牡牛のTRPG総論 2010年10月号




『TRPG本論 その3――判定とダイスロール――』




2010年10月05日
牡牛(orshi2004*at*hotmail.com)
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前回では、

  ・「アクションゲーム/対戦SLG/育成SLG」における、資源管理の違いをを分析する
  ・その分析をCRPGに向けると、それらのデザインが混同されてどの資源管理としても機能しないため
   PLに欲求不満を与えやすい
  ・この視点を類推することで、TRPGにおけるトピック、問題プレイや
   F.E.A.R.系のシステムデザインの方向性が見えるのではないか

と論じましたが、今回はこの3つ目、TRPGにおけるトピックとして、“判定”を検証していきたいと思います。



1、判定のイメージと、TRPG像の分裂

「ダイスロール&修正値」によって、PCの行動の「成功/失敗」を決定する判定は、TRPGにおいて“行動処理の基本”とされています。

  ・ハリウッドアクション映画におけるアクション
  ・アクションゲームにおける「アクションの成功」
  ・ダイス+修正値における「判定成功」
  ・育成SLG

などを「元ネタが同じアクション=互換可能」とみなすことを前提として、
[ソードワールド型]のようなシナリオ作成手法の工夫がなされてきたんですから、これを1つの基本と言っても良いでしょう。

この“元ネタの違い”が、答えが分裂・錯綜している原因のように思えます。


(1)「成功/失敗」とアクションゲーム

行動結果を「成功/失敗」に分けるのは、おそらくアクションゲームから連想される発想です。
アクションゲームには、PCがライフを失ったときにビジュアルと音とで“失敗を強調する”演出を入れることで、
PL自身の成長を促そうとする目的意識があります。

勿論これは「アクションゲームの資源管理では、PLの操作が殆どを占める」から、失敗を煽るのであって、
その場でどうにか出来るシステムでなければ「成功/失敗」と煽るのは逆効果です。
後述する対戦SLG・テーブルゲームでは、“失敗の起こらないシステム”が多く採用されています。
モノポリーでも麻雀でも将棋でも、1人だけでプレイすれば概ねクリア出来るシステムにしておいて、
そこに複数のPLが参加して、“成功の程度差”によって勝敗・順番をつける訳ですね。

TRPGをアクションゲームと主張する人は皆無でしょうけれど、にもかかわらず存在する
「成功/失敗」という“アクションゲームの枠”は、何かにつけ大きな影響力を発揮しているのです。


(2)ダイスロールとアクションゲーム

「判定:ダイス+修正値」という枠で考えたときに、理論上アクションに分類される部分があります。
それはダイスロールを資源管理のメインに置く、「ダイス目を操ろうとするアクションゲーム」という立場です。
カジノディーラーを想像すれば、ダイスロールを習得すべき技術・クリアすべき課題として考えるのも変な発想ではありませんし、
これであれば、「PCの行動結果=PLの資源管理の結果、PLの責任に帰すもの」と捉えても良いでしょう。

ですが、TRPGがそうしたダイスを操作する遊びだ、と答える人には、まず出会いません。
TRPGでは、ダイスを「完全ランダムなもの、PLが管理出来ないし、責任を問えないものだ」と考えているPLが殆どだと思います。
一方で、「ファンブル:ダイス目を原因とする判定失敗」をすると、PLは自分の責任だと感じがちですが、
それは「判定=PCの行動結果=PLの資源管理のミス」というアクションゲームの考え方と誤認しているからでしょう。



ダイスロールを資源管理に含まれないものとして差し引けば、残るのは“修正値を主とする立場”、育成SLGと対戦SLGです。
その2つのどちらであれ、PLの資源管理で「成功/失敗」を決めさせるのが本来であって、
従であるダイスの出目が「クリティカル/ファンブル」だといって、資源管理を覆すのは、本末転倒と言えます。


(3)PCパラメータと育成SLG

ダイスロールを差し引いて残る“修正値を主とする2つの立場”のうち、育成SLGは「PCパラメータ」を主とします。
これは「パラメータだから育成SLGだろう」という程度のもので、本来の育成SLGとは大きな違いがあります。

