ホームに戻る。

圧外傷

 圧力の変化に伴って気体の容積が物理的に変化することによって生じる障害。人の体には肺や中耳、副鼻腔等の気体を含んだ体腔(含気体腔)があるが、体腔内外の圧力が均等である限り、数百メートルの深さの圧力にも特に支障なく耐えることが出来る。しかし、含気体腔内外の圧力が不均等の場合、海面近くではわずか1m前後の深さに相当する圧力差によっても、体は大きな影響を受ける。気体の容積の変化は、同じ深度差であっても浅いところにおける深度の変化の方が大きいので、この意味からは、浅い深度の潜水の方が危険になることに留意しておかねばならない。
 主な障害は、肺、副鼻腔、内外中耳に出現するが、面マスクや潜水衣等の潜水機材と体の表面との間の圧力不均等によっても発生する。肺圧外傷からは気体が皮下に進入して皮下気腫等を来たし、血管内に気体が進入すれば重篤な空気塞栓症を引き起こす。耳の圧外傷は聴力低下の原因となる。

一酸化炭素中毒

 酸素は赤血球のヘモグロビンにくっついて体の隅々まで運ばれている。ところが一酸化炭素のヘモグロビンへのくっつきやすさは酸素に較べて200倍以上も強いので、呼吸ガス中に微量の一酸化炭素が存在するだけで、殆どのヘモグロビンが一酸化炭素とくっついてしまう。その結果、必要な酸素が体に行き渡らなくなって様々な障害を起こすのが、一酸化炭素中毒である。
 一酸化炭素中毒に罹患した場合、ヘモグロビンが一酸化炭素によって占領されているので、普通に純酸素を呼吸しても、充分な酸素の量をまかなえない。一酸化炭素中毒には高圧酸素治療が著効するが、その理由の一つは高圧下で酸素を呼吸することによって、ヘモグロビンに頼らないで体に運ばれる血液に溶けた状態の酸素を増加させることにある。
 潜水の現場における一酸化炭素中毒の大部分は、ボンベに空気を充填中にエンジンの排気ガスがその中に混入することによって生じる。

加圧関節痛

 潜降によって環境圧力が増していくと、肩などの関節が痛くなることがある。潜降速度や深さにも関連するようである。私の経験からは、加齢に伴って症状が重くなるようだ。加圧を中止すると、通常訴えは軽くなる。これによる後遺症は報告されていない。高圧神経症候群とは別のものであろう。
 発症の機序(仕組み)は、関節軟骨の脱水にあるのではないかと言われているが、まだはっきりしていない。

過換気症候群

 何らかの理由によって過剰に呼吸をしたために炭酸ガスが排出され、血液がアルカリ性に傾き、神経が刺激されやすくなって生じる疾患。過剰に呼吸しているが、本人は呼吸困難を訴えてあえいでいることが多い。痙攣状態を来すこともあり一見重症にみえるが、それまで健康な人が突然呼吸困難を訴え、手足がしびれ、手指が反り返っていれば、過換気症候群である可能性が高い。
 対処は、紙袋を鼻と口に当てて、同じ呼吸ガスを繰り返して呼吸させ、体内の炭酸ガスを増加させることによって、簡単にできる。
 潜水の現場では、それほど稀な疾患ではないのではないか、という印象を私は持っている。

気泡

 生体の中の不活性ガスがある限度を超えて過飽和(減圧症の項を参照)になると、不活性ガスがガス相に移行し、気泡を形成する。この気泡はよくサイダーの栓を抜いたときの泡にたとえられるが、実際にはこのようなことは起こり得ない。というのは、潜水で認められる過飽和というのはそのような形で気泡化するには極めて小さいからである。潜水に起因する気泡は、むしろ前もって生体内に存在しているガスの微少核が気泡化することによって発生する、という考え方が有力である。
 気泡をよく反射する超音波を用いた検討によれば、減圧表を遵守して潜り、無症状である場合でも、往々にして血中に気泡を認める。これをサイレントバブルという。
 この気泡は通常は肺の毛細血管で濾過され動脈血中に循環することはないが、卵円孔開存と言って心臓内で血液が逆流する可能性を持った人の場合(これはそれほど稀な状態ではない)、動脈血中に入る可能性がある。これが2型減圧症の原因の一つであるとする考えもあるが、反論もある。

