牡牛のTRPG総論 2010年 5月号




『TRPG本論 その2――CRPGは成長のゲーム?――』




2010年01月25日
牡牛(orshi2004*at*hotmail.com)
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今回は「CRPGにおける戦闘の位置づけ」について、論じていきます。

改まってこう書くと、なんとなく戸惑ってしまう人もいるんじゃないかと思います。
「そりゃ経験値を得て、成長するためでしょ。
 戦闘→成長のサイクルって、自分でも書いてるじゃん。
 それがCRPGのお約束、常識でしょ?」
って。

確かに書きましたが、心の一方で
「そうは言うけどさ。なんか理屈が通ってないというか、噛み合わないんだよ」
と違和感を感じてもいました。
ならば、この「CRPGの常識を疑ってみようか」という訳です。


概要としては、分析の補助線として“インタラクティブ性=相互作用”を交えながら、
アクション/対戦SLG/育成SLGの3つを、モデル化して比較検討していきます。



1、アクションとPLの身体

“インタラクティブ性=相互作用”は、ゲームの典型的な特徴として古くから使われてきました。

論拠として引用される一方、インタラクティブ性という言葉の使われ方もまた多義的でした。
コスティキャン馬場コラムの取り上げ方には、
「ほかに論拠がないからって、何でもかんでもインタラクティブ性に結び付けてんじゃねーよ」
というニュアンスがあります。

とはいうものの、多義的にしてしまう側の言い分もあります。
相互作用とは「2つ以上の要素のあいだで働く作用」なのに、その「“相互”の中身」を具体的に定義しないことが原因なのでしょう。
その内容を入れ替えれば、大抵のことは語れてしまいますから。
まずはこの中身の違いによって、場合分けするところから始めたいと思います。



スポーツは大まかに言って身体能力で課題をクリアするものですが、「競争/試合」の分類と、「出力/制御」の志向による分類とがあります。

競争は、陸上・水泳に代表されるような、記録で競うタイプです。
他PLを直接邪魔することが出来ない(orしにくい)ため、自分との戦い、限界への挑戦、というニュアンスが強くなります。
にもかかわらず、1ヶ所に集めて競わせる形式を採っているのは、「環境条件の公平さ、審判のしやすさ」の2点からでしょう。
「より速く、より高く、より遠くへ」という出力志向が強いものは、ほぼ競争になるようです。
アーチェリー・体操・フィギュアスケートなどのように、記録を競うもので、制御志向を追求するものもあります。

思うように動かない自分の身体をどうするか、「心と身体」の相互作用がPLの課題となります。
それをシステムとして支えるのが、「練習・経験によって学習・成長する人間の身体」です。
PLの身体を、外付けのシステムと見ているのですね。


試合は、球技と格闘技に代表されるような、他PLと対戦して優劣を競うタイプです。
自分の身体の出力・制御に加えて、「他PLをどう制御していくか」という要素が加わります。
F1や競艇などのモータースポーツは、競技であるマラソンにも似ていますが、コース取りで他PLを邪魔することの影響が大きい点で、こちらに含めるのが適当でしょう。

こちらでは、思うように動かない敵PLをどうするか、「自分と敵PLの相互作用」に焦点が当たります。
球技、例えばテニスでは「ボール」を通して敵PLを前後左右に振り回し、チャンスを広げますよね。
格闘技では、ボールの代わりに「双方のPL自身の身体」を利用して、敵対PLをコントロールします。



次に、コンピュータを用いたアクションゲームはどうでしょうか。

アクション系ゲームは、出力(例:パンチ1回・弾1発のダメージ)が規格化されて、制御志向のスポーツに近づきます。
対戦のないACT・STGは競技に近く、対戦格闘・FPS・落ち物パズルなどは試合に近いですね。
海外では、これらアクション系ゲームにRTSを加えてエレクトロニック・スポーツ(eスポーツ)と呼ばれてもいるそうです。

ここでのポイントはインターフェイス*1にありまして、
コンピュータの“映像出力”と“反応の速さ”の2つが「仮想的な身体との相互作用」を可能にしています。
乱暴に言えば「アクションは、コンピュータメディアと不可分である」ということ、
「コンピュータの処理能力は、アクションに貢献しやすく非アクションには貢献しにくいだろう」ということですね。



