善部町の妙蓮寺
江戸時代に二俣川村の小名として善部谷という名前が既に存在し、昭和36年(1961)11月に二俣川、小高町の一部より新設された。
地名の由来となっている善部とは谷間の狭い地形を言い、両側から山が迫っている道路を二俣川駅から希望が丘駅までバスが1時
間に2便。丁度、境内の椅子に腰掛けていた老人の話では、昔は寺より希望が丘駅方向へ少し行った先は行き止まりでだあったと
の事。

橘紋章
寺紋章:日蓮宗橘

地頭宅間伊織忠次公は,威光山法明寺(東京都豊島区雑司ヶ谷)十二世日曉上人が隠居するに際し,知行地内に寺地をあたえ迎えるこ
 とになり,寛永五年(一六二三)211
日、名主和田四郎左衛門に対し,上人が望む場所に寺を建てることを命じた。
 承応四年(一六五五)の什物帳によると質素な小庵より文政十一年(一八二八)の鐘楼堂建立まで法燈面々継承し,昭和四十三年から昭
 和四十四年(一九六九)にかけて本堂,祖師堂,山門,鐘楼堂など修理,境内等整備し現在に至っている。
・この寺の周囲には和田義盛につながる和田姓の家が多くあり,境内には和田義盛公の顕彰石碑と並んで小さいお宮がある。
・行事:初題目会・一月九日、施餓鬼会・八月七日、宗祖御会式・曲題目(曲題目奉納)十月中旬。 

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妙蓮寺

句碑

和田義盛
顕彰碑

猫塚

予備

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:妙蓮寺:
毎年10月・曲題目という催しがある

本堂・祖師堂など江戸初期の彫刻
と動物の置物があり訪れてみよう


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