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真宗と現代
――融合と乖離―― |
「現代の生々しい諸問題に対して、積極的に取りくみ、それと対話し、それに向かって発言し、行動するということを抜きにしては、これからの真宗学は成立しないのではありませんか。」 (37) (信楽峻麿)
この章では、「現代」の「真宗」が1999年現在の「現代」的問題とどのような関係にあるのかを探る。章題が「乖離」なのは、私が「真宗」と「現代」的問題との関係に先入見 (38) として乖離性を見て取っているからである。繰り返しになるが、私は先入見を持つことを殆ど恐れず、先入見に固執してしまうことをのみ恐れる。この論文が先入見に埋没しているとすれば、それは無意識のうちの出来事であるので、指摘されることを切に望む。
第一章で論考したように日本で言う「現代」は1945年以降を指すものであり、よってそれ以降に受け継がれた問題や発生した問題の全てを「現代」的課題と呼ぶことが可能である。事実「現代」の日本は本節に挙げる課題以外にも外交・安保・防衛ガイドライン・政治・経済・教育・少子高齢化など、様様な課題を抱えている。だがこの節では、生命倫理・環境・新新宗教等、「真宗」をはじめ宗教的価値観や世界観からの解題がより顕著に求められていると考えられる課題を取り挙げて論考を行うこととする。
私はまだ見ぬ私自身の安心決定を求めるのに忙しい。しかしだからと言って「現代」を生きる私が外交問題などの「現代」的課題を疎かにして良いものではないし、それらの課題が真宗的世界観からの解題を要求しないと判断しているわけでもない。真宗は精神世界の出来事でありつつ確実に現実の「現代」に息づく宗教であるから、私は現代の「真宗」研究者(の蛹)として様様な「現代」的課題を解く努力をしなくてはならない。だが今回は、私の理解が甚だ未熟なものに過ぎないという都合から、それらへの考察は暫く措くこととする。
日本では1997年に脳死臓器移植法が可決され、法的に脳死 (39) が「人の死」として認められるに至った。法は発効しているのだが、1999年1月現在、事実として脳死臓器移植は一例も行われていない状況にある。
脳死臓器移植法は現状のまま実効力を持たない法律で在り続け、法律が機能しないという異常事態は異常事態のままで日常化し、日常として錯覚された非日常は永続するのだろうか。恐らくそうではあるまい。1999年現在の医学界を覆う沈黙は必ずや打破され、脳死臓器移植は確実に行われるだろう。だが根本的議論なきままに出現した暗黙の了解が続く現況で移植が行われたのであれば、沈黙の後には移植をめぐる更なる生命倫理論争ではなく集団的な迷走現象が起こり、認定病院・施設は脳死議論を忘却の彼方へ追い遣った脳死臓器移植ラッシュに参入し、そうなれば既成事実化した生命倫理なき「脳死=人の死」観が幅を利かせ、安楽死や尊厳死までが次次に受容されるような状況が現出することになるだろう。
脳死だけに問題を絞れば、解題は容易である。
脳死は「はじめに移植ありき」的に、臓器移植を行う為に設定された新たな約束であり、現在施行されている法律の定める「脳死」は脳が壊死している状態ばかりを言うのではなく、脳が不可逆的に死に向かっている状況をも含む (40)。 つまり「脳死」は完全に壊死した脳ばかりでなく死にそうではあるが生きている脳をも含むものであり、脳死臓器移植法制定以前の報告ではあるが、脳波が平坦になり脳死と認定された患者がその後社会復帰を果した例さえ存在するのである。「脳死」に脳生者が含まれる危険性を拭い去れない現況が続く限り、脳死臓器移植は決して行われるべきではない。法上の脳死は正しく括弧付きの「脳死」と表記せられねばならない。
だが我我は「脳死」規定が改善され、不可逆的に死に向かいつつある生きている脳を含まないものになった後の脳死についても先取りして考慮しなければならない。それは「脳死」が脳生を含むという事実に止まらず、生命倫理や日本の文化をめぐる論議をも我我に突き付けて来るものであるからだ。
加藤尚武氏は、合衆国での脳死問題論議が、まず「死とは何か」を哲学的にがっちりと定義してから行われたことを指摘している (41) 。
しかし日本では「死の定義」議論を等閑にしたままで「脳死」が認可されてしまった。そのような「脳死」は「初めに移植ありき」という大目的達成の為に設定された不当な手段に過ぎず、「脳死」を論ずる際に「死の定義」を避けて通ることは不可能である。その議論は生命倫理(バイオエシックス)の領域に直接的に関わるものであるため、生命倫理の (42) 「パーソン論」、「クォリティ・オブ・ライフ(Quality of Life:以下『QOL』と略)」、「自己決定(権)」について検証する必要が生じる。
「パーソン(人格)論」はある人間の生命に存在価値があるか否かをヨーロッパ近代哲学の人格概念を生命倫理の領域に引き寄せて問い、「自己意識」という「人格」を持たない人間に存在価値を認めない、「ヒトのカタチをしたもののうち、何処から何処までが人間なのか」という問いに対する線引き論として成立した論である。
「人格」の定義は、主にロックの 「理性と反省能力を持ち、自己自身を自己自身と考えることのできる思考する知的存在」 及びカントの 「理性的で自律的な行為者」 という定義に依り、「人格」に自己意識・記憶・権利と義務の主体たることを求める。トゥーリー (43) はこの定義に「生命権」(生きることの希求)を加え、嬰児に人格を認めない。ファインバーグは嬰児に「潜在的人格」を認めてトゥーリーに反論しようとする意見に対し、 「六歳のジミー・カーター少年は将来アメリカの大統領になる"潜在的な大統領"であるが、アメリカ陸海軍の指揮権を持つわけではない」 (44) から 「潜在的な資格(権利)から現実の権利を導くことは誤りだ」 とする。しかしこれは嬰児が人間になる「内在的必然性」とジミー・カーター少年が大統領になる「社会的偶然性」とを混同しており、また、生命を維持することに基づいて得られる大統領という地位を生命そのものと同一の地平で扱う誤謬を犯しているので、本質的に並列表記の条件を満たしておらず「為にする論理」 (45) であると言わざるを得ない。
また、「パーソン論」の背景に、その人の人格を認めた方が周囲の人人に利益となるかどうかという功利主義的判断が存在するという事実も、見逃してはならない。「パーソン論」はヒトとモノとを単純な二項対立の構図に押し込む「人格至上主義」 (46) から導き出されるものでもあるが、そのような「人格」を持たない嬰児、植物状態・脳死状態に陥った個人、精神障害を持つ個人といった存在を、周囲の人間は決して「モノ」に還元出来はしない。それはその存在が周囲の人間にとって交換不可能な意味を持つ存在だからである。人間にとって人格が如何に重要な要素であろうとも、人間は本人だけで人間なのではない。望むと望まぬとに拘わらず、人間は様様な意味を付与されて人間たり得ている。人格至上主義を以て人間をヒトとモノに分割し、「人格」を持たない人間の生命を高度のパターナリズム (47) の立場から奪おうとする動きに対しては、意味論からの反論が可能である。
「自己決定権」も「パーソン論」に絡む問題である。「現代」の医療においては、医者と患者が相互に対等の関係にあるべきだとの前提に立ち、治療の方針を従来のように医者まかせにせず、患者が自分で決める、という「自己決定権」が認められ始めている。自己決定を行う患者は自分の病状や選択し得る治療法について十分に理解していなければならず、この際にはインフォームド・コンセント (48) が正しく行われることが前提となる。しかしインフォームド・コンセントが「自己決定権」の問題を全て解決するわけではない。
伝統的に医者はパターナリズムを以て患者と接して来たものであり、逆に患者は伝統的に医者の診断と処方を殆ど無批判に受容して来た。加えて患者は自分の病状に対して冷静な判断を下せない状況にしばしば陥る。その点から、医者と患者とは対等になりにくいものであるし、また、医者は患者に全ての情報を正確に伝えればそれで良いわけではなく、情報が患者に悪影響を及ぼさないよう、細心の注意を払わねばならない。パターナリズムの押し付けは勿論排除されねばならないが、押し付けではない、患者本位のパターナリズムは医療に必要な技術であり続けている。
「自己決定権」が生命倫理の重要な要素であることは判然としている。しかし患者が脳死や植物状態に陥った場合や、胎児や無脳症児・重度の「分裂病」 (49) 患者など、本来的に自己決定を行えない立場にあり、「自己意識」という「人格」を持っていないと考えられる患者の「自己決定権」は一体どうなるのか。「決定」が「人格」を持たない患者に成り代わった第三者によって行われるのであれば、誰がどの程度までそれを行えるのか。「自己決定権」は様様な倫理や宗教に広範に問いかける。現況では、今際の際の直前に臨み苦痛に喘ぐ人間が自分の死を決定するための「自己決定権」という名の「自殺権」 (50) さえもが考慮に入れられているが、これに十全に対応し得る論は未だ存在しない。
