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真宗と現代
――融合と乖離―― |
第二章で見たように、「真宗」が彼の戦争を戦っていた時代と融合することによって生み出されたのは、独自の世界観から「国家」という現象を絶対視し、その「国家」の主権者たる天皇と英霊の無限再生産工場たる靖国神社とを中心に編まれた「大東亜共栄圏」という物語を基にして日本的価値観の延長・拡大を目指す「聖戦」への無批判かつ積極的な参画であった。「真宗」は教義に掲げる「真俗二諦論」で殊更に分離したはずの「俗諦」と「真諦」とを、阿弥陀仏と天皇、浄土と靖国神社との融合という形で実現したが、それは国家体制への参画という結論を先取りした「為にする論理」での論理構築を行った末に、国家の内部から国家を批判し時代に対する鑑として働く為の契機を自ら放棄したが故であった。戦時教学が時代に対し積極的に解答を示そうとした点については評価し得るのだが、論理の積み重ねによってではなく結論を先取りした予定調和的な神仏習合を以て時代に融合を果したのは大変に問題である。
日常とは異質な価値観に基づいている宗教が日常的な価値観に協調ではなく融合すると、日常に存在する様様な問題や矛盾、過誤といったものに対する一切の批判の契機を放棄することになる。戦時の日本の行為に対する批判は、戦時に於て外部からは為されたが、内部からは殆ど為されなかった。「聖戦」や「大東亜共栄圏」、「靖国浄土」などが日本の内部から批判されたのは戦後になってからである。それだけが宗教の仕事ではないが、現世のそれとは異なった価値観や世界観を持っている「真宗」は、現世の大勢に対し「真宗」の論理を積み上げて独自の見解を示し、鑑とならねばならなかった。しかし時代に融合した「真宗」に、それは不可能であった。
「現代」の真宗は「信心の社会性」という言葉を用い、「真宗」の信仰を「現代」の社会に反映させるための努力を行っている。だがこの言葉は「真宗」の中で行われる運動の為の言葉として認知されてはいるものの、教学全体を包み込む言葉や教義の最も大切な部分を担う言葉としての市民権を十分に得ているとはまだ言えない。 (82)
慥かに蓮如は 「仏法は内心に深く蓄よ」 (83) と言ったが、それは彼がそうまで言わないと信者が「真宗」の価値観を現実世界に反映し、嘆き、自己の信心を外部に示し、為政者を脅かすほどの行動に移すことが多かったからである。蓮如の言葉は当時は命令であった。つまりそれは全く為されていなかったことの証拠である。内心に深く蓄え難い心情を何とか誤魔化して現実世界との折り合いをつけよと命令せねばならないほどに「真諦」と「俗諦」とが重なっていたのである。だからこそ「内心に蓄よ」との命令が下ったのではないか。
「現代」はどうだろう。「真宗」の信者は悉く蓮如の命令に従っている。蓮如の時代とは逆に、責任を伴えば言論にも行動にも完全な自由が認められているにも拘わらず、信者は信心を自己の心に深く蓄えられるばかりで、信心を現実世界に反映させて現実世界の様様な問題に積極的に解答を示そうとする者は決して多くない。蓮如が命令を出す前からその命令に従っている。従い過ぎで、物足りない。恐らく蓮如は「仏法を内心に蓄るな。表に出せ」と、全く逆の命令を下すのではないだろうか。
現実世界の問題に対して何にでもたちどころに完全な解答を与える宗教は、それはそれで酷く問題だが、全く解答を示さない宗教は、宗教とは言えまい。「真宗」は現実世界に息づく宗教なのであるから、現実世界に様様に存在する問題群と乖離して、自己の安心決定を追い続けるだけでは済まされない。
「現代」の「真宗」の一部には"現代に行われている習俗と融合することが真宗のポストモダン的活動の原点となるのだ"的な論理があるが、これは残念ながら戦時に弘く行われた「為にする論理」の一種である。「為にする論理」の全てが悪いわけではないが、論理構築を大胆に省略した論理を論理と呼ぶのなら、そこにはもっと大きな欲望があって然るべきであり、「為にする論理」は「真宗」の護持などという小さな目的の為にではなく、現実世界全体に弘く深く広がる欲望を基にして組立てられるべきではないのか。"think globally, act locally"(地球規模で思考し地域規模で動く:直訳)という言葉は何も環境問題だけに許された言葉ではない。あらゆる運動がこの言葉のように弘くて深い欲望を携えて行われるようになると、良い地域環境や個人の内面的信仰環境が、そして世界が、現前することとなるはずである。
融合した者が融合した対象を冷静に概観しそれと自己との関係性を探って有効な何かを生み出すことは不可能であり、逆に乖離しきった者が乖離した対象を概観することも不可能である。時代との融合も、時代との乖離も、「真宗」や時代に対し何も生むものではない。「真宗」は時代の中に時代とともにあるものとして、時代と対話することによってのみ時代に応えることが可能である。「現代」に息づく宗教として「真宗」は現実世界が孕む問題を自己の問題として把握し、それに解答を与える努力を怠ってはならない。戦時教学は斯くも無残な状況を日本に齎す要因の一翼を担ったが、時代に解答を与えるべく活動したものであった。我我はその反省を踏まえ、「為にする論理」ではなく「真宗」の内部から生まれる論理を携えて現実の一一と対話することで打開策を探り続けなくてはならないのである。
「真宗」は「現代」に対し何を与え得るか、「現代」は「真宗」に対し何を求め得るか、という、表裏一体の問題に対する何らかの解答を提示することを目的として論考を開始したこの論文であるが、その目的は十分に果せたのだろうか。
日本の中世という地域的・歴史的に限定された環境下に於て見出された信仰形態である真宗は、親鸞還浄後に「真宗」を形成し、歴史の影響を様様に受けながら遷移して来た。本論文では戦時には時代に絡み付き、以後の「現代」とは乖離傾向にあるものとして「真宗」を見ているが、「真宗」と時代との関係は、日本と「近代」や「近代化」とのそれに非常に近いのではないだろうか。開化期の日本が受容した西洋「近代」合理主義は今まで絶対的「善」と考えられて来たが、「現代」では「近代」に完全な無謬の価値を見出すことは不可能となっている。知らず識らずのうちに「近代」的価値観と融合していた日本は、「現代」ではそれと乖離する傾向にある。ではその観点から「真宗」と「現代」との関係を見るとどのようなものになるのだろう。
それらの問題への解題を求めるには、教義学的な研究はもとより、文献学や歴史学、組織真宗学からの「真宗」研究が必要であると判断される。私の精一杯書いた論文は、中途半端で生半な知識披露とエッセイとに終始してしまってはいないだろうか。
本論文には不十分かつ短絡的な、自家撞着に揺らぐ論考が満ち溢れていると思われる。「はじめに」に述べたように何を論じようと私の自由であるが、不本意か否かに拘わらずその責任は全て私にある。この論文を読まれ、この論文に欠けている点に気付かれた先生、先輩、同輩、後輩諸氏には、直接の御指摘、御指導、御鞭撻、罵倒の戴けることを謹んで懇願して止まない。御読了甚謝する。
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(82) 大西修(現神戸修)「『中外日報』(1994.9.1.)掲載の布教使文書の心理」
『研究員・研究生 研究報告書』1997.(同和教育振興会編)
(83) 『真聖全』第三巻 P566