はじめに
以下の論は、plastic ark という『ナウシカ』関連ページで知り合った「とけい」さんの ソウル・トゥ・ソウル というページに展開されていた、ちょっと大部な「ナウシカ論」(漫画版「風の谷のナウシカ論」)を読み、つらつら思い、わたしなりに考えた結果を「とけい」さんにメールで送り、それに加筆・修正した上でHTMLに変換したモノです。(とは言っても、ほとんど私信のままです。)
だから、以下の文書の中にある「1.」とか「2.」とかは「とけい」さんのページの論の番号に対応しています。それを知った上でお読み下さいね。もちろん、マンガ版の『ナウシカ』を読了していることが最低条件となります。クドくて申し訳ないけれど、本当にそれだけはご注意を。
1.
> 物語の本筋の殆どがナウシカの視点から描かれているため、
> ナウシカの行動の全てが、
> 読者にとって一見「正しい」ように感じるのでないかと思いました。
スバラシイ。その通りだと思います。
2.
> 「正しい」という概念は
> (1)一つの「立場」に立ちながら
> (2)ある「事実」を
> (3)一つの「価値観」に合っているか、合っていないかを判断するだけの行為、
> だと僕は思っている
おお。わたしの変な宗教論の「価値観」云々と似てると思います。
少なくとも同方向だと思います。
3-3.
> そして農作物を収穫するという事は、自然との競争によって得るのではなく、
> 自然と共に生きて、その恩恵をあずかっている事であり、それが7巻にある、
> “最後に残るのは詩と音楽と農作物である”という意味だと僕は思っています。
マユの中にいた新人類は肉を食わない人類だったのかもしれないなあ。
庭には家畜がおったけど、彼らの牧畜は肉を食うのが目的ではなさそうな気がする。
7-2.
> 彼らは旧世界の高度な知識を、外部の協力者(神聖皇帝など)を通じて
> 少しずつ汚染適応人類に教えていこうとしており、
> 汚染がなくなった時にはその身体を元に戻してあげようとしていた
わたしも、汚染適応人類を何故作ったのか、それがわからないです。
なんせ「旧人類は傲慢で傲慢でもうどうしようもない!」と思うくらいです。
8.
> そして、いずれの未来が人類に待ち受けているにせよ、
> 墓所が滅びた後も存在し続けるあの“庭”は、
> ナウシカや最初の神聖皇帝のように、
> 訪れる事のできる数少ない者達を、いつまでも待ち続けているはずです…
どうだろう? 庭は残るのだろうか?
なんとなく、墓所がなくなるのと同時に消えるような気がしてます。
いや、でもしぶとく残るのか。
そうなったら知識の集積所だから、役には立ちそうです‥‥。
12.について
「近代」が行き詰まってるのは明らかですよね。
しかしなかなかその価値観から自由になれません。
なれたとしても、近代的な自我を手放すわけには行かないし、
「古き良き」近代以前の生活水準に戻すことも、いまさら出来ない。うーん。
14.について
そうですね。「お前達は希望の敵だ」と言うのは構わないけど、でも、
そこでなぜ墓所まで武力行使に出なければならなかったのか。
ナウシカたちは墓所に言わせればきっと「野蛮」ってことになるんだろうから、
武力には武力でもって対抗するのが明らかです。
ならば逆に、墓所は「話し合い」という新人類が担うであろう穏和な性格をその
時点で固持し、そのやり方でナウシカたちとやりあえば良かったんだろうと思う。
だけど墓所の主は穏和でも何でもない。そんな奴に「おまえら戦争しすぎ」って
言われても「そうね。キミもね。」って言うしかない。説得力全然ない。
墓所のその不徹底さが自らを滅ぼしたっていうのは、身につまされます。
15.について
オーマは巨神兵の中でも特異なのではないかと思います。
巨神兵は、恐らく作られた当時は単なる兵器だったと思います。
なんであんなに賢いのか、理由が解らないけど‥‥。
ナウシカを見て「ママ」と言い、それ以降もまったく言いなりになっていた以上、
あんまり賢くないのかもしれない。ちょっと大きめの腕力を持った人間、
くらいな感じでしか捉えることができないです。
人間以上の知能も知性も持ってないと思う。以下でもないような気がするけど。
ええと。
生まれてから最初に目にした人間を「親」だと思い、
そいつの言うことを諾々と受け容れ、
言われたとおりに動いてしまうのが巨神兵なんじゃないか、と思います。
恐らく日本で作られた(商標が日本語‥‥少なくとも漢字らしい)
巨神兵が各先進国に売られ、
そのようにして各国の為政者を「親」だと思ったゆえに、
火の七日間が起こったのではないか、と思ってます。
(というか、今そういうふうに思いました。)
「オーマ」という名前を与えられたことによって、
脳に何らかのカタチでインプットされていた「オーマ=調停者」っていう記憶?
