初めての夜の往診
−子ガラスのお話−
心暖まるメルヘンタッチのエッセイ
愛犬と子ガラス
子ガラスに戯れる愛犬ラッキー
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 今から約11年前(1987年)、小生が診療所に赴任して
1ヶ月経った6月上旬の日曜日の夜でした。
急患の方を診て薬を渡し、患者さんに帰ってもらった後、
1人ほっとして診察室の椅子に座っていたら、
突然我が家の次女と3女が診察室にかけ込んできました。
子供の話ではA小学校の近くの道路の側溝の中に
病気になった大きな鳥が、動けないでいるから往診してくれとのこと、
小生「つれてこい」と言ったら、娘曰く、 大きな嘴をあけて、つっつかれそうになるので怖くて拾い上げられないこと、
このままでは下水の中で死んでしまうこと等せがまれてので、
仕方なく「人間殿は毎日診ていても鳥殿は診たことが ないので助けられるかどうかわからないぞ」とぶつぶつ言いながら、紙袋、洗面器、懐中電灯、軍手(これは鳥につっつかれても大丈夫なように)を 自転車のかごに入れ娘を後ろに乗っけて、現場にピーポーピーポーと言いながら かけつけました。

下水のすみにうずくまって動けないでいた鳥はどうやら
子ガラスで、軍手をして拾い上げようとしたら、アーアーと
大きな嘴をあけて鳴くので、 最初は指をくいちぎられるのではないかと内心恐ろしくて、 拾い上げかねていましたが、
娘の手前、落ち着いた素振りをして、勇気を出して、アーアーと大きく鳴く鳥を拾い上げ紙袋に入れ保護したわけです。
 そのとき何故洗面器を持っていったか、今考えると我ながら不思議ですが、水でも飲ませようというつもりではなかったかと思います。
とにかく診療所につれて帰り、ベランダでダンボールの箱に入れ、子ガラスを観察しましたがどこにも外傷がないので、水とエサ(肉や煮干し)を置きましたが食べようとしません。 エサを指でもって嘴のところに持っていったら、
嘴を大きくあけたので、おっかなびっくり、口の奥の方に押し込んだところ、ガアーと鳴きながらエサを飲み込むので、
十分にエサを与えました。
安心したのかダンボール箱の端にピョンととまって目を閉じたのでその夜は診療所ベランダ入院と相成ったわけです。

 子ガラスはどこでもいますが、こんなに身近に見たことはなかったので、最初は嘴が異様に大きく体全体が
真黒(カラスの濡れ羽色)なので、グロテスクで無気味な
感じがしましたが、翌日よりエサは食べるし、
止まり木(小生が苦心してTの字形に木で作った)を
置いたところ、ピョンピョン足で飛びながら上手にとまるし、腕を出すと腕や肩にもとまるようになりました。
カラスはだいぶ人なつっこい鳥だと思いました。
愛犬ラッキーも異様な珍客にとまどいながらも、ご主人の珍客として 親愛の情?を示しました。(写真)
 ただこの鳥はまだ完全には飛べないようなのです。
夕方頃になると、
つがいの親ガラス(と思われる)が診療所の上空を旋回し、
ベランダにいる子ガラスを見つけたらしく、互いにカアーカアー、アーアーと 呼応しあう姿が見られるようになりました。
親ガラスは近くにある大きな杉の 木立にいるので、
そこに巣があり、
何かのはずみで子ガラスが巣から落っこちたものと思われました。
とにかく子ガラスの体力がつき元気になるまではと思い、
セッセとエサを与えたところ良くなれて、
私の腕や肩にとまって歩いても逃げないので、
診療の合間にスタッフに見せたりして自慢しておりました。
カラスの爪もかなり大きく鋭いので腕にタオルをまいて、
そこにとまらせて、あたかも鷹匠になったような
良い気分でした。

 しかしその2日後診療所裏側のリンゴ畑に飛び降り、木の枝にとまってアーアーと鳴いていました。1度は家に連れ帰ったのですが、翌日再び飛び出し、今度は診療所北側の
道路をへだてた向かい側の電線にとまってアーアーと鳴いていました。
そのうち姿を消してしまいました。
子ガラスは元気になり、親ガラスのもとに帰ったのです。
野生にもどれて良かったなあと家族と話をしました。
今でも大きな杉の木立からアーアーという鳴き声を耳にすると、きっとあの子ガラスだと思っています。

 この話を後日母にしたところ私が子供の時、子ガラスが欲しいといって父を困らせたことがあったそうです。
一時でも子供の頃の夢を実現してくれた子ガラスに、
野生に戻っても元気に成長して欲しいと願うと 共に、
ありがとうという気持ちでいっぱいになりました。
(福島市医師会報、75号、1989、7月号掲載より、一部改変)
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