【HISTORY】
 1.TE51との出会い
 2.免許を取った
 3.チューン開始
 4.親子2代で...
 5.ついに20年
 6.ミレニアムのTE51
 7.21世紀のTE51
 8.ついに25年


【NOW】
 0.現在のTE51


【HISTORY】

1.TE51との出会い(1977)

TE51(ゴーイチと読みます)が我家にやってきたのは、1977年の12月のことで、当時私は小学5年生(10歳)でした。
親父殿が『今度の車はスポーツカーだぞ!!』といって、カタログを見せてもらっていたので知っていたのすが、実際に実物を見た時の衝撃は未だにはっきりと覚えています。とにかくインパクトが強かった、いや、強すぎましたからね。
ノンホイールキャップの太いタイヤ、迫力のあるエンジン音(2T-Gサウンド)、丸型メータがズラッと並んだコックピット等々、何もかもが...。
10歳の私は、『何てスゲー車だ。父ちゃんやったゼ!』といった感じでした。

C:\HP\77.12.JPG (1978年2月頃、川崎大師の大師公園駐車場にて撮影)

2.免許を取った

私が自動車運転免許を取ったのは、大学2年(19歳)の春先でした。私の通っていた自動車教習所では、当時教習車に日産ローレルを使っていました。免許取得後、TE51を初めてドライブした時、ものすごい違和感がありましたね。とにかく視線が低いんですよ。さらに、シフトレバーが通常カーステレオがある位置にやや傾いて配置されています。自分の車(当時は親父殿の車)ながら、決して乗りやすいとはいえませんでしたね!

3.チューン(?)開始

運転免許を取って約1年、この頃からTE51のチューン(チューンと言うほどのものではありませんが...(^^;;;)が始まりました。まず、一番最初に手掛けたのは補助灯(フォグランプ)のリニューアルで、当初から付いていた純正丸形からPIAAの角形に交換しました。


4.親子2代で...

私が運転免許を取った時、既にTE51は9年車(9年落ち)でした。また、当時は親父殿の車でした。
それから、10数年経過した現在では、完全に継承(当然ながら維持・管理費も含む)完了しています。
現在でもたまにですが親父殿も乗ります。しかし、どうしてもバケットシート+4点式シートベルトには馴染めないようです。


5.ついに20年(1997)

1997年、TE51はついに20年を迎えました。これまで何度か買い換えを企てたことはありましたが、結局行動に移すことができませんでした。
また、この年は総走行距離が100,000Kmに達成した年でもありました。

C:\HOMEPAGE\TE51\HISTORY\97.05.JPG
(1997年5月、栃木県今市市・日光スピードパークにて撮影)

(1997年3月、総走行距離が100,000Kmに達した瞬間、
昔の車なので100,000Km毎にオール0になります。)

6.ミレニアムのTE51(2000)

2000年(ミレニアム)は、旧車仲間との交流が一気に広がった年でした。トヨタ旧車の名門チーム 『クラブ・ツインカム・トヨタ (CTT)』 への参入、また、『E5#/6#特捜団』を結成した年でもありました。
TE51は、この年の夏にW反射ヘッドランプになり、顔付きがガラッと変わりました。


(2000年2月、東京都港区・芝浦埠頭にて撮影)

(2000年9月、東京都江東区・青海埠頭にて撮影)

7.21世紀のTE51(2001)

ついに、TE51も21世紀を迎えました。旧車イベントも、次第に「見る側」から「参加する側」に移行して行きました。7月には、北海道クラシックカーフェスティバル(北海道・赤平)に出展、筑波ミーティング(茨城県・筑波サーキット)には走行会で参加しました。特に、北海道クラシックカーフェスティバルは、TE51にとって初の北海道上陸(=本州脱出)になりました。また、同型車が3台並ぶというのも初めて(?)の出来事でした。


(2001年元旦、東京都大田区・大井埠頭にて撮影)

(2001年7月、北海道にて撮影)

8.ついに25年(2002)

2002年の今年、TE51は生産25年目を迎えました。

(2002年元旦、東京都大田区・大井埠頭にて撮影)