORT A CREDIT(なしくずしの死)」(ALM RECORDS AL−8,AL−9)
KAORU ABE SAXOPHONE SOLO IMPROVISATIONS

 この二枚組を聴くには勇気がいる。かなりしんどいことは聴くまえから十分わかっている。途中、音がなくなって、終わったかと思ったら、またはじまったり……とおよそ「商品」としての体裁を整えていない。しかし、これは阿部薫が残した音源のなかでも最高の水準にあるソロサックスだ。今回は久々にがんばって聴き通しました。でも、いつもは二枚組のうち、A−1だけで挫折、というか、腹一杯になって、そのあとは集中力が続かないことが多い。それぐらい重い演奏だ。でも、けっして「聞きにくい」演奏ではない。逆にすんなり耳に入ってくる。録音状態もいいし、阿部のサックスの音がギューンという感じでスピーカーから飛び出してくる。針を落としてしまえば、あとは快感なのだ。でも、その「針を落とす」までがしんどいんです。だれかがどこかで書いていたが(ちょっとぐらい覚えとけよ)、聴くのがしんどい演奏はダメな演奏ではない、耳になじむ、耳にすんなり飛び込んでくる演奏が良い演奏とは限らない。たしかにそうだ。しんどいから、何年に一回しか聴く気になれないレコードを私はいろいろ所持しているが、どれも大切なアルバムばかりである。もちろん本作はその筆頭ですけどね。いわゆるポップスとか歌謡曲は、もちろんどれもめちゃめちゃ聴きやすいわけだが、そんなんばっかり聴いていたら、耳が衰えるのではないか、と思う。ジャズも一緒。ピアノトリオがブームらしいが、そんなにピアノトリオのスタンダードばっかり聴いてたら、飽きると思うんやけどなあ……まあ、好きずきですが。さて、最近、某所で阿部のソロの映像を見て、めちゃめちゃ感動した。いやー、あれはびっくりした。というか、映像を見て、阿部のアルバムの聴き方がそれまでとは変わってしまったような気さえする。このアルバムも、そうか、阿部はきっとこんな感じで吹いていたんだな、と頭のなかに彼のマウピのくわえかた、アルトを構えた姿勢、その目線、面構え、演奏中の動き、フラジオを出すときや、低音を出すときの感じ……いろいろなものが浮かぶのだ。ようやく、阿部薫の「音」と「肉体」が私の頭のなかでひとつになった、というか……うまく言えないが、そんな感じなのです。だから、今こそ、阿部薫なのである。そういえばその昔、阿部薫読本が出たあとだったと思うが、(まだデビューまえの)私がどこかに書いた阿部薫の即興に関するけっこう長い文章がどこかのだれかの目にとまり、今度出す阿部薫関係の本に収録したい、という手紙(だったと思う)をもらったことがある。すごく喜んだが、結局その本は出なかったように記憶している(もしくは形を変えて出たのだが、私の文章は収録されなかったのか)。

「WHAT BEYOND」(KING HARVEST)
阿倍薫

 一部では、この時期こそが阿部薫の絶頂期といわれているようだが、私はあまりそうは思わない。たしかにサックスの「音」の説得力というか凄みはいちばんあると思うし集中力や持続力(パワー)も凄まじいが、若さに任せて直情的に吹きまくっているという印象もあり、やはりこれに続く時期、あるいは晩年のよれよれの状態のほうに深みを感じる。このころは阿部薫の最大の個性である「間」よりも、音を噴出させ、重ねていくというほうに重点が置かれているように思う。このあと、阿倍の音楽からはどんどん無駄な音が削られていき、まさに和ジャズとしか表現しようのない、ワンアンドオンリーの世界が極められていくのだ。もちろん本作の演奏はすごいけど、絶頂期とは思わんということです。あと、ライナーに阿倍薫の使用楽器として、マウスピースがメイヤーの五番かオットーリンクのメタルと書いてあるが、私の知ってる限りではたいていセルマーのジャズメタルを使っているように思うが……。