本来の育成SLGは、スポ根にしろ恋愛・ギャルゲーにしろ

  ・「シナリオ分岐から逆算して、フラグを育成システムに組み込む」という作成手法のため、
   GMのシナリオが先行し、SDのシステム作成を統括・兼任する制作体制を必要とする
  ・PCの育成に伴う変化を、「NPCからのリアクション・人間関係」の変化で強調し、PLに読書的に観賞させる
   ツンデレのように、「フラグの前/後、スタート/EDの落差を強調する演出」と相性がよい

という形式になります。読書的なプレイですから、当然、1人用ゲームを念頭においています。


ところがTRPGでは、育成をセッション前の“キャラ作成”に集中しており、
セッション外のそこでは「PCの段階的な変化と、それに対するリアクション、シナリオの展開」が発生しないのです。
これにより、育成SLGとしては機能しません。


で、元々のコンセプトが「育成以外の資源管理を排除してしまう」ので、セッション中のPLの作業がダイスロールだけになり、
PLは必然的に「お地蔵さんプレイ」同様、見てるだけにならざるを得ません。

もちろん、ゲームをしていればPLは驚いたり面白がったりとリアクションするでしょうが、
それはゲームシステムとして介入しない雑談レベルで、友人のCRPGのプレイに突っ込みを入れるのと一緒。
「何をやっても楽しめる仲間と、ダラダラと暇潰しする遊び」という学生仕様に限定されてしまいます。
「限られた時間で、コストパフォーマンスを求める遊び方」としては機能しません。


育成SLGのGMとして注意すべきは、「戦闘の工夫・ゲームバランスの追求をしないこと」です。
育成SLGを、アクションや対戦SLGと混同してはいけません。

アクションや対戦SLGは、PLが対応するための手段がゲームシステムとして用意されて
「GMがネタ振りした状況・課題に、PLがどこまで対応できるか」というシステムです。
一方、育成SLGは、PL側に対応する手段を与えず、
「PLの選択肢に対し、GM兼SDがどこまで対応できるか」という、GM主体のシステムなのです。


(4)ウォーゲーム

ウォーゲームの資源管理は、アクション同様の「移動におけるポジショニング・タイミング」を複数トークンで行います。
単独トークンでは不可能で、複数トークンで可能になることと言えば、トークンを分割して行動を行わせる点がポイントですね。
戦国時代の川中島の合戦のような、「軍勢を二手に分けて移動させる vs 軍勢を分けずに各個撃破を狙う」対抗形が1つの典型で、
分割したユニットが合流するまでは後者が有利に攻め、合流後は前者が巻き返す、という展開に焦点が当たります。

こうしたウォーゲームでは、“二手に分ける=戦力を分割する=ユニットの一部を別行動させる”リスクがPLにとって明白なため、
「リスクをPL双方が回避して、膠着状態に陥る」のが、最大の問題となります。
勝敗もつかず、次のゲームにも移れない「膠着状態=進行の停止」を避けるには、以下のデザインが必要不可欠となります。

  ・分割のリスクに見合うだけのリターン、戦力を向上させる利益を設定する
   理由づけは、バックアタックによるダメージ増加、補給線の遮断、など何でもよい
  ・その利益は、ユニットの移動で得られるよう、マップ上の地点に設定する
   ユニット配置、地形などで、分割のリスクがおよそ何ターン続くのか、明白に見積れるようにする
  ・地形やZOCのように、移動を支援・妨害する手段(PLの資源管理)について設定する

ウォーゲームにとっては「移動の資源管理」がメインで、それを機能させるように、トークンその他の要素がデザインされており、
そのため、移動距離や射程などは「ボードのマスを単位として管理する」のが、このジャンルの基本です。
それに対してパラメータは、分割によって崩れる戦力バランスに影響する“静的な1要素”ではあるものの、
「資源:ゴールに近づくために、PLがそれを能動的に管理・操作する対象」にはならないのです。

こうした一連のデザインを持たないものは、ウォーゲームとしては落第でしょう。


加えて、もう少し突っ込んだ話をするなら、
ウォーゲームのように盤全体を使うゲームでは、「全体の優劣と、局所・部分の優劣の乖離」が必要です。
ある局所の勝敗が全体の趨勢を決定づけることもあるし、反対に捨て石となって敵の戦力を惹きつけるための局所もある。