これに対し、ボードゲーム・SLGなどでは、「アクション=学習し成長する人間の身体」を禁じています。
SLGでは「アクションを排除して“試合”に集中させたい」という側面もあるでしょうが、
身体という外付けのシステムがなくなる以上は、それに代わるものが必要となります。



2、対戦SLGと流動資源、育成SLGと固定資源

次に、SLGのなかで「試合/競争を区別するのはゲームシステムのどの点にあるか」考えてみたいと思います。

ここで注目したいのが、「スポーツにおける試合が“球技・格闘技”に代表される」点、
そしてシステムとしての“ボール”です。

PLの1手ごとに状況が変化し局面が複雑化していく(インタラクティブ性)、
実際にゲームをスタートしてみないと状況が決まらない(ダイナミズム)、などのゲームらしさとされる特徴は、
ボールのような「複数のPLが利用できる資源」が存在して成立するのではないでしょうか。

これを会計用語の流動資産をもじって、「流動資源*2」と呼びたいと思います。


では、対戦ゲームにおいて、実際どれが流動資源に当たるのでしょうか。

最も判りやすいのは、カードゲームにおけるカード、トランプ・花札・麻雀牌などです。
山から引く、捨て札を拾う、などして手札を入れ替えられるタイプが典型ですね。

SLGならば、将棋・チェスではボード(敵との距離、位置関係)、ウォーゲームではマップ(地形効果)です。
ボードゲームにおける盤などの「“場”に属す資源」とまとめられるでしょう。


一方、流動資源に対比するような、「自分1人だけが利用できる資源」を固定資源と呼ぶことにします。

ネーミング元である固定資産は、土地や生産設備など繰り返し利用できる耐久財を指すのですが、
CRPGジャンルで使っても減らない資源というと、「ステータスパラメータ」の殆どが該当します。
筋力・敏捷‥‥などのパラメータは、戦闘中に変動しないし、成長では上がるのみで下がりません。
使っても目減りせず、維持費もかからないのであれば、パラメータは大きいほどダイレクトに“有利”となります。

こうしたパラメータのなかでも働き方が違うのが、移動力とMPです。
この2つは大きいほど“便利”ですが、それはダイレクトに“有利”になるからではなく
ターンごとの移動・魔法使用にあたって「選択の幅の大きさ」を与えてくれるからなのです。
めいっぱい移動すること、最大消費の魔法を使うことが、いつでも最適解になりませんからね。
とはいえ、この2つにしても「リスクか、リターンか」どちらか一方だけでトレードオフになりにくい点は否めません。


「説明が抽象的すぎてピンと来ない」という人のために、PC寄りの視点から、もう少し説明しましょう。
この2つの違いは、勝敗を決めるのに「他力と自力、どちらに重きをおくか」という志向性の違いに例えることが出来ます。

他力志向のゲームは、自分と敵のトークン以外の“場にある第3の要素”を利用し味方につけることに重点をおきます。
第3の要素が複数あれば、そのうちどれを取るかでトレードオフが生まれますし、
また単純に有利さを取るだけでなく、取りに行く相手の行動を狙って逆用するなど、読み合いの駆け引きも生まれます。
第3の要素を絡めた+αで「弱いPCで強い敵に勝てるのが面白いゲームであり、PLの腕の見せ所」という訳ですね。

自力志向のゲームは「敵に左右されない、自分の強さを求める」という発想ですが、
これは「成長→戦闘」といった育成SLG的な構成に近づきます。
スポーツものなら「練習→試合」、恋愛SLGなら「SLGパート→イベントパート」ですね。
成長によって変化をつける。そこでフラグを立てシナリオを分岐させる。PLの選択肢はそこにある、という事になります。
試合=戦闘はその成果の確認だから、選択肢がなく単調でもよい、イベント的にさっさと終わらせて良いのです。



3、CRPGと育成SLGの違い

アクションと対戦SLGでは、トークンのみではクリアしにくい戦闘の課題に対し、
クリアのための+αとして「PL自身の成長」「場にある資源」が設定されています。
これを考えるのが、資源管理の内容になっているのです。

