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◎◎ 最新更新情報 ◎◎
日本書紀 卷第十八 の原文を公開しました。 (こちら) 2011/09/21


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*** 史料 列島編 ***
最終更新日 作成状況
 1. 古事記
  和銅三年(712)成立。わが国最古の典籍。太安麻呂(?〜723)撰。
● 古事記 について  2003/01/12 公開中
 上卷并序
● 原文+読み下し  2003/01/12 公開中
 中卷
● 原文+読み下し  2003/10/18 公開中
 下卷
● 原文+読み下し  2003/11/09 公開中
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2.  日本書紀
  養老四年(720)成立。わが国最古の正史。全30卷。別に系図1卷があったが失われた。
  撰者は舎人親王(676〜735)ほか。
● 日本書紀 のメニューへ  2011/09/21 公開中
 おまけ 「書紀区分論への誘い」
     日本書紀全三十卷をそれぞれの特徴からグルーピングする研究があり、
     これを
『書紀区分論』といいます。
     ここではその一端を簡単にご紹介します。
● その1 
● その2 
● その3 
● その4 
● その5 
● その6 
● その7 
● その8(最終回)
2005/10/31
2005/11/02
2005/12/11
2006/09/12
2006/09/12
2008/01/01
2007/03/06
2007/03/07
公開中
公開中
公開中
公開中
公開中
公開中
公開中
公開中
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3.  出雲國風土記 (出雲国風土記)
    天平五年(733)成立。奈良時代の官撰国別地誌「風土記」のうち唯一の完本。
    撰者は出雲臣広嶋ほか。
● フレーム版 サブメニューへ ????/??/?? 公開未定
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4.  常陸國風土記 (常陸国風土記)
    養老年間の成立と考えられる。奈良時代の官撰国別地誌「風土記」のうちの一。
● フレーム版 サブメニューへ ????/??/?? 公開未定
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5.  懷風藻 
    天平勝宝三年(751)成立。日本最古の漢詩集。
    編者は淡海三船・石上宅嗣・葛井広成その他諸説ある。
    以下は「序」および収録の詩人全六十四名のうち、略伝を伝える四皇子を抜粋。
  序
● 原文+読み下し  2005/01/10 公開中
  大友皇子
● 原文+読み下し  2005/01/10 公開中
  河島皇子
● 原文+読み下し 2005/01/14 公開中
  大津皇子
● 原文+読み下し 2005/01/14 公開中
  葛野王
● 原文+読み下し 2005/01/14 公開中
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 6.  続日本紀
    延暦十六年(797)成立。全40卷。
    撰者は藤原朝臣継縄(ふじわらのあそんつぐただ)・菅野朝臣真道(すがののあそんまみち)ほか。
● 原文+読み下し ????/??/?? 公開未定
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7.  古語拾遺
    大同二年(807)成立。斎部広成(いんべのひろなり/生没年未詳)撰。
● 原文  2007/07/09 公開中
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8.  延喜式
    延喜式は延長五年(927)成立。弘仁格式・貞観格式と併せて三代格式と称される。
    撰者は藤原時平・藤原忠平ほか。
    祝詞は現在でもさまざまな場面でさまざまにおこなわれているが、これはその最も
    古く、最もまとまった記録である。    
● 卷八 ~祇八 祝詞 のメニューへ 2007/07/08 公開中
(参考) 卷十六 陰陽寮 より 儺祭詞
● 原文  2007/04/27 公開中
(参考) 『台記』 別記 より 中臣壽詞
    『台記(たいき)』 は藤原頼長(ふじわらのよりなが/1120年〜1156年)の日記。
   ここにひく 中臣壽詞 は康治元年(1142)の大嘗祭でとなえられたもの。
   本居宣長が、その著書 『玉かつま』 で紹介し世に知られた。
● 原文  2007/04/29 公開中
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 9.  上宮聖徳法王帝説
    平安初期の成立と考えられる聖徳太子の伝記を集成した一卷より成る書。
    皇極・天智朝にさかのぼる資料が使用されているとも見られる。撰者不詳。
