わきでた もの

ふと、思い付くとこがあります。急に、思い出すことがあります。
そんな小さな発見を集めてみます。


★きょうてきぐるーぷ  01/05/2000

1970年代のある日の午後、母は近所で買い物をしていた。すると、目の前をランドセルをしょった男の子たちが走りぬけて行った。続いて「まてーっ!」という叫び声とともに、赤いランドセルを揺らして女の子たちが追いかけて行った。
「まあ、なんて元気の良い女の子なんでしょう。うちの子とは大違いだわ。」と母は微笑んで眺めていたらしい。そして、その直後、彼女は我が目を疑った。その元気な女の子こそ、自分の子供だったのだ。
私は、親と外にいるときはお行儀の良い子供だった。母が近所の人と立ち話を始めても、ニコニコして黙ってそばに立っていた。わがままを言わない、落ち着いた子供だったのだ。
そんな私でも、悪い奴は許せなかった。だから、小学1年生のころ、仲の良い女の子3人で「きょうてきぐるーぷ」という秘密のチームを作っていた。子供だったから、「きょうてき(=強敵)」が何を意味するかなんて、もちろん知らない。何だか、強くて格好良いことだと思っていた。
「きょうてきぐるーぷ」の目的は、いじめっこをやっつけること。といってもかわいいもので、スカートめくりをされたら、追いかけるという程度のものだった。
そう、母が見たのは、「きょうてきぐるーぷ」の任務の真っ最中の、私だった。


★鮮烈な水  06/01/2000

「おでんの返り血をあびた。」
私のお気に入りのホームページで見かけた文章だった。
これは私にとって、かなり衝撃的な表現だった。自分が返り血を浴びるなんて、たぶん一生経験しないだろう。だから、そんな過激な形容を、おでんごとき使ってしまうということにひどく驚いた。彼女にとって、大切な洋服におでんの汁が飛び散ったことは、返り血を浴びたくらいの事件だったということなのか。それとも、もっと気軽に、その様子を視覚的に表したかったのか。

美容院に行ったのは、おでんの返り血が記憶に新しいころだった。
髪をブローしてもらっているとき、プラスティックのコップに入った紅茶が出された。気が付くと、じわじわとコップの下に水たまりができてきた。コップが割れているんだ、このままだと洪水になってしまう、そう思いながら、美容師さんに声をかけた。
「きゃぁ、すみません。大量出血していますね!」
私が、水たまりや洪水と呼んでいたその状態を、彼女は大量出血と呼んだ。それも、咄嗟に。
どうやら、私の知らないところで、水が生々しいものになりつつあるようだ。そのうち、蛇口が鼻血を出したり、すいかから血がしたたり落ちたりしちゃうのかな。


★ウッキーな感じ  15/11/1999

私は最近楽しいことがあると、「ウッキーっていう感じだった。」というようにしゃべっているらしい。
友達には、この「ウッキー」が、どんなものなのかわからないそうだ。うれしくって、口笛吹いちゃうような気分のことなのだけど。口笛吹きたくならない?じゃぁ、スキップしたくなるような感じだよ。
いろいろ説明しても、全然わかってもらえなかった。苦し紛れに、「私が申年生まれだから、ウッキーなのかもね。」と言ってしまった。
「ちょっと待って、午年はヒヒーンってこと?」うっ。
「未年は、メヘーェなわけ?」うぐぐっ。
前言撤回。「今日はまったく、コケコッコーだったよ。」なんて言われても困るもんね。
でもね、わかんないかなぁ、ウッキーな感じ。


★未体験和菓子、すあま  26/10/1999

山口出身の私は、あらゆる場面で西と東の違いを見つける。
例えば、おでんの具。西では、牛筋がかかせない。はんぺんやちくわぶは、東だけのものだ。
例えば、桜餅。西では、こしあんが餅米の粒でおおわれたもの(東でいう道明寺)しか存在しない。

お昼を一緒に食べるお友達が、横浜と名古屋の出身なので、よくこのような話をする。名古屋はものにより、西だったり、東だったり、全く違ったりする(ちなみにおでんは、みそおでん)。
そんな話の中で、名古屋出身の友達が言った。
「名古屋にはなかったのだけど、すあまって食べたことある?」
「は、すあまって何?」と山口。「え、知らないの?」と横浜。
関東ではどこにでも売っている、一般的な和菓子だという。見た目は、桃色のうずのない伊達巻きで、外郎のようなもちもちしたものらしいのだ。

帰りに、近所の商店街の和菓子屋をのぞいてみた。あった、桃色のぼてっとしたもの。
ちくわぶを特においしいと思わない私には、すあまを買う勇気がなかった。いったい、どんな味がするんだろうね。

すあまはあまい


★兄妹の証  26/09/1999

Power Mac G4がかっこいいと、兄がくやしがっていた。彼は数か月前に、G3を買ったばかりだ。
たいして使ってないようだから、G3でももったいないのに。(友達には、フェラーリを持ってるくせに、近所でアイドリングさせているだけのようだ、と言われているらしい。)
彼は、とってもモノが好きで、興味を持つと、異常な知識欲と物欲をしめす。そんな彼を、私は愛情を込めて「オタク」と呼んでいる。

まったく、兄ときたら困ったものだ、私のように節度を持たないと。と、いつもそう思ってきた。
ところが、私はおそろしい事実に気付いてしまった。それは、友達の「今どき、なんでMacを買うの?」という質問がきっかけだった。うーん、iMacをお部屋に置いてみたかったから。
あれ?兄はG3、妹はiMac、どちらもMac。兄はALFA GTV、妹はFIAT Punto、どちらもイタリア車。もしかして、はたから見たら「やっぱり兄妹。そっくりだね!」ということ?
彼は、のめり込む質で、金に糸目をつけないだけ。私は、面倒くさがり屋で、財布のひもがちょっと固いだけ。方向性は同じ。
血すじは争えないって、こんなときに使う言葉だったっけ?


