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玉籤集 裏書

『神器考証』 明治三十一年/栗田寛著 より抜粋


 獺祭註 :  『玉籤集(ぎょくせんしゅう)』は享保十年(1725)頃の成立と見られる。梅宮大社(うめのみやたいしゃ)の神職 玉木正英(1670~1736) 著。
 この裏書の存在は明治三十一年出版の『神器考証』で栗田寛が紹介して世に知られた。
 なお文中の振り仮名は管理人の獺祭主人によるものです。


 この御劔の制作寸尺などは、是
(これ)まで世人の云(いえ)るものも、書記しつるものも無(なか)りしを、吉田家に蔵せる玉籤集(ぎょくせんしゅう)と云ふ書の裏書に、(この裏書をかける年月詳かならず、)

 八十年許(ばかり)前、熱田大宮司社家四五人と志を合せ、密々に御神體を窺(うかがい)奉る、土用殿に御劔御鎮座、渡殿は劔宮にも同様なる御璽の箱在坐(ましま)す也、御璽の箱、御戸口の方に副て、在坐(ましまし)けると也、扨(さて)内陣に入るに、雲霧立塞(ふさが)りて、物の文(あや)も不見(みえず)、故各扇にて雲霧を拂(はら)ひ出し、隠し火にて窺奉るに、御璽は長五尺許の木の御箱也、其内に石の御箱あり、箱と箱との間を赤土にて能(よく)つめたり、石の御箱の内に、樟木(くすのき)の丸木を、箱の如く、内をくりて、内に黄金を延敷(のべしき)、其上に御神體御鎮座也、石の御箱と、樟木(くすのき)の箱との間も赤土にてつめたり、御箱毎(ごと)に錠(じょう)あり、皆一鎰(かぎ)にて開(ひらく)、開様は大宮司の秘傳と云ふ、御神體は長さ二尺七寸許り、刃先は菖蒲の葉なりにして、中程はムクリと厚みあり、本の方六寸許は節立(ふしだち)て魚等の脊骨の如し、色は全體白しと云ふ、大宮司窺奉る事、神慮に不叶(かなわざる)にや、不慮のことにて、流罪せらる、其餘も重病惡病にて亡び、其内一人幸いに免れて相傳せり、云云、右の傳松岡正直より予に傳ふる所也

とあるは、いと珍しければ、此に書加へつ、此(この)正直と云(いう)人は上文に幸いに一人免れたりと云(いう)人なるべければ、此の人の事を正さば、其年暦も知らるへきものぞ


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