空気塞栓症(くうきそくせんしょう)

 典型例は息を吐かないで浮上したために肺が過膨張になり、肺内のガスが肺毛細血管を通して肺静脈に進入して気泡を形成し、その気泡が心臓に帰って今度は全身に循環し、気泡による動脈の閉塞(塞栓)を起こして生じる障害。英語ではよくarterial gas embolism(動脈ガス塞栓)と記され、AGEと略される。最も重篤な症状を呈するのは塞栓が脳と心臓に生じた場合であるが、塞栓が実際に心臓に生じることは稀であるとする考えもある。症状は通常重篤であり、浮上直後の意識消失で発症することが多いが、再圧治療が有効なのは減圧症も空気塞栓症もともに同じであるという実用性の観点から、減圧症として説明しにくい異常を一括して空気塞栓症として扱う捉え方もある。この考えに立てば、軽度の違和感等を訴える障害も空気塞栓症になる。
 注意しておくべきことは、空気塞栓症が急速浮上のような典型的な状況に於てのみ発生するとは限らないことである。息を吐きながらゆっくりと浮上したにも拘わらず、空気塞栓症に罹患することも稀ではない。この場合は当然肺圧外傷の所見は認められない。浮上直後の意識障害には常に空気塞栓症の可能性を考慮に入れておかなければならない。
 再圧治療が著効すする。

矩形(くけい)潜水

 潜水作業に用いられるヘルメット潜水の潜水パタンのように、最初に目的深度まで潜降し、海底で作業を行った後、海面まで戻る潜水プロファイルを示す潜水。深度と経過時間のグラフを描けば矩形(square)にみえることから、こういう。multi-level divingに対応するもの。

減圧症

 潜ることによって生体が高圧にさらされると、大気圧中よりも多量の不活性ガスが生体内に溶け込む。その状態から浮上すると、環境圧力は小さくなるので、生体内に溶け込んでいる不活性ガスはその圧力で通常溶け込んでいるガスの量よりも多くなる。これを過飽和の状態と言うが、それが限度を超えると生体内に気泡が発生し、減圧症として知られるさまざまな病態を引き起こす。
 減圧症は大きく分けて四肢の痛みや皮膚の発赤を呈する軽傷の1型減圧症と、知覚障害や運動麻痺、意識障害等を示すより重症の2型減圧症に分類される。
 いずれの減圧症も、通常は速やかに再圧治療を受けることによって治癒し得る。しかし、繰り返して減圧症に罹患したり不充分な治療を行ったりすると、慢性的な神経障害や骨壊死を来す。

減圧表

 減圧症に罹患しないためにどのようなスケジュールで浮上減圧すればよいかを示した表である。さまざまな減圧理論に従ってさまざまな減圧表がある。完全な減圧表というのは本質的にあり得ない。減圧表を遵守して浮上したにも拘わらず減圧症に罹患することも稀ではない。

減圧理論

 浮上減圧に伴って不活性ガスがどのように体外に排出され、過飽和の程度がどのように変化していくかを示す理論が減圧理論である。減圧理論を確立するためにはガスの排出を定量的に把握しなければならないが、それは極めて困難であり、不可能に近い。
 減圧に対する最初の科学的取り組みは英国のホールデーン教授によってなされ大きな成果を挙げており、現行の米海軍潜水教範記載の減圧表も基本的にはその考えに基づいてなされている。このようにこの減圧理論は古典的減圧理論と言ってもよいものだが、そこには事実に反する仮定と恣意的と言ってもよい処理がなされていることを理解しておかなければならない。
 このような本質に根本的に対応する考えが米海軍のウエザスビらによってなされたが、減圧表に反映するまでには至っていない。
 減圧理論一般のより詳細については、話題の項に記してあるので、要すれば参照されたい。

