脳死臓器移植
海外の宗教界はどう考えるか
欧州・アジアを実地調査して

京都文教大学教授 生駒孝彰

2000年12月7日木曜日 中外日報 第一面・第二面




執筆者紹介(第一面 左肩)
 
生駒孝彰(いこま こうしょう)

 昭和十三年、北海道旭川市生まれ。龍谷大学文学部仏教学科卒業。開教師として渡米し、ブリガム・ヤング大学大学院修了。専門は日米現代宗教。
 主な著書に『アメリカ合「宗」国の悲劇』(情報センター出版局)、『インターネットの中の神々』(平凡社)など。


第一面

第二面


(第一面)

 昨年二月、国内初の脳死による臓器移植が行なわれた。その是非をめぐって日本の宗教界では議論が盛んである。各宗派ともその対応に苦慮している。基本的には反対だが、それはあくまで個人の問題である、とする考えが多い。だが、宗教者や宗教研究者の本、あるいは新聞、雑誌等に出たコメントを読むと、反対者が多い。
 私は、脳死による臓器移植について、外国の宗教界がどのような考えをしているのか調査してきたが、欧米の宗教界はもとより、アジアの宗教界でも賛成派の方が多いようだ。昨年九月、私はスウェーデンのウプサラにある国教会(ルター派)の神学校の学部長と臓器移植について話し合ったが、「臓器移植については、日本の宗教界では反対派の意見が強い」と言うと、氏は不思議そうな顔をして「私たちはそれを医療の一つと考えているだけです」という返事を返してきた。
 また、オランダのユトレヒトのヒューマニテー大学を訪ねた時には、「脳死による臓器移植は宗教的にみて、何ら問題がありません。オランダの宗教界が今悩んでいるのは、安楽死への対応です」と教授の一人は説明してくれた。
 ちなみにオランダは来年、世界で初めて安楽死が合法化される国になるはずだ。

 

「神のみ心にかなう“善”」 アメリカの神学者

 アメリカの宗教界は、社会問題については各宗派とも独自の考えを持っている。
 私はインターネットで三十ほどの宗派を調べてみた。その結果、脳死状態での臓器移植に反対している宗派は一つもなかった。 (◆ 石田註) それどころか、ドナーカードの所持を信者たちに勧めている宗派もかなりあった。なかには、「愛する人の臓器を天国にまで持っていかないでください」「あなたの臓器がこの世で必要なのを天国では知っています」といったステッカーを配布している宗派や教会があるほどだ。
 もっとも、すべての宗教関係者が臓器移植に一〇〇%賛成しているわけではない。
 だが、反対の声はほとんど聞かれない。その理由について、私は数年前、コロンビア大学のユニオン神学校の教授から次のような興味深い話を聞いた。
 「臓器移植は悪だと思います。神にのみ与えられている“いのち”の支配を侵すことになるからです。それに臓器不足は臓器売買をはじめいろいろな間題が生じます。しかし、臓器移植によって病に苦しんでいる人を救う行為は尊いものです。その意味では神のみ心にかなう“善”と言えましょう」
 彼によると、臓器移植で善と悪とを比べると、善の方が多い、というのである。
 この教授と同じような考えをしている宗教関係者は意外と多いようだ。それが反対の声が聞かれない一つの理由ではなかろうか。

 

アジアでも多い賛成派

 私はアジアの国々、特に仏教界がどのような対応をしているかを調査する目的で、今年の三月に台湾を、そして、十月に韓国を訪ねた。

 

台湾に「三教九流」

 台湾は八○%が仏教徒で、寺院数は干五百。台湾仏教はいくつかの特徴がある。まず仏教と道教との関係が深いこと。僧侶が戒律を守るのを重視していること。また、尼僧が多い。宗派はいくつかあるが、際だった差違はないようだ。
 私は国立台湾大学医学部で、医師、僧侶、信者の方々と話し合うことができた。まず、生命倫理について質問をしたところ、「台湾では三教九流という言葉があります」という説明があった。三教とは儒教、道教、仏教の三つで、九流とはそれぞれ賛成派、反対派、中間派の三つがある、との意味である。

 

賛成多い仏教と道教 台湾

 次に臓器移植について尋ねると、儒教はやや批判的であるが、仏教と道教は賛成派が多い、との返事が返ってきた。「私は賛成です」と大きな声で言ったのは、道教系の恩主公病院の院長で、仏教ロータス・ホスピス協会理事長の陳栄基氏である。
 「台湾では、一九八七年、人体組織移植法という法律で脳死による臓器移植が認められるようになりました。そして、私が台湾大学医学部の副学部長であった時代に台湾で初めて臓器移植が行なわれました。私は仏教徒としてもそれを非常に誇りにしています」と陳氏は言った。なお、医学部の付属病院には立派な仏間があり、氏は病院に来るたびに必ず仏間でお参りをする、とのことであった。

(以上 第一面)
(第二面)