★正体はとんがらし  21/09/1999

とんがらし。子供のころの私を、祖母はそう例えたそうだ。大人になってから、母が教えてくれた。
母の留守を手伝いにきていた祖母に、当時5歳くらいだった私はこんなことを言ったらしいのだ。
「洗濯物は、パンパンたたいて、シワをのばしてから干さなきゃダメ!おかあさんは、いつもそうやってるんだからっ。」
おチビだと油断しているとピリッと辛い、生意気なとんがらし。
今まで、いろんなニックネームをもらったけれど、このセンスに勝てるものは見つからない。
おばあちゃんは偉大だ。


★すべてを丸くする浜  16/09/1999

8月に訪れた、三宅島の浜は、黒い石でおおわれていた。

波が打ち寄せると、ザッバーンという聴き慣れた音がする。
そして、波が引くと、ジャリジャリジャリという独特の音がする。
石がぶつかりあう音だ。ザッバーン、ジャリジャリジャリ。

この浜を散歩すると、黒くて丸い石の間に、ときおり違う色のものが見つかる。貝や白い石、ソーダドロップのようなガラス。
拾い上げてみると、すべてのものがきれいに丸くなっていた。黒い石と擦れ合って、角がなくなるのだろう。この浜では、鋭く尖っていることは許されないのだ。ザッバーン、ジャリジャリジャリ。

この浜に立つ私のココロも、少し丸くなった気がした。


★バナナ1本  04/09/1999

バナナの味は嫌いじゃないけど、モサモサしてるので、1本食べるのはちょっとつらい。 その上、ひとりぐらしなので、くだものを買うことはめったにない。だって、食べきれないんだもの。りんご1個だって、2回に分けて食べても、おなか一杯になっちゃうんだから。

だけど、今日スーパーのくだもの売り場をなんとなく見ていたら、急にバナナが食べたくなった。 なんでだろ?しばらく山積みのバナナの前で考えた。答えはわからなかった。
くんくんくん。やっぱり食べたい。わたしは、バナナを1本だけ買い物カゴに入れた。
お部屋に帰ってすぐにバナナの皮をむいた。何年ぶりだろう?
大好きな牛乳を飲みながら、バナナをほおばった。シアワセ。昨日からピリピリしていた気持ちが、少し治まった。
自分の力では手に負えなかった気持ちが、バナナ1本で楽になった。
フシギなこともあるものだ。バナナ、ありがと。



★私が手にする本  29/08/1999

私は、本を読むことは、好きなほうだと思う。
だけど、文芸史に残るような、有名な作家の作品は、あまり読んでいない。
難解なものが苦手なのだ(単なる読まず嫌いかもしれないけど)。

小学生のころ、図書館のカードはすぐいっぱいになるくらい本を読んでいた。
『おおどろぼうホッツェンプロッツ』や、佐藤さとるの『コロポックル』シリーズなどを借りていた。
決して、伝記は借りなかった。小学生の私にとって、偉大な化学者や大統領といったものは、なんの価値ももっていなかったのだ。

そんな子供だった私は、自己投影できるものばかりを読むようになった。
私が読むものには、苦悩とか、残虐とか、策略とかいったものは、あまりでてこない。
その上、有名な作家の作品を読んでいないものだから、この表現はだれだれっぽいといったような会話はできない。だから、本当に本が好きな人からすると、冗談じゃない、そんなの本を好きだとは言わないんだということになるのかもしれない。

だけど、私はがんばっていろんな本を読もうとは思っていない。本は、娯楽なのだから。
今読もうと思っていないものも、時期がきたら読んでみたくなるのかもしれない。
それはどんなときなのか、私は何歳になっているのか。
新しい出会いは、いつかきっとやってくるだろう。

お気に入りの作家



★夏の甲子園  21/08/1999

今朝のニュースで、今日が夏の甲子園の決勝だと言っていた。
子供のころは、甲子園で野球をしているのは、年上のお兄さんだった。それが同世代になり、今では自分よりひとまわり若い男の子になってしまった。

高校1年のとき、小学校時代の同級生が甲子園に出場した。どういうわけか、次々と勝ち進み、とうとう決勝戦を迎えた。
対戦相手は、PL学園。それまでの相手とはくらべものにならないくらい強かった。そこにいたのは、桑田と清原だったのだ。
PL学園の優勝を伝えるニュースでは、マウンドで抱き合うPLナインの手前で、肩を落とす相手校のキャッチャーがぼんやりと映っていた。ニュースが放映されるたびに、画面の端に現れるそのキャッチャーが、私の同級生だった。

今ごろ彼はどうしているんだろう。
小学校低学年のとき、冬休み前の音楽の授業で、となりの席だった私と二人で「お正月」を歌ったこと、覚えているかな?
そのとき彼は、自信満々に、「はーやく来い来い、レーキュー車」と、替え歌のほうを歌ってしまった。
私はすごく恥ずかしかった。でも、無意識にそう歌ってしまった彼は、もっと恥ずかしそうに、真っ赤になって下を向いていた。

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