高圧神経症候群

 飽和潜水が実用化される過程で見出されてきた障害で、およそ200m前後以深の高圧に人が曝露されると、吐き気、眠気、不眠、めまい、ふらつき、ふるえ等の異常を訴えるようになる(個人差が大きい)。加圧速度を緩めたり、加圧途中に加圧停止時間を設けるなどして、症状を軽減できる。ヘリウム酸素環境中の窒素の割合を増加させることによっても症状を軽減させ得るという報告もある。
 正確な発症機序は不明であるが、脳波は徐波化し、θ(シータ)波を認めることも稀ではない。
 高圧神経症候群による明確な後遺症は報告されていない。

高圧利尿

 高圧環境に長期間曝露される飽和潜水では尿量が増加し、排尿のために夜間覚醒しなければならないほどである。海洋科学技術センターの毛利博士は高圧環境では不感蒸泄(じょうせつ)が減少するので代償的に尿量が増加するのではないかとし、産業医大の白木教授は尿量が夜間に多いことから、nocternal diuresisi(夜間利尿)と言っている。
 なお、高圧に曝露されなくても、水環境の中に浮いているだけでも尿量は増加する。

高圧徐脈

 高圧環境では心拍数が著明に小さくなり、1分間当たり30代になることも少なくない。しかし、1心拍当たりの心拍出量が増加するため、全体としての血液の拍出量はそれほど減少しないと言われている。

骨壊死

 骨の中の循環状態が悪くなり、骨が壊死に陥った状態(骨も生きた細胞からなり、血液が充分に供給されなければ、その細胞は死んでしまう)。骨が破壊され、病変が関節部に生じれば、早期の段階で歩行が大きく障害される。この病変はダイバーの間に高頻度に認められるところから、潜水、なかでも減圧が何らかの形で関与していることが疑われている。確実なことはわかっていないが、不適切な減圧は避けた方がよい。しかし、減圧症に罹患した既往がなくても骨壊死を起こし得る。

酸素中毒

 酸素は本来細胞を傷害する作用を有している。潜水の現場で問題となるのは、脳と肺に対する障害作用である。
 脳の酸素中毒は比較的高分圧(およそ1.6気圧前後以上)の酸素に比較的短時間曝露された場合に生じ、典型例は突然の痙攣発作で発症する。
 肺の酸素中毒は比較的低分圧(およそ0.5気圧前後以上)の酸素に日単位の比較的長期間曝露された場合に生じ、肺活量の減少等を認め、肺胞が傷害される。

素潜り

 専用の潜水呼吸器、あるいはヘルメットを着けないで潜る方法。息こらえ潜水ともいう。
 潜水方法は大きく分けて二つあり、一つはすべて自力で潜る方法で、もう一つは錘を使用して潜り、錘を捨てて浮かんでくるものである。前者を「かちど」、後者を「ふなど」という。当然後者の方が潜水深度、息こらえ時間、共に大きい。
 最近ではヨーロッパを中心として潜降深度を競う素潜り競技がなされており、到達深度は130m以深に達している。

潜水反射

 生体が水に曝露されることによって生じる反射。脈拍数は減少し、息こらえ時間は長くなり、酸素消費量は減少する。総じて副交感神経が優位に立った状態で、生体の活動を抑制する方向にはたらく。
 ただし、冷水中に急に曝露されたときは、逆に興奮状態となり、逆の方向の反応を示す。

大気圧潜水

 中が大気圧(1気圧)に保たれている容器に入って潜る方法を大気圧潜水という。逆に、生体が周囲の圧力と同等の圧力に曝露されながら潜ることを、環境圧潜水と言う。
 大気圧潜水では圧力を考慮しなくてよいので、高圧神経症候群や減圧に注意する必要はなく、深い深度での潜水作業が可能になる。
 大気圧潜水が実用化されたのは、宇宙テクノロジーの応用によって、信頼性に富む容器の関節部分の製作が可能になったことによる。

滞底時間

 潜降開始から浮上開始までの時間。米海軍潜水教範に於るbottom timeのこと。大多数の減圧表はこの時間によって減圧スケジュールが決定される。潜水士テキストでは潜水時間に当たる。潜水士テキストに於る在底時間とは異なることに注意されたい。在底時間は海底到着から海底を離れるまでの時間。

