ミステリ

ラスコーリニコフの日 2003/04/20
ハサミ男 2000/08/19
鏡の中は日曜日 2003/03/27
バトル・ロワイアル 2001/03/24
女王の百年密室 2000/08/19
UNKNOWN 2000/08/19



ラスコーリニコフの日
佐々木敏 徳間書店 2003年
【週刊アカシックレコード】

ラスコーリニコフの日

 能弁な作者は二段組みで349頁も語ってくれています。決して「流れるような‥‥!」という描写が当てはまる文章ではないと思いますが、ストーリィそのものや登場する事柄同士の関係性など、語り掛けてくるモノがべらぼうでした。

 中身は、95年の国松警察庁長官狙撃事件に材を採ったフィクションです。誰が、何のために、長官を狙撃したのか。なぜ、8年経った今も未解決なのか。‥‥ノンフィクションならよくわかるけど、純然たるフィクションであるはずの小説にこんなにヤバい内容や仮説が展開可能だというのにはびっくりしてしまいました。深く広く、今まで考えたこともなかった話になってます。

 かゆいところに手が届くと言うか、手が届いたところがすべて事後に「ああ! そうか! 俺はココがかゆいと思っていたんだ!」と思ってしまえるようなと言うか、何というか‥‥。

 ヒトの書いた文章の内容を全部信じこんで疑えなくなるというのは愚かなコトであると思うし、怠惰なことでもあると思います。そして多分おそらく誰もがそのような(他者の文章を信じ込んではいけない、という)視点と意図で自分なりの「ふるい」を用意して文章を読解することが多いんじゃないかと思います。それで残る何かがあるなら、おそらくそれが文章のエッセンスの一部なのでしょう。そう考えると、この本のエッセンスは非常に骨太で、大問題です。(あまり疑えないと思っているらしい‥‥)

 論文のように厳密におさえるべきところと、エッセイのように適当に済ませるべきところが共存していて、かつ、こういう話では不可能なんじゃないかと思えるエンタテインメント性がしっかり現れていて、すごかったです。

 難しい本だと思います、ある意味では。そこがすごく楽しい。

 ※ 佐々木敏氏の公式サイトは【週刊アカシックレコード】です。
 ※ 執筆資料を探していて、田中宇『マンガンぱらだいす』【bk1】に出会ったそうです。

ハサミ男
殊能将之 講談社ノベルス 1999 bk1

ハサミ男

 タイトルと表紙の異様さから一時は買うことを躊躇った本である、と書くととんでもないウソになる。
 雑誌 『メフィスト』 の巻末座談会に参加した者をことごとくうならせ、なおかつメフィスト賞受賞の報を告げようとしたところ作者が行方不明になっていて出版が数ヶ月遅れた、といういわくつきの書であることを知っていたため、出版されていることを 『ダ・ヴィンチ』 で確認するとすぐ書店に走り、タイトルと著者を確認しただけで購入し、表紙も裏表紙も帯にさえも目をくれず読み出してしまった本である。読後感は 「すばらしい!!」 に尽きた。タイトルも表紙もちょっと変だ、と気付いたのは、他人に貸そうと思ってこの本をじっと眺めた時であった。

 いつしか世間から 「ハサミ男」 と呼ばれることになった連続殺人犯で、小太りで、どことなくオタッキーの香りのする、自殺願望のある、しかも××××である主人公が、自分の便乗犯の存在に気づき (そりゃ気付く) 真犯人を追い求める、というストーリーである。

 「ごめんなさい、偏見だってのはすごくよく解ってるんだけど、わたし小太りでオタッキーに見える男の人って嫌いなの、だからこの主人公も嫌い、表紙もタイトルもすごく変、だから楽しめないかも知れない」 と言った女の子に、 「でも試しに読んでごらん。すっごいんだよ」 と言って渡したところ、ほんの三日くらいで 「○○さんにも貸して良い?」 と嬉しそうに言われてしまった。

 何人かの知り合いに薦めて読んで貰っているが、わたしが薦めた本で誰も 「つまんない」 と言わなかったのは、この本と 『青春漂流』 くらいである。なんせ、すごいです。第13回メフィスト賞受賞。

