2001年12月19日

内閣総理大臣の靖国神社公式参拝
――信教の自由と政教分離原則――


報告者 山崎登志丘

はじめに

 靖国神社への「公式参拝」に関しては、種々の諸問題が指摘されている。それが憲法の政教分離原則に違反するとし、信教の自由を侵害するとの批判があり、又靖国神社の発生史・歴史的性格から、日本の軍国主義の最復活につながる恐れがあり、近隣アジア諸国に対する強い影響を心配する声が存在していることなどがある。
 今回は、日本国憲法における信教の自由と政教分離原則(憲法20条・89条)の規定の意味や性格を明治憲法との比較をふまえ、内閣総理大臣の靖国神社への公式参拝の問題点を憲法学的な考察からみていくことにする。なお判例としてあげました「内閣総理大臣の靖国神社公式参拝」(大阪高甚判決平4・7・30 判事1434号38項、判タ789号94項)は、昭和60年当時内閣総理大臣であった中曽根康弘氏の裁判である。


1、信教の自由と政教分離原則

(1) 憲法20条と89条の意味

憲法20条(信教の自由)
1項 信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、または政治上の権利を行使してはならない。
2項 何人も、宗教上の行為、祝典、儀式または行事に参加することを強制されない。
3項 国及ぴその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。
憲法89条(公の財産の支出又は利用の制限)
公金その他の公の財産は、宗教上の組織もしくは団体の使用、便益若しくは維持のため、又は公の支配に属しない慈善、教育若しくは博愛の事業に対し、これを支出し、又はその利用に供してはならない。

(2) 明治憲法における信教の自由

明憲28条
日本臣民ハ辮ヲ妨ケス及臣民タルノ義務二背カサル限二於イテ信教ノ自由ヲ有ス

(3) 信教の自由の内容

イ、信仰の自由
ロ、宗教的行為の自由
ハ、宗教的集会・結社の自由


(4) 政教分離(国家と宗教の分離)

 日本は政教分覆を信教の自由を制度的に徹底するために、国家と宗教の分離を徹底し、国家の宗教的中立性を確保しようとする型を採用している。(制度的保障=通説)具体的内容は下記のとおり。

イ、特権付与の禁止(憲法20条1項後段)
ロ、「政治上権加行使の禁止(憲法20条1項後段)
ハ、国の宗教活動の禁止(憲法20条3項)
二、公金支出の禁止(憲法89条)


(5) 政教分難原則に関する議論

 政教分離の原則は、国家と宗教の関わりを持たないようにする原則ではあるが、国家と宗教の関わりはどの程度まで認めていいのかという点について論ずる必要がでてくる。

1. 完全分離説
2. 相対的分離説
3. 厳格分離説


(6)判断基準

1. アメリカにおける政教分離原則判断基準

a) 目的効果基準(レーモンテスト)

 イ) 国の行為が世俗的目的を持たないものかどうか
 ロ) その行為の主要な効果が宗教を信仰し又は抑圧するものかどうか
 ハ) その行為が、宗教との過度の関わり合いを促すものかどうか

このイ〜ハの3要件を個別に検討することによって、政教分離原則違反の有無を判断し、1つの要件でもクリアーできなけれぱ右行為を違憲とするものである。

b) エンドースメント・テスト

2. わが国における目的効果基準論

 イ) 行為の目的が宗教的意義を持つかどうか
 ロ) その行為が宗教に対する援助、助長、促進又は圧迫等になるような行為かどうか

日本の判例の場合、どちらかの要件がクリアーできずに違憲となった判決はない。


2、判例

「内閣総理大臣の靖国神社公式参拝」(大阪高裁判決平4・7・30 判事1434号 38項、判タ789号 94項)