育成SLGでは「成長→戦闘」と構成されていますが、戦闘が課題になっていない点がアクションや対戦と違います。
試合の勝敗を、選択肢とすることはあっても、ゲームオーバーにはしない。
練習の蓄積に重点をおく育成SLGは、こうして成長を保障します。

この順番は、育成SLGとみなされにくいTCGの「デッキ構成→デュエル」でも守られています。
いうまでもなく、成長=デッキ構成に重点があるからです。


さて一方、CRPGは「戦闘→成長」と、戦闘で負ければ成長できずゲームが止まってしまいます。
これはアクションや対戦と同じく、戦闘を課題として捉える構成です。
にもかかわらずCRPGの戦闘は、育成ゲームと同じように単純にトークンの強さを比べあいます。
それが成長を重視する育成ゲームの本来のコンセプトだからです。

この構成のズレが「噛み合わなさ・違和感」を感じさせていたのでした。


「PL自身の成長」「場にある資源」の2つを排除してしまっているCRPGでは、
課題をクリアする資源が、トークンに限られます。

トークンを比べあって「強い者が勝つ」となると、PLに残される戦術は「強者から逃げ、弱者を倒す*3=弱い者イジメ」だけ。
CRPGはこの「戦闘=弱い者イジメ」にプレイ時間の大半を充てるデザインになっているのです。


これを助長する要因として「ランダムエンカウントにおける報酬の弱さ」も挙げられます。

  ・『俺の屍を越えていけ』のように、戦闘開始時にダイレクトに報酬を見せてしまう。
  ・ローグライクゲームやMMORPGのように、シンボルエンカウントを採用して報酬を予想させる。
  ・ウォーゲームにおけるターン数など、戦闘の内容に応じて報酬に差をつける。

のように、PLが報酬を増やせるシステムでは、PLがリスクを負って強敵に挑む、ギャンブル的な選択肢が生まれます。
しかし、前回ふれたように、ランダムエンカウントでは「PLは報酬を管理できない」のです。
これでは、PLはリスクを抑える方向に落ち着かざるを得ません。



最後に、アクション・対戦SLG・育成SLG*4との比較のなかで明らかになった
CRPGのシステムが「どんなイメージを強調するのか」をまとめましょう。

それは「無力なPLと強いPC」との対比*5で、

  ・アクションも対戦も排除され、戦闘中にPLが管理できる資源がないこと
   そのため、PCのパラメータの比べあいが戦闘の焦点になっていること

の反映です。

PLに資源管理をさせないため、PLの腕の差も出ません。
単調さ・退屈さに耐えてPCのレベルを上げれば、誰にでもシナリオを辿れます。
RPGのお題目である成長は“PCの成長”であり、それは“PLを無力化する”ことで成立しています。

そして、このようにPLを抑圧すれば、その反発で資源管理への欲求が高まることになります。



4、TRPGとF.E.A.R.系

「RPGらしさがPLを無力化する」という問題は、TRPGも基本的に共有するところです。
TRPGにはGMという特別なPLがいますが、問題が“PLを無力化するシステム”にある以上、GMがマスタリングで打開するのには無理がある。むしろGMが頑張るほどPLの無力さが強調される、悪循環に陥ってしまいます。

TRPGでかつて「問題プレイスタイル」と呼ばれていた行動は、
システムがもたらす“ゲーム性の欠如”への、PL側のさまざまな対応・模索だった。
こう見るのが妥当だろう、と現在のわたしは考えています。


この問題がシステムデザインにある以上、GMやPLの努力では覆しがたく、システムデザイナーの努力を待つしかありませんでした。
その改善を為し得たものが、シナリオ構造でいう[F.E.A.R.系型]なのです。

その要点は、やはりPLの資源管理をどう改善していくかにあり、

  ・ヒーローポイント
   戦闘におけるPLの管理資源を確保する

  ・ロールプレイ支援システム
   PCのキャラクタおよび対人関係を、PLが管理するゲーム上の資源とする
   それも固定資源ではなく、しばしば複雑なトレードオフを見せる流動資源として扱う