鏡の中は日曜日
殊能将之 講談社ノベルス 2001 【bk1】

 ある意味では「『ハサミ男』の衝撃ふたたび!」だと思います。あそこまで完璧な心地よさではないけど、許容できる範囲の真ん中あたりなんじゃないかな。とにかく『黒い仏』で見放さずに待っていてよかったよ。

 第一章で展開される一人称の語り手の頭の中の風景に、ところどころゴシック体で「過去」がうごめきます。「過去」と「現在」のはざまで、とある事件が起こってしまう。そして第二章・第三章では、「過去」と「現在」がもっと重層して事件が起こり、謎解きが行われていきます(初版の帯には「かくて閉幕――名探偵、最後の事件!」「名探偵の死にざま。」とあります。わたしはこれが気になって仕方なかった)。

 「過去」や「現在」を真に受けても受けなくても、読み始めた瞬間から読者はもう著者の騙しの手口にはまっています。そして読んでる間は著者の手の内からきっとどうやっても出られません。良いじゃないですか、それで。

 「えぇっ? まさか!! また騙されてしまった!! 悔しい!!」と思わされるのが推理小説の醍醐味だと思われる方にはおすすめです。わたしにはストライクでした。  殊能氏、めちゃくちゃフェアプレイで感動しています。取材旅行(表紙見返し参照)ごくろうさまです。また心地よく騙してくれてありがとうです。

バトル・ロワイアル
高見広春 太田出版 1999 【bk1】

バトル・ロワイアル

 「これって推理小説なの?」
 うん??

 ……裏表紙そばの「From Editors」に

 作品そのものは、'97年3月には一応完成されており、その時点で、某社のミステリー小説賞に応募したところ、一次予選さえ通過しなかった、と聞きました。

 とあるし、また謎だらけだし、きっとミステリだろう。

 映画CMでは「殺し」の要素に焦点が当てられ過ぎていたが、実は非常に正統派なエンタテインメント小説である。比較しても空しくなるだけだが敢えてやってみると、本書の数文字は角川スニーカとか電撃とかの実に数億冊分に匹敵する(と思う)。味も密度も薄くて飲みやすければそれで良い、ってもんでは全然ないのである。傾向としてはビールもそうだと思うが、小説も濃ければ濃いぃ方がおいしいと思う。

 流される血の量は、慥かに半端ではない。スプラッタホラー系の小説が苦にならない人なら読めるかな、と思うくらいに流れる。だから無理には薦めない。

 しかし、上級のエスプリが随所で効きまくっている。また、表現も適度にねちっとしている。そして、作者は一切笑いながら書いていない(逆に照れまくってる)。筆はまったく滑っていない。落とすところは確実に落としている。……殺しの要素は単なる人寄せだろう。
 大きな音や静寂や、淡い恋や濃いぃ恋、とおりいっぺんの友情や堅い友情、ココロの葛藤や遮断、経験や思い、昨日とか今日とか明日とか、笑みとか涙とか、……そういうのが実によく描かれている。
 わたしが特に気に入ったのは、ときおり圧倒的な範囲で響きわたる静寂である。これはちょっと予想できなかったな。

 殺戮の舞台では担任の先生が変更になる。その名前が「坂持金発」(裏表紙に書いてあるし、謎解きにもなってないよね?)。わたしあの有名なドラマを一回も見たことなくて、「肩口まで、まっすぐ髪を伸ばしている」という記述を見ても、顔がずっと映画CMに出てる北野武でした。

 そういうぼーっとした読み方でも大丈夫、全然楽しめます。

女王の百年密室
森博嗣 幻冬舎 2000 【bk1】

女王の百年密室

 この本は著者に敬意を表し絵画のように飾るべき本である。もちろん冗談である、作品をふまえた上での。

 わたしは、純文学を推し進めるとSFのように、SFを推し進めると純文学のようになるような気がしている。なぜならわたしは、純文学は現実の世界から不要なものを捨象した姿として提出される著者独自の世界観の反映、あるいは同様の手続きを経て著者が描き出そうとしている一つの世界、そういったものだと考えるからであり、逆に、SFはしばしば何もない世界に科学的な空想をゼロから積み上げて作られるものであると考えるからである。方向が180度異なっているものの、両者は実は似ているのではないだろうか。