「QOL」は「生活の質」と「生命の質」との二側面を持つが、前者は患者本人が生きる為のものであり、後者は逆に医者が「安楽死」を正当化する為の根拠となるものである。これも「パーソン論」同様、患者本人の主観的な価値から周囲の人人や社会にとっての患者の意味ではなく価値へと横滑りし、生命維持の費用・看護負担・社会への生産性などに基づいた評価が「QOL」になる危険性を持つ。少子高齢化と国民の医療負担増が進む日本では、「QOL」が「パーソン論」と絡み、非ドナーや死期の迫った患者への医療保険費の打ち切りが導き出される危険性がないわけではない。小泉衆議院議員は厚生大臣当時、後に撤回した答弁の中でその実現を明言していた (51) のであるから、この危惧は決して杞憂に止まるものではないだろう。
脳死臓器移植を論じる際に陥ってはいけないのが、専門家以外の者に沈黙を望む水掛け論的思考である。脳死臓器移植を執刀する医者は無論執刀の専門家ではある。だがそれだけを以て執刀医を脳死臓器移植全体の専門家と見ることは出来ない。脳死臓器移植は日本文化全体に関わり、日本文化全体を揺さぶるものである。その点を考慮すると脳死臓器移植問題の専門家など存在しないと言えるのかもしれない。
波平恵美子氏 (52) は、脳死臓器移植を議論する上で大切なのは、脳死臓器移植が医療テクニックに過ぎないという事実と、脳死臓器移植が日本文化に於ける人間関係の有り様に問いかけて来る性質を持つ事実であると指摘し、次いで、日本文化で重視される「対面での同一体験」が「贈与観」 (53) 「遺体観」と絡まることで、脳死臓器移植の実施が難しくなる要因となっていることを導く。
「対面」 「贈与」という点から見れば、脳死臓器移植に於ける臓器提供は生きているドナー (54) の要望に答えて特定の人物に対して行われるものではなく、ドナーが「脳死」と認定され「死者」となってから初めてコンピュータ・ネットワーク上で最適なレシピエント (55) が探索され、ドナーの知らぬ不特定多数の他人に為されるものである。全くの他人への贈与は阪神淡路大震災時などのボランティア活動を機縁として焦点が当てられ日本でも根付き始めているが、その場合の他人は、対面での同一体験を経て完全な他人ではなくなっている。しかし脳死臓器移植では、レシピエントはドナーにとって他人のままである。対面での同一体験を尊ぶ日本的傾向に脳死臓器移植は相容れず、またドナー登録者は一般的な贈与で贈与者に返って来る感謝や功徳を「生きて」意識のあるうちに手にすることは出来ない。
「対面」 「遺体観」が脳死臓器移植を阻むとは、遺体を傷つけられるのを頑なに拒む遺族が遺体にメスを入れることを阻むということではない。遺族には同一の空間を共有して来た人物が遺体となったことをそれとして受容するのに時間がかかるということであり、遺体はモノではなくその存在自体に意味を持つという事実が遺族に臓器の摘出を躊躇わせるということである。
死は死者だけに関わるのではなく、残された者の問題でもある。死者は死んでなお遺体となって生者とともに存在する。葬送儀礼 (56) は遺体が生前に持っていた交換不可能な意味を遺体から引き剥がす役割を担っている。葬送儀礼の様様なプロセスを経ることで遺族は家族の死を死として認識出来るようになるのである。しかし脳死臓器移植に於ては、遺族がそれらのプロセスを経ようとしている最も大切な時間に臓器摘出の時間が含まれ、しかも遺体から取り出された臓器は葬送儀礼終了後もレシピエントの体内で生き続ける (57) 。脳死臓器移植は死者の死を受容しようとする遺族の心に複雑な影響を与える。
日本に於ける従来の人間観では、人間は有機的統合体として一塊りであり、患者は肉体と精神とに分割されることはなく、また患者を取り囲む人間の心も患者と連続したものとして認識されていた。だが脳死臓器移植は患者を肉体と精神に分割する思考を強要する。それは人間自体を二分割するものでもある。
生命倫理はもともと生態系と人類を含んだ生き物との関係についてのあるべき在り方を模索する、現在の環境倫理に近いものであった。それが分裂し、生命倫理は医療上の倫理のみを問題とするものとなった。だがここに来て、環境倫理まで含んだ生命倫理の全体が問題となる事態が日本でも確実に現出しつつある。
1999年現在、ヒヒやブタなど人間以外の動物に臓器や血液の工場となってもらい、現今での医療の限界超越を試みる医療技術・遺伝子工学上の動向が存在する (58)。 ヒヒによるヒト臓器の生産も、ブタによるヒト血液の生産も、遺伝子操作によって可能となる。
我我は他の動物を食べ、その生存に他の動物の命を前提している限りに於てヒトの延命治療の為に他の動物を犠牲にすることに反論不可能なのではあるまいか。真宗の宗祖親鸞は肉を食べたし、我我も肉を食べている。現時点では他の動物の命を全く損なうことなく生きている菜食主義者が在るとしても、母親や先祖に溯った場合にも自己の存在の要因として動物の命を犠牲にしていない人間は存在しない。
人間は地球上に誕生した生命の進化系統樹の尖端に位置する生物であり、進化は人間を以て科学と技術の担い手たらしめた。人間は科学や技術を携え、あらゆる物事を自己の都合の良いように変化させて来た。環境への働きかけはもとより、怪我をした人間に治療を施し、死にそうな人間に対して延命治療を施し、臨月前出産の嬰児を保育器で援助し、癌は可能な限り切除し、原始人の頃でさえ頭蓋切開手術を施して成功させて来た。人間はあらゆる手段を用いて自己の種族繁栄のための努力を行って来たのである。脳死による臓器移植も遺伝子操作も、人間の延命、ヒトという種族の存続という人類の大目的の為に為されているのである。だが遺伝子操作は今までの医学が全く扱って来なかった人間の種そのものを脅かしかねない医療技術であり、脳死も今までの医学が全く扱って来なかった、死そのもの、言い換えれば生そのものを脅かしかねない技術である。
日本の医学界は今まで合衆国の技術や論理を以て医療を行って来たが、そして今まではそれで間に合っていたが、脳死臓器移植は単なる医療技術に止まらず日本の様様な文化に問を投げかけるものであり、合衆国の論理をそのまま導入したのでは日本の現場に対応出来ず、何らかの溝や矛盾の存在が浮き彫りにされる。日本には日本の現場に適した論理の構築が俟たれているのである。
脳死臓器移植を論じる際に大切なのは、感情だけではなく、自分の立場を判然とさせ、その立場を他人に説明可能なだけの論理を構築して現実世界に対処しなければならないということである。そのような論理が「現代」の「真宗」から生まれることは可能であろうか。
「真宗」は今日の末期医療で注目を集める「ビハーラ」を積極的に推進している。これは「真宗」が「現代」の求めに積極的に応え、乖離を超克すべく活動していることを示すものであるが、
「今日、ビハーラというものをポジティブに捉える立場とネガティブに捉える立場があるが、私はあえて前者の立場を取る。ビハーラは決して親鸞の教えから逸脱したものではない。ビハーラは親鸞からの自然なる流れの一つなのである。現実として、未だ多くの問題を内包しているのも事実であるが、今後、様々な体験を積み重ねていくことにより、確実に根づいていく活動となるものである。」 (59)なる塚田博教氏の見解が存在する一方、渡邊了生氏は
「かかる活動の理念とならなければならない親鸞思想における「真宗ビハーラ活動」の位置付けが、すなわち「親鸞教義」と「ビハーラ」活動との接点とその関係が未だ明確に語られてはいない」との指摘を行い、「ビハーラ」を提唱した田宮仁氏の言う「ビハーラ」が、
「いつの時も、ことに教団の運動として、その活動をすすめていく場合には、必ず親鸞の"教義・精神"に立ち返り、そこに運動の理念を求めるとともに、常に自らとその活動の立つ位置を、かかる"教義・精神"に照らし合わせ確認していく事が最も必要不可欠であると考える。」
「「ホスピス」におけるキリスト教の立場と本質的には同様であり、ことにかかる救済構造において"救い"といわれる「死」の精神的苦痛の受容と解決を「臨終」の時節に集約させていくという、その点については、キリスト教と軌を一にするといわざるをえない。」
「もし、このような「真宗ビハーラ活動」がはらむ不透明な問題点をなおざりにしたまま、社会的ブームへの便乗を良しとし尚もその運動のみを展開するのであれば、それは、「臨終行儀」の強調とそれにつながる実体的な死後の世界観の肯定、さらには日常社会に蔓延する日本的精神風土の源に横たわったアニミズム的な死生観の展開を助長することに他ならないであろう。」 (60)