「LAST DATE」(DIW RECORDS DIW−335)
KAORU ABE

阿部薫が亡くなるほんの少しまえ、北海道でのライヴ。よく、阿部薫は中期〜晩年の演奏がもてはやされているが、そのころはクスリでぼろぼろでまともな演奏ではない、阿部のいちばんすばらしかったのは初期の演奏でそれをきかなければ彼のほんとうの云々かんぬんどーたらこーたらという意見があり、なるほど御説ごもっともで、初期の演奏はたしかに力にあふれているし、音もよく鳴っているし、とにかくずーっと吹いている感じだが、それはクスリがどうのこうのという問題ではなく、阿部のスタイルの変遷だと思う。後期にいけばいくほど「間」をいかした演奏が多くなってくるし、それによって阿部の個性というかワンアンドオンリーの音楽が確立されていってると思う。そういう部分も、「間をあけるのは、クスリのせいで吹けないのだ。俺はライヴで見たから知ってるのだ」というわけだが、ちょっと待て。クスリをやってようが酒を飲んでいようが病床にふせって寝たきりで吹いていようが逆立ちして吹いていようが、ええ演奏やったらええのである。本作は、たしかに空白の部分もけっこうあるが、それが期せずしてか計算か芸術の神の気まぐれか阿部の天才ゆえかとにかく絶妙の緊張感を生んでおり、そこで繰り広げられる演奏は、剣豪が太刀で一閃するような気合いに満ちている。リラックスしたものではなく、緊張のボルテージのペダルをぐいっと踏み込んだような、異様で異形な世界観のなかで、微細な音から轟音までのダイナミクスを駆使して、あざといすりよりも恐れず、そのとき思ったように吹いた記録がこれだ。そういうことについても、構成力がなく破綻しており適当に吹いているだけだ、ダレてる箇所もあるじゃないか、と反論があるかもしれないが、それのどこが悪いのかと思う。禅宗に、すべてのものは自然のままに完成されている、という言葉がある。すべての即興はそのままで完成している、ともいえるのではないか。とか書くと、あーあ、結局ひいきのひきたおしで、阿部薫が吹いてたらどんなことでもいいって言うんだろ、やっぱり即興演奏というのはその善し悪しをちゃんと評価しないととかいう声が聞こえてきそうだが(空耳?)、そういうたぐいのことを言いたいのではない。音質も上々で、でかい音で聴くとめちゃめちゃ心地よい。少なくとも私はこれが死ぬ直前の演奏とは思えない。初期だとか晩年とか関係なく阿部薫はずっと阿部薫だったのだ。2曲目のギターとか3曲目のハーモニカは、これまたいろいろ批判するひとがいるが、私は好きです。ギターの弦をひと弾きするときのテンションは、アルトに息を吹き込み、鳴らすときのテンションと同じだと思う。ギターやハープを、サックスと同列に論じるなと言われたら、そりゃまあそうです、と答えるしかないが、私はめっちゃ好きであります。テクニックがない、とか、稚拙だ、とか、それ、いまさら言う? と私はうんざりぎみに答えるしかない。サックスのように自由にスクリームしたりブロウできないだけに、逆におもしろい部分もあるし、表現がシンプルでいいですよ。ハーモニカは、必死で崩そうとしても楽器の特性上、どうしても叙情性のある音階になるあたりも、じつにしみじみとおもしろい。めっちゃええアルバムやんか!

「阿部薫・井上敬三・中村達也 LIVE AT 八王子アローン SEP.3.1977」(DIW RECORDS DIE3044)
阿部薫・井上敬三・中村達也

 副島さんが主宰したライヴだそうで、副島さんがカセットで録音していたものが音源だというが、そんなことをまるで感じさせないぐらい音質良好、迫力十分。全部で20分弱しかない、1曲だけのアルバムだが、ほかの演奏と組み合わせて、一種のオムニバスとして出すよりは、この1曲に絞ったアルバムにして正解だったと思う。アルトふたりにドラムという編成(?)で、中村達也は終始うるさいぐらいパワフルに叩きまくるが、ふたりのホーンプレイヤーはそれを上回るぐらいの気合いで吹きまくり、あっという間の20分である。内容はすばらしく、当時井上敬三は55歳だったはずだが、まったく躊躇なくまっすぐにブロウしていて感動的である。ときどき阿部薫を食ってしまうような勢いがあり、その熱気はすべて音に出ているではないか。そして阿部薫はほんとうにすばらしい。この音……高音部の、繊細だが超パワフルという矛盾するものを両立させているこの凄い音がシャワーのように振り撒かれたり、観客の心臓を直撃したり、共演者の音とぶつかったり、それをかいくぐったりして、ライヴハウスのなかをアルトの音色の糸が蜘蛛の巣のようにびっしりと張り巡らされたような状態に変えてしまう。ただならぬスピード感のある音で、いやもうほれぼれする。演奏の展開は、いわゆるフリー系のセッション、というやつで、めちゃくちゃのでたらめのようだがじつは一種の構成感があり、3人が探り合いながらもなんとなくある種の道筋があって、それがインプロヴィゼイションにおけるお約束というか予定調和を感じさせるものなのだが(今でもそういう演奏は多いと思う)、この三人(とくに阿部薫)はそういったものを突き破ろうとする姿勢が感じられ、とてもスリリングだし、馴れ合いとかとは無縁の演奏だと思う。とにかく、冒頭のドラムのやかましさと、そこに突入する井上のテンションの高いブロウを聴いてくださいよ。この井上敬三の「やる気」がこの演奏を最高の空気で最後まで持っていた要因だと思う。昂揚する井上のアルトのさらにうえを行くように(実際、音程的にはかなりのハイノートで飛び込んでくる)ぶちかましてくる阿部薫が、演奏をさらに高みに引き上げる。演奏の展開は、事細かくライナーノートに書いてあるが、あまりに詳細なので、先に読んでしまうと、それに合わせた聴き方になるので、あとで読むほうが無難かも。とにかく、よく出してくれた、感謝それしかありません。こういうタイプの、熱血な演奏が古いとお考えの向きは聴かなくてもいいけど、私はこの演奏は時代を突きぬけて古びないものだと思います。一応、最初に名前の出ている阿部薫の項に入れておく。