(1) 事実の概要

 昭和60年8月15日、内閣総理大臣中曽根康弘は、公用車で靖国神社に行き、拝殿で、「内閣総理大臣中曽根康弘」と記帳し、本殿にて、黙祷し、ふかく一礼して退出。そのとき、国費から「供花料」として3万円の靖国神社に納め、本殿に、「内閣総理大臣中曽根康弘」の名を付けた生花を供えさせ、参拝後報道関係者に、「内閣総理大臣の資格で参拝。いわゆる公式参拝である」と明言した。


<事件>靖国神社に合祀されている戦没者の遺族、近親者によって提訴。その主な内容は次のとおり
  1. 公式参拝は、その礼拝行為が宗教的意義をもち、憲法20条3項にいう「宗教的活動」にあたり、国費からの供花料の支出は憲法89条に違反し、違法である。
  2. 公式参拝により、原告らは、信教の自由(憲法20条1項前段・3項)、宗教的人格権ないし宗教的プライパシー権(憲法13条・20条1項前段)及ぴ平和的生存権(憲法前文・9条・13条)を侵害された。
  3. 以上によ楓被告国が国家馳法頒任を負うほか、被告中曽根も民法709条 (※) 以下の規定による責任を負うぺきである。

(2) 第一審判決

―請求棄却とその理由―(大阪地判平成元・11・9・判時1336号45項)

 公式参拝の違憲性については判断せずに、請求を棄却した。

  1. 信教を理由とする不利益な取扱いもしくは、宗教上の強制を受けたものではないこと。
  2. 宗教的人格権、平和的平等権には法的根拠がないこと。

(3) 第二審判決

 靖国神社は、宗教法人であり又神道儀式に則った祭祀を行う宗教団体である。国の機関である公務員が、国の機関として、靖国神社を参拝することは、目的、方法等によっては憲法20条3項所定の宗教活動に当たる。

  1. 中曽根氏が行った、公式参拝の目的は、靖国神社ひいては神道を、援助、助長、促進をすることを主目的にしたものではない。公式参拝の目的、その方法等から宗教活動には該当しない。
  2. 公費から3万円を支出して行った本件公式参拝は、憲法20条3項、89条に違反する疑いがあるというべきである。
  3. 公式参拝が憲法に違反するとしても、「法律上の、保護された具体的な権利ないし法益の侵害を受けないし、又、慰謝料をもって救済すぺき被害を被ったこともない」

(4) 問題点

  1. 公金の支出
  2. 憲法判断の回避
  3. 適格用件の立証

むすびとして

 特定の宗教との関わりをもつ国やその機関の行為が、直接的強制、抑圧の効果をもたないとか、その関与が軽微だからとして黙認、放置されるのならば、その宗教に優越的地位もしくは公的地位を得させるような既成事実が積み重ねられ、当該宗教が、政治的利用に供せられることになり、ついには国民の宗教、思想、良心の自由が抑圧となる。
 宗教、思想、良心の自由は、最高度の憲法上の要請である精神的自由権に属し、これらの権利は人間の生き方の一原則であり、人間存在の原理から派生される原則である。わが国の憲法は、「信教の自由」を保障し、「政教分離原則」を採用していること、そして自由権とは、多数者によってでさえ犯すことの出来ない権利であることを考えると、裁判はもっと慎重に厳密な審理によってすぺきである。
 今年の8月13日に、小泉首相が靖国神社に参拝した。公費の支出はしていないが、首相の立場で特定の宗教団体に参拝する行為が、政教分離違反になり、政教分離違反行為が、同時に特定個人の信教の自由を侵害する場合を増加させる結果となることに注意を払うべきであろう。


民法709条【不法行為の要件と効果】
故意又ハ過失二因リテ他人ノ権利ヲ侵害シタル者ハ之二因リテ生シタル損害ヲ賠償スル責二任ス


参考資料

「信教の自由と宗教的人格権」 平野武 法蔵館
「宗教と法と裁判」 平野武 晃洋書房
別冊ジュリスト憲法判例百選 I [第四版] 有斐閣
「靖国神社」 大江志乃夫 岩波書店


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