として、「為にする論理」で「ビハーラ」と関わるのではなく、親鸞教義に立ち返って論理構築を行うことの必要性を論じている。
また、脳死臓器移植に関して、鍋島直樹氏は、仏教や親鸞の生命観について、
「一切の存在を人格的に、自己と深く結びついた仲間、同情者として捉える立場であるといってよいかもしれない。そして、その如実知見なる智慧を基点とし、阿弥陀仏を基点として、一切の生命や無情存在の全く個有なる尊厳性を再発見して、生命に対してどこまでも謙虚になって接する態度をめざしていたといえるだろう。」 (61)
との指摘を行われており、信楽峻麿氏は、西洋と東洋、殊に日本とでは、霊肉二元論と一元論との相違があることを指摘し、日本の死観が伝統的に「呼吸停止、心拍停止、瞳孔拡大の三徴候死」であったことを指摘して、
「人間の生命は「地球よりも重い」といわれますが、ならばこそ人間における生と死の境界は、万人が承認し、納得できるように、もっとも明瞭でなければなりません。」
「これからの医療技術が、もっぱら近代合理主義の全面的な容認によって、有効性、有用性のみを追求してゆきますと、人間の部品化、もの化がいっそう進み、伝統の文化の崩壊のみならず、人間の生命の尊厳さも見失われて、人間存在の根底をもゆるがすほどの危機を招来するであろうと思わずにおれません。そしてこのような人間喪失の危機は、ただちに科学技術、先端医療技術の進歩そのものに責任があるわけではありません。そうではなくて、その技術に関わり、その結果の利益を享受しようとする人間自身にこそ、まさしく責任があるわけであります。すなわち、人間が抱くところの欲望こそが問題であり、それは更にいうならば、科学技術の問題でもなく、また伝統の文化の問題でもなくて、まさしく人間自身の問題にほかならないわけであります。人間が抱くところの欲望をこそ、よく制御してゆくことが大切であります。」 (62)
との指摘を為されている。
第二章で検証したように、先の戦争が戦われていた当時の「真宗」は、当時の日本社会が戦っていた「聖戦」に宗教的意味を付与し肯定することで当時の社会に融合してしまったが、それは論理構築を行った末に起こった融合ではなく、「はじめに国体ありき」という社会的なコンセンサスを結論として先取りした為にする論理構築が試みられたが故の、当然の結論としての融合であった。それと同じことが「現代」に於て起こるとすれば、それは脳死臓器移植に関してである。
「真宗」が脳死臓器移植をめぐる問題群をただ黙って眺め続けていると、脳死臓器移植をめぐる「現代」的なコンセンサスは「真宗」の預かり知らぬ方法で、恐らく脳死臓器移植の解禁に刺激されたマスコミや「真宗」と直接的な関わりを持たない医療関係者や研究者、「一般大衆」を名乗る扇動者などの狂騒を基にして形成されることとなり、「真宗」は再び戦時のようにコンセンサスを結論として先取りしつつ、それに随従するための論理構築を行って、脳死臓器移植を肯定するだろう。
真宗は倫理ではなく宗教である。宗教は、時に倫理の模範となることもあるが、倫理そのものではなく、倫理を生み出す機能を持ったものである。社会に何かが起こり、それに対応するための範型がある程度定着した後にそれらを判定して形成されるものが倫理であるが、宗教は教義に裏付けられ信仰に根差した信者の行為としての範型を内在的に持っているものである。
「真宗」は現実の世界に働く信仰であり、宗教である。その「真宗」が現実の世界で悩み求めるレシピエントやドナーの近親者に応えぬものであってはならず、況して社会的コンセンサスというものに随従するものであってはならない。だが1999年現在の「真宗」は脳死臓器移植に対する意見・態度決定を保留したままである。これは「現代」の「真宗」が「現代」的課題を現前する個人に応える術を持たず、「現代」と乖離の傾向にある事実を示すものである。
「真宗」は、「ビハーラ」の問題にも脳死の問題にも早急に応えなければならない。しかし「現代」の要請に応えることを焦り、論理構築を等閑にしては、戦時教学のような融合を実現することとなるだろう。乖離は否定されねばならないが、対極にある融合も否定される。
仏教界には「移植は菩薩行である」とする意見もある。だが私はその意見に首肯することは出来ない。
「真宗」の信心獲得に関して言えば、宿善は信心獲得を果した者がそれまでの自己の歩みを振り返った際に初めて宿善となるのであり、積もうとして積まれる宿善は宿善ではない。被救済者の内心には顕在的な、或は「如来から戴く」メタ・レベルでの、往生を望む「欲望」が存在することは当然だと私には思われる──でなくては往生願望を全く持たない者を如来が「救済」する奇怪な事態が現出する──が、宿善は獲信の後に初めてそれと認識されるものである。獲信以前に宿善を宿善として積もうとするのは、安心決定の自覚というある種の利益を求める現世利益的な、「真宗」ではない信仰に因る。
それと同じことが「移植は菩薩行である」とする意見に見られると言うことはできないだろうか。
菩薩行は菩薩が行うものである。末法の中、一般的な人間は今生では菩薩に決してなれるものではない。移植が行われた場合レシピエントやドナーの遺族がドナーを菩薩として認識することは心情的には可能であり、或は正しく菩薩であるかもしれないが、不慮の事態に陥った場合に備え意思表示カードを携行する生者が自己を菩薩として認識することも、「脳死」による移植の最中にそれを菩薩行として認識することも不可能である。また、最終的にこの世の法則から離脱した存在となったドナーが現世的人間的価値観に則って自己を菩薩と認識することも不可能である。
慥かに「真宗」は安心決定という信仰の本質的な自覚を求める門信徒に応え、その有り様を明確にしていかねばならず、「真宗」がそのような役割を担っているのは確実である。しかし「真宗」は門信徒のそれらの求めに応えると同時に、脳死臓器移植を望む門信徒に対しても何らかの方法で──賛成であれ反対であれ──応えなければならないだろう。「現代」との乖離をそのままで放置し続ける「真宗」は宗教でさえないだろう。
移植以外に延命の手段を持たないレシピエントは死を見つめながら日日を暮らしている。レシピエントが脳死臓器移植法の制定を心待ちにしていた事実や、一日でも早く第一件目の脳死臓器移植が行われ、自分の命がまだ終わらないという証拠や励みとなることを求めている事実を、我我は心に重く受け止めねばならない。脳死臓器移植は現実の世界で起こっている出来事であり、日常の中ではなかなか接点を見出せない、健常者というドナー候補者とレシピエントとの間を繋ぐ可能性を持つ糸口である。その糸口を「現代」の「真宗」は放棄してはならないのではなかろうか。
「現代」人は顕在的にであれ潜在的にであれ、「救済」や「癒し」への渇望を持っていると言われている。巷に宗教や宗教的なもの、或は様様なテラピーの類いが溢れている事実は、これを裏付けるものであるのだろう。
宗教は「癒し」への渇望には答えない。それは「癒し」への渇望が日常的に発生するストレスなどを日常の中で一時凌ぎ的に解消し安堵することのみを求めるからであり、宗教によって得られる「救済」が独自な世界観や価値観から日常を概観し日常から超越した「救済」を得ようとするものであるからだ。「癒し」が日常に埋没した人格の一部が被る一時的安堵であるのに対して、「救済」は出世間的で「二度生まれ」的な全人格的前進である。宗教によって得られる安らぎと「癒し」によって得られる安らぎとは、似て見えるが、受動・能動など性質が全く異なる、根本的に異なる運動である。
「救済」への渇望に応えるのは宗教や宗教的な活動である。だが、信仰に依って渇望を昇華させ自己が生きる為の指針を得る信者が多く存在するのが事実である一方、信仰がすぐさま狂信に遷移して他人を直接的に脅かすものとなる例も様様に報告されている。そういった信仰は既成宗教よりも新新宗教に多く報告されている。
では新新宗教は一体どのような「救済」を信者に齎すものなのであろうか。この項では新新宗教に求められ解答として与えられる「救済」がどのようなものであるのかについて考察し、新新宗教と「現代」人とがどのような関係にあるのかを探る。而して後、その考察を基盤として「真宗」と「現代」人とがどのような関係にあるのかを考察する。
「現代」日本には様様な宗教が存在しており、新新宗教はそのうちの一要素である。よって新新宗教について考察するのであれば、宗教の類型をまず判然とさせなければならない。よって、@創唱宗教・自然宗教、A既成宗教・新宗教・新新宗教の類型化を行って考察に入る。