将棋では、全体で駒損しても、敵玉の周囲でだけ勝てば良い。
勝利条件を“局所的な勝利”とすることで、全体劣勢からの逆転を可能にしています。
囲碁では、石の生死のような局所での好手が、周囲との関係で悪手になることがあります。

それに対して、ウォーゲームの多くが採用する「1ターンに全ユニットを行動させる」「勝利条件は全滅」、
またRPGの多くが採用する「パーティは常に団体行動」「移動は前列・後列のみ」などのデザインでは、
全体の優劣だけが問題となり、“局所”が生まれにくいのです。

そのため、1度劣勢になると戦力差が広がるだけで、逆転する手段が少なく、
「優勢から勝利」までの過程が、作業化してしまうのですね。


(5)対戦SLG・テーブルゲーム

対戦SLGには、「PCパラメータ以外の“第3の要素”を用い、セッションのその場で資源管理してゴールに近づく」という特徴があります。

余談ですが、第3の要素を視覚化したものが、テーブルゲームにつきものの“付属物”で、盤・トークン・トランプ・チップなどですね。
PL全員が管理する資源ですから、全員が手に取りやすいテーブル上で扱いたいし、モノに機能を付与してほうが、プレイアビリティが高い。
そうしたゲームシステム上の要請から、付属物は作られているのです。

ウォーゲームにおける“移動”は第3の要素の1つですし、ボードとトークン(盤と駒)はそのためのデザインです。


TRPGでは、ソードワールド・Aの魔法陣など「PLの提案で有利な修正値を得るルール」が有りますね。
固定的なパラメータを従とし、「どの要素を修正値に変えるか」を資源管理のメインとする手法です。


(6)ダイスゲーム

最初には挙げませんでしたが、ダイスゲームもやってしまいましょう。
ダイスロール自体が資源管理にならないため、ダイスゲームにおける資源管理はダイス以外の部分にあります。
「ダイスゲームは、ダイスを主とするゲームではない」のです。

例えば、ベット、賭ける金額ですね。
普通のゲームのプレイでは、資源管理によって「勝率そのものを高め」ようとしますが、
ダイスゲームでは勝率をそのままに、「小さく負け大きく勝つ」ことに重点を置いたデザインとなっています。
TRPGをダイスゲームと考えるなら、賭けに勝って稼いだ額に比例してシナリオが進展することになりますが、
TRPGには賭けるべき資源がありませんし、シナリオで進展を管理しているGMとバッティングするのも明白です。

また、ゲームにおけるランダマイザーは、ポーカーの手札・モノポリーの1〜2周目のように初期配置に運不運をつけるものが主流です。
まずダイスを振っておいて課題や初期条件を確定して、そこから資源管理(=PLの腕)をしていく、という順番ですから、
TRPGでいうなら、ダイスを振ってからヒーローポイントなどを投資するのが本筋です。
ポーカーのようなブラフによる心理戦でも、ランダマイザが先行する構造は基本的に変わっていませんね。


これらも含まない本当の運任せは、家族でやる双六のように「大人が子供に負けてあげる」ためのものだったり、 賭博のように「正面から努力する気のない人が縋る」ためのものだったりします。
双六のように「何の準備もしない人たちが年に1回取り出してやるゲーム」なら、これでも良いのですが、
サークルを作るなどして毎週・毎月と遊ぶゲームとしては、明らかに訴求力が足りません。



2、「判定の失敗」で考える、資源管理と進行

ここでは「資源管理とは異なる、判定の欠点・バグをつぶすには」を考えていきましょう。
判定の問題と言えば、「判定の失敗をどう捉え、どう対処するか」というトピックが古くからあります。

  イ、TRPGで推奨されているシナリオ作成手法は、シナリオの「進展/停止」を判定の「成功/失敗」に置き換えさせる
  ロ、ダイス運に従って、一定確率で判定失敗が起きるよう、SDがデザインしている
  ハ、判定のリトライが禁止される、役割分担によって他PCによる再判定が難しいなど、失敗のフォローがしにくい