 荒唐無稽で無前提な馬鹿騒ぎをする純文学が存在しないように、実はそのようなSFもSFとしては存在しない。それは単なるファンタジーであり、サイエンス・フィクションではない、と思う。具体的に言えば瀬名秀明の 『パラサイト・イヴ』 や 『ブレイン・ヴァリー』 は途中までSFだが途中からはファンタジーであり、鈴木光司の 『ループ』 は完璧なSFである。わたしはそう考えている。

 対し、推理小説は、現実をひとまずまるごと肯定してから紡ぎ出される物語である。著者は何事も捨象せず、現実のさまざまな約束事をすべて踏まえた上で世界を組み立てざるを得ない。犯人や殺人の原因が読者によく解るもの、あるいは「気付かなかったけど、それしかないわ」と思わせるものであるためには、そうせざるを得ない。だから、純文学やSFで推理小説を兼ねるものは、なかなか作りにくい。
 この困難を克服した 『女王の百年密室』 は、純然たるSFであるにも拘わらず、読み応えのある推理小説でもある。無前提なところから 「実はこうでした」 と言われても困るが、張り巡らされていた伏線によって何となく解っていて、あるいはイヤな予感がしていて、そして 「実はこうでした」 と言われるのは良いと思う。

 問題は、読後に思うだけなのだからほぼ気付くことは不可能であるのだろうが、本を閉じて立ち止まり、じっくり考えれば気付きそうな 「謎」 なのに、先が気になって気になって考える余裕がないままに読み進めてしまうことが多いわたしである。何を書いても面白い人ってのは、いるんですね。

 面白い推理小説と超面白いSF。これでも十分だが、もしも妖精の実在を信じていたら、森博嗣はますますコナンドイルみたいだ。ファンの圧力でいやいやながら萌絵のシリーズを再開させられたらこれはもう完璧である。

 実はちょっと期待している。賢くてカワイイ美人って大好きなので。

(手直し 2000/08/22)  

UNKNOWN アンノン
古処誠二 講談社ノベルス 2000 【bk1】

unknown

 自衛隊の内部を題材とした、かなり異色な推理小説。現在そのままの自衛隊が舞台となっているため、派手な戦闘シーンや秘密作戦実行シーンなど、ハリウッドで作られる戦争映画やトム・クランシーが書く数々のライアン作品に見られるような 「手に汗握る」 火薬臭いシーンや血なまぐさいシーンは皆無である。

 物語は、海沿いのとある自衛隊駐屯地内部で起こった 「盗聴」 という決して許されない事件をめぐり、表向きは 「保全点検」 の名目で派遣されて来た調査官と、そのサポート役に抜擢された若き自衛官との人間味溢れるやりとりを軸として静かに進行していく。冒頭で告げられる信じられぬ事件、仰せつかった大役、 「キャリア」 的な、しかしふんわり柔らかな雰囲気を持つ調査官を補佐しての内部調査、推理、思わぬ解決を通し、主人公は一人の人間・一人の自衛官として、確実に成長していく。

 わたしの実家の付近には陸自第五師団と、その演習地がある。家の前の幹線道路を自衛隊の車両が列をなして走り抜ける (最近は大きな車に積まれて走っているが昔はゴムのキャタピラを履いた戦車も通っていた。本当です)。 手を振る小学生のわたしににっこり微笑んで手を振り返す彼らは非常に優しく格好良く頼もしく見えた。しかし彼らがどんな生活をしているのか、当時のわたしも今のわたしもほとんど知らない。

 この国に暮らす大多数の者にとって、自衛隊は巨大なブラックボックスとして機能しているのではないだろうか。 『戦国自衛隊』 や 『右向け左!』 に登場する自衛隊からは端っから純然たるフィクションの匂いが立ち昇っている。だが、この作品に登場する自衛隊は、憲法9条やサヨクから厄介者のように扱われながら、しかしそれでも平和ボケしているこの国を実質的に守るために存在している、現実の、あの自衛隊である。その苦悩も含めて、この本は、わたしには非常にリアルに感じられる。

 それにしても読後のこの爽やかさ・清々しさは一体どうだろう。 「本格」 や 「新本格」 の推理小説ばかり読んでいては人間が荒むかもしれないと強く思わされる一冊である。第14回メフィスト賞受賞。