@創唱宗教は創唱者が判然としている宗教であり、自然宗教は創唱者が判然としていない自然発生的な宗教である。A既成宗教は「既に成っていた」という字義の如く、近代以前に既に存在していた宗教であり、新宗教は近代から現代初期にかけて成立した宗教であり、新新宗教は「現代」の中でも1960年代以降に成立した宗教である。原則的には、創唱宗教と既成宗教、自然宗教と既成宗教とが重なることはあるが、自然宗教と新宗教、自然宗教と新新宗教とが重なることはなく、新宗教や新新宗教は常に創唱宗教である。
「現代」日本人には「無宗教」を標榜する者が多い。日本の知識層は近代の頃から自分が「無宗教」であることを以て知識人の面目躍如と捉える傾向を持っていた (63) が、「現代」ではその傾向が宗教関係者以外の殆ど全てに定着してしまった観がある。多くの「現代」人にはおよそ「宗教」と判断可能なもの全てとの関係を避け、何らかの理由で接触を免れ得ない場合にはそれを宗教と判断しないで済まそうとする傾向がある (64) が、それは宗教が弱者や現実逃避願望を持つ者だけが「走る」ものとして捉えられ、自分の携えている価値観や世界観を破壊し尽くし、新しいそれを強要しかねない危険な存在として認識され、前近代的で非合理的な体系だと認識されているからであり、そのような宗教に「現代」人の自分が参入することは到底不可能だからである。つまり、多くの日本人には「宗教」が創唱宗教をのみ意味し様様な習俗の裏付けとなる「自然宗教」をも含むものであるとは考えられていないのである。よって多くの日本人には自分が他の多くの者とともに「無宗教」の位置にあることこそが非常に重要となる。
「現代」人は宗教的行事に積極的に参加する傾向を持つが、それらは決して「宗教」的行事として認識されることがなく、風習や習俗、風物詩、慣例として認識されている。クリスマスや聖バレンタインデー、復活祭といったキリスト教的祭祀は表面上は広く行われているが、それらの祝祭は必ずしも実存的理解に基づいていない。イエス降誕記念日として知られるクリスマスでさえ、日本人の多くにとっては単なる風物詩としてしか認識されておらず、クリスマスを狂騒の中で過ごすのはその「習俗」を受容した他人が楽しそうに過ごし、その時期に目に付く世界中が楽しんで見え、照明に照らされた街並みが美しく、大切な人に贈り物をするなど自分も楽しみの要素を演出しているからに過ぎない。多くの日本人の狂騒の裏にはイエス降誕への慶喜という実存的理解は存在せず、土用の鰻と同じ意味しか存在しない。どちらも時季的にそのような行為に及ぶのは合理的である (65) と考えられるが、それが宗教的で実存的な祭祀であるという事実を忘却して楽しむのでは、慥かに欧米のクリスマス休暇が表面的に形骸化の窮みに達して見えるのは事実であるものの、キリスト教やキリスト教信者への冒涜である。
多くの日本人には、表面的な世界理解 (66) と実存的で深い世界理解 (67) とが全く同水準のものとして受容され、自己の受容状態を問題として考えるだけの想像力さえ欠けており、自己の位置確定作業もその作業に基づく世界観の構築も自覚的には不可能であり、新しいこと・楽しいこと・全体で盛り上がっていることに無批判に従い、表面的に存在する楽しさや華やかさ、そして周囲との一体感に浸ってしまう傾向がある。だからこそ「ポストモダン」や「解釈学」が輸入された際にもそれらの基盤に控えている思想や社会情勢、それを生み出したものへの配慮を著しく欠いた理解が行われたのである。「無宗教」を標榜する者で「無宗教」が積極的な無神論を意味し為に全ての宗教と敵対する可能性のあることを自覚している者は日本では少数派である。「無宗教」標榜者の多くは実は新たな日本的「無の宗教」 (68) のようなものを信奉しているのではなかろうか。
「思い込みや信じ込みの世界にとっぷり浸ってしまえば、夜郎自大話ほど強固な内閉の壁をつくりやすい。それが、人倫の世界なのだ。」 (69) 吉本隆明
既成宗教や新宗教に比べて新新宗教は非常に数が多いが、それは「現代」の価値観が多様化していることと、世代を超え時代を超えて生き残った宗教だけが新宗教や既成宗教になれるという事実とによる。成立から間もない淘汰段階の新新宗教の数が多いのは当然である。
新新宗教は数ばかりでなくその教義も一言で言い表せるものではない程に多様であると言われているが、新新宗教全体を貫くほど大きくはないものの、その一部には確実に共通の特徴的傾向が見出せるのも事実である。
端的に言えば一部の新新宗教に特徴的なのは「現代」を担う「現代」人の一部への〔/からの〕融合である。
「真宗」以外の宗教が「真宗」と相容れない教義を抱えているのは当然であり、それらは全て「異安心」 (70) になる。そのような非難は無意味であるので、ここではそれらへの「真宗」的価値判断よりも、それらがどのようなものであるのかに主眼を置いて考察を行う。
吉本隆明は大川隆法の『太陽の法』を読み、以下のように述べる。
「新興宗教はどれでも土俗的な伝承に溯るか、神話的な世界に根拠をもとめるか、現在までに表現された宗教的な古典の系列につながることで、宗派の根拠を確かにするのが、普通だとおもう。だが大川隆法の『幸福の科学』は、こういった新興宗教の特質は、はじめから放棄している。その意味では宗教を解体して造った思想運動ともいえるものだ。そのためにどうしているかといえば、歴史上の偉大な宗教や倫理思想を、それ以前の神霊の転生したものとして意図的に系譜づけ、その系譜を綜合しようと試みている。」 (71)
「この『太陽の法』もたしかに、ベストセラーの条件を具えていることがわかる。そのいちばん大きな要素は著者大川隆法がもっている一点の疑いもないほど晴朗に記述された誇大妄想な思い込みだといっていい。ここに確かな超人がいることになってしまうのだ。」 (72)
信者は「幸福の科学」と出会い、世界の究極真理エルカンターレたる大川隆法 (73) の言説と出会うことで世界中に生起するあらゆる物事の諸相を貫く何らかの力の存在を知ることが出来るようになり、目から鱗が落ちるような衝撃を感じ、世界を一点の曇りもなく理解してしまう。だがその理解は「真宗」をよく知る者には到底首肯不可能な、『親鸞聖人の霊言』 (74) のような「理解」に過ぎない。逆についてもそれが言えるように、「真宗」的価値観からは真実とは見られないことでも、異なった価値観から見れば絶対の真実になることがある。オウム真理教についても同様のことが言える。
吉本隆明は麻原彰晃『亡国日本の悲しみ』について、
「一個の世界認識や現実判断力を獲得するにも、麻原彰晃自身がヨーガに費やしたとおなじきびしい修練や労苦を必要とするものだということを忘れて、宗教家のつまらぬ床屋政談をやっている。」 (75)『日出づる国、災い近し』について、
「この本ですこしでも宗教的だとおもえるところは二つだけだ。ひとつは「人間」という状態は、本質的でなく、常のない存在で、肉体のなかに意識が宿っている不安定な中間状態にあるものだ。だから眠るだけでも意識は肉体から離れようとするし、気絶すると離れてしまうといっている。もうひとつは宗教的な修練には閉鎖社会を作った方がいいのだと言いきっている。」 (76)
「最終戦争という概念は、いずれにせよ宗教家が現世を跳躍し、否定して、隔絶した理想の信仰社会を思い描くかぎり、その象徴としてかならず現われるイメージだといっても過言ではない。何故なら一挙に旧い俗世界が消滅し、理想世界があとにのこるという理念は最終戦争という概念で、象徴的に解決されるからだ。」 (77)
「あとには「予言」を「成就する」ことと「予言」が「成就される」こととの時間的な錯合と融合の必然が、病理の領域を実現してしまうかどうかの問題だけがのこる。」 (78)
と言う。
オウム真理教が教義の根本に抱える問題は、「真宗」で言う「善知識」に唯一人位置する教祖への善知識頼みの傾向が強いこと、多くの回心に神秘体験が伴うことを翻案して多様な神秘体験を全て回心と等価と見做したこと、教団的パターナリズムを教団外に対しても実践したことに集約される。宗教は信者の幸福を求めるべきであるが、教団的価値観を共有しない外部的存在 (79) に教団的福音を強要してはならないものである。
宗教で最も大切なのは自分の為だけにその「救済」が存在すると理解する一人の信者が救われるか否かであり、その信者が現実世界をどう受容するかは、宗教の、ある意味二次的な活動である。しかしある程度の客観化が同時に行われないのであれば、その「救済」は宗教的世界観や思考体系への没入をしか意味しない。
新新宗教の信者は自己と他者との判然とした境界意識を持たず、「善」であり「真理」であると自分が判断した事物を他人もそう認識すると思い込む傾向がある (80)。 新新宗教の信者がなぜそのように無邪気な境界溶融を起こすのか。それは思想体系への参入を以て思考主体としての自己を放棄してしまうからである。新新宗教の信者にとって宗教的思想体系への参入は教祖の思考を無批判・無思考で絶対的に受容することと何故か同義である。