炭酸ガス中毒

 生体内に炭酸ガスが過剰に蓄積した状態。頭痛が主な症状であるが、重症になれば呼吸困難感、意識障害、痙攣発作等を来す。
 潜水の現場ではスクーバ潜水に於いて呼吸ガスの消費を小さくしようとして意識的に呼吸数を減らしたために、炭酸ガスを充分排出出来なくなって発症することが多い。ヘルメット潜水などの重作業に於てもしばしば見られる。

窒素酔い

 高分圧窒素の麻酔作用による異常。空気を呼吸している場合、およそ40mくらいから愉快ないし爽快感が増し、自信過剰の状態、あるいは楽天的になる。80m前後を過ぎると笑いが止まらなくなる。

低酸素症(酸欠)

 生体の機能を維持するのに必要な酸素が供給されなくて生じる障害。酸素欠乏症とも通称される。炭酸ガス分圧が増加しない限り、苦しみは伴わず、意識消失が初発症状になるのが多いことを知っていなければならない。
 不適切に低濃度な酸素を混じた呼吸ガスを使用して潜った場合等に生じる。また、素潜りに於て、息こらえ時間が限度を超え意識を消失するのも、低酸素によるものである。

低体温症

 水の熱伝導度は空気の26倍、比熱は1000倍大きいので、潜水中のダイバーは体の中から容易に熱量が奪われ、体温が低下していく。生体が機能を維持するためには体温が一定以上なければならないので、体温が大きく低下していけば、生存が不可能になる。しかし、このような生存に直接関わらない程度の低体温症でも、ダイバーの能力は低体温症によって低下しており、それが潜水事故の要因の一つになっているとの指摘が近年なされている。
 なお、飽和潜水に於ては、呼吸ガスを媒体として失われる熱量が大きいので、呼吸ガスの温度管理が適切になされていない場合に低体温症に陥りやすいといわれている。このときは皮膚を介さずに体の中心部から冷えていくので、震えなどの自覚症状に乏しいとされる。

溺死(溺水)

 水などの液体によって呼吸気道が閉塞されて起こる死を溺死と言い、溺死あるいは溺死になりかけた例を溺水という。しかし、より重要な点は、溺死は死に至る最終的な姿を示しているに過ぎず、そこにはパニック、空気塞栓症、低体温症、低酸素症、酸素中毒、窒素酔い、その他多岐にわたる要因が潜んでいる可能性があることを認識しておくことである。溺死例に遭遇した場合は単に溺死で済ませないようにつとめなければならない。
 溺水例に対する第一の処置は、とにかく酸素を与えることである。酸素がなければ当然人工呼吸による呼気でもよい。水を吐かせることはあまり意味がないとする意見がある。

 溺死のことを英語でdrowningというが、これを間違って溺水の訳語にしている場合をよくみかけるdrowningは溺水のために死んでしまった例を示すのに対し、死に至らなかった溺水の英語名はnear-drowningとするのが正しい
 

軟式潜水

 軟式潜水とは聞き慣れない向きもあろうかと思うが、硬式潜水に対応する用語である。すなわち、体の周囲を現在の大気圧潜水のような鋼製の容器で包んだ潜り方(潜水艦も分類上は硬式潜水に含まれる)を硬式潜水と言うのに対し、体の周りが潜水衣のような柔らかな装具で包まれた潜水を軟式潜水という。そうすると、最新のマスク潜水やフーカ潜水も軟式潜水に含まれるが(含んでも差し支えないが)、通常は旧来の鋼製のヘルメットをかぶったいわゆるヘルメット潜水を軟式潜水という言葉で指すことが多い。