 私は、その場で日本の仏教界が人間を縁起、無常、無我など釈尊の根本仏教の立場、更には、臓器移植は生命を延長せんとする自我的な欲望に基づくものであり、「いのち」の私物化、場合によっては、カニバリズム(人肉食)ではないか、として反対している仏教徒や僧侶が多い、と説明した。
 すると、話し合いに参加した一人が「確かに臓器移植によって長生きをしたいと願うのは自己中心的な欲望に違いありません。しかし、脳死と判定された患者の生命はそう長くないはずです。臓器を病に苦しんでいる人に与えることで、最後の布施ができるのです。移植を受けた人は、生命を頂いたことに感謝しつつ、生きていくことが大切です」と言った。
 次いで信者の一人が「台湾の仏教は大乗仏教ですが、僧侶は独身で、肉食は一切致しません。できるだけ、戒律を守るようにしています。台湾の僧侶と日本の僧侶とを比較しますと、台湾の方がより釈尊当時の教団の僧に近いと思います。一方、日本の僧侶は妻帯をし、肉食をしているようです。臓器移植について釈尊の根本仏教の立場から反対するのは何となく納得できません。もう少し違った点から考えてほしいですね」と言った。教員をしているものの、僧侶の一人である私にとっては痛い言葉であった。

 

“命の布施運動”も 韓国

 さて、韓国だが、仏教界は臓器移植にもっとも積極的な団体の一つとされている。
 私は、十月末にソウルを訪ねた。まず、現代仏教新聞社へ行き、用件を伝えたところ、近くにある「生命分かち合い実践会」の本部を紹介してくれた。
 この協会は“脳死状態での臓器提供を”をスローガンにさまざまな運動を展開している。理事長は修徳寺住職の法長師で、“命の布施運動”のプログラムを各地の寺院とタイアップして行なっている。会への入会誓約書(ドナーカードそのものではない)に署名することが仏教徒にとって慈悲の実践の最初のステップだ、としている。
 実践会によると、一九九九年に署名をした人の数は二千九百九十一人であったが、二〇〇〇年に入ると、署名者は急増して七月までに三千八百十八人が署名した、と話してくれた。このように増えた理由の一つは、やはり仏教界の積極的な運動の結果だ、とされている。また、臓器移植も二〇〇〇年になって増えているようだ。
 私は、たまたま延世大学の医学部の前を通ったが、「二〇〇〇年には二〇〇〇の臓器移植を」というスローガンが出されていた。実践会の人たちの話からすると、角膜や生体移植を含めて、今年は問題なく二千を超えるようだ。
 その後、韓国最大の宗派である曹渓宗の本山曹渓寺へ行き、関係者と臓器移植について話し合うことができた。まず、最初に聞いた言葉は、台湾で耳にしたものと同じであった。「日本の僧侶は妻帯と肉食をしているのに、、なぜ釈尊の根本仏教にこだわって反対するのか」という点であった。
 次いで彼らは、「人間の生命は無我で、業報による縁起的な存在だ。それゆえ、霊魂とか肉体は人間ではない、生命の源泉は業にある」とした。人間は死すべき定めにあるのであるから、脳死でも心臓死でも、あまり違いがない、と考えているようだ。従って、慈悲の実践になる、とする考えが支配的なようである。しかも、臓器移植は布施でも最も崇高なものとしているのである。
 もっとも、仏教界が臓器移植に積極的な理由はいくつかあるようだ。韓国には八十を超す仏教の宗派があるが、いずれもキリスト教にかなり神経を遣っている。公式の発表によると、一九九五年、キリスト教徒が仏教徒の数を超えた。特に都会ではキリスト教徒が急増している。仏教とキリスト教とが比較される場合、どうしても、社会的実践が間題になる。仏教徒は社会的実践が少ない、とされている。臓器移植運動は、どうも社会にアピールする一つの方法となっているようだ。
 次に指摘されるのが墓制との関連である。韓国社会は火葬に抵抗がある。特に儒教の伝統が強く残っている国であり、『孝経』に「身体髪膚はこれ父母に受く、敢えて毀傷せざるは孝の始まりなり」とあることから火葬に反対であった。また、一族代々の墓を守ることが当然とされてきた。ところが人口が増加し、土葬のみでは墓のために広大な土地が必要となってくる。当然、山林や農地が減少する。その結果、政府は火葬を奨励し、公園墓地や納骨堂が次々と作られるようになった。
 仏教界はもともと火葬を奨励し続けてきた。死者を火葬にするならば、その前に臓器を必要とする人に移植するのは極めて有意義であり、同時に布施の実践が可能となる、としているわけだ。

 

臓器売買などどう対応?

 台湾の場合、仏教界は臓器移植について賛成派が多いものの、積極的にそれをすすめていこう、とする動きはない。しかし、韓国では仏教界がむしろリーダーシップを取っているような印象を受けた。一方、臓器売買をはじめいろいろな問題があるようだ。それに対し、韓国仏教界は今後どのように対応していくのだろうか。

(以上)


 ◆ 石田註
  アメリカのキリスト教原理主義・AALは、脳死に絶対反対という声明を発表しているそうです。
  参照 → http://www.all.org/issues/eol05.htm

 上は、森岡正博氏(http://member.nifty.ne.jp/lifestudies/)からご指摘を戴きました。ありがとうございます。



 以上のリポートは、生駒先生のご快諾をいただきまして、こちらのサイトで公開させていただいているものです。(現在、「註」は石田です。)
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