信者は宗教的思想体系を理解し受容する為の思考は行うが、その体系の普遍妥当性については「信仰」するのみで殆ど思考しない。信者の思考は世界観を受容する瞬間には行われず、世界観を受容した後にそれを理解したりそれに基づいて現実に対処したりする際に働く思考としてしか機能しない。この事態は新新宗教に限定されるものではなく、学校で極く当たり前に行われている。
学校は児童や生徒に対し、教わったことを完全に受容した後の思考をしか要求しない。児童や生徒の受容はそこで教わることが普遍妥当であるとの擬似的「信仰」を前提とする。「信仰」を持たない者は時に諦めの眼差しを学校に向けつつ似而非受容を継続し、時に学校という約束事から逸脱する。学校に通う「子供」に対し、親はパターナリズムを以て対処する。学校の何が気に入らないのかを「子供」に聞いたとしても、子供はそれを言語化可能なほどに大人であるとは限らない。
学校を受容するのは確固たる解答を整備した世界観を受容するのと同義である。学校は常に生徒の前に確固たる解答を整備して存在するが、現実社会に生起する物事には確固たる解答など用意されてはいない。それは現実社会がそれに参入するものによって着着と作られていくものであり、解答は与えられるものではなく自分で築き上げて行くものだからである。学校の内側と外側とでは世界観が全く異なっている。
だが学校への信仰を維持し続ける者は、解答を整備された学校ではなく、解答を整備していない現実社会が間違っているのだと信じる (81)。 そして「この世界は何故存在するのか」「自分とは何か」「何故生きるているのか」「死んだらどうなるのか」などの問題に対する確固たる解答を整備して待つ新新宗教を眼前し、思考主体としての自己を放棄し、学校にいた頃のような確固たる解答を備えた思考体系の受容者としての自己を維持し続ける。
新新宗教の信者は自己の内的世界を現実世界にどう反映させるかに苦悩し、時に暴走し、内的世界観を現実に反映させるのではなく延長し垂れ流す。だがその苦悩は新新宗教的世界観を受容した後の苦悩であり、受容する際に働かせねばならない、俗世間的で客観的世界観から宗教的世界観へと自己を投じる際に起こる苦悩ではない。信者は折り合いをつけるという水準では間に合わないほどに、宗教的世界観を生きてしまう。
ある個人が何らかの思想体系への参入を決断したとしてもそれはその個人が思考判断を放棄することに直結するものではない。ある体系を受容した者はその体系から齎された「解答」を、受容に要したのと同等かそれ以上の「求め」を携えて問い続けなくてはならない。なぜなら、人間にとって思考は保留されることがあっても放棄されることがあってはならないものであるからだ。信仰によって得られる世界観の中心に位置する唯一の真理は変化しない。だが真理を受容する者と真理との関係は、受容者の進歩に伴い絶えず更新される契機を持つものである。真理を受容することと思考放棄に陥ることとは全く異なる。批判されない真理は腐っていくということが新新宗教の信者には解っていないのではなかろうか。
「真宗」では聞即信の救済が説かれるが、これも思考主体としての自己を放棄させ得るものである。実際は信者が「真宗」的世界観を現実世界に垂れ流すことはないが、それは信者に真俗二諦が機能しているからに外ならない。真俗二諦に従えば内的世界と全く別個の存在である現実世界との折り合いをつける必要がないのである。こうして見ると「真宗」は非常に安全な宗教であるが、しかしそれで信者に「救済」は齎されるのだろうか。真俗二諦論が機能することによって信者が「真宗」的世界観に没入し他を顧みない事態は避けられるが、同時に現実世界の様様な物事に悩む自己の救済を真宗に期待しないという事態にはならないのだろうか。また、戦時には真俗二諦論が機能していたにも拘わらず「真宗」は現実に働きかけた。
新新宗教に対し真俗二諦論を以て解答しようとするのは大いなる間違いである。新新宗教に対して「真宗」は思考主体を維持しつつ信仰する道を示すことで解答を与えねばならない。それが具体的にどのようなものになるのかについての考察は、現時点では広く深く果てしないものになると思われるので、次回以降に譲る。
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「脳死〔英〕brain death 人工呼吸器の出現によって、心臓が停止するより先に脳機能が不可逆に停止する状態、いわゆる脳死状態が出現するようになり、これをもって人間の死とみなすか、という問題が出現した。脳死判定基準としては、1968年のハーバード大学医学部のものが有名である。ここでは脳死は、無反応と無運動、自発呼吸の停止、反射運動の消失、脳波の平坦、以上の状態が24時間以上続いたときとされた。日本では、1985年に厚生省の「脳死に関する研究班」(竹内一夫班長)が、脳幹を含む全脳死の判定基準をまとめた。ただしこれはあくまで脳死の判定基準であり、これをもって人間の死とするか否かは社会が判断する問題であった。しかし、1992年の脳死臨調(臨時脳死および臓器移植調査会)報告は、脳死を人の死と認める多数意見と時期尚早とする少数意見の並記となった。こうして1997年に成立した臓器移植法では、脳死を人の死としながらも、臓器移植を目的とした場合にのみ、脳死判定を行うものとした。脳死を前提とした移植は、ほんらい医療職能集団の強いコントロール下においてなされ、脳死は人の死かどうかという問題を過剰に社会に流出させない状態でからくも実施可能な医療であり、強制参加の身分団体の形をとっていない日本の医師プロフェッションにとっては扱いにくい問題となっている。」 岩波『哲学・思想事典』P1251
(40) 立花隆『脳死臨調批判』中央公論社
信楽峻麿「仏教における生命の問題」「四 脳死は人の死か」『宗教的真理と現代』雲藤義道喜寿記念論文集 教育新潮社 P608
(41) 加藤尚武(かとう・ひさたけ) 「1937年、東京生まれ。1963年、東京大学文学部哲学科を卒業。1972年、東北大学文学部教授。1994年より京都大学文学部教授。」 (『二十一世紀のエチカ』奥付「著者紹介」より)
「アメリカでは、脳死問題を大統領委員会で議論したとき、議論の枠組みそのものをがっちりと決めてかかった。@死とは何かの哲学的な定義(たとえば「有機的統合機能の永久的停止」)、A測定の対象となる生理学的過程の規定(たとえば「自発的脳機能の不可逆的喪失」)、B測定作業の基準(たとえば「深い昏睡」)C基準の充足についての検査方法(たとえば「脳波テスト」)。 「大まかに言えば、哲学、生理学、基礎医学のそれぞれの問題の枠をきめて、その枠のなかで専門家同士が討論し合い、その結果をふまえて専門の枠をまたいで討論するという体制をとった。その結果、公開の席にさまざまな立場の宗教家などを呼んで、密度の高い合意を作り上げた。
「日本の脳死臨調では、専門家同士の討論ができない。文学、医学、法律学など、あらゆる領域の専門家を総花的に並べているから、一流の医学者と一流の法律家が討論しても、その内容の水準は素人なみになってしまう。哲学者の梅原氏の疑問に答えるには、科学史に詳しい科学哲学の専門家でないと無理だと思うが、そういう討論の可能性は脳死臨調にはない。だから討論の大前提になる概念をひっくり返すような少数意見が国民のまえに突き出されることになる。
「たとえば竹内教授の作った脳死判定基準について、評論家の立花隆氏の出した問題点はどうなのか、分かるように説明して貰いたいと思うのに、臨調は「専門家に聞いたら正しいという話だった」という報告をしているだけである。立花氏の提出した問題点は医学の専門家でも簡単には解らないほど高度のものである。」 『二十一世紀のエチカ』未來社 P86-87
「生命倫理〔英〕bioethics 古くから人間の生命を取り扱う医療行為に関してその倫理性が問われることがあり、すでに古代ギリシアにおいて医師の倫理綱領である「ヒポクラテスの誓い」が作られていた。1970年頃から、生命科学と医療技術の著しい発展により生命現象へのさまざまな人為的介入が可能になったことを背景に、従来の〈医の倫理〉を越えるものとして生命倫理という新しい学際的な論議領域が成立した。
それは、体外受精・臓器移植・諸種の延命治療などの人間の生死に関わる新しい技術の利用が倫理的に許されるか、妊娠中絶・安楽死・尊厳死は認められるべきか、等の医療に関わる問いと、生命科学の発展により可能になった生命現象、特に遺伝の仕組みへの技術的な介入がどこまで許されるか、動物を用いる実験やクローニングは倫理的に正当化できるのか、などの問いとを、あわせて論じようとするものであり、さらに、生命に関わる技術を規制する法制度のあり方、医療資源の配分の仕方などの社会政策的問題とこれらすべての背景にある宗教・文化・伝統・価値観をも考察の対象とする。 このように狭義の倫理的問題の探求に留まりえないところに、生命倫理の一つの特質がある。生命倫理的考察は医療や生命科学の専門家だけに求められているのではない。現代においては、医療も科学研究もすぐれて社会的な事柄であり、そのあり方をめぐる重要な決定には、なんらかの形で一般市民の意見が反映することが望ましいのである。