バウンス潜水

 バウンス(bounce)とはバウンド(bound)と同じく跳ね返ることを表す言葉であり、文字通り跳ね返るように急速に潜り急速に浮上する潜水をバウンス潜水という。この意味を広義に取れば、通常のヘルメット潜水による潜水もバウンス潜水に含まれることになるが、通常は飽和潜水に用いられるような大がかりな潜水装置を用いて、飽和には至らない潜水をバウンス潜水というようである。
 具体的な潜水方法は、まずPTCと呼ばれる潜水鐘(この項における用語で不明な点は飽和潜水の項を参照されたい)にダイバーが搭乗し、そのままPTCを目的とする場所(深度)に吊り降ろしていく。このときPTCの中はまだ大気圧のままである。PTCが目的深度に達すれば、そこで今度はPTCの底にある蓋(ハッチ)が自動的に海中へ開くまで急速にPTC内部を加圧する(ハッチは留め金をかけていないので、PTC内外の圧力が等しくなれば、ハッチの重みで自動的に開くことになる)。その状態でダイバーはPTCから外に出て所要の作業を行い、作業が終了すればPTCの中に帰る。ついで、今度は内部ハッチを閉め、PTCの内部圧力を保ったままPTCを艦上まで引き揚げて減圧室に連結し、ダイバーはその中で長時間にわたる減圧を行うのである。
 バウンス潜水を行うことによって、100m以深で1時間前後の潜水が可能になったわけである。これまでにもヘルメット潜水で100m以深潜った記録はあったが、この場合、水中での減圧時間に大きな制約があるために滞底時間は数分以内に限られ、とても実用的とは言えなかったのである(バウンス潜水では減圧を減圧室で行うため、極めて長時間の減圧も可能である)。

パニック

 辞書による定義では「突然のわけのわからない恐怖、狼狽、恐慌」となっており、それをより潜水の場に当てはめた説明では「自分で自分が制御不能であり、今の好ましくない状況に対処できないのではないかという、強固かつ恐怖に満ちた個人の感覚であって、その結果、危険な状態から脱出するための適切な方策がとれないばかりか、その逆の方向に導こうとする傾向にあるもの」とされている。
 パニックの原因、その対処、いずれも判然としないが、スクーバ潜水における致死事故の大きな要因であると言われている。

ヘルメット潜水

 銅板から作成したヘルメットをかぶり、布製の潜水衣をまとい、船上から呼吸ガスの供給を受けてする潜水方法。広義には、マスク潜水の内、硬いヘルメットをつけた潜水もヘルメット潜水と呼べなくもないが、それは通常はハードハット潜水ということが多い。

