江戸和竿に魅せられて      - 苑 囿 -


江戸時代より受け継がれる和竿には奥深い芸術性がある。

竿師の繊細な指先と漆伝統工芸の賜物であろう。
勿論、四方の海の幸を愛でる日本人のメンタリティーもその支えとなった。

和竿に限らないがすべての竿には「静と動」がある。

そして、静の美と動の美を兼ね備えかつ堅牢でなければならない。

魚をゲットするだけなら、グラス竿でもカーボン竿でも大差ない。

ただ釣趣となると和竿に限る。

このこだわりの釣り人たちが和竿の文化を育んできたのは喜ばしい。

渓流釣り、鮎釣り、フナ釣り、鯛釣り、カワハギ釣り、キス釣り、石鯛釣り、

モロコ釣り、その他もろもろ。

和竿にはそれぞれに専用の竿がある。

しかし、船外機の発達や乗り合い船、仕立て船の機動力で夢は沖へ沖へと向かう。
「釣りは自分の経験で言えば、東京湾の乗っこみ鯛を仕留める手バネ竿の件。
千葉の名船頭たちの操る単純なグラス穂先を真似て作ってはみた。
確かに4キロ台の鯛が釣れたがしっくりいかない。
機会があり「銀座東作」
手バネ竿をいろいろ見ていた。
どうも自分の思いとのジャンクションが見出せない。
頃合を見計らって店主が傍に来た。
彼に持論を述べると、「これはどうでしょう?」
持ってきた手バネ竿は、「マゴチ竿」4尺物。
その美しさ、穂先の軟堅、バランス、そして何よりもしっくり手に馴染む。
その瞬間、私は和竿の魅力の虜になった。
手持ちの七尺〜8尺物の鯛シャクリ竿にも影響があった。
今までそれなりに成果を収めていたグラス竿、カーボン竿に興醒め。
四谷「佳作」で見つけた「寿作を皮切りに種々求めた。
気がつけばここ三十年の間に
「三代目江戸川」「二代目なが尾」、「なが尾」、「竿栄」、「秋峰」、
「汐さわ」「正雲竹」、「竿浜」、「邦昌」、「竿良」、
などがコレクションの中に増えている。
意地悪な欧米の捕鯨禁止の煽りを受けてセミ鯨穂先の竿は現在では高価すぎる。
江戸時代、普通に提灯の柄にしていたというセミ鯨素材も随分出世したものだ。
出来ることならアルゼンチンの南、フォークランド諸島の西沖でセミ鯨を釣って
きたいのだが順法精神がそれを許さない。
もちろんそんな度胸などさらさらない。    
いや、たとえ捕獲しても百年以上は寝かさないと使い物にならないらしい。
中央の西村釣具店の店主が竿師とはついぞ知らなかった。
釣り人に阿ることのないかつ妥協のないしっかりした和竿の竿師である。
その竿との出会いはこうである。
私はそこで一度手に取り、求めるのは止めた。
穂先がアブノーマルなのだ。
しかし、2ヶ月のあいだ朝な夕なにその竿がどうも気になった。
なぜあの形に進化したのだろう?
大体セミ鯨の穂先は見た目に即納得できるカーブをしているのに。
そうか、負荷がかかったときに答えがあるな、と結論付けた。
再び店へ行って自分の考えを確かめた。
再び手に取り竿師の暗黙のこだわりが読めた。
そして手に入れてはじめて店主作であることを知った。
元来、商品としての作品には美しさが整っているものだ。
だが、問題は負荷をかけていったときだ。
醜く変形するのには全くもって閉口する。
見た目はすばらしく中身ガタガタの人間社会に似るところがある。
しかし、この竿は違う。
30号、40号、50号、‥‥‥100号と負荷をかけてみる。
当然、穂先、穂もち、穂もち下のカーブが理想的になる。
釣り魚の女王である真鯛に相対するに失礼はあるまい。
名竿の数々を矯めつ眇めつ見れば見るほど創作欲が出てくる。
三浦海岸に自生する丸節の品定めに夢中になった。
なかった。
横浜の竿師「竿浜」さん(故人)に教えてもらった。
「鯛竿は寒風吹きすさぶ地方でジッと耐え忍んで育った庄内竹に限る。」
見せてくれた素材は肉厚の惚れ惚れするようなものだった。
「よーし」頭の中で山形旅行竹探しプランが駆け巡った。
それも、「トラック1台で使えるのは数本だよ。」と言われてショボーン。
竿師曰く、
「2番手は諫早の竹だね。あれもいいよ。」
1年も経たずに長崎の結婚式に参列することになった。
ワクワクしながら暇を見て諫早中の釣具店を回った。
釣竿の素材の竹などおいてある店は一軒も見当たらなかった。
数年して横浜八幡橋近くの釣具店を知った。
納得いく素材が唸るほど豊富に揃っていた。
毎年店主自ら竹山に入り物色するのだそうだ。
その後は作って作って作りぬいた。
どの竿でも鯛は釣れる。
しかし納得できる作品かどうかと言うと話は別だ。
下手な鉄砲数打ちゃ当たるとは言うものの竿はそうはいかない。
和竿製作の書物も読み漁った。
千葉に工房を構えた有名な「竿かづ」さんに言い含められた。
「稽古事は言葉では伝えることができないことが多いですよ。」
今、この内容の含蓄の深さを噛み締めている。
余談だが、数年後この方のお弟子さん(横浜)が驚いて言った。
「珍しいことですよ。あの師匠にはめったに口を聞いてもらえないんです。」
だって。
貴重なお言葉を戴いたものだと感謝している。
塗りがまた一修行。
ニスやラッカーで誤魔化すわけにもいかない。
相手は紫外線と海水である。
合成うるしが釣具店には並んでいる。