などの条件があって、これらのうちのどれか、あるいは組み合わせが悪い、という言い方もできるでしょう。


ダンジョンアタックではこの種の問題が起こりにくいですが、それは戦闘が次ターンでのリトライを許すからです。
例外は、ダイス1発振りで盗賊が鍵開けを失敗して「扉が開かず、その奥に進めない」ケースですね。

CRPG、例えばドラクエに出てくる鍵のついた扉は「後で通れる(鍵を探せ)」という情報であって、
TRPGのように「課題としてPLに挑ませる=確率に委ねる」ような扱いをしていないことは、すぐ理解できると思います。


これを“資源管理/進行”の違いとして一般化しますと、以下のようになります。

  資源管理
    ・ゴールまでを多段階に分割して複数回のトライを設定し、小さな成功を積み重ねる
    ・小さな成功と対にすべきは、小さな失敗であり小さなペナルティである

  進行
    ・資源管理に入らない部分で、例は以下のとおり
      ・システム的な進行‥‥‥‥ダイスロール、ダメージ計算など、PLの選択を伴わない事務処理
      ・非システム的な進行‥‥‥状況説明、シナリオの進展
    ・進行の停止はゲーム終了=致命的なペナルティであり、資源管理の成功とは釣り合わない

つまり混同により、「小さな成功と致命的な失敗をセットにしている」のが問題であり、
「失敗して良い/マズい状況」の区別がついていないのが問題なのです。


馬場さんのセッションハンドリングでは、

    タイムスケール管理‥‥‥‥資源管理の処理
                 成功は成功、失敗は失敗というのが基本姿勢
    マルチステージ処理‥‥‥‥スリルを強調する演出的な処理
                 失敗しても、成功するまでリトライを許す

の2種類の処理手法を挙げていますが、これは実際には2つで1つ、
「成功すればそのまま資源管理として扱い、失敗したらリトライに切り替えて振り直させる」、混同を利用した“ゴマカシのテクニック”です。
同様のゴマカシの例としては、PL側のリアクションにおける、
「成功したらそのままシリアスに、失敗したらコミカルなハプニングとして笑って済ませる」という後付け演出もありますね。


「資源管理がなく、判定が運まかせ」「判定に失敗したらシナリオを進められない」というシステムがある限り、リスクは再生産され続けます。
誤魔化して“見なかったフリ”をするのはその場しのぎにはなりますが、問題を放置したままでは徒労というものでしょう。

ゲームにおいて本来PLを悩ませ楽しませるもの、そのメインとなる資源管理が機能しないために、
ここに至って「判定は忌避すべきもの」と受け取られるように変わってしまいました。



3、新たな資源を用いるプレイと、F.E.A.R.系における根本的解決

繰り返しになりますが、判定のゲームデザインは、“資源のない無力なPLと、資源の尽きない強力なGM”という権力格差を強調してしまいます。
そしてTRPG論においても、「好き勝手するPLを無力化することが、GMのハードルを下げて、TRPGに人を集める」と書かれ続けてきました。

このような意味で、TRPGは長らく「多数のPLを無力化して観客とし、1人のGMの仕事を観賞し称賛するゲーム」を目指してきました。
馬場講座のようにGM側の攻略法だけが語られ、PL側の攻略法などなかったのが、その証拠です。
キツい言葉を使うなら、「GM1人しか遊べないゲーム」と言ってよいでしょう。


そうした抑圧は、ハプニングと笑いを中心に「GMから解放されたい」「GMを困らせたい」と期待するPLの土壌を培ってきました。
「ダイス目は絶対」とこだわって“大惨事”を歓迎したり、ルーニーのロールプレイであったり、パロディであったり。

腹筋運動だからでしょうか、笑いの要素は長続きしません。
瞬間風速のように、その場の空気を強く支配できる一方、その持続力は非常に弱い。
お笑いではその欠点を埋めるために、ギャグは数で埋めて、コントはストーリー要素でつなぐ訳ですが、
3〜4時間かかるTRPGセッションを、笑いだけで埋めることは不可能です。