飽和潜

 深く潜ろうとすると、減圧に要する時間が長くなる。海底で実際に作業に割くことの出来る時間を減圧時間も含めた全潜水時間で割った数値を潜水効率と言うが、深い深度にその都度潜り減圧していては、減圧時間が長くなるために潜水効率が極端に低下し、実用的とは言えなくなる。
 一方、減圧に要する時間は、海底に滞在している時間が長くなればなるほど長時間を要するが、無制限というわけではない。生体に溶け込むことのできる不活性ガスの圧力は環境中の不活性ガス分圧に等しい圧力までであり、通常はそれ以上溶け込まない。これ以上溶け込まない状態にまで不活性ガスが溶け込むことを「飽和」と言い、海底での経過時間が長くなるほど飽和状態に近づく。そして、一旦飽和状態になれば、その後はどれだけ長く海底に滞在しようと、溶け込んでいるガスの量は変わらないので、減圧時間も変わらないことになる。
 この簡単な原理を応用して深い深度に潜る潜水が「飽和潜水」と呼ばれるものである。
 実際の潜水方法は次のようになっている。
 まず、ダイバーは6人前後のチームを組んで艦上減圧室(deck decompression chamber:DDCと略される)で目標深度より若干浅い深度まで加圧される。そこでコンディションを整えた後、今度は6人の内の3人がDDCに接続されたPTCと呼ばれる球型の潜水球に乗り移る(PTCはpersonnel transfer capsuleの略で、そのまま訳せば、潜水員移乗カプセルになる。これをsubmersible decompression chamberからSDCと言うこともある。また、潜水鐘、ベル、水中エレベータと呼ぶこともある)。次は、ダイバーが乗り組んだPTCをDDCから切り離し、目標深度よりやや浅いところにまで水中に吊り降ろしていく(この間、PTC内の圧力等の調整も行うが省略する)。そこで今度は、外界の海中の圧力と等しくなったPTCのハッチ(蓋)を開放し、PTC内のダイバー3名の内2名が飽和潜水用の潜水装置を装着して、海中に進出し所定の作業を行うのである。PTCに残ったダイバー1名は2名のダイバーの潜水をコントロールする。そして、所定の作業を終えたりその他の理由で必要とされる時に、海中のダイバーはPTC内に帰還し、PTCのハッチを閉めて中の圧力を保ったまま艦上にPTCを引き揚げ、今度はPTCをDDCと連結する。ダイバーは3名とも連結管を通ってDDCに移乗し、休養するわけである。このPTCを用いた作業をエクスカーションと言うが(エクスカーションの厳密な定義については触れない)、エクスカーションを繰り返し、所要の作業を全て終えた時、あるいはなんらかの理由で飽和潜水を中止するとき、今度は艦上減圧室DDCそのものをゆっくりと日にちをかけて大気圧まで減圧するのである 。深度300mから大気圧まで減圧するのに2週間前後要するが、その許容幅は広い。
 飽和潜水の原理はこのように単純なものであるが、それを確実に実施しするためには越えなければならないハードルが多い。詳細は省略するが、呼吸ガスの組成や温度などさまざまな状態を適確に制御コントロールしなければならない。その一部として温度について見てみよう。潜水深度が深くなるとダイバーの体から失われる熱量が増すので、ダイバーには艦上からホースを通してお湯を送り垂れ流すことによってダイバーの体温を保つようにしている。これが適切になされないとダイバーは容易に低体温症に罹患し、致命的になる。逆に熱すぎてもこまる。艦上から送られたお湯はアンビリカルホースと呼ばれる船とPTCをつなぐ長い管の中を送られる際に冷却されるので、どの程度冷やされるかを勘案して、水の供給温度を決めなければならない。呼吸ガスもこの温水によって暖められているが、潜水員の潜水呼吸器に供給される最後の段階のマニフォールドをガスが通過する際の熱損失も無視できない量になる。このように、温度を制御するために考慮しなければならない要素は多岐にわたる。加えて、水から出たドライな環境でも高圧になれば事情が異なってくる。通常の圧力であれば、人が容易に 適応できる温度は15℃から35℃くらいの広い範囲であるが、30気圧ほどになると、許容温度はおよそ30〜31℃前後といった高温かつ狭い範囲に限られてくる。
 このように書いてくると、飽和潜水というのが非常に危険なイメージを持たれる人も多いと思われるので、私が経験した一つのエピソードを記しておく。それは、英海軍で飽和潜水の訓練を受けているときに英海軍の少佐が言った言葉だが、そこで彼は「どうだ、飽和潜水は快適だろう。冷たくもないし、減圧時間を気にすることもない。まるでキャデラックに乗ったみたいだ」という。たしかに、順調にいっているときはその潜水効率は素晴らしい。飽和潜水は欧州の北海油田の開発で大きく進歩したのだが、そこで果たした飽和潜水の役割は強調され過ぎることはない。たしかに長期的に見ればコンピュータを初めとしたテクノロジーの発達により、人間が深く潜る必要性は小さくなってくると思われるが、現時点では深度60m前後以深で飽和潜水に勝る潜水方法が見当たらないことは事実である。

DSRV

 Deep Submergence Rescue Vehicleの頭文字をとったもので、深海潜水救難艇のこと。不能潜水艦の救出にあたる潜水艇。米海軍で開発され、海上自衛隊でも潜水艦救難母艦に搭載されている。

HPNS

 High Pressure Nervous Syndromeの頭文字をとったもので、高圧神経症候群のこと。NervousのかわりにNeurologicalでもよい。

multi-level diving

 レクレーション目的のスクーバ潜水の潜水深度と経過時間の関係を表す用語。潜水深度が時々刻々変化することからこういう。矩形潜水(square diving)に対応するもの。

ROV

 Remotely Operated Vehicleの頭文字をとったもので、遠隔操縦による潜水装置。検査や簡単な作業に威力を発揮する。飽和潜水と併用すれば効率は大きく上昇する。

Square Diving

 潜水作業に用いられるヘルメット潜水の潜水パタンのように、最初に目的深度まで潜降し、海底で作業を行った後、海面まで戻る潜水プロファイルを示す潜水。深度と経過時間のグラフを描けば矩形(square)にみえることから、こういう。multi-level divingに対応するもの。