三経山長楽寺

長楽寺(浄土宗)・・・横浜市旭区
由緒:関東管領上杉氏一門の詫間上杉
三経山浄業院と号し、開山は法誉天暦上人で、寛永二年(一六二五)二代目領主宅間二郎規次(たくまじろうのりつぐ)の開基。その後、元禄八年(一六九五)緑誉締山が本堂を再建したが、関東大震災で倒壊し、昭和十一年(一九三六)に再建された。(旭区郷土史原文)
相鉄線二俣川駅に近い三仏寺に開基宅間治部少輔規富(たくまじぶのしょうほのりとみ)歴代の墓所がある。関東管領上杉氏一門の宅間上杉は鎌倉幕府、足利幕府、後北条、徳川幕府に仕える。関が原の合戦で家康側に組し出陣の恩賞として武蔵国都筑郡二俣川村と上総国七村所領の知行を安堵され徳川旗本として代々存続し明治十五年に及ぶ。

行事
別称をしゃもじ寺とも呼ばれるように、毎年一月一日の修正会のとき、新しいしゃもじ供養をし、一月十五日に古いしゃもじのおたきあげ供養を行う。



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屋根棟に葵の紋
 屋根に葵の紋章: 領主二代目宅間二郎規次の開基初代領主と関ヶ原合戦にてに徳川陣営にて功績
参道 石佛
参道 石物
本堂 境内
本堂と紅葉 境内庭-1
境内
境内庭-2 境内庭-3
市指定古木番号50009 市指定古木番号=市指定古木番号50010
名木古木指定・横浜市認定 50009:
長楽寺→厚木街道を希望ヶ丘駅方向へ向かうと左側にある
名木古木指定・横浜市認定 50010:
左記の古木と並んである

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