使ってみたが仕上げに深みが出せない。
本漆で仕上げたいのは山々だが、ある竿師に言われたことが尾を引く。
「漆かぶれで顔が2倍ぐらいに腫れて一月ほど外出できなかった。」
真島利行が発見した「ウルシオール」。
医者へ駆け込んでもすぐに治るもではないないらしい。
物の本によると江戸時代以来、漆職人は被れたら患部にサワガニを磨り潰して
塗ったらしい。
サワガニなんてどこで手に入れるんだよ。・・・・・とぼやきたくなる。
そう言えば、中央の駅前の「源氏」でサワガニの唐揚げをつまみで食べたことがあった。
新橋で食したときに感じなかったあのいやなニオイは何だったんだろう。
なんやかんや言っても本漆の仕上がりは魅力だ。
手元に揃えてはいるがいつ覚悟がつくか自信はない。
現在は「カシュー」でそれなりに満足している。
例のカシューナッツの殻からできているらしい。
天然の植物性塗料と言っても、そう安心するのは禁物だ。
人によっては、本漆同様「被れる」と言われている。
私としては幸運にも現在までその経験はない。
でも、扱うときはやはり緊張する。
室(ムロ)も必要ないし、仕上がりもたまにはほどほどに本漆に近いのがうれしい。
カシュー漆と呼ばれる所以かな。

難点もある。
塗る前にカシューを和紙で濾すのが面倒だ。
重ね塗りするのに一週間以上も日陰で乾燥する必要がある。
塗る前に耐水研磨紙で磨く必要がある。
耐水研磨紙の「番数」がまた何種類か要る。
更に、数種類ある「カシュー専用ブラシ」は絵筆の感覚では使えない。。
それに一本が決して安いものではない。(数百円〜数千円))
とりわけ、乾燥後にいくつか塗り斑(ムラ)を見つけると涙こそ出ないが悲しい。
そんなこんなでブーブー言いながら取り組むのも楽しい。
いつになったら納得いく塗りができるんだろう。
鯛釣りの技術と無縁なところにも伏兵はいるものだ。
次の機会には、
   道糸、ハリス、中オモリ、片テン、豆テンヤ、紀州ビシマ仕掛け、鴨居立釣り、‥‥‥
へのこだわりと考察を書いてみたい。
鯛釣りは、「港が違えば釣り方が違う。」と言われる。
私が絶対やらないのは、鯛のコマセ釣りである。
コマセのニオイと扱いが苦手というわけではない。
海洋汚染もさることながら魚がかわいそうだ。
職業漁師なら如何なる釣法も自由だ。
でも、趣味で魚との知恵比べをするなら一本釣りがフェアだろう、というポリシーである。
稚魚にも成魚も命はたった一つである。
釣れて喜ぶ反面、釣れなかったとき、
 「エライ!お前たちアタマいいよ。仕掛けを見破ったんだ!」
という強がりは本心はである
 
2012年現在、箕輪漆工から本漆を取り寄せ、小津和紙を使用して塗の極みを目指し懲り中。
本漆は国産を使っているがカブレがおこらない体質であるのは大きな喜びだ。


             参考