というものです。
PLの無力化問題への対応、複数PLを生かすための流動資源。
ボードゲーム・SLGの基本にして王道を踏まえた、ゲームデザインです。



さて、ここまで来て、ようやく「TRPGにおけるF.E.A.R.系の位置づけ、その背景」について
提示することが出来るようになりました。

  ・TRPGにおけるキャラクタプレイその他の問題プレイは“ゲーム性の再獲得”を模索する動きであり、
   F.E.A.R.系は、模索のなかで“再獲得されたゲーム性”によって高評価に値する。

  ・この評価基準は、「CRPGが“ゲーム性”を抑圧していた」というゲームデザイン上の問題に由来し、
   TRPG・MMORPGなどCRPG周辺ジャンルにも通じる。
   CRPGがこの欠陥を持つあいだはこの評価基準も有意義であるが、わたし自身は一過性のものと考えている。

  ・「CRPGが“ゲーム性”を抑圧していた問題」の発端を求めるならボードを捨てた時点である。
   おそらくD&Dの当初から抱えていた問題であって、海外・日本の特定のSDの責任に帰す根拠はないだろう。



<後書き>

駆け足ではありますが、「CRPG・TRPGのシステムをどう捉えるか」について、1つの視点を提示しました。

もっとも、「問題プレイスタイル」および「F.E.A.R.系」の論証をスキップしていて、結論の先取りですが、
こうした視点で評価するんだ、ということを了解して下さい。


さて次回以降では、ゲームと物語の関係について、論じていきたいと思います。
その話をしないと、F.E.A.R.系については語れません。




注釈

*1:アクションとインターフェイス
インターフェイスの違いは、アクションにおける体感の違いを生みます。
主に問題となるのは、アーケードゲームの音ゲー・リズムゲーですが、
i-phoneなどのタッチパネル前提のゲームプログラムも、これに含めて考えることが出来るでしょう。

*2:流動資源/固定資源と“場”
本文の説明は、現実の会計を知っている人が逆に戸惑うかも知れませんが、それは主体の違いによるものです。
現実会計のように“企業”を主体とすれば、土地・設備は会社に属する固定的なもの、
そこで働く人間は(実際の会計では、労働力を資産として計上しませんが)入れ替わりする流動的なもの、と見なされます。
一方、本文ではPC=労働者を主体としているため、その人自身の労働力は固定的、働く場所は流動的、と扱っています。
能力値の固定・変動(乱数の違い)の問題ではなく、誰に帰属するかその固定・流動を問題にしているのです。

*3:PLには「強者から逃げ、弱者を倒す」事しか出来ない
「低レベルクリアが“プレイの芸”として成立する」のは、このような前提を必要とします。

*4:アクション・対戦SLG・育成SLGの3タイプ以外に「CRPG」の可能性はないのか
論理的には3つ以外ないと言いきれませんが、実際のゲームデザインに用いるには「可能性がある」だけでは足りません。
わたし自身は現在のところ、3つ以外には無いだろう、と考えています。
というのは、SLGの発想の中心にはトレードオフがあり、それを実現するとなると
  ・数理的なシステムを用いて、有限の資源を順列組み合わせする(=対戦と流動資源)
  ・人間の判断力を用いて、効果的な分岐に絞って書き下す(=人為的なフラグ設定)
の2パターン以外の手法が、今のところ見当たらないからです。

*5:「無力なPLと強いPC」との対比
類似ケースとして、モノポリーでは「無力なトークン(消費者)と強いPL(投資家)」の対比があります。これは

  ・ルール上トークンは、止まったマスで必ず買物して出費すること(消費者として何を買うか自分で決める権利がない)
   そのため、投資収入がハズレないこと

の反映です。
余談ですが、モノポリーは意外にCRPGと互換性が高く(手持ちの現金は“防御用のHP”、店への投資は“武器の攻撃力アップ”)、
将棋・モノポリー・CRPGの3つの異同の比較検討では、わたし自身大きな収穫を得られました。
今回の流動資源、以前だしたマネーゲームなどは、モノポリーを意識したものです。


 この記事はScoops RPGを支える有志の手によって書かれたもので、あらゆる著作権は著者に属します。転載などの連絡は著者宛てにしてください。

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