医療の個別的な領域に限っても、生命倫理は医師あるいは医療関係者の職業倫理としての〈医の倫理〉と同一ではない。それは医療関係者に責任と義務を課するが、同時に患者がどうあるべきかをも論ずる。いま、患者の自己決定権やインフォームド・コンセントの重要性が説かれ、医師のパターナリズムがどのような場合に正当化されるかが問われているが、それらはいずれも医療関係者と患者の関係において問題になるのであり、患者や一般市民が生命倫理の問題に主体的に関わることが求められているのである。
最後に、生命倫理が究極的に目指すものは人間の幸福と健康であるのだから、人間が健康に生存できるような環境を維持していくことが病気の治療に劣らず重要であるという観点を忘れてはならない。」 岩波『哲学・思想事典』P931
「「ヒポクラテスの誓い」は、いまでも世界の多くの医科大学の卒業式、あるいは医師免許の授与式などで、医者になろうとする者が立てる、ギリシア以来の伝統的な誓いである。 それはかなり長文のもので、多くの内容を含んでいるが、医の倫理として重要な部分を定言化して示すと、次のようになる(以下は筆者なりの要約であって、実際には、このような順で、このように項目分けされているわけではない)。
(1)医学は、必ず患者の福祉のために行う。
(2)どんなことがあっても患者に危害や不正は加えない。
(3)患者のために常に自分の能力と技術の最善をつくす。
(4)致死薬は誰に頼まれても(本人の依頼であっても)絶対に投与しない。
(5)堕胎の手助けはしない。
(6)患者のプライバシーは絶対に守る。
(7)患者とは情交を結ばない。
かくのごとく、その誓いの内容はきわめて常識的なものである。要するに、医の倫理の根本原則は「患者のためになることをする」というにつきるのである。医の倫理は基本的にこれ一本で数千年間やってきたのである。そして今なお、これが至上の倫理原則であることに変りはない。」 立花隆「医の倫理」岩波書店『転換期における人間』第八巻
「生命科学
現代の科学の研究分野を大きく物質、生命、情報に三分しうるのに対応して、物質科学、生命科学、情報科学という名称が用いられることがあるが、生命科学(あるいはライフサイエンス)の場合、近い関係にある生物学との相違が問題になるだろう。
生命科学なる語は1970年頃からしきりに使われるようになったが、一通りの明確な定義は存在せず、提唱者ごとに相違がある。しかし一応、人間生活のための総合的な生物科学という定義で差支えなかろう。
人間生活のため、および総合的の二点に生物学との相違が集約されているといえる。まず前者に関しては、提唱者たちがしばしば、生命科学は社会の要請に応える学問であると強調していることを指摘することができる。従来の生物学は、学問の全般的傾向にならって専門化、細分化が激しくなるばかりで、生命なるものの本質的、一般的、総合的把握とかけ離れており、さらに純粋な窮理に徹し応用を度外視する精神に支えられているのに対し、生命科学は生命一般の理解と人間生活への応用可能性の点で社会の要請に応えうるといわれている。
しかしこのことは、科学自身のしかるべき前進によりはじめて実現されたことを見逃してはならない。その前進とは何といっても、1953年のJ.ワトソン(1928年−)とF.クリック(1916年−)のDNA(ディオキシリボ核酸)の二重らせんモデルの提示に代表される分子生物学の発展で、それは遺伝現象をDNAの情報が読みとられタンパク質が合成される過程として分子レベルで解明し、また、タンパク質から植物、動物とすべての生物に普遍的な生命活動の原則が確立されると同時に、こうした基本的な機構の解明はその後の遺伝子工学に導かれる技術的応用を可能にする生命操作への道を開いたのであった。
一方、生命科学の総合科学としての側面について見れば、まず分子生物学が端的に示すように物質、分子の研究である物理学や化学を、さらには数学や電気工学などにもおよぶ多くの専門分野を動員して生命現象を解明する学際的な性格をもち、またこのような生命の謎に肉迫しえた研究には医療、農業などから連携を求められ、生態学、倫理学との連携も生じている。
近代科学の核としての物理学は、現実の生き生きとした自然を数学的な一般法則に支配される抽象的世界に書きかえたとしばしば非難されるが、生物科学においてはいわば近代科学の路線をつきつめた分子生物学により生命の一般的特性に迫る成果に到達しえたことが科学と社会的要請の結合を実現したかのようである。ただし、近代科学の分析的、原子論的な生命の把握に再考を求めるさまざまの動きがあることや、技術的応用がバイオエシックス(生命倫理)の隆盛を必要とする深刻な問題の発生源になっていることなど、徹底的に問われねばならぬことも多い。」 『現代思想を読む事典』講談社現代新書今村仁司編
(43) Michael Tooley「嬰児は人格を持つか」(エンゲルハート(Tristram Engelhardt)編、『バイオエシックスの基礎−欧米の生命倫理論』加藤尚武・飯田宣之編、東海大学出版会 所収)1998
(44) Joel Feinberg 「人格性の基準」『バイオエシックスの基礎−欧米の生命倫理論』
(45) 結論を先取りし、そこへ導かれる論理のこと。
「為にする ある別の目的をもって、また、自分の利益にしようとする下心があって、事を行う。」 『大事林』P1506
(46) ヒトでないものはすべてモノとなる。モノは「所有」の対象であり「手段」に過ぎない。これは自然科学の認識モデルである「主体−客体」の関係を「人−人」の関係にそのまま持ち込んだものであり、「他者の尊厳性」を不問に付していると思われる。しかし人はその人自体でその人であるわけではない。
「パターナリズム〔英〕paternalism 語源的には、親が、子供に対する親の権威によって、あるいは子供を保護するという理由で、子供に強制を加えることを意味する。転じて、国家や社会が同様の理由でその成員に強制を加えることを指す。英米における1950年代に始まる法による道徳の強制をめぐる論争においては、自由主義者は、保守主義者の〈リーガル・モラリズム〉に対抗して、個人が自分自身に危害を加えるのを防ぐためにその自由を制限することが許されると主張した。70年代以降の生命倫理の論議においては、医師の患者に対する過度のパターナリズムが批判され、患者の〈自律〉を助けるという方向でのそれが正当化されるという見方が有力になっている。」 岩波書店『哲学・思想事典』P1273(48)
「インフォームド・コンセント 〔英〕informed consent 関連する事柄について十分に説明を受けた上での同意を意味する。現代の生命倫理の論議における重要概念の1つ。現代の医療においては、医者と患者が相互に対等の関係にあるべきだとの前提に立ち、治療の方針を、従来のように医者まかせにせず、患者が自分で決める、という〈自己決定権〉が認められてきている。自己決定を行うには、患者は自分の病状や選択しうる治療法について十分に理解していなければならない。だから、無理解なままよろしくお願いしますという型の同意と対比して、インフォームド・コンセントが重要になる。(49)
だが、これについていくつかの問題点がある。第1に、医者と患者の関係が実質的に対等になりにくい。医療に関して医者は専門家であり、患者は素人である。その上、患者は事態の深刻さに冷静さを失い、また病状によっては判断能力をまったく欠いていることさえある。医者にとっては患者はまず保護の対象である。だから、医者は患者に対してパターナリスティックな態度を取りがちであるし、患者は医者に依存的になりがちである。第2に、第1の点と関連するが、癌の告知に見られるように、医者の任務は単に情報を正確に伝えればすむというわけでなく、患者に悪影響を及ぼさないように細心の注意を払うことが必要である。第3に、医者が患者に示すべきだとされる情報には、その医者にとって不利な情報、例えば、他の医者による手術の方が手術の成功率が高いというような情報さえも含まれる。これは医者に過重な責任を押しつけることになるが、逆に医者が一面的な情報を伝えることにより、患者を誘導してある決定をさせるという可能性もある。このような困難はあるが、インフォームド・コンセントを尊重すべしという原則そのものは妥当であり、これを実のあるものにするための努力が、医療関係者の側にも、要求されるであろう。」 岩波書店『哲学・思想事典』P107