● 原文+読み下し  2004/06/22 公開中
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10.  天寿國繍帳 銘文
    天寿國繍帳は聖徳太子が他界したのち、后の橘大郎女が太子をしのんで作ったとされる
    絹の刺繍による曼荼羅。 
● 原文+読み下し(末尾に少し解説も)  2006/05/06 公開中
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11.  七代記
    聖徳太子伝のひとつ。 撰者、成立年不詳ながら奈良時代のものかともいわれる。
    現存の 「七代記」 は、江戸時代にはすでに首部・尾部ともに失なわれていたらしく
    冒頭は 「十七条憲法」 の第二条途中から始まる。
    また尾部が欠けているので、これで全文なのかどうかもわからない。
    「七代記」 というのも通称にすぎず、本来の題名も不明の残欠文である。
● 原文  2007/10/23 公開中
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12.  上宮皇太子菩薩傳
    聖徳太子伝のひとつ。 奈良時代末期に唐僧 思託 によって編集された 『延暦僧録』
    に収録された一編。 『延暦僧録』 は逸書であるが、名僧・高僧の銘々伝であったかと
    考えられる。 この 『菩薩伝』 の冒頭が、やや唐突に始まるのは 『延暦僧録』 から
    いわば 「切り取られた文章」 だったためか。
● 原文  2007/10/23 公開中
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13.  上宮聖徳太子傳補闕記(上宮聖徳太子伝補闕記)
    これも書名はよく見聞きするものの、ネットではなかなかお目にかかれない一品。
    撰者、成立年ともに不詳。
    ただし次項の 『聖徳太子傳暦』 の下巻末尾に 「無名氏撰傳補闕記」 と見えるので、
    『傳暦』 に先行して成立したとみられる。
● 原文+読み下し  2007/10/21 公開中
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14.  聖徳太子傳暦(聖徳太子伝暦)
    上・下二巻よりなる聖徳太子の伝記。表題には「平氏撰」とのみあり、撰者は不明ながら
    一説に平安時代の正暦三年(992年)平基親(たいらのもとちか)の撰とみられる。
    『史料』として取り扱うことはできないが、太子を「救世観音の生まれ変わり」とする
    いわゆる「太子伝説」の当時における集成であるため、参考としてここに収録しておく。
上卷
 ● 原文  2006/06/11 公開中
下巻
 ● 原文  2006/06/25 公開中
おまけ
 ● 『聖徳太子傳暦』豆知識  2006/06/25 公開中
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15.  上宮記(逸文)
    『上宮記』は7世紀頃に成立したと推定される史書。撰者不詳。
    聖徳太子の伝記とする説、上宮王家に伝来した史書とする説などがあるがよくわかっていない。
    鎌倉時代後期ころまで伝存していたらしいが、その後散逸し現在では下記の逸文を残すのみである。
    逸文の系譜様式や用字法の検討から、『上宮記』の成立は藤原宮跡木簡より古いこと、さらに推古朝
    まで遡る可能性も指摘されている。
 逸文(1) 釈日本紀 卷十三 述義九 第十七 男大迹天皇条 所引
     『釈日本紀』は『日本書紀』の注釈書。全二十八巻。
     鎌倉時代末期、卜部兼方(うらべかねかた)により撰述された。
     下記逸文の内容は記・紀にない継体天皇の系譜である。
● 原文+読み下し(上宮記曰 一云…)  2006/05/11 公開中
 逸文(2) 聖徳太子平氏伝雑勘文 下ノ三 上宮太子御子孫竝后等事条 所引
     『聖徳太子平氏伝』とは『聖徳太子傳暦(平基親撰)』のこと。
     『聖徳太子平氏伝雑勘文』はその注釈書。上・下二巻よりなる。
     鎌倉時代の正和三年(1314年)に橘寺の僧 法空 により撰述された。
     下記逸文の内容は太子以下の上宮家の系譜である。
● 原文(上宮記下巻注云…)  2006/05/13 公開中
 おまけ
● 『上宮記』豆知識  2006/05/13 公開中
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16.  家傳 (藤氏家伝)
    「大織冠伝」とも。 上下二卷より成る書。
    上卷は藤原仲麿(藤原恵美押勝)撰(?)で藤原鎌足とその子の貞惠の伝記。
    下卷は僧延慶の撰で藤原武智麿の伝記である。 
 上卷
● 原文+読み下し (鎌足伝/大織冠伝) 2004/12/10 公開中
● 原文+読み下し (貞惠伝) 2005/05/08 公開中
 下卷
● 原文+読み下し (武智麿伝) 2005/09/11 公開中