みたいなのがはたらいただけなんじゃないか、って思う。
‥‥感情的な言い方だけど、
オーマをそんなに持ち上げることは、わたしにはできないです。
‥‥でも、とけいさんのこの考え方とわたしの
「青き衣の者は、実は巨神兵かもよ?」ってのを絡めたら、
ファンの9割が否定するような、宮崎さんも笑い出すような、
とんでもないナウシカ論が出来上がりそうな気がします。
‥‥しかし、「青き衣の者は、実は巨神兵かもよ?」
ってのが現時点でも非常に苦しい机上の空論に過ぎない以上、
説得力は望めまい‥‥。
でも
> 映画や漫画の裏表紙にある、
> 巨神兵達が歩くあの有名なシーンというのは、
> “人間が起こした”戦乱の地に向かう「平和の使者」としての
> 巨神兵達の姿なのかもしれません。
これ、綺麗でステキです。
とけいさんの論から導かれる「16.」も物語的・教訓的にすごく綺麗です。
18.について
わあ。庭の賢いヒドラのこと、わたし忘れてました。
とけいさん『ナウシカ』ほんと好きなんですね。
クローンについては、問題ないでしょう。人間だと思ってます。
それを「作る」輩は問題にしますけど、
生まれて来る体細胞由来ヒトクローン個体は問題なく人間だと思ってます。
孫悟空の環をはめようとすること自体オカシイとわたしは思います。
「実はね、クローンは実用化されてるんだよ。お前は父さんのクローンなんだよ」
と自分が言われたとき、自分のアイデンティティがそれで破壊されるわけではない以上、
今後間違いなく生まれてきてしまうであろう
犠牲者としての体細胞由来ヒトクローン個体が人間か否かを論じるのは無意味な気がします。
何年先のことになるか解らないけれど、アトムやAIの彼みたく賢いロボットが実現した時に
彼らとどう接することが出来るのか、それはこのヒドラ考と同じようなところに行き着くと思います。
あるいは、遺伝子を操作して「人間未満」みたいなモノを作ったときに、彼らとどう接するか。
生まれながらの奴隷みたいな、ね。
庭のヒドラとは逆に、あらかじめ知能を少し弱く、腕力は強く、
そして「主人」に対して従順なモノを、
ヒト遺伝子を操作して作る。クローン技術も応用して大量生産する。
各家庭に一人そういうのを配置して、「人間」は家事から解放される。
危ない労働からも解放される。
ああ。あたまがエスエフしてる。
20.について(含21.)
「青き衣の者」という伝説は、うーん。そうでうすね。いつ出来たのでしょうね。
‥‥ジャンヌダルクでしょうか? 誰か歴史上でいたっけ、青いヒトって。
‥‥ヒトラーが青い服着てたら完璧かもなあ‥‥。
ありゃ? でも、ますます巨神兵も‥‥。
墓所を壊す判断はナウシカ、実際に墓所を壊した(マユを破壊した)のはオーマ。
でも奴(ら)はそんなに賢くないとわたしは思い続けている‥‥。
23-2.について。
クローン技術と遺伝子改変技術とはそのうちリンクしていくのでしょうけど、
体細胞由来ヒトクローン個体を作ることとES細胞培養によって臓器を作ることとは
まったく別の技術です。
ある人間の治療をするためにクローンを作る、
なんてこともあり得ないと思います。
科学と技術と倫理については、村上陽一郎の新作
『文化としての科学/技術』(双書 科学/技術のゆくえ)岩波書店や
『科学の現在を問う』講談社現代新書などをどうぞ。
さえき自身全然消化しきれてませんけど、かなり示唆を受けています。
ということで。長いなあ‥‥。
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