「精神分裂病 〔英〕schizophrenia 〔独〕Schizophrenie 〔仏〕schizophrenie 19世紀初頭から精神医学の関心を集め、若年から社会生活の能力を喪失するため「早期痴呆」(dementia praecox)と呼ばれていた。1912年にスイスの精神科医E.ブロイラーがその症状の特徴から「精神分裂病」の名称を提案した。「分裂病」とも略称される。ほとんど20歳前後に発症し、妄想(主に関係妄想と被害妄想)、幻覚(主に言語性幻聴)、被影響体験、思考伝播、自生思考などの「陽性症状」と、感情の平板化、意志や行動の発動性減退、社会的対人関係からの離脱(自閉)などの「陰性症状」を示して慢性に経過する。陽性症状が前景に立つものを「妄想型」、陰性症状が主体になるものを「破瓜型」、精神面と行動面での興奮・緊張状態が顕著なものを「緊張型」、臨床症状の明確でないものを「単純型」と呼ぶ。一般人口での罹患危険率(0.8%)に比べて血縁者では多発傾向が認められる(患者の同胞で約10%、一卵性双生児で約50%)ため遺伝の関与は疑いえないが、一卵性双生児でも半数しか一致して発症しないことは遺伝以外の要因も関与している証拠となる。患者は病前から自主性に乏しく、思春期・青年期に入って親からの独立、友人(特に異性)との個人的関係の確立、社会人としての自己確認などの課題に直面して挫折し、しばらく内面的に苦悩した後、徐々に、あるいは些細な誘因から突然に発症する。陽性症状は比較的短期間で消褪する場合もあるが、その後も頻繁に再発し、次第に固定して慢性化する。一方陰性症状は長期間持続し、次第に人格水準が低下して社会生活から脱落してゆく。1950年代から分裂病の治療薬が次々に開発されて陽性症状の治療は容易になったが、全体的な予後に影響を及ぼすには至っていない。薬物の有効性が切り口となって分裂病の脳器質的な原因の解明に向けた研究が盛んになったが、一方で分裂病は自己と他者の関係という人間存在の根本条件に病的な変化を与えることから、哲学的な精神病理学の大きな研究対象にもなっている。」 岩波書店『哲学・思想事典』P911
(50) 癌などの末期に肉体的な苦痛に苛まれかつ死期が目に見えて近い患者が、自分の死を自己決定することがある。患者一人ひとりの死の選択について否定されるべき場合ばかりが存在するわけではないが、時間をかけて医者と話し合い、やっと医者を同意させて死に臨もうとした患者が直前になって自分の下した死の決断を覆すこともあるなど、確固とした範型を成立させることは殆ど無理ではないかと思われる。範型を作るとそのような事態に陥った個人は個人の抱えている実存的な精神状況に関わりなく、生きねばならなかったり、死なねばならなかったりということになりかねない。
そのような状況にない者が死のうとするのを河合隼雄は「本当は「生きたい」と言いたいのだが、それを「死にたい」としか表現出来ない」状況と見る。彼がカウンセリングをしているうちに、殆どの者は自分が「今とは違う自分で生きたい」と考えていることに気付くそうである。私の知り合いは自殺を「病気」と見る。わたしは個人の中に「生きたい」と「死にたい」二つの人格のようなものが成立し、「死にたい」の方が「生きたい」を道連れにして実行する「自家無理心中」或は「一人無理心中」ではないかと考えている。
末期の患者が死を選ぼうとするのは、これとは性質がかなり異なる。だが確実に自殺でもある。どう考えれば良いのであろうか。
(51) 撤回答弁であるし、私自身が国会中継を見ていたわけではないから判然と記してはいけないのかもしれないが、彼はこのように判然と発言したのだそうである。
(52) 「1942年、福岡生れ。九州大学教育学部卒業。テキサス大学大学院修了。専攻は文化人類学。九州芸術工科大学教授。関心の領域は広いが、特に「ケガレ=不浄」説で注目された。著書に『ケガレの構造』(青土社)、『暮らしの中の文化人類学』(ベネッセ)、『医療人類学入門』(朝日新聞社)など。」 (波平恵美子『いのちの文化人類学』新潮選書 裏表紙見開き著者紹介より。)
(53) 贈与について
文化人類学では「贈与」を「交換」と同じものと見る。それは、贈与する者は贈与によって@感謝、A恩恵(功徳)を交換として貰うからである。スペインの乞食は施す者に「貰ってやる」と言い、施す方は「ありがとう」と言う。乞食の方が恵まれていないという点で神に近く恩恵を沢山持っており、施す方はその恩恵の一部を貰う。そういう考え方があるように、交換・贈与で一括り可能なのである。
だが、臓器移植ではドナーとレシピエントが隔離され、顔を見ることも叶わない。ドナー候補としての健常者はまだ見ぬレシピエントからまだ見ぬ幸福を与えられていると言えなくもないが、この考え方は日本では未発達である。まだ見ぬ子孫の為に功徳を積む、という考え方は古来からあるが、これは子孫の為なので、全くの他人に対する臓器移植と同列に扱うことは出来ない。
(「いのちの文化人類学─臓器移植法施行一周年を迎えて─」第15回 現代医療を考える会 波平恵美子氏講演 会 1998.10.24.於高槻現代劇場 石田のノートより。)
(54) 臓器提供者。
(55) 臓器受給者。
(56) 日本の葬送儀礼は独特で、遺体をこれほどに移動させる葬送儀礼を行う国は他にない。火葬も、燃やすという行為だけが重要であるのなら火葬場までついて行くことはないが実際には皆なついて行く。火葬する機械を作るのにも一つ約一億円かかる。それは遺体となった人の体重、年齢、病気、使用していた薬剤などを全て考慮した上で骨格を残したまま綺麗に焼かねばならず、また遺族が見たときに骨が熱いままではいけないので冷却装置も必要であり、そのような目的の為に火葬装置をハイテク化せざるを得ないからである。また、遺骨を納骨場所に移動させるだけが重要なのであれば喪主が遺骨を胸に抱える必要などないはずである。(波平氏講演会より)
(57) それを善しとする遺族もいる。「あの子は死にましたが、一部だけでもまだ生きていると思えば気も休まります」「誰に移植したのか教えてもらえないのは解りますが、せめて何歳の方で、男性か女性か、そして私の家のどちらに住んでいる方か教えて戴けませんでしょうか。そうすれば毎日そちらへ向かって話しかけることが出来ますから」など。(波平氏講演会 石田ノートより)
これは家族の死を死として受容出来ていないことを示すものであるのかもしれない。
(58) 1998年末に、TVや新聞などで報道されていたのに触れたことがある。
(59) 塚田博教「真宗におけるビハーラの可能性」
(60) 渡邊了生「『親鸞教義』と『ビハーラ』概念の矛盾」
仏教のビハーラはキリスト教のホスピスに刺激された浄土宗の活動がきっかけとなって始められたものである。浄土宗は臨終来迎を重視したビハーラを展開するが、臨終に限らず常来迎である「真宗」は、そのことを判然と前面に押し出したビハーラを展開しなくてはならないだろう。死刑囚になって初めて生命や宇宙に出会う人間がいるように、それまで天人としての日常を謳歌していた「現代」人が己の生命の有限性を差し迫ったものとして実存的に認識し初めて目の前に拓けて来る世界もやはりあるのだから、「真宗」は死に誘発されて残された生を生きる覚悟を決めた人間には夢のような臨終来迎でなく常来迎をこそ提示すべきであると思われる。「真宗」のビハーラは以上のように末期患者だけでなく患者と連続して存在する近親者にも常来迎を提供すべく展開されるべきであると考えられる。末期患者に限定されたビハーラは「真宗」的ビハーラではないだろう。患者だけではなく、ビハーラは周囲の者を巻き込んで展開されるべきではないだろうか。
(61) 鍋島直樹「親鸞からみた生命の問題」
(62) 信楽峻麿「仏教における生命の問題─脳死・臓器移植を考える」
(63) 福沢諭吉『福翁自伝』岩波文庫
(64) 阿満利麿『日本人はなぜ無宗教なのか』ちくま新書
(65) 夏の暑い季節に夏バテ防止のために鰻を食べるのは非常に合理的な判断である。丑の日の鰻祭り、とでも言うべき習慣である。(だがこれはもともとは江戸時代に大大的に行われた広告戦略によるもので、それが現在まで続いているものらしい。同:「蕎麦通は噛まない」)
年の暮れの押し迫ったクリスマスの時季に一年間頑張って来た自分に少しだけ羽根を伸ばさせ、来るべき新年を緊張して迎えるために精神的に弛緩させてしまうのも合理的な行動ではなかろうか。キリスト教から分離させたクリスマスを、行く年を思い蕎麦を食べながら聞く除夜の鐘の延長上に置くのは極めて容易であるように思える。新年の思いを新たにして初詣に出掛け「神」にお願いをするのも、「神」に願っているのではなく一年の誓を立てているのだと好意的に取ることも可能である。年頭に目標を立てるのは、恐らく合理的である。