こうした状況でPLが求めてしまうのは、まず判定のリスクを回避すること、判定なしで進行させるシーン制でした。

そして資源の使えない判定の代わりに、成功を保証してくれる“何らかの資源”です。


1つ目は、「D&DにおけるDMとシーフの化かし合い」のような、PLによるGM言いくるめです。
ゲーム中の描写をネタに、自分の教養を資源として利用できるトークに主戦場を移している訳ですね。
また判定のリスク回避の一面と、上記した“PLのGMいじり≒軍曹の新兵いびり”的な一面も持っています。

同様に、TRPG論でみられる「再現性」による評価も、教養をトークの資源として利用するものと考えられます。
トーク本位の姿勢であって、ゲームを改善していく姿勢にはつながりません。


2つ目は、NPCとの信頼関係(≒人間関係、コネクション)です。
パーティプレイでは「依頼者NPCがPCを雇う」形でGMがPLをコントロールしますが、キャンペーンではその逆、
PCの動機・設定をシナリオフックにすることで、GMのシナリオ作成をPLが遠回しにコントロールすることが出来るのです。

PL側がそれを後押しするには、「PCが依頼者になってNPCに働きかける」というのが、手堅い手法でしょう。
PCが所持金を支払ってギルド等に依頼してもいいですし、以前のセッションで登場したNPCを生かせればベターです。
ソードワールドなど、キャンペーンで所持金が余りがちなシステムでは、特に有効だと思います。

もっとも、交渉技能によって「判定」の枠にとらわれれば、それも台無しでしたし、
シナリオの大枠でのコントロールは出来ても、「判定において使用・消費できる資源がない」問題は、依然として未解決でした。


そして3つ目が、F.E.A.R.系における、ゲームシステムの見直しです。
   ・ランダムなダイスから、PLが管理出来る固定値のトランプに移行する‥‥‥N◎VA、カオスフレア
   ・ファンブルを廃し、達成値をヒーローポイントの消費量に比例させる‥‥‥‥天羅
など、「セッションのなかで獲得し、判定での支払に使える“管理資源”」が明確に定義されて、完全に解決されました。

F.E.A.R.系の評価は、まず第一にこうしたゲームデザインの視点から(≒ゲーム的に)されるべきです。
それまでのTRPGの判定が、デザインに一貫性のない、悪い意味でのパッチワークだったのに対し、
「MPとコマンド魔法=貨幣と買物モデル」をメインとし、伝統的なボードゲーム・モノポリーの系譜に立ち戻っています。
ハンドアウトやロールプレイは選択オプションで、こちらが基礎となる必要不可欠なデザインである点を間違わないで下さいね。



判定のような“基本的な処理”は、シンプルでありながら「何をするにもついてまわるもの」です。

これまでたくさんのGMやPLが“新しい遊び方”を工夫して試してきましたが、
モデル・雛型として参照される判定がPLの手足を縛っている限り、問題は解決されませんでした。
馬場さんや高橋さんはそれぞれのコラムで、TRPGのセールスポイント(独自の魅力・長所)を模索するとともに、
「着地点としてのゲーム」を挙げましたが、そこで従来の判定を採用していては、ほとんど差が出ないでしょう。


ゲームデザインという道具は、それぞれに特有のアルゴリズム(プレイの仕方、攻略法)を帯びています。
というより、道具は「アルゴリズムに従って出力する」ように出来ています。

家庭用ゲームのコントローラーが、ゲームセンターの筺体から「十字キー/行為ボタンのオンオフ」を受け継いだのは、
アクション=運動が「空間/時間=画面中のポジショニング/ボタン押しのタイミング」の2要素に対応しているからです。
一方、ADVやRPGでの「多数のコマンドを階層状のリストに収納して、カーソルで選択する」という作業に対しては、
家庭用ゲームのコントローラーはまだるっこしく、PCのマウスのほうが使いやすいですね。

GMやPLが、自分のやりたい事を実現するには、それに対応するためのゲームデザインが必要です。
「使い方を知らなければ適した道具を選べない。したいプレイをするためには学習が必要だ」
それだけの単純な話なのです。





 この記事はScoops RPGを支える有志の手によって書かれたもので、あらゆる著作権は著者に属します。転載などの連絡は著者宛てにしてください。

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