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17.  元興寺伽藍縁起并流記資財帳 (元興寺縁起)
    わが国最古の寺社縁起。元興寺は法興寺とも呼ばれ、現在の飛鳥寺の前身である。
    仏教公伝の年代について日本書紀と比較しての議論がある。
    また蘇我馬子・聖徳太子を主軸にすえる書紀にくらべ、仏教興隆につくした推古天皇はじめ
    善信尼など女性の活躍が目立つ。
● 原文  2005/04/23  公開中
● 獺祭的校正原文+読み下し  2005/05/04  公開中
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18.  法隆寺伽藍縁起并流記資財帳
● 原文  ????/??/?? 公開未定
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19.  皇太神宮儀式帳
    『皇太神宮儀式帳』は延暦二十三年(804年)に伊勢神宮より神祇官に提出された内宮の
    儀式帳。 下記抜粋部分に孝徳朝に「評(こおり)」がおかれたことが記されている。
    また記述により 評 の官人に 督領・助督 があったことがわかる。
● 原文  (全文) ????/??/?? 公開未定
 初神郡度會多氣飯野三箇郡本記行事 (抜粋読み下し)
● 原文+読み下し  2007/08/23 公開中
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20.  尾張國熱田太~宮縁記(尾張国熱田神宮縁起)
    熱田神宮の縁起。 撰者不詳。 成立は奥書きによれば寛平二年(890年)。
● 原文  2007/08/12 公開中
 (参考)草薙劔あれこれ
● とはずがたり 卷四 より抜粋  2007/08/12 公開中
● 塩尻/卷二十 より抜粋  2007/08/12 公開中
● 玉籤集/裏書 『神器考証』より抜粋   2007/08/12 公開中
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21.  革命勘文
    三善 清行(みよし きよゆき/承和十四年(847年)〜 延喜十八年(919年))撰述。
    那珂通世(なかみちよ/嘉永四年(1851年)〜 明治四十一年(1908年))等による
    いわゆる『辛酉革命説』の論拠となる書だが、辛酉の年すなわち神武即位年が革命
    の年にあたるとの説はわが国においてはこの革命勘文以前には見えず、三善 清行
    のオリジナルアイデアである疑いもある。
● 原文 2007/10/02 公開中
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22.  大和葛城宝山記(大和葛宝山記/大和葛木宝山記/葛城宝山記/~祇宝山記 とも)
    『~宮秘記數百卷内最極書』 として伊勢神宮に秘蔵された秘書中の秘書。
    撰者を行基(ぎょうき/天智天皇七年(668年)〜 天平二十一年(749年))に仮託して
    いるが不詳。 鎌倉時代後期の成立とみられる。
● 原文 2007/10/14 公開中
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23.  千葉県稲荷台一号墳出土 「王賜」銘鉄剣 銘文
● 釈文 ????/??/?? 公開未定
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24.  埼玉県行田市 稲荷山古墳出土 「辛亥年」銘鉄剣 銘文
● 釈文 ????/??/?? 公開未定
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25.  熊本県玉名市 江田船山古墳出土 鉄刀 銘文
● 釈文 ????/??/?? 公開未定
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26.  和歌山県橋本市 隅田八幡宮所蔵 「癸未年」銘人物画像鏡 銘文
● 釈文 ????/??/?? 公開未定
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27.  奈良県天理市 石上神宮所蔵 七支刀 銘文 
● 釈文 ????/??/?? 公開未定
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28.  群馬県高崎市 山ノ上碑文(山名村碑文)
● 釈文  2007/08/30 公開中
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29.  法隆寺金堂薬師仏光背銘
● 釈文  2007/08/30 公開中
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30.  法隆寺金堂釈迦三尊像光背銘
● 釈文  2007/08/30 公開中
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