ただ、その時の全体的な雰囲気に流され、誓った内容や誓ったという行為自体をすっかり忘れ毎年同じことをしているようにも思える。
(66) 日本的表層的クリスマス。
(67) キリスト教圏的深層的クリスマス。
(68) 無為自然、無心、無我、無常など、日本で「無」は語感的に非常に好かれているようである。
(69) 吉本隆明「テレビ的事件(1)─『原理講論』の世界─」『消費のなかの芸』ロッキング・オン所収 P118
(70) 真宗の信心を求めた上での誤解ではないので、正しくは「無安心」と言うべきだろうか。
(71) 吉本隆明「大川隆法『太陽の法』論」『消費のなかの芸』ロッキング・オン所収 P50−51
(72) 同 P42−43
(73) 大川隆法や「幸福の科学」については『大川隆法の霊言』という本が、教義も、実践も、大川隆法本人の人となりについても詳述していてとても解り易かった。彼はゼウスとジュピターとを別別のものとしている程に無邪気で、「次元」も驚くほど貧弱に把握している。手元にないので正確な出版社は不明だが、暴露本の一種。
(74) 大川隆法の著作。真宗的には親鸞聖人は既に成仏され、還相廻向に励んでいるはずなのだが、彼によれば魂は実態を持ったままであり、大川隆法の口を使って大川隆法と話をしているらしい。とても微笑ましい噴飯本である。著者の意図とは異なる読み方をした方が楽しい、正しい「トンデモ本」である。「トンデモ本」は「とんでもない内容の本」ではなく、著者の意図とは違う読み方をした方が得るものが多い本のことである。
(75) 吉本隆明「麻原彰晃『亡国日本の悲しみ』、『日出づる国、災い近し』」『消費のなかの芸』(ロッキング・オン)所収 P263
(76) 同 P263
(77) 同 P267
(78) 同 P268
(79) 村上春樹『約束された場所で』(文藝春秋社)にオウム真理教信者や元信者が現在の心境を語っている。インタビューを終えた村上は「あとがき」に、
「唐突なたとえだけれど、現代におけるオウム真理教団という存在は、戦前の「満州国」の存在に似ているかもしれない。1932年に満州国が建設されたときにも、ちょうどおなじように若手の新進気鋭のテクノクラートや専門技術者、学者たちが日本で約束された地位を捨て、新しい可能性の大地を求めて大陸に渡った。彼らの多くは若く、新しい野心的なヴィジョンを持ち、高い学歴と優れた才能を持っていた。しかし日本という強圧的な構造を持つ国家の内側にいるかぎり、そのエネルギーを有効に放出することは不可能であるように思えた。だからこそ彼らは世間のレールからいったんはずれても、もっと融通のきく、実験的な新天地を求めたのだ。そういう意味では─それ自体だけをとってみれば─彼らの意志は純粋であり、理想主義的でもあった。おまけにそこに は立派な「大義」も含まれていた。「自分たちは正しい道を進んでいるのだ」という確信を抱くこともできた。
問題はそこに重大な何かが欠落していたということだった。満州国の場合、その何かが「正しく立体的な歴史認識」であったということが今ではわかる。もっと具体的なレベルでいえば、そこに欠けていたのは「言葉と行為の同一性」であった。「五族協和」だの「八紘一宇」だのといった調子の良い美しい言葉だけがどんどん一人歩きをして、その背後にいやおうなく生じる道義的空白を、血生臭いリアリティーが埋めていったわけだ。そして野心的なテクノクラートたちはその激しい歴史の渦の中に否応なく呑み込まれていくことになった。
オウム真理教事件の場合、同時代的に起こった出来事であるが故に、今ここで明快にその何かの内容を定義してしまうことにはやはり無理があるだろう。しかし広義的に言えば「満州国」的状況について語れるのとだいたい同じことが、オウム真理教事件にも適応できるはずだと私は考えている。そこにあるものは「広い世界観の欠如」と、そこから派生する「言葉と行為の乖離」である。」(略)
「でも実をいえば私たちが林医師に向かって語るべきことは、本来はとても簡単なことであるはずなのだ。それは「現実というのは、もともとが混乱や矛盾を含んで成立しているものであるのだし、混乱や矛盾を排除してしまえば、それはもはや現実ではないのです」ということだ。「そして一見整合的に見える言葉や論理に従って、うまく現実の一部を排除できたと思っても、その排除された現実は、必ずどこかで待ち伏せしてあなたに復讐することでしょう」と。
とはいえ、林医師はそのような説得ではおそらく納得しなかっただろう。彼は専門的な言葉とマニュアル化されたロジックを連ねて鋭く反論し、自分の進もうとしている道がどれだけ正しく美しいものであるかを滔々と説いたことだろう。そして私たちはあるいは、そのようなロジックを乗り越えられるだけの有効な説得の言語を持たなかったかもしれない。その結果ある地点で口をつぐんでしまわなくてはならなかったかもしれない。残念なことだが、現実性を欠いた言葉や論理は、現実性を含んだ(それ故にいちいち夾雑物を重石のようにひきずって行動しなくてはならない)言葉や論理よりも往々にして強い力を持つからだ。そして私たちはお互いの言語を理解できぬままに、それぞれの方向に別れたことだろう。」
と書いているが、私は満州国にのみ限定せず、当時の日本の思想界全体がそのような動きの中にあったのではないかと考えている。キリスト教神学者によって以下のような言説も紹介されている。
「私、丸山眞男氏が亡くなる直前に、オウム真理教の問題について記者からコメントを求められて語った言葉というのが朝日新聞に載っていたのをちょっと思い出したんです。「私の青年時代を思うと、日本中、オウム真理教だったのではないか。外では通用しないことが、内では堂々とまかり通る。…今も昔も他者感覚のなさが問題だ」。彼は「悪」というふうには言わなかったけれど、問題は、昔も今も他者感覚のなさだと、言っている。他者が入ってこない場合には、確かに主観的で心情的です。純粋志向というのも、宗教性を持ってきます。オウム真理教においてもそうですし、太平洋戦争中の日本人の行動にしても、それは非常に宗教性を持った残虐な行為なのですが、ある程度栄光化され、合理化された。しかしまったく他者感覚というものが欠落していた。」 南窓社シンポジウム『日常性のなかの宗教』第一章「日本文化と宗教」中の武田武長氏の発言より。(武田武長(たけだ・たけひさ)1942年長野生まれ。キリスト教神学者。フェリス女学院大学。『世のために存在する教会』(新教出版社、1995)、『エコロジーとキリスト教』(新教出版社、1993、共著)、『戦後ドイツの光と影』(新教出版社、1995、共著)など。)同書「シンポジウム参加者」紹介より。また、村上春樹と河合隼雄が行った対談では、煩悩をめぐる以下のような会話が交わされている。
「村上 でも彼ら (オウム真理教信者や元信者:石田) に言わせると、そういう物欲みたいなものが人間の煩悩を膨らませて、人間を消耗させているということになりますね。だから煩悩を捨てて純化しなくてはならないんだと。
河合 いや、だからね、煩悩があって消耗しないことには宗教にはならないんです。煩悩を捨てたら、そんな人はもう仏様になっとるんやから。
村上 煩悩を捨てるのは修行じゃないんだ。
河合 うん。そういうのはもう仏であって、人間の修養やないですよ。でも僕らは神や仏やないからね。だから煩悩というのはもうないと思うてもまだあるというような……親鸞がそうでしょう。もうなくなったと思てたらまたあるちゅうようなことばかりずっと続けてやっていた。それを徹底してやったから、親鸞はあそこまで行ったんです。始めからあの真似をしたって、話にならんと僕は思うんですがね。
だからこのあたりに出てくる(オウムの)人は、煩悩を抱きしめていく力がちょっと少ないんです。残念ながら。まあ違うほうから光を当てれば、我々凡人よりは純粋だとか、ものをよく考えているとかいうふうには言えます。言えるんですが、それはやっぱりものすごく危険なことなんです。この人たちがみんな仏の国に行っておられれば、それはそれでいいんだけど、この世に出ておられるかぎりにおいては、それはなかなか大変ですわ。だから人間としてこの世に生きている限り、煩悩から自由になることはやっぱりほとんどできないんじゃないかと、僕は思いますけれどね。」 村上春樹「「悪」を抱えて生きる」『約束された場所で』所収 P235-236
(80) これは新新宗教の信者に限られたことではない。極度の嫌煙家は喫煙者に禁煙を強要し、菜食主義者は他人にも肉食を禁じようとする。自分が正しいことをしていると信じ切っている者は誰でも自分の価値観を無条件に他人にまで延長しようとする傾向があるのではなかろうか。「善人ばかりの家は争いが絶えない」という逆説があるが、自分が嫌がることを他人にしてはいけないが、自分が良いと思うことでも他人に押し付けてはいけない、ということに